「だからねェ……いってるだろう? カリカリカリカリカリカリカリカリ気が散るんだよ!それにここはトレセン学園だ。ウマ娘のための学園だぞ。君は特別取材を許されているからと言ってッ! もうすこし我々に対して分別を持ちたまえよ!」
「まったく、うるさい女だなきみは……ハッキリ言う! 君とは波長が合わない! モデルになってくれたことは感謝しているが、この岸辺露伴の漫画のモデルに選ばれたからと言って増長するのはいただけないんじゃあないか?」
「なんだと~~~! そ・も・そ・も! この私はモデルになることを許可してないぞッ! なあカフェ~! カフェからもこの男に何とか言ってくれッ!」
「う、うーん……何でこんなことに……」
『あれ』から岸辺露伴は、長期密着取材と称して時折トレセン学園を訪れるようになり、どうやったのか秋川理事長の許可まで取り付けて、今では『VIP顔パス』で校門を通れるほどトレセン学園の名物と化していた。
……それどころかマンハッタンカフェとアグネスタキオンのスペースとして使われていた理科室に簡易の執筆用ブースまで設ける始末。
タキオンなどは露骨に露伴を嫌がったが、露伴はこれまた秋川に話をつけて理科室を『自身の執筆のためのスペース』という名目で借り上げ、タキオンの無許可での占領状態から学園公式許可のある場所に変えてしまった。
実質タキオンのお目付け役として、生徒会にこの部屋を見張らされていたカフェは……というか元々、自分の部屋に置ききれない趣味のグッズなどを置くために借り受けた空き部屋であったこの理科室に新たな住人が増えたことに困惑しきりである。
「タキオンさんも露伴先生も、とりあえず仲良く……『おともだち』もそう言っています」
「……そういうカフェはこの男に『本』にされたんだぞッ! その点に関して、何も感じるところはないのか?」
岸辺露伴は……不思議な『
「……たしかに、それに関しては複雑ですし、正直ポイントはマイナスですけど……まぁ……憧れの漫画に自分が出ているのは……悪くは、ない、です……」
「ハァーッ……まったく現金なものだねェ……」
カフェは岸辺露伴の連載している漫画――『ピンクダークの少年』にぞっこんだ。何でも百巻以上既に刊行されているというのにそれらをすべて揃え、グッズなども少数だが持っているらしい。自分のパーソナルスペースでコーヒーを飲みながら、時折興味深げに露伴の執筆作業を眺めているあたり、今回だけはカフェに助けを求めるわけにはいかないだろう。
(絶対にいつか追い出してやるからな)
タキオンははぁ、と憂鬱にため息をつき、Gペンと原稿用紙のこすれ合うカリカリという音を耳障りに思いながら、トレーナーにほうぼうをめぐらせて買ってこさせたサバラガムワに角砂糖をどばどば入れた激甘紅茶を飲み干す。
「ふむ……だいたい来週分の原稿はできた。あとでたづなさんにこれをメール便で編集部に送ってもらうとして……マンハッタンカフェさん、例の場所を案内してくれないか?」
「あぁ、はい、わかりました」
「おいおいおいおい……まだ作業を開始してから一時間と経ってないぞ。漫画の原稿がそんなに早く仕上がるわけがないというのは私でもわかる。おかしいぞ……また、カフェを人気のない場所に連れ出して記憶を読もうとするつもりか?」
タキオンは、カフェと共にどこかに行こうとする露伴の前に立ちふさがった。この異常な男とカフェを一緒にしておけば何をされるかわからない。
「人を変質者みたいに言わないでくれたまえタキオン君……確かに彼女の中の秘密にはそそられるところはあるが、僕だって『友人』の記憶を無下に読もうとは思わない」
「どうだか……では、私も同行させてもらおうか? しっかり見張るぞ。君の一挙手一投足をな……」
「勝手にしてくれよ……では、行こうか。例の『叫び洞』へ――」
◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #004 『叫び洞』 ◆◆◆
「露伴先生。ここが『叫び洞』です」
三人が訪れたのは、トレセン学園の中庭の片隅にある井戸が如き大きな洞のある切り株のところだった。この切り株は、悔しい事や悲しい事があったときに生徒が大声で中にその内容を叫び、すっきりするために使うという慣習がいつのまにかトレセン学園生のあいだではあり、一部では『叫び洞』と呼ばれている。
「ふむ……」
露伴は、野外活動用のスケッチブックにすぐさまその形をデッサンし、時には寝そべったり、質感を確かめるように触ったり、洞の中を覗き込んで実際に叫んでみたり、……木の皮をすこしだけはがして、口に含んでくちゃくちゃとガムのように噛んだりして、タキオン、そしてカフェをドン引きさせた。
「お、おい、彼は何を……」
「わかりません……」
ぞぞぞ、と遠巻きに見守る2人に対し、露伴はぺっと木の皮を吐き出して。
「『リアリティ』だよ……物語には『リアリティ』が必要なんだ。例えば年季の入った木の質感を描くにあたって、何が必要だと思う? 『観察』だ。ただ見るのではなく、『観察』――観て、察する作業が必要なんだ。それには時に視覚や聴覚だけでなく、五感全てを使わなければならない」
(……そこまでやるか?)
タキオンは、やっぱりこの男は変質者だと思った。
「で……カフェさん。本当なのかい? 最近この『叫び洞』が『変』だってのは……」
「ええ、私の『おともだち』もざわついています。これは何かよくない事が起こる前兆ではないかと……」
「……ふぅン?」
タキオンはその話は初耳だった。その様子を見て、カフェは解説するように概要をしゃべりだす。
「……『叫び洞』はトレセン学園の生徒が悔しい事や悲しい事があった時、叫んで発散するために使用されている……そこまでは、タキオンさんも知っていますよね?」
「ああ……利用したことはないが、実際にダイタクヘリオス君などが叫んでいるのを見たことがある」
「その『叫び洞』から……夜な夜な声がするという噂があるんです。
誰もいないのに、ひとりでに叫び声が……」
それを聞いた瞬間、アグネスタキオンはあっはは、とすこしだけ笑った。
「カフェ~……それはきっと風のいたずらだよ。狭い空間――例えば木の洞などの中で空気が渦巻いて、笛や金切声のようになったりすることはよくあることだ。最近は大気が不安定な日が多かったろ? 風が吹き込んでそういう音が鳴ったのを、
「そう、漫画家に必要なのは
「フン! 揚げ足取りを。私は科学的見地から物事を言っただけさ」
あ~もう、こんなのでケンカしないでくださいよ、とカフェが困惑気味に二人を仲裁に入る。
「とはいえ、正直タキオン君の言う通りこれは風だろうな……それに関しては認めざるを得ない。だが、本当に鳴っているところぐらいは見ておきたいな。それにできれば、生徒が叫んでいるところも見たい。カフェさん、最近悔しかったことは?」
「え、いや、別にないですけど……」
それから。
タキオンとカフェは各々日課のトレーニングをこなし、その間露伴はトレセン学園の資料室にこもりウマ娘の面白い事柄がないか探り時間を潰した後、再び『叫び洞』の前で合流した。例の叫び声は、もっぱら夜に聞こえてくるらしく露伴はその取材をするらしい。
「で、なんで私たちなんだい……? 正直言ってトレーニングでくたくただし、早い所実験に戻りたいんだが」
「……許可を取っているといっても、流石に夜中まで部外者を一人学園内でふらつかせているわけにはいかないらしくてね。君たちはいわゆる僕の『お目付け役』だ。同じ部屋を利用しているよしみってところかな」
「まぁ……私はコーヒーのおかげで夜は眼が冴えてますからいいですけど……」
タキオンとカフェは寮の就寝時間ギリギリに少しだけ『叫び洞』を観察することを特例的に許可をもらった、というか露伴が勝手に二人分の許可を取り、録音機材や暗視装置付きカメラなどを運ばせていた。学園内にはすでに誰もおらず、日々ハードなトレーニングが行われていることもあって、消灯時間前にとうに電気が消えている寮の部屋も多い。
「さて、どんな叫び声が聞けたものか……」
露伴は叫び洞の近くに座り込み大仰な『レコーダー』を作動させる。生で聞くのが一番だが、後で精査考察するために高度な収音機による録音が必要ということ、らしい。だが……結局、叫びなどは聞こえてこない。5分、10分、15分。時間だけが刻々と過ぎていき、タキオンは退屈そうにふぁああ、とあくびをした。
「……こりゃ、今日は空振りだな。さすがに明日は付き合えんよ露伴君。私にも私の生活というモノがあるからね」
「………………」
三十分ほど経って、カメラを回していたタキオンが撤収準備をはじめた、その時だった。
『オオォオオォ』
生ぬるい風と共に、うめき声のようなものが洞の中から聞こえた。
「来たッ!カフェさん!録れているかね!」
「た、たぶん……!」
指向性集音機を持って立っていたカフェに、囁くような声で露伴が話しかける。
『ォォォォォオオオオ……』
「ふぅン……たしかにこりゃあ……人の声みたいだが……やはり風が原因みたいだな。不気味っちゃ不気味ではあるが」
生暖かい風が吹くたび、洞の中から反響するように『声』が聞こえてくる。これにて、今日の作業は終了……さっさと理科室に戻りたい、と思った時。タキオンは、気づいた。
「いや、これ……おかしいぞ。風じゃない……」
タキオンは自分の人差し指を口に含み唾液をつけて風の吹いてくる方向を測る。
『オオオォォオオ……』
妙だ。まるで、『叫び洞』の中から噴き出してくるかのように空気が吹いている。それに、異臭とまではいかないが、カビた、古臭い匂いがあたりに立ち込め始めていた。生暖かい風と共に。
「『おともだち』も、感じているようです。これは『吐息』……?」
「なんだってッ!?」
カフェ、露伴もタキオンに続き異変に気付く。
『オォオオオォ……苦しい……苦しい……』
「「「ッ……!」」」
『叫び洞』から明確に人語が飛び出した。苦しい、と2回。それはウマ娘の鋭敏な聴覚を持たぬ露伴ですらはっきり認識できるほどにッ!
『苦しいよォォォ……もう、もう嫌だァアアアァ……!!! もう、腹いっぱいだぁあああぁ……!!!』
瞬間、ごぼり、とまるでパイプからヘドロが噴出するように汚泥めいたものが『叫び洞』から噴き出した。それらは……『文字』だ。悔しい、恨めしい、悲しい、あの時ああしていれば。ああするんじゃなかった、あの子は振り向いてくれない、勝てない、つらい、勝てない、勝てない、勝てない、勝てない……そうした『恨みつらみ』が『叫び洞』から吐き出されていく……!
「……そうか、もう、『叫び洞』は限界に来ていたんですね」
気圧されるタキオンと露伴。しかし、カフェはそうつぶやくと言葉の汚泥で汚れるのも構わず、『叫び洞』にゆっくりと接近した。
「カフェッ!」
「大丈夫です」
慈母のような眼をしたカフェは、タキオンを制し『叫び洞』の横に座り込むと。
「みんなの愚痴を聞いて、つらかったね。悲しかったね。怖かったね。たまには……吐き出していいんです。私がいくらでも付き合いますから……」
『オオオォオオオォォォォッ!!!』
スポーツ校であるトレセン学園は、どうしても厳しい勝負の世界の一面を持つ。勝負の世界は残酷だ。能力の優劣、そして時には運によって、ウマ娘一人の明暗が決まってしまう。そんな中で、時には『昏い感情』を抱くことがあるのは生物である以上ない事とは言い切れない。『叫び洞』は、そのトレセン学園の『浄化装置』として古くから機能していた。
しかし、いくら浄化装置と言っても『タンク』がいっぱいになればそれ以上汚れを引き受けることはできない。
『叫び洞』は――もう、限界に達していたのだ。
「……しばらくお眠り。わたしがそばにいてあげますからね……」
『オ、オオ……オッ……オ゛ッ……』
洞から吐き出される恨みつらみは、いつのまにか嗚咽めいたものに変わっていた。カフェは切り株の側面を優しくなでながら、子守唄めいてら、ら、ら、とリズムを口ずさむ。
やがて……『叫び洞』は静かになった。何十年間もの『澱』を吐き出して、一時、眠りについたのだ。きっと明日からは、また生徒たちの叫びを聞く日々が始まる。しかし今日だけは、『叫び洞』は安らかな眠りを得ることができるだろう。
「「………………」」
その光景を見ていたタキオンと露伴は、あっけにとられたようにカフェを見守ることしかできなかった。
翌日。
「あのなァ~~~ッ!!! なんで君にビデオカメラを持たせていたと思うッ!? 決定的瞬間を収めるためだろーッ! なんで昨日のを撮ってないんだッ!!!」
「撮ってないんじゃないッ! 『撮れてない』んだッ!!! カフェの録音機だってそうさ! 昨日のは一切合切なかったみたいに『機械』には『記録できてない』ッ! 漫画家が
「「フンッ!!!」」
いつもの理科室で、今日もタキオンと露伴は子供みたいな喧嘩を繰り広げていた。それを見ながら、マンハッタンカフェは鏡に奇妙な紋様を指先で描きながら、『叫び洞』に思いをはせる。今回は私が話をつけて、落ち着かせてやることができた。
だが、『叫び洞』の容量は無限ではない。いつかまた、『限界』が来る。考えても詮無いことだが、その時、自分はこの学校には恐らくいない。もし、『叫び洞』が限界を超えてしまったら……あふれ出た恨みつらみは、トレセン学園に『災い』をもたらすかもしれない。
「………………」
しかし……このトレセン学園は『希望』と『夢』の物語がつづられる場所だ。きっとその時も寄り添い『切り開く者』が現れる……マンハッタンカフェはそう願って、タキオンと露伴の仲裁に入るのだった。
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