杜王町。S市郊外にあるこの町には、東京都F市に存在する、すべてのウマ娘のあこがれともいわれるスポーツ校『日本トレーニングセンター学園』――通称トレセン学園の林間学校めいた夏季合宿所が設けられていることから、サマーシーズンには避暑目的の観光客以外にも多くのウマ娘たちを見ることができる。
「こうかな……」
「うん、そうそう。もっと腕の振りを意識してみようか……うん! いいね。よくなった」
「……おねえちゃんすごいね!すっごく走りやすい!」「次はおれに教えて!」「ずるい~次は私~」
その日、ケイエスミラクルは杜王町にある最も大きな病院であるTG大学病院の小児病棟を訪れていた。ここには、生まれつき体が弱かったり、病気で長期入院せざるを得ない子供たちがおり、ミラクルはスケジュールの都合でまだ消化できていなかったインターンシップ先としてこの病院を選んだのだ。そして今は、病院の芝生広場で比較的体を動かすことができる子供たち相手にリハビリがてらかけっこを教えている。子供たちも、トゥインクルシリーズで活躍した一線級のスプリンターであるケイエスミラクルが相手とあって、特にウマ娘の子供などはあきらかに舞い上がっているようだった。
日本中から才能あるウマ娘が集まるトレセン学園とて、レースで身を立てることができるのはその上澄みも上澄み。ほんの一握りでしかなく、大抵は普通に就職する。
例えばスポーツ系の企業に入ったり、ジムでのスポーツインストラクターや地元に帰ってレースチームの主催やコーチになったり。概して美形の多いウマ娘のこと、ライブのためのダンスやボイストレーニングなどを積んでいることから、ファッションモデルやら女優、タレントやらそちらの世界に入る者もいる。そして……ミラクルは、もしレースから退くことがあるならば――『理学療法士』の道に入りたいと考えた。
これは、幼少期から自身の面倒を見続けてくれた主治医の先生の影響が大きく、トレセン学園でもスポーツ医学や救護などの基礎的授業は行われるため、実際そうした方面に進むウマ娘も珍しいことではない。よくある、ウマ娘の引退後のキャリアパスの一つ。
「おねーちゃんありがとうございました!」「ありがとう、また来てね!」「次は手術してきっと走れるようになってるから、走り方おしえて!」
「うん、みんな、おれがまた、ここに来るまで元気でね。約束だよ。またね」
……そして、インターンも終わり、軽く夕方から街を流す。主治医の先生に怒られちゃうなあ、などとぼやきながら食べられるだけ食事をとり、シャワーを浴びれば、時刻は22時を回り、他の夏合宿トレーニングから戻って寝るまでの自由時間をぼんやりと過ごすウマ娘たちと同様、ミラクルにも、昼間の日差しのほてりをすっかり冷ました風と、さざなみの音が静かに届くころ。
「ありがとうルビー。とっても助かったよ。うん。うん。大丈夫だから。体のほうも調子は上向いてる」
自室で足まわりのケアをしながらスマートフォンでテレビ電話をするのはケイエスミラクルだ。彼女のベッドの周りにはケア用品やおかし、CD、ちょっとした身だしなみグッズなど。どれもこれも、学友のダイイチルビーやダイタクヘリオス、ヤマニンゼファーらから一人調整中のミラクルに送られたものだ。
現在、ドリームトロフィーリーグに挑戦中のミラクルだが、今回のサマードリームトロフィースプリントは招待こそ来ていたものの、若干不調気味であったことから出場を見送り、調整にあてることにして、学園に残ったダイイチルビーらとは別に杜王町を訪れていたのだ。
『ドリームトロフィーでミラクルさんと競えないのは残念ですが……ケア用品のほうが無事届いたのは何よりと存じます。新しいものを試してみたい、と前におっしゃっていたので合宿の応援と思い送らせて頂きました』
「ううん。ルビーもヘリオスも、ゼファーも優しいな。結構高いブランドのやつなのに……」
『お気になさらないよう。明日もTG大学病院に赴かれるのでしたね。それでは、名残惜しいですが、消灯時間も近づいています。お話はこの辺にしておきましょう。それではおやすみなさい』
「あっ、つい長話しちゃったな……うん。ありがとうね。おやすみ」
ミラクルの返事をちゃんと聞き届けると、画面の中のルビーが頭を下げ、そして通話は途切れる。急に部屋が静かになったように感じた。まだ談話室に残ってテレビを見ているウマ娘がいるのか、微かにバラエティ番組の物らしき音が聞こえてくるが、別段耳障りでもない。ほんとうに、静かだ。故に、分かっているのに、かみしめてしまう。
……学園で同室のルビーをはじめ、同期の仲間たちは皆、優しく自分を見守ってくれている。壊れ物を扱う様に。実際、自分の体は強くない、というのもはばかられるほど脆い。今でも主治医の先生には定期的にかかっているし、たまに体調を崩す。もうキャリアも長くないだろう。それでも、今に至るまで自分を導いてくれた仲間たちと、トレーナーさんには感謝している。
「おれも、何か、誰かを助けられるような人になりたいな」
◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #038 『シャボン玉』 ◆◆◆
「おーーーい、億泰ゥ、遅いぜーッ」
「億泰くーん」
午前10時、杜王町駅前。
「すまねェ~~~ッ、いつも月曜にチョコチップ&ストロベリー買ってるアイス屋でよーっ。新フレーバーとか言ってパッションフルーツ&マンゴーピューレってのが出てたんだよォ―ッ! 俺パッションフルーツ食ったことなくてよォ―ッ、気になって気になって……」
その日、東方仗助、広瀬康一、虹村億泰の3人は駅前で待ち合わせをしていた。午前10時といっても夏の日差しはすでに強烈で、仗助などは暑さがこたえ既に学ランを脱ぎ、シャツ一枚でペットボトル飲料を飲みながらだれている。
「グレート。もう時間すぎちまったぜ……『ボランティア活動』。遅刻はやべーぞ」
「悪かったってェ。ほんと……謝るからよ~っ」
「とにかく仗助くん、億泰くんも~っ! 時間すぎてるなら急ごうよーッ! ここから走ればまだそこまで遅れなくて済むからさァ~ッ! もうーッ!」
夏休みにもなっていつもの3人が集まっているのはワケがある。仗助、億泰の2人は前期期末テストの点数がすこぶる悪く、追試に追試が重なりそれでもダメ。最終的に先生のお情けで、集まりの悪かったボランティア活動の手伝いをすることで赤点を回避する、という形に落ち着いてしまったのだ。
「すいません遅れましたァッ! 本日ボランティアでお邪魔させていただきますッ! 東方仗助ですッ!」
「本当にすいませんッ! 虹村億泰っス、よ、よろしくおねがいしますッ!」
「広瀬康一ですッ! 遅れて申し訳ありませんでしたァーーーッ!!!」
そんなこんなで夏の暑さの中、全力疾走で男子高校生3人が駆け込んだのはTG大学病院児童福祉リハビリ病棟である。今日は同病院が地域に溶け込むためにスポンサーになっている納涼花火大会で、本会場は少し離れた公園だが一部の催しがチャリティーという形で病院の駐車場などでも行われているのだ。
といっても、先述の通り夏休みにわざわざボランティア活動をしよう、などという学生は普段から熱心な一部以外あまりおらず、どこもボランティア学生は引く手あまたであったのだが……そのなかでもTG大学病院を選んだのは仗助であった。怪我や破壊されたものを治す『最も優しいスタンド』との評を受けた『クレイジーダイヤモンド』のスタンド使いである仗助の選択としては違和感がない。スタンドとはある意味ではその本人の心の形であるのだから。きっと本人も、何かしらの思うところはあるのだろう。
ちなみに、億泰は仗助がやるなら、と即決し。康一の場合は山岸由香子に『康一君はなんにでもなれる才能の持ち主なのだからいろいろなことを経験してみるべき』と期末テストを問題なく終えたのに、TG大学のボランティアも勝手に申し込まれてしまった形である。
「どうしたの? 寝坊しちゃった? まあいいけど、とにかくもう他のボランティアさんも来てるからちゃっちゃとスタッフTシャツに着替えて。でも、更衣室は病院内だから騒がないようにね」
厳しそうな担当の中年女医にせかされ、すいませんすいませんと平謝りしながら更衣室で着替える3人。
「ヒェ―ッ! 早速厳しそうな先生にあたっちまったよォ―ッ……もっと優しそうな女医さんがよかったぜェ―ッ!」
「もとはといえば億泰、おめーのせいだろうが! いくら厳しそうでも怒られて当然だぜ遅刻は」
「ほんとだよもう」
更衣室にあったXXLサイズのシャツに仗助と億泰、Sサイズのシャツに康一が袖を通す。大柄な二人だが幸いサイズはなんとかなりそうだ。
「今度、ワビに例のアイス奢れよな。あの店で一番高いトリプルで」
「トリプル!? おい仗助、そこは武士の情けでせめてダブルで勘弁してくれよォ!」
「仗助くん、億泰くんはやく!」
「てめーらおせえぞッ! 何チンタラしてんだッ! これ以上だらだらすんなら学校に報告するからなッ!」
それから仗助と億泰、康一は夏祭りの作業を手伝った。任されたのは折り紙やらのスライムづくりやらの簡単な工作遊びにやってくる子供向けの応対で、億泰などは器用に風船でプードル?を作っていた。それ以外にもご当地きぐるみヒーローショーの椅子の出し入れやら駐車場の対応までさせられ、それなりにいそがしい。
「……ハァ~ッ、つかれたァ~」
「暑い中こき使われちまったなァ、どーする。夜の部はちょっとだけ顔出して帰るかァ?」
17:40。基本的にTG大学病院での出し物は17:00で終了し、あとはメイン会場での町民納涼カラオケ大会やナイトフリーマーケット、そしてフィナーレの花火大会がメインとなる。後片付けも終わり、3人は担当の女医にお疲れさまでしたの一言をかけて解散の段に入ったものの、思った以上に人が来たため康一と億泰はこの後のメイン会場にいくのもどうしようか、という風だ。
「仗助ェ?」
「あ? 悪い。聞いてなかったぜ」
別の方向を見ていた仗助にどうしたんだよォ、と声をかける億泰。仗助はアレ、という風に指をさす。やや日の傾いた夕暮れに淡い水色の髪を混じり合わせながら、段ボールを持った女性。おそらく年齢は同じぐらいの……例のボランティアTシャツを着たウマ娘――が病院のほうに歩いていくのが見えたのだ。
「グレート。まだ片付けやってんのかな……って。しゃーない、仗助さんが一丁手伝ってやりますかね……」
片づけは終わったと思ったのだがまだ他のところは手間取っているのだろうか。仗助は女子一人に片づけを押し付けるのも寝覚めが悪い心地がしたのか、うし、といってそちらに歩いて行った。
「ン?」
……しかし妙なことに気づく。そのウマ娘は今日の夏祭りのだしものにつかった備品の倉庫などではなく、小児病棟のリハビリルームへと入っていったのだ。
「アレ、片付けじゃあねーのかな……」
少し様子を見る。すると、そのリハビリルームから備え付けのものであろうピアノの音色が響き始めたのだ。
「オイオイ仗助ェ、なんか不気味だぜェ……ほら、病院って『出る』みたいなとこあんじゃんよ」
確かにオカルト番組だとかでは病院を夜な夜な徘徊する亡くなった子供の霊だとか、人がいないはずのベッドからのナースコールだとか。そういうものが取り上げられたりすることもある。億泰などはそういうのを思い出したのか口を押えて震える始末。康一も同じなのか声をあげられない様子で――
「じょ、じょ、仗助くん……!」
あった、康一がひきつった声をあげた。
「なんだ康一、変な声出して――」
仗助は背の低い康一へと視線を落とす。すると、完全に硬直した康一のそばを青白い靄のようなものが通り過ぎていくのが見えた。
「え!?」
最初に気づいたであろう康一。そして、仗助、億泰ともに完全に目視。それは不明瞭ながらも人の子供のように足を動かしているように見えた。見間違いや動物や風で舞うゴミなどの誤認、光の加減だとかではない、例えば人の気配のような……『存在感』がほとんどないのに視覚的には『居る』としかいいようのない謎の現象。それはちょうど、ウマ娘の女の子が入っていったリハビリルームの引き戸をすり抜けていくところだった。
「お、おい、あれ……お、おば……」
億泰が口を押えながら震える指で指す。さらには。
『~♪~♪♪~♪~♪』
「ヒエ―ッ……!」
……悲し気なピアノの音までがリハビリ室から聞こえ出す始末。いわゆる学校の怪談的なホラーそのものの絵面だが、実際に直面すると心臓が高鳴るほど不気味だ。
「……ど、どうしよう」
「ど、どうするってよォ―ッ……」
そのまま、あっけにとられた様子でしばらく呆然としていた3人組だが。
「どうってそりゃあ……こうなったらよォ―……確かめるっきゃねーだろーよ」
意を決して、仗助が歩み出すと億泰も康一も待ってくれよォなどといって追随した。そのまま引き戸を開け中に。
「あ……」
すると、そこにいたのはあの水色の髪のウマ娘。ピアノを弾いていた手を止め、少し驚いたように振り返り……3人に向けてほほ笑んだ。
「あ、あのォー……」
仗助が声をかけようとする。しかし、水色の髪のウマ娘はごめんね、とつぶやくと口の前で人差し指をたて。
「この子が、寝ているから」
そういって、幅広のピアノチェアで体に沿うように留まる、水色の靄を見た。
………………
…………
……
「しかし冷静に考えてみるとよォー……鈴美さんとかともう会ってるしな……ビビるこたーなかったのかも」
「ちょっと雰囲気に飲まれてたかもね……たしかに鈴美さんも幽霊か……」
それから。ピアノでキリの良いところまでメロディーを奏でたケイエスミラクルは、部屋に入ってきた3人を相手に向き直り、困ったように曖昧な笑みを浮かべた。最初こそ『この子』に驚いていたようだったが、どうやら同じような経験があるらしく……何やら納得している。ここは病院なので変に騒ぎにならないのは良かったが、どうしよう。
「えっと、その……」
3人に説明しようとして、そこでケイエスミラクルは言い淀んだ。自分は『どうしたいのか』というのは正直言って、『この子』と出会ってから曖昧であったからだ。
『この子』と出会ったのはニ週間ほど前。杜王町にやってきて、最初に宿泊中体調が悪くなった際にかかることになるTG大学病院を諸々の手続きと簡単な体調チェックのために訪れたときだった。ふと、小児病棟の近くを通った時、ピアノの音が聞こえたのでリハビリ室に入ったところ、誰もいないのにぽろ、ぽろとピアノの鍵盤が叩かれていた。よくよく目を凝らせば、水色めいた靄……いや、寂しそうな表情をした子ども……がいたから、寂しいのかなと思って――ピアノを弾いたのだ。それが最初だった。
それから……ミラクルは病院を訪れるたび、このピアノの置かれたリハビリ室を訪れるようになった。この部屋は大きなTG大学病院の端あたりにあるせいか、あまり使われていないようで、毎回『この子』がひとり寂しそうにいるのが見てしまったからだ。そして、気づいたことがある。この子はピアノの曲の中でも――『しゃぼんだま』。楽曲がいくつも載っている冊子でそのページが開かれた状態でピアノに掛けられていたそれ。最初も、これを弾きたかったのかな、と思って弾いてやると……ほんの少しだがうれしそうな表情を浮かべてくれるのだ。
「……あのォ~、なんというか。邪魔してスイマセンでした」
言い淀むミラクルにリーゼントヘアをした青年が申し訳無さそうに頭を下げる。それを見て、ミラクルもいえ、そんな、と返したのだが。
「おい、億泰、康一、帰ろうぜ。邪魔しちゃわるいしな。なんつーかこの……『おばけ』? 『悪い』感じはしねーしよォー……」
言い淀んでいるのをこちらが困っていると解釈して気を利かせたのか、青年は他の二人を伴ってスンマセンと何度か言いつつ部屋から立ち去ろうとしたが……その時である。ミラクルはふと、その青年たちを呼び止めた。
「あの、ちょっと……」
「はい?」
「えっと、なんというか……あなたたちは、この『杜王町』の人ですよね……? もしかして、この病院に詳しかったり……」
「いや、そんなこたーない、というか……利用したことはある……けど詳しいかというと……」
強面の青年が頭を掻きながら言う。小柄な青年も詳しくはないかな……と困り顔だ。
「ううん、そう、ですか……どうしよう」
ミラクルは『この子』をこのままにはしておけないと思っていた。自分はずっと杜王町にいるわけではない。そうすると『この子』はずっと寂しそうにこの場所に居続けるのではないか? 幽霊というのは、なにか未練を残していたりする魂が現れる……というし、成仏させる……というよりは、この子の未練を少しでも軽くしてあげられないか、この病院にくる人なら知っているんじゃないか、それに、『幽霊』を見たことがあるというのなら、こういうことに対する対処も知っているかもしれない……そう思ったのだ。
「なーんだ、やっぱ困ってるンじゃないスか……えーと」
「あ、ケイエスミラクルです。どうも」
「東方仗助っす」「虹村億泰っす。しかしおばけかァー……」「広瀬康一です。えーと、仗助くん、なにか考えがあるの?」
お互いに自己紹介もそこそこに、仗助たちはミラクルから話を聞いた。なるほど、確かに合宿で来ている身。いつまでも杜王町にいるわけにはいかないし、どうにかしてやりたいとなれば地元の人に話を聞きたいと思わなくもないだろう。
「と言ってもよォ~~~……俺達虫歯とかはあるけどどっちかというと体は頑丈なほうだしなァ~~~」
「う~ん、この部屋にいつもいるってことは……やっぱりここに未練があるのかな。病院に聞いたり……とかは……」
「あぁ~そいつはプライバシーとかで部外者にゃおしえてくれねーよォー……そういうのはしっかりしてんのよ病院は。調べるなら……まだ図書館で新聞とかのがいいんじゃあねーのか? ほら、医療事故とかなら原因がわかるかも……といってもこの子がなんでここにいるのかすらわかんねえからなァ……」
「たしかに、普通に亡くなっただけ、とかだと新聞記事にもなってないだろうし……」
ウンウンと億泰と康一は頭を捻ってあーだこーだ、と考えを述べるが、どうにもうまい考えが浮かばない。仗助もうーん、と唸ってはいるが……
「ごめんなさい、やっぱり難しいね。おれが、杜王町にいる間だけでもできるだけ『この子』を寂しくないようにするから――」
ミラクルも正直、諦めムードだ。が、なにか手がかりがないものかと本棚とかを探していた仗助が声をかけた。
「あのォ~ミラクルさん、『コレ』なんすけど……」
「はい?」
仗助が手にとって持ってきたのは、ピアノに掛けられていた楽譜の冊子――『シャボン玉』のページの次だった。当然、別の曲が載っているのだが……
「……これ、1ページ破れるか落丁してません?」
「え? そう、かも?」
よくよく見ると、冊子にページがちぎれたか外れたような形跡がある。古い、使い込まれた冊子だしそういうこともあるだろうが。
「なんとなく気になるんだよなァ~……だから『直してみる』ってわけですよォ~ッ!」
直してみるというのは、どういうわけなのか……と疑問に思ったミラクルの眼の前で、どこからともなく細かいチリなどが集まってページが再生されていくのだ。
「え!?」
ミラクルはその光景に目を見張った。どういう理屈なのかはわからないが、みるみるうちに抜け落ちていたページが現れてそこには――。
「……これ、そうか。『この子』は――」
………………
…………
……
ケイエスミラクルの隣に『この子』がすわり、楽譜を見ながら『シャボン玉』を弾いている。仗助、億泰などはリハビリ室にあったカスタネットとかタンバリン、康一はエコーズで音を出して、盛り上げ役だ。
「……そうだよ。そう、うん、間違えてもいいからね。ゆっくり弾こうね」
……仗助が『直した』ページには『連弾用』――つまり二人で弾くためにアレンジされた『シャボン玉』の楽譜が載っていたのだ。きっと、『この子』は生前この『連弾』のシャボン玉を聞いていたに違いない。それとも、自分も『連弾』をしてみたかったのか。
「あ、花火……」
ぱあんと音がして、すっかり暗くなった部屋をぱっと光が照らした。夏祭り夜の部の花火が少し離れた公園で始まったのだ。ふと、ミラクルは手を止め、億泰が、おー!と窓の方を見て声を上げた。
「花火も、しゃぼんだまも、空に昇って消えてしまうね」
ミラクルは続けて上がりぱっ、ぱっと部屋を色とりどりに照らすそれを見て呟く。
「……あれ…………そうか。『この子』も――」
ミラクルは自分の隣を見て、少し寂しそうに笑った。