マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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#036『返らずの道』

 

「う~ん、ねこ煮込みうどん……ねこちゃん大噴火……」

 

「夢の中でもねこを煮込むのはやめなさい」

 

「誰がねこを煮込むなんてひどいことを!? まさかデュランダル……!」

 

「してません!」

 

 ネコチャンアイマスクですやすやと仮眠をとっていたカルストンライトオは、デュランダルのつっこみに反応し0.0001秒で覚醒するや、抱えていたぼにゃーる抱き枕を彼女から隠すように背中に回す。ここはトレセン学園の遠征用バスの車内。夏合宿に向けて杜王町なる東北の避暑地へと高速道路で走行中だ。彼女ら短距離路線のウマ娘たちの夏は他のウマ娘のそれより概して短い。なぜなら、夏季にもアイビスサマーダッシュをはじめとする短距離路線のレースは多くあり、そのためにトレーニング漬けと言うわけにもいかずレースに向けた調整や仕上げにも時間を取られるからだ。

 

「猫のかたき! 雷鳴直線チョップ!」

 

「なんの聖騎士の護り(セイントナイトパリィ)!」

 

「せんせー!カルストンライトオさんとデュランダルさんが暴れています!」

 

「こらー!」

 

 二人の奇妙な夏が始まろうとしていた。

 

 

 

マンハッタンカフェは動じない #36 『返らずの道』

 

 

 

 杜王町。古来より避暑地として有名なこの街は、山海の幸に恵まれサマーシーズンにはそれらを目的として、多数の観光客が訪れるほか、近年では半導体製造業が盛んでありテックシティとしても脚光を浴びている。そんななかさらにウマ娘としてうまれたからには一度は入学を夢見るという、日本中央トレーニングセンター学園の合宿所が数年前に建設されたことから、現在ではウマ娘ファンにとっても名前が売れつつある町である。

 

 その中心部には杜王町駅があり、そこから放射状に道が伸びているのだが、カルストンライトオとデュランダルは杜王町について以来、そのうちの一つ、駅から真東に伸びる通りを流すのが毎日の日課になっていた。

 

「やはりこの道はいいな、うん。駅からちょうど1000m。きれいな『直線』だ。カーブがここで直角になるのも素晴らしい。まさに私のためにあつらえたようだな。レース場もカーブを作るならこういうカーブを作るべきだ」

 

「すくなくとも道は公共のものだと思うわよ」

 

 カルストンライトオは『直線』に並々ならぬこだわりを持っており、服の襟の角度だとかを常にぴっしりと揃えることに苦心している(が、前髪の一房だけはどうしても右に曲がるのが悩みらしい)のだが、彼女に言わせるとこの道は完璧な『直線』になっており、走っているだけで気分が高揚するそうなのだ。デュランダルとしては別に直線などどうでもいいのだが、何かと暴走しがちなカルストンライトオに何かあった際にいさめるべく、時折こうやってトレーニングに付き合っている。

 

「けしからん!!!!!!!!!!!」

 

「けしからんって、あなたがどう思おうと道はあなたのものじゃないわよ」

 

「そうじゃない! ここ!!!!!!」

 

……全国に店舗を構える大手コンビニ『オーソン』を過ぎた時、ふいにカルストンライトオがビシッと腕を90度に向けて、とあるわき道を指さした。

 

「この道がどうかしたの?」

 

「昨日までなかった!!!! 完璧な直線の途中にこんな……微妙に歪んだわき道を作りやがって~……私への当てつけか!? 裏切り!?」

 

「はぁ? 当てつけでも裏切りでもないというか……道がいきなりできるわけないでしょう」

 

ライトオの指さす先には、たしかに小さな路地があった。といってもずっとここにあったふうな何の変哲もない道である。工事がなされているとかならまだしも、こんな道がいきなり現れるはずがないのである。今までただ気づかず、何の気なしに通り過ぎていただけではないのか。デュランダルはそうとしか思えなかった。

 

「ただ気づかなかっただけでしょう。とにかく、ロードワークの途中よ。行きましょう。あなたはもう次のレースが近いんだからぼやぼやしてる時間はないはずよ」

 

「うぐ~~~……直線だったはずなのにおかしい~……絶対こんな道、昨日までなかった。ほらみろデュランダル! 地図アプリにもこんな道かいてない! おかしい!」

 

 ライトオはスマホの地図アプリまでたちあげてほら、みろ、と押し付けてくる始末。確かに地図アプリにも記載されていないが、こんな小道、記載漏れとか省略とかされてるだけではないのか。

 

「確かめてやる!!!」

 

 そういって、肩を怒らせ路地へと入っていくライトオ。デュランダルははぁ~とため息をつきながら、さすがに付き合いきれないと思いつつも、二人してその路地へと入っていった。

 

「この先どうなっているんだ?」

 

「ただの小道でしょう、行き止まりか隣の通りに出るだけよ」

 

 本当に、ただの小道でしかない。日当たりが悪いわけでもなく、住宅地に続いているように見えるがほんの少し歩けば抜けることができてしまいそうななんの変哲もない道。しいて言えば、今では郵便局の前にぐらいしかない郵便ポストがあるぐらいのものだ。それが逆に、この道が昔からある証左に思えて、デュランダルは一日二日でこの道ができたわけではないという思いを深めた。

 

「そう、この道は昔からある。ず~っと昔から、ね。みんな気づいていないだけ」

 

「ほら、やっぱり――え?」

 

 ふいにデュランダルの考えを読んだかのように、声がした。振り返ろうとしたが、それよりもはやく二人のわきを抜けて一人の少女、そして犬が目の前に躍り出た。といっても、『振り向かない』。背を見せたままだ。

 

「といっても、そうね。あなたたちみたいなのが『迷い込んでくる』のは初めてかもしれない。かわいらしいお客様ね」

 

「なんだ犬か……」

 

 ライトオは猫ではなく犬なのをみて、露骨に微妙な態度を取った。

 

「この子はアーノルド。私は杉本鈴美。それで突然だけれど……あなたたち『ポスト』を『越えた』わね?」

 

「「???」」

 

 不意に現れた少女。その言の意味を掴めず、ライトオとデュランダルは互いに顔を見合わせてしまった。

 

「なら、ついてきて。出口に案内してあげる。この先を曲がって20mぐらい歩いたところに、出口があるから」

 

「悪いけれど、ポストとか出口とか……何のことなの? 別に路地から出るだけなら、ここから逆に戻れば――」

 

 そう言って、デュランダルが振りかえって入ってきたほうへ向かおうとした、その時だった。

 

「駄目ッ!!!」

 

 力強く、少女がデュランダルを制止する。

 

「なんで――」

 

「ここでの『ルール』はそういうことなの。聞いたことはない? 『幽霊に会える小道』。私はその『幽霊』……で、『ルール』は『ポストを越えたら出口まで振りむいてはいけない』。そう理解してくれればいい」

 

 幽霊? 振りむいてはいけない? デュランダルは納得がいかないとも思ったが、同時に先ほどの制止には鬼気迫るものがあった。ここでもし、振り向いたらどうなる? 本当に何か『おそろしいこと』が起こってしまうのではないか? そう感じてしまうほど、彼女の声は真に言っていた。

 

「……幽霊さんに聞きたいんだけど、もし振り向いたらどうなるのかしら?」

 

「あの世に連れていかれる。ここはあの世とこの世の境目のようなものなの。本当は誰にも見えず、入っても来れないはずなんだけれど、時折なにかしらの理由で『迷い込んでくる人』が現れる。私はそういう人たちを無事に返してあげようとしてるってわけね」

 

 そこまで聞いて、デュランダルはヒソヒソとライトオに耳打ちした。

 

「なんだか怪しいわよ……幽霊とか振りむいちゃいけないとか……あんまり関わり合いになりたくないというか……」

 

「いいや、気に入った。振り返ることが無いというのは素晴らしい。『直線』だからだ。私はあの幽霊の言うことを信じるぞ」

 

 ……デュランダルはライトオに相談したことがバカだったと思ったが、既にライトオは『直線』に機嫌を直し、ねこっねこっねこっ、などという奇怪な鼻歌を歌いながら杉本鈴美と名乗った少女についていく始末。

 

「どうなってもしらないわよ……」

 

 デュランダルはこの日、二度目のため息をついた。

 

 ……しかし、先に歩もうとした、その時だ。

 

「ハァー……ハァー……」

 

「えっ……」

 

 ふいにデュランダルの耳元に生暖かい吐息が吹きかけられる。これは……何者かが、背後に、すぐ近くにいる!?思わず、デュランダルはそちらの方向に顔を向けそうになる。

 

「うわあ! 息!」

 

 しかし、同時に息が吹きかけられたのかライトオがびくりとウマ尻尾をふりあげて驚いたことで、そちらのほうを向いたことがデュランダルを救った。もう少しで、振り向いてしまっていたことに一瞬遅れて気づき、思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

「そう言う風に振り向かせようとして、邪魔をしてくるけど無視して。振り向かない限り、あいつらは何もできないし、触れないから」

 

「ほ、ほんとうにこれ……ゆ、幽霊……」

 

「そういってるじゃない」

 

 涙目になるデュランダル。しかしカルストンライトオはうっとおしいな、と言う風にみみもとをきにしながらづかづかとすすんでいく。

 

「ハァーー……ハァー……」

 

「ひっ」

 

 それにおいて行かれまいと、後をついていくデュランダルだがふいにライトオが振り向かずにいうのだ。

 

「もしかして幽霊が怖いのか? 騎士なのに」

 

「は、はぁ~……怖いわけがないでしょう! 騎士たる私は、たとえ幽霊とかが相手でも王を守る剣となる義務があるんですから!」

 

「でも幽霊って物理攻撃無効じゃないか? 剣きかないだろ剣」

 

「騎士の物理攻撃は聖剣で聖属性だから特効なんです~」

 

「なんのはなしをしているの……?」

 

ライトオの無自覚なあおりによって、デュランダルもややいつもの調子を取り戻し、なんとかしっかりした足取りで進んでいく。曲がり角を越え、コの字に曲がると、元の通りが見えてきた。

 

「なるほど、仕掛けが分かれば子供だましですね」

 

ほっと、胸をなでおろすデュランダル。駆け出し、一足先に大通りへ出る。

 

「そこまで行けばもう大丈夫。振り返っても」

 

「ほら、あなたもさっさとこんな意味の分からないところを抜けましょう」

 

そういって、振り返るデュランダルだが。

 

「…………え」

 

その視線の先には、鈴美の後ろで後ろを振り返っているライトオの姿。

 

「『何をやってんだァーーーッ』!?」

 

「いや、ねこちゃんの声が……あ――」

 

 デュランダルは確かに見た。路地の奥から、ぶわりと無数の手が濁流のように押し寄せるのが見えた。ほとんどスローモーションのように、分泌されたアドレナリンで時間がスローになる。ライトオの表情も見える。いつも鉄面皮な彼女の顔がヤバイ、と言う風に歪む。同時、踵を返して、走り出す。

 

 間に合うのか。ほんの2秒かからず、目の前の杉本鈴美を抜きさり、加速。

 

「うおおおおああああ!!!」

 

 彼女独特の右にややよれる走り。直線にこだわる彼女の弱点。駄目だ、間に合わない。間に合わ――

 

 いや、さらに加速する。光の王カルストンライトオは一気にトップスピード。そう、短距離直線なら、彼女は――

 

 持続力のなさやよれをもってしてなお『日本最速』なのだ。彼女のたたき出したおおよそのスピード時速75㎞は日本レース界史上最速ともいわれている。

 

 まるでガラス板にせき止められるように、無数の手が路地の切れ目で停止する。既にカルストンライトオは路地へと飛び出て、向こうの歩道までオーバーランしなんとか止まったところで……戻ってきて言うのだ。

 

「おっそ、話にならん! 雑魚幽霊め! ウマ娘と勝負するなら時速70㎞においつけ! 根性だせ!」

 

 幽霊を煽ったのは、今までこの小道に迷い込んだ人間で初めてだ。

 

「ウマ娘って……すごいのね」

 

 その光景を見ていた杉本鈴美は、呆然としてそういうしかなかった……

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