またこの夢だ、水槽に沈む私、それを眺める私。
あなたはだれ?
わたしはだれ?
黒く澱んだ水槽に映る微笑に問う。
だけど私は答えない、貼り付けたような笑顔を崩さぬまま水槽から私を引き揚げる。
『今日も頑張ろうね、私』
「うん」
朝6時、無機質なアラーム、また一日が始まる。
〜〜〜
「少し遅くなったかな」
午後5時、クラス委員の仕事を終えて帰路に着く、今日は弓道部の活動はないのでこのまま予備校に行くだけだった、はずだったのに。
「あれ?まふゆ?」
「……東雲さん?偶然だね、こんなところで会うなんて」
「あんたねぇ……心配しなくても周りには誰もいないわよ」
「そう、それで何の用?」
「別に、見かけたから声かけただけだってば。あ、暇ならショッピングモールまで行かない?春物の新作が欲しくてさ」
「今から予備校だから無理、絵名も学校なんじゃないの?」
「……そうだけど、いいじゃない!たまには…その…一緒に出かけたいっていうか……」
絵名は不思議だ、私に会えば決まって腹を立てるのにいつも関わろうとしてくる、今だってそうだ。
絵名は何を考えてるんだろう、顔を突き合わせてるこの瞬間に何を思ってるのだろう。
どうせ自分の心なんてわからないんだからその代わりに絵名の心がわかればよかったのに。
「はぁ……土曜日」
「え?」
「土曜日は予備校もないから一日空いてる、その日なら行けるよ。絵名が暇ならだけど」
「え…い、行く!ありがとうまふゆ!」
「うん、じゃあ私は予備校行くから、絵名もちゃんと学校行くんだよ。また夜、ナイトコードで」
「うん!気をつけてね!」
絵名、嬉しそうだったな。なんだか胸がぽかぽかする気がする、もしかして私も嬉しいなんて思っているのだろうか。
なんだか土曜日が待ち遠しい、そんなことをぼんやり頭は考えていた。
〜〜〜〜〜
あたりを見渡す、いつもと雰囲気も場所も違うけどこれは多分いつもの夢だ。
だけど普段と違って自由に動ける、ここはなんなのか、なぜいつもこんな夢を見るのか確かめられるかもしれない。
「とりあえず進んでみよう」
立ち止まってても進展はないと判断して歩を進める、見たこともないおよそ現実のものとは思えない不思議な赤い花が咲いている。
『あれ、出たんだ』
突然背後から声がした、聞き馴染みのある声、私だ。
「………」
『無視はひどいんじゃない?傷ついちゃうな」
「あなたはだれなの」
『朝比奈まふゆ』
「それはわたし」
『ふふ、本当にそう思ってる?』
「どういうこと?」
『そのままの意味だよ、誰もが期待を寄せる優等生の私、無愛想で何も分からない私。みんなにとっての本当の朝比奈まふゆはどっちかな』
「…ッ!」
『ねえ、あなたはだれ?』
「私は……」
本当の心はどこにあるの
〜〜〜〜〜〜〜
「変な、夢」
最近いまいち夢見が悪い気がする、初めは見慣れたアクアリウムに自分が沈んでいる夢だった、決して愉快ではなかったが特に不快でもなかった。
その夢を4、5回ほど繰り返した後『私』は現れた。
初めはニコニコと見ているだけだった、程なくして『私』は私に話しかけるようになった。
『毎日、楽しい?』
『期待されるのは苦しい?』
『大丈夫、私がいるよ』
『今日も頑張ろうね、私』
『朝比奈まふゆ』
色んな言葉をかけてくる『私』
あくまでも味方だという『私』
本当の私だという『私』
「待ち合わせ…行かないと」
これ以上考えたくなくて逃げるように家を出た。
絵名に早く会いたかった、いつものように怒って笑って朝比奈まふゆを認めてほしかった。
そうして待ち合わせ場所に着いたのは集合時刻の30分も前だった、ただでさえ時間通りになんて出来ない彼女がこんな時間にいるはずもないのだが。
「あ、まふゆ!」
「絵名、まだ30分も前だよ」
「あんただってきてるじゃない、本当は楽しみだったんじゃないの?」
「私は別に、それより遅刻魔の絵名がこんなに早いなんてよっぽど浮かれてるのは絵名じゃないの?」
確かに絵名に会いたかった、だけどそれを素直に伝えるのはなにか釈然としなかったからそれは言わないことにした。
「うっさいわね!ほら、早く行こ」
「待って、絵名」
プンプンしたりニコニコしたり忙しいな絵名は、そんな絵名を、見ていると朝のモヤモヤした気持ちもどこかへ行ってしまったようだ。
そうして私たちは服を見て雑貨を見て休憩がてらパンケーキを頬張り門限も近づいてきた頃に画材屋に入った。
「〇〇から新作が出てる!可愛い〜!こっちは…廉価版のモデルが…」
店に入るなり絵名は集中モードに入ってしまった、なんか面白くない気がしたが真剣な絵名を邪魔したくは無かったので別のコーナーに移ることにした。
画集をペラペラめくってみたり筆を眺めたりしているとふと目をとめたコーナーがあった。
「うさぎ…」
ひらがなでじゆうちょうと書かれた明らかに幼児向けのノート、その表紙にはうさぎが描かれていた。
そういえば昔、うさぎが好きだと思ったことがあったような気がする。
「いた、まふゆ!」
「絵名、買い物は済んだの?」
「ううん、気がついたらまふゆがいなくて。ほったらかしにしちゃってごめん。」
「大丈夫」
「ところで何見てたの?…うさぎの自由帳?あんたうさぎが好きなの?」
「よくわからない」
「あんたね…あんなにじっと見てたんだから少なくともあんたの心は何かを感じたんでしょ?」
「そうなんだ」
「そうなんだって、まぁいいわ、これ買ってあげる」
「別に必要ない」
「かぁーっ!本当に可愛げの無いやつね!そこは素直にありがとうっていえばいいのよ!」
「必要ないって言った」
「あんたが欲しいかじゃなくて私が買いたいから買うの!」
それだけ言い残して絵名はレジへと向かっていった。
「はい」
「…ありがとう?」
「それでいいのよ、それで。今日のお礼みたいなもんだから」
「そう」
「せっかくあげたんだから大事に使いなさいよ!」
「でも学校じゃ使えない」
「じゃあ一つ提案、日記をつけるのはどう?」
「日記?」
「そう、その日あった事を書き出してみるのよ。そしたらあんたの無くしたものを探すのに役に立つんじゃない?」
「わかった」
「別に鵜呑みにしなくてもいいわよ、自分がしたいようにすれば」
「ううん、今日絵名といられて良かった…と思う。忘れたくないとも、思う。だから日記にする」
「…そ、あんたがそれでいいならいいのよ」
なぜか絵名は俯いてしまった、だけど悪い気はしなかった。
「それじゃ、私こっちだから」
「うん、また夜に」
とりあえず今日のことを日記に書いてみよう、なんだか今は少しでも早くそうしたい気分だ。
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一面に広がる赤い花畑、どうやらまたここに来てしまったみたいだ。
いつもより少しばかり明るい気がする夢の中を進むと、『私』はいた。
『もう来てくれないかと思ってたよ』
「別に、来たくて来たわけじゃない」
『でも嬉しいよ、いらっしゃい私』
「ここはどこなの」
『夢の中…は認識としては間違いじゃないけど事実としては違うかな。まあ似たようなものだけど』
「そう」
『興味なさそうだね、自分から聞いて来たのに。私と話すのは嫌い?』
「別に」
『そう、それならよかった。ねえ、私の話も聞かせてよ、絵名とお出かけしたんでしょ?楽しかった?』
「あなたには関係ない」
『絵名は私といて楽しかったのかな?』
「何が言いたいの」
『ううん、なにも?ただ、期待しすぎると裏切られた時に辛いよってことを伝えたいの』
「どういう意味」
『よく考えてもみてよ、相槌は薄い、味の感想も共有できない、二言目にはよくわからない。そんな人と遊んでて本当に楽しいと思う?』
「それは…」
『私は違うよ、だってわたしはあなただから。絶対に裏切らない、ずっと味方、本当に私を救えるのは誰なのかを忘れないで』
「わたし…は…」
『絵名たちのせいで本当の心が消えてしまったら?絵名たちはきっと私を見捨てるよ?それは嫌でしょ?』
「あ、う」
『あなたはわたし、わたしはあなた。決して遠くない紙一影。私はいつでも待ってるよ」
ねえ、絵名。絵名にとって本当の心はどれがよかったの?
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いつの間にか寝てしまっていたみたいだ、25時を過ぎてしまっていてみんなからチャットが届いている。
とりあえず返信は後にしてログインしよう。
「あ、雪!遅かったね、大丈夫?」
「うん、少し予習が長引いて」
「そっか、無理しないでね。ところでみんな揃ったことだしそろそろいいかな!?」
「何の話?」
「Amiaから話があるんだって」
「またろくでもなさそうね…」
「ちょっとえななん〜!文句は聞いてからにしてくれる?」
「はいはい、じゃあさっさと話してくれる?」
「では僭越ながら、発表させていただきます…」
チャット欄に一枚の写真が送られてきた。
「今度の休みにここへ行こう!」
「これって…」
「まさか…」
「…?」
「「北海道!!??」」