暁の古城
街を黒い影が走る。誰に気づかれることもなく闇に紛れ、黒に包まれた空へと飛び上がる。縁へと座ると、ビルへ飛び乗った影は下にある街を見下ろした。眠ることもなく活動を続ける人工島である絃神島。海原に輝く作られた光たちの正体である。ビルの縁に腰かけている影の正体である少年はまるで自分に語りかけるように、眼前に見える光景を眺めながら言葉を発する。
「――なぁ。俺達は本当にこの街で生きているんだよな?」
『なんだよ。いきなり家から飛び出たと思ったら』
少年の脳内に別の少年の言葉が響いた。周りに人はいない。彼の中から直接語りかけているのだ。
「風に当たったらすぐに帰るよ。明日、お前は学校だしな」
『勘弁してくれ……』
熱気を孕んだ生暖かい風が少年の頬を撫でる。鴉のように黒い髪が風に靡く。しばらくの間、少年は目を閉じて風を感じていた。徐に目を開けた少年は持っていた携帯の電源を入れ、時間を確認した。
「そろそろ戻るか。こんな街へ出てたのが那月にバレたらことだからな」
「――すでにバレてるぞ」
後方から苛立っている雰囲気を纏った少女の声が聞こえた。少年は軽く溜息を吐きながら、後ろへ振り向く。そこには季節感など知らんと言わんばかりのゴシックドレスを着た少女が腕組みをしながら立っていた。風が彼女の長い黒髪を撫で上げる。
「よぉ、那月」
『な、那月ちゃん!?』
堂々としている少年とは違い、意識の中にいた別の少年は大声を上げ、急に慌て始める。眼前に居る少女は中に居る少年が通っている学校での担任なのだから、慌ててしまうのも無理なかった。少年は縁から立ち上がり、内側に降りると南宮那月へ向き合う。
「暁古城――ではないな。いま出ているのはお前か、辰成」
「悪いかよ」
「まぁいい。今回は見逃してやる。どうせ暁もお前に無理矢理付き合わされただけだろうしな」
『何故わかったし……』
少年の中で古城が突っ込みを入れる。少年の中で古城がそんなことを呟いているのを察したのか、那月は少年を見つめながら言葉を口にする。
「当たり前だ。いま出ているそいつと、何年幼馴染やっていたと思っている」
「二十三年くらい?」
「実際に言うな」
「それは悪うござんした」
『あの、そろそろ帰りたいんだけど……』
古城がそう言いだしたので少年は会話を終わらせ、その場から去ろうと振り返る。だが、そんな少年を那月は止めた。少年は大きく息を吐くと、再び那月の方へ振り返る。
「お前、いつまでそうしているつもりだ?」
「さぁ、俺の体が元に戻るまで。かな?」
じゃあなと言い残し、少年はその場から消えた。最初からその場に存在していなかったかのように。残された那月は闇夜に輝く月を仰ぎながら、小さく呟く。普段の彼女からは想像できない弱々しい声音が響く。言葉が静かな空へと流れる。
そんな中、那月はただ暁古城の中にいる少年に謝罪の言葉を述べる。だが、夜の空に懺悔するかのように零れた言葉は風に掻き消されていくだけだった。自分が彼の人生を狂わせたと、大声で叫びたい衝動に駆られ続けながら。
◇
「あっぢい……」
『まぁ、窓際だしな』
残存兵である夏休みの課題をやる為に友人達とファミレスを訪れていた古城なのだが、余程運が悪かったらしい。クーラーの冷気が届きにくい上、直射日光に当たりやすい窓際が古城達の席になってしまったのだ。ある体質の所為で直射日光が苦手になっている古城は、とても人様には見せられない顔をしながら呻き声をあげるしかない。
現在の古城の頭髪は狼を思わせるような白であり、昨夜の黒髪ではなくなっていた。理由は単純だ。表に出ていた辰成は古城と入れ替わって中へ入っているからである。
「課題怠い」
「残りたかだか二科目だけだろ。何言ってんだよ、古城」
「そうよ。二科目だけで済むんだから、ちゃっちゃとやりなさい」
二科目の部分を強調する古城の友人でもある、矢瀬基樹と藍羽浅葱の二名。テーブルを挟んで向こうの席に座っている二人に、古城は頭を掻きながら反論しようとするが、古城の手が止まらないように目を光らせていた辰成がそれを制止する。古城は仕方なく溜息を吐いてそのまま出された課題に取り掛かる。黙々と書き続けた古城は手早く課題を終わらせた。書き終わったのを確認した辰成は一時的に目のコントロールをしてからそれを確認し、古城にOKサインを出した。
「……終わった」
『お疲れ。あとでアイスを買ってあげよう』
『俺は小学生か。あと、そのアイス買う金は俺とお前共通だからな?』
『……そうでした』
中に居る辰成へと突っ込みを入れる古城。そんなことをしているとは知らない浅葱と矢瀬は口を開けて、古城の方を見ていた。まるでありえない物を見ているかのように。
「いつも思うけど。あんた、本当にあの古城?」
「浅葱。多分こいつは古城のドッペルゲンガーだ。本物は何か月も家に監禁されてるぞ」
「お前等なぁ……」
本人が居るのに好き放題あーでもないこうでもないと言い始めている二人に古城は気怠そうに突っ込む。内心、そう言われても仕方ないと古城は溜息を吐いた。確か五月まで無断欠席に早退とやりたい放題していたなと、古城はこれまでのことを振り返る。
全ては彼に厄介な体質がプラスされた所為なのだが、ついに担任の那月に何故か辰成が注意を食らったのだ。那月曰く「お前があいつを甘やかしているのが悪い」と言われ、流石に不味いと感じたのか。古城が休むのを大目に見ていた辰成は毎日学校に行くことを古城に強いることとなり、現在に至る。
閑話休題。
「無断欠席はしてたけど、成績は良くなったし。あんなに勉強できたっけ? 私が教えることなんてないじゃない」
「馬鹿みたいに口煩い家庭教師がいるんでな。ちゃんとやらないとそいつがガチギレするんだよ」
『口煩いとは失礼な。俺はお前のことを思ってだな』
勝手に意識の中で語り始めた辰成を無視し、古城は浅葱との会話に集中することにした。
「その家庭教師って、女の人?」
「いや。男だ」
浅葱の問いに古城がそう断言すると浅葱はほっとした顔を浮かべた。その理由を辰成は何となく察しているが、口には出さない。
「っと、これからバイトだから私はこれで」
「おう。頑張れよ」
古城は浅葱に激励の言葉を贈る。浅葱は一旦足を止めたが、すぐに席を立ってファミレスから出て行く。バイトへと向かうその足取りは心なしか嬉しそうであった。
『浅葱にフラグを立てていくルートですね。分かります』
「古城、お前……」
二人から集中攻撃を受け、古城は不服そうな表情を浮かべた。特に辰成の言動に対して。徐に矢瀬も「浅葱がいないから帰るわ」と言い残し、ファミレスを出て行ってしまった。古城に三人分のファミレスの代金を押しつけて。いままでの貸した金の借りを返せと言わんばかりに。
浅葱の食事代に古城と辰成は目を剥いた。彼女に比べれば、矢瀬や古城自身のジュース代とピザ代なんて可愛いものだった。
「オーマイゴッド……」
『おふぅ……』
今の財布の中身でファミレスの代金を払ったら小銭がほんの数枚しか残らないのは確実であった。電車にすら乗れない可能性がある。だが、そんな古城に救いの手を差し伸べる者が現れた。他ならない辰成だ。
『帰りにATMで口座から金降ろしていいぞ。俺のバイト代入っただろうし。ただし今日降ろしていいのは五千円までな。ゲーム買う都合あるからよ』
『お、恩に着る』
『これに懲りたら、誰かから安易に金を借りるのだけはやめとけ』
『分かったよ……。はあ……』
財布の残金を知っていた辰成の提案に古城は乗らせてもらうことにした。料金を払い、ファミレスから出た古城は熱気と直射日光に項垂れながらコンビニに入り、ATMでお金を下ろした。そのお金で棒アイスを一本購入し、コンビニから出ると袋を剥いてアイスを舐めはじめる。
『味わって食えよ』
『絶対ゲスな顔してるだろ、お前』
相変わらずな姿勢を崩さない辰也に呆れながらも、古城は駅に向かって戻ろうとしながらアイスを舐めながら歩く。しばらく歩いていると古城と辰成の二人は気づいた。
『古城』
『あぁ、気づいてるぜ』
何かが自分達を見ている気配を感じた。邪な感じはしなかったが念の為と、辰也は即座に自分達を見ている者の気配を探る。そしてあっけなく見つけた。あまりにもバレバレな尾行に辰成は呆れていた。二人は駅に行くのを諦め、そのまま別方向へと歩きだした。
『四時と五時の間にいるぞ。っと、古城。一旦止まれ』
『え?』
古城がそのまま歩きそうになったのを辰成は一時的に表に出て、体をコントロールして古城を動かす。古城の体は先程とは別のコンビニの前で止まった。丁度鏡に自分達を尾けている者の姿が一瞬だが映った。だが、追跡者はすぐに柱の影へと体を引っ込めてしまう。一応姿を確認したので前髪を整える仕草をしてから、体のコントロールを古城に戻す。古城は辰成に促されるまま、指示通りの方向へ歩いて行く。
『あの制服は彩海学園中等部のだな。しかも女子生徒の』
『だよなぁ。あんな女子中学生、俺は知らないぞ。彩海学園に入りたかったコスプレ少女か? だからうちの中等部の制服着てんのか?』
『あれは絶対に黒髪美少女だ。俺もコスプレ少女に賭けるぜ』
辰成の言葉に呆れながらも、辰成を尊重するために古城は一応頷いておいた。同時に自分達を尾けているのが学生服を着たコスプレ少女という、尾行している彼女にとって不名誉な誤解を生みだしていた。
一方、辰成はそれとは別の事を考えていた。自分達を付けている何かについて。自分の知識の中でこの気配に一番近いのは何だろうという考えが回る。そして思い至った。
『――獅子王機関の剣巫。目的は監視か? まぁ、遅かれ早かれこうなることは予測していたが。古城、とりあえず尾行を撒け』
『おう』
いつになく真剣な辰成の声に古城は答える。一気にアイスを食べ終えると、アイスの棒をゴミ箱に入れる。それから近場にあったショッピングモール内にあるトイレへと逃げ込んだ。入り口で自分達を追っていた女子生徒が止まる。おろおろしながら古城が出てくるのか不安そうな顔をしていた。辰成は溜息を吐き、古城に進言した。
『あ、古城。やっぱ俺がこの場を切り抜けるからさぁ、入れ替わって貰えるか?』
『あぁ、そうか。分かった』
古城は辰成が言わんとしていることが分かったのか、辰成の申し出を二つ返事で了承した。トイレの個室に入る。古城が中へと引っ込み、代わりに辰成が表に浮上した。個室から出た辰成は鏡で自分の姿を確認する。そこにあったのは古城の瓜二つの顔。だが、髪の色が昨夜と同じ黒へ変貌していた。
「よし」
『頼んだぞ』
パーカーを脱ぐと鞄の中へ丁寧に畳んで入れる、そのままトイレの出入り口へと行く。入り口で待ち構えていた少女が辰成を見るなり、別人である古城の別の呼び名である“第四真祖”と叫びながら、背中に背負っていた黒いギターケースを自分の前へと構えている。辰成は騒がずに、ゆっくりと周囲を見渡す。幸い、周囲には辰成とその少女以外誰も居なかった。
辰成はその少女に見惚れていてしまった。肩まで伸びた黒髪。その綺麗な瞳。服の上からでも分かる整えられたスタイル。まだまだ成長の余地がありそうなその体に、辰成は目が釘付けになりそうであった。否、すでになっている。
と、次の瞬間、
「――俺の妹になってください!」
その少女に向かって、辰成は告白(?)をしていた。完全に通報されても警察に連れて行かれてもおかしくない発言である。最初はいきなりのことに何を言われたのか分からずにぽかんとしていたが、徐々に言葉の意味を理解したのか、少女の顔は茹蛸みたいに赤く染まっていく。一方、意識の中で辰成の言葉を聞いていた古城は頭が痛くなり、用法用量はお守りくださいなどという注意書きを破り捨てて、今すぐにでも頭痛薬をがぶ飲みしたい気分に陥っていた。
辰成の言葉に不意打ちを食らった所為で呂律がちゃんとまわっていないにも関わらず、少女は辰也を捲し立ててくる。
「にゃ、にゃに言ってるんですか!? しょ、初対面の相手にいきにゃり妹になれだにゃんて!」
「か、可愛い」
『辰成……』
いきなり俺の妹になってください発言をした辰成に対して、古城は突っ込みする気力すら湧かずただ呆れるばかりだった。というより、もはや軽蔑の域に入っている。古城に呆れられていると知った辰成は不服そうな声をあげた。
『ぶーぶー』
『気持ち悪いから黙れ』
『マジギレすんなよ……』
古城に大真面目な声で黙れと言われた辰成はう~んと唸る。目の前の黒髪美少女はいまだに暴走状態なのでまともに言葉を聞いてくれそうにもなかったので、とにかく元の状態に戻そうと辰成は実行に移す。
「あ~、今のは冗談なんで」
「――じょう、だん? 冗談でそういうことを平気で言うんですか!? 第四真祖、暁古城! あなたは変態です!」
辰成の言葉で元に戻ったのか、少女は強い口調で辰成に詰め寄る。しかも盛大に勘違いされながら。辰成の所為で、いきなり変態扱いされた古城は意識の中でひっそりと辰成を恨みながら涙を流していた。とりあえず、自分は古城ではないという事だけは言おうと、辰成は口を開く。
「何言ってるんだ? 俺は古城じゃないぞ」
「え? でも、だって……」
「俺は古城の兄貴だ。あいつへの伝言なら俺が聞くぞ」
少女が先程とは表情を一変させ、そんな報告聞いてないとかそんなはずはなどと少女は呟いている。こちらに反応する素振りがないと判断した辰成は横を通り、そのまま歩いて行こうとする。その前に立ち止まって踵を返すと少女に向かって笑った。まるで、手のかかる妹を愛でるかのようでいて、自分達を尾けようとしたことを小馬鹿にするかのように。
「あと、さっきのバレバレな尾行は直しておいた方がいいよ」
「待ってください! 私は獅子王機関三聖の命により、あなたの監視をする為に派遣され――」
「――知ってるさ。そんなことくらい」
辰成の言葉に少女が纏っていた雰囲気が一気に変わる。先程よりも彼女の警戒心が跳ね上がっている。辰成はやっちまったかと口の中で呟くも時すでに遅し。雪菜はいつでも支給された“秘奥武装”を取り出せるよう構えながらも、内心では動揺していた。何故、自分と一部の者しか知らない命令のことを目の前の男が知っているのだ。この男は何だ、と。
「古城が第四真祖の力を手に入れた時から、そんなことくらい予測可能だっつうの。獅子王機関からしたら、あの力は人間や魔族が起こした戦争やテロと同じ扱いだからな。家族である俺からしたら、弟がそんな扱いを受けてるなんて胸糞悪いことこの上ないけどな」
辰成はわざとらしく肩を竦め、そう言ってのけた。
「あなたは一体……」
「と、時間だ。それじゃあね」
去って行こうとする辰成に対し、少女が何かを言おうとするが気にせずにそのままショッピングモールから出た。自分達の家へ帰ろうとしたが、その前に辰成は古城と意識を入れ変えようとする。
「古城。終わったから変わるぞ」
『あぁ、ありが――』
古城が言い終わる前に魔力の爆音が辰成の後方から木霊した。振り返ると少し離れた場所で先程の少女とチャラいホストのような格好を男が牙を剥いて、少女を睨みつけている光景が広がっていた。
D種。辰成はそう判断した。近くには獣人と思わしき魔族が転がっていた。魔力が溢れる。周囲へと魔力を撒き散らし、影響を及ぼしていた。眷獣から溢れ出す魔力に当てられた辰成を激しい頭痛により、彼はその場に膝をついた。辰成からはいつもの変態発言などをしている時のふざけた調子はなくなり、その表情は真剣そのものだった。
「こんな場所で俺を“魔力痛”にさせる気かよ……!?」
『それヤバくないか? 一時的に魔力供給するぞ』
「あぁ、頼む……」
辰成を助けるべく、ホースとホースを繋ぐイメージで古城は辰成へ魔力を送る。古城の魔力を得て、一時的に魔力痛への耐性を作る辰成。彼の頭を襲っていた鈍痛は少しだけ治まった。だが、予断を許さない状況であることには変わりない。
『で、どうするんだ? あの二人、戦い続けるつもりだぜ』
「対力弾《アンチ・ブレット》を使う。ここが誰の
『お前はヤクザかよ……』
「ただのアルバイターだ」
立ち上がった辰成は鞄の中から一丁のオートマッチ式のハンドガンと弾倉を一つ取りだす。鞄を地面に置くと銃の安全装置を外し、術式を組み込んである銃弾が込められている弾倉を入れ、スライドを引いて銃弾を装填して両手で構える。撃鉄を起こし、コッキングを行った。弾丸に埋め込んである妨害術式を発動させるまでには時間が掛かる。発動準備が整うまでの間、辰成は少女とD種の戦いを観察することにした。
『D種の眷獣とあれは件の獅子王機関の秘奥兵器か。設計者は十中八九、俺の予想通りだろうがな』
『眷獣はともかく、秘奥兵器ってなんだ?』
『知らない方がいい』
視界の右側には獅子王機関の武器である槍を所持している少女。左にはD種と呼ばれる一般人の多くがイメージする吸血鬼とその眷獣。D種の眷獣が主の命令により少女へと火の粉を撒き散らし、雄叫びを上げて突撃する。だが、
「――雪霞狼!」
少女に接近した途端、彼女が構えていた槍――雪霞狼により眷獣は掻き消されてしまう。その光景を見ていた辰成だが驚きはしない。むしろ、自分の考えが正しかったという思いに浸っていた。
――“神格振動波駆動術式”を組み込んであるから当たり前だな。あれを設計図から作った職人は腕が良い。少女が振るっている雪霞狼を見つめ、辰成はそう心の中で呟いた。D種は困惑しているかのような表情を見せる。だが、すぐに勝ったと言わんばかりの表情に変わり、まだ消えていなかった眷獣が少女の頭上から襲いかかる。妨害術式の準備が整った。瞬時に辰成は引き金を引き、妨害術式を組み込んだ銃弾を辰也は放つ。
突如、響き渡った銃声にD種は声をあげ、眷獣に少女を攻撃するのをやめさせる。少女の方も眷獣を穿とうと構えていた槍を構え直す。だが、彼を見る前に弾丸はすでに彼女達の間へと向かい、両者の間で空中に一時停止する。瞳が瞬かせた少女はこの後に起こる現象を察知したのか、咄嗟に後方へ飛んで銃弾を回避。だが、逃げ遅れたD種は避けることなど出来なかった。
空間にノイズが走ったかと錯覚した次の瞬間、空中で炸裂した銃弾から辰成が込めていた霊力の波が襲い掛かり、眷獣を強制的に消滅させた。眷獣が消滅したことにより魔力の異常。辰成を襲っていた頭痛も最初からなかったかのように消える。
「て、てめぇ! 何をしやがった!?」
乱入者がいきなり銃を撃ったかと思ったら、自分の眷獣が掻き消されてしまったことにD種は恐怖の感情を顔に張り付かせていた。
「何もなにも、妨害しただけだ。ああ、これだけは言っておく。今後一切、俺の――いや、俺達の領域で暴れるな」
そう言葉を返すと、頭痛を引き起こしてくれたお礼に辰成はD種に向かってダッシュした。慌てているD種の腹を左手で力一杯殴り、気絶させる。ただのパンチ一つだけで人間の耐久力を凌駕する吸血鬼を無力化させたことに、離れて見ていた少女はありえないといった表情を浮かべている。
『お前、相変わらず滅茶苦茶だな』
『この身体能力の異常さは元を辿ればお前の所為だけどな』
『俺が言ってるのはその銃弾の事なんだが……』
D種の首根っこを掴んで地面へ乱暴に寝かせると、辰成は後退するように飛び上がってバンの上に乗った少女に吐き捨てた。乱暴な口調になっているのは辰成が仕事モードに切り替わっている所為であり、他意はない。
「おい。そこの黒髪中学生。何があったのかは知らんが、こんなやつ相手に七式突撃降魔機槍を使ってんじゃねぇよ。査問に掛けられて剣巫から降ろされたいのか?」
それは、魔力痛になりかけたなったことにまだイライラしながらも、辰成なりに彼女のことを気にかけての言葉だったのだ。無闇に暴力を振るったとあれば、彼女が処罰される可能性があるのだから。だが、彼女は警戒心を露わにする。辰也の方を見る少女。何か言いたげな視線を感じた辰也も少女の方を向き、お互いに視線をぶつけあっている。
「あなた、何者なんですか? 暁古城には妹さんは居ますが、兄がいるなんて記録はありません」
雪霞狼の主刃と副刃を展開させたまま、少女は辰也へと疑問をぶつけはじめた。こうなってしまったか、と溜息を吐きたい気分だったが、実際に溜息をついてしまえば要らぬ勘違いをされるのは明白なので我慢するしかなかった。
――こちらが不審な動きをしたら、いつでも攻撃できるように両手で構えているあたり、曲がりなりにも剣巫か。辰成はそう彼女を心の中で一応褒めていた。
だが、一方の少女は混乱していた。獅子王機関から渡された資料に載っていなかった暁古城の兄と名乗る存在が現れたのだから当然である。警戒するに越したことはないのだから。
『質問責めか。俺、黒髪美少女に質問責めされてる……グヘヘ』
『本当に気持ち悪いぞお前』
『何を言う。こんな時にこそ変態でいなければ男ではないぞ?』
『俺はそんな男になりたくねえよ!? お前と一緒にすんな!』
そんなことを考えている少女とは違い、辰也と古城の間では少女を無視して馬鹿なことを言う辰也に古城が突っ込むという状況になっている。ふざけた調子がなくなったと思ったらこれだ、と古城は溜息を吐いた。
こんな阿呆な会話が繰り広げられているとは知らず、目の前の男が黙っていることに少女はあらぬ誤解をしていく。言葉にすることが出来ない、残忍なことを画策しているのではないかと内心穏やかではなかった。そんな考えを強制終了させるかのように、お互いに睨み合っている二人の耳にサイレンが聞こえた。
「やべっ、特区警備隊《アイランド・ガード》か。じゃあね」
辰成は疾走した。少女が後方からまた何か言っているが、聞く耳を持たずにそのまま道端に落ちてあった財布を拾って走り去る。あの場にそのまま居て、もし那月に事が露呈でもしたら余計な迷惑を掛けることになるからだ。だったら最初から手を出すなよ、という古城の突っ込みを聞かないふりをしながら辰成は駅へと逃げ続ける。定期券を改札に翳し、丁度駅に停車していた電車へと飛び乗った。
『危機一髪だな』
『何か面倒なことに巻き込まれた気がするんだが……』
『……ホントにすまん。アレだ、今度昨日の夜に凪沙ちゃんが食べたいって言ってたステーキ奢るから許してくれ』
辰也は古城の疲れた声を聴いた素直に謝った。絶対あの女子中学生はまた絡んでくるだろうなぁと辰也は遠い目をしながら、心の中で呟く。
『ところで、さっき拾った財布はあの子のか?』
『ポケットに入ってるから見てみそ。確認したら、明日にでも彼女の担任経由で届けようぜ。担任が居なかった場合は直接だな。どうせ明日も俺達をストーキングしてくるだろうし』
『……だよなぁ。っと、どれどれ。三年C組、姫柊雪菜か』
そこにはあの少女の名前やら、学年と組が書かれた学生証と諭吉さん一人と野口さん数人のお札、そしてクレジットカードが入っていた。例の黒髪美少女の名前を知って、意識の中で狂喜乱舞し続けている辰成に古城は本日二度目の溜息を吐くしかなかった。というか、ぶん殴りたい気持ちで一杯だった。
古城が部屋に帰り、その数十分後に部活から帰って来た妹である凪沙にさきほどD種との騒動を起こした少女が自分のクラスに転校してきたと聞かされたのはまた別の話である。
翌日。起床した古城は身支度を整えてから、自室を出た。リビングに向かい、妹が家を出る前に残していった書置きを手に取る。書置きを流し読みした古城はテーブルにラップして置かれていた料理を書置き通りにレンジで温めることにした。温め終わるのを待っている間、古城はふと呟く。
「今日もあいつは部活か」
『凪沙ちゃん、頑張り屋さんだねぇ。汗を掻いた黒髪女子中学生の肢体……ぬふふ』
「てめぇ、人の妹でなに想像してやがる。殴るぞ」
『俺を殴ったらお前も怪我するぞ?』
そうだったと、古城は肩を落とす。昨日もぶん殴ろうとしたが、辰成がこちらとリンクしている限り、当然ダメージも同じ様にリンクされるのだ。なので、安易に殴る事も出来ない。ましてや第四真祖となって、身体能力が上がっているのだ。殴ったら、普通の人間が殴りつけるよりも大変不味いことになりそうな予感がしているのだ。
古城は胃の痛みが更に加速したような気がしていた。本来なら辰成のような変態を妹に近づけさせないようにしたい古城だが、辰成が自分の中に入っている手前、体のコントロールを奪われたら徒労に終わるのが目に見えていた。料理を温め終わったことを電子レンジが告げる。中から料理を取り出すとそれをテーブルに並べる。椅子に座り、古城は朝食を食べ始める。
ちなみに、食事の際には二人で感覚を共有しているので辰成のお腹も満たされる。常時感覚を共有するのは疲れるので、極力食事の際にだけ感覚を共有するようにしているのだ。
「さっさとお前の体が元通りになればなぁ」
『俺もその方が良いんだけどねぇ。古城の体で那月や凪沙ちゃんに頬擦りするって想像しただけでも気持ち悪いし』
「おい」
古城は大声で突っ込みたい衝動に駆られるが、朝っぱらから近所迷惑になるのでなんとか小さく突っ込みだけに踏みとどまった。辰成が古城達を困らせるためにわざと変態的な言動をしているわけでは無い為、本当にキツく叱って良いものか悩み始める。それでも辰成の言動を見聞きした那月に、五回も補導されかかっているのだが。
「こいつが凪沙と仲が良いのも問題だよな……」
それも古城を悩ませる種の一つだった。ひょんなことで、妹である暁凪沙や母である早苗に自分の中に辰成がいるとバレた際に、何故か辰成が二人に気に入られてしまい、凪沙に至っては辰成とハイタッチやらゲームやらを気軽にする仲になっていたのだ。
「もう、マジでやばい……」
『どうした古城? 凪沙ちゃんが作った朝ご飯に食えない物でもあったか? もしそうなら、俺がお前を潰さなきゃいけなくなるが』
「どうしてそうなる……」
無駄にカッコつけたような声で古城を脅迫する辰成に毎度のことと思いながら、古城は自然と突っ込んでいた。
「はぁ、さっさと飯食おう」
財布事情は厳しいが帰りに薬局にでも行き、胃薬の備蓄を増やそうと凪沙が作った朝ご飯を食べ続けながら考える古城であった。
古城は食べ終えた食器をボウルに入れて水に付ける。その後、ちゃんと戸締りをした古城はエレベーターに乗って一階へと降りていく。学校へ行くために電車に乗る古城。
ほどなくして学校へと着いた古城は職員室に行く。昨日の黒髪美少女――姫柊雪菜が所属しているクラス担任である笹崎先生を探すも、たまたま職員室に居た男性教師に今日は来ていないという遠回しな「お前、今日来た意味ねぇから」という無駄骨宣告を受けた古城は、茹だるような暑さと無駄足だったことに二重の意味で項垂れながら帰路に着こうとしていた。
笹崎先生経由で雪菜へ財布を返すという、当初の計画がつぶれてしまった。プランBとして雪菜へ直接財布を返すということも辰成は考えていたのだが、肝心の彼女が見つからなかったのだ。周囲を探っても、雪菜の気配すらしなかった。
「監視するんじゃなかったのかよ……」
暑さに対して露骨に嫌そうな表情を浮かべる古城。中学の校舎と高校の校舎を繋ぐ通路まで戻ってきた彼は柱に背中を預けながら辰成に聞いた。
「なぁ、これからどうするよ」
『バイト代で18禁ゲーム買う』
「お前はまだ十八歳じゃないだろうが。つうか、その手のモノを買うのはやめろ。いや、買ってもいいが家に置こうとするのだけはやめろ」
『一応、これでも那月と同年齢なんだけどなぁ……』
辰成の意見を却下し、とりあえず街へ行こうと高校の校舎まで戻ろうとする。そんな古城の耳に右方から誰かの足音が聞こえた。そちらを振り返ると視界にある人物が映る。そこに居たのは件の落とし主である雪菜だった。彼女の登場に辰成は大喜びしているがそんな声は無視して、古城は彼女に財布を返すために声をかける。
「君が姫柊さん?」
「あ、暁先輩」
彼女から返って来たのは誰が聞いても、あきらかに引き攣っている声だった。その瞳には僅かながら警戒心が見え隠れしている。こちらの正体を知っているんだから当たり前かと、雪菜の反応に少しだけ傷ついた古城だったがめげずに彼女が落とした財布を手渡そうとする。
「これ。兄貴が拾ったらしいから、代わりに渡してくれって」
「あ、ありがとうございます。先輩」
古城から財布を受け取った雪菜は頭を下げて素直に礼を言った。だが、古城には先程から気になることがあった。
「なんでさっきから俺のこと先輩って呼ぶんだ?」
「私、明後日からこの学校の生徒ですので。学年は暁先輩の一年下です」
『うん。知ってた』
『俺は凪沙にあの話をされるまで、コスプレ少女だと思い込んでたんだが……』
辰成の発言に古城は本気でコスプレ少女だと思っていたと告白した。何故か辰成に呆れられたため、古城は軽くイラっとし始める。確かに学生証まで見ておいて勘違いした俺も悪いけど、という古城の意見は辰成には聞き入れられなかった。そんなやりとりをしていると、雪菜が古城へとあることを訪ねてきた。
「……暁先輩に聞きたいことがあるのですが」
「な、なんだ?」
「その、お兄さんのことで。あれって暁先輩の演技ですよね?」
『ホワッ!?』
雪菜に指摘されて、変な声を上げる辰成。どうしたもんかと古城は頬を掻く。完全に自分が雪菜を騙すために演技をしたと思い込まれていると、彼女の目を見て古城は確信する。
『俺の雪菜ちゃんとのファーストコンタクトがぁ……』
辰成はまさか雪菜にそんな風に思われているとは思わなかったのか、よほどのショックだったと言わんばかりに落ち込んだ声を上げ始める。凹んでいるのが古城には手に取る様に分かった。とりあえず、辰成に対して黙れとだけ言っておいたが。
『仕方ない。こうなったら俺が実在するという事を、雪菜ちゃんに“いっぱい教え込まなければいけない”ようだなぁ?』
『お前が言うと卑猥な方に聞こえるのは何故なんだ?』
『そういう風に聞こえるよう言ってるから』
『いっぺん車に轢かれて来いよ……。もしくは那月ちゃんにガチで捕まれ』
『車に轢かれるのはともかく、那月に捕まれという単語出すのだけはマジで勘弁してください。あいつ、俺を見る時の目がマジなんだもん……』
とりあえずツッコミを入れるのだけは忘れない古城。短く息を吐いた辰成は古城に作戦を伝える。作戦内容を聞き終えた古城は辰成に言われた通りに雪菜へと言葉を発した。嘘を嘘で塗り固めることに僅かに罪悪感を覚えながら。
「いや、実在するんだが」
「嘘ですね。調べましたけどお兄さんの戸籍は存在しませんし、あれは暁先輩が黒のウィッグを使っていただけですよね?」
『うわぁ、メンドくせぇ……』
辰成の心底面倒臭いという感情を孕んだ声が古城だけに聞こえた。まさか、そこまで調べてくるとは思っていなかったのだろう。作戦通りに辰成は存在すると信じさせようとするが、彼女にはそんな辰成と古城の気持ちは届かない。
「いいから聞いてくれ。辰成は養子なんだよ」
「養子、ですか?」
「それに戸籍もないのも当然のことなんだ。あいつは失踪した事にされてるからな」
「え?」
これまた本当のことを嘘の中に混ぜ入れる古城。彼の中で罪悪感が先程よりも膨れ上がるが辰成のためと我慢し続ける。
「すでに失踪してから八年経ってるんだけど、数か月前に失踪していたあいつが見つかってさ。子供の頃にあいつの親が不慮の大事故にあって、その時にあいつの姿が見えなくて失踪扱いになったそうなんだ。今は戸籍を復活させている最中でさ。んで、親戚筋のうちが今預かってるんだわ」
嘘の中に本当を混ぜる。それが辰成に教わったもっともらしい嘘のつき方だった。嫌なことばかり教えてくる辰成に古城は何回目かもわからない呆れを感じていた。
「そうなんですか……。疑ってすいませんでした」
あっさりと雪菜は古城の言葉を信じてしまう。辰成は彼女の様子に拍子抜けしたので、思いっきりずっこけるところだった。古城も「今の言葉、マジで信じちゃうの?」と言わんばかりな表情を浮かべるが、雪菜は若干下を俯いているので気づいていない。
「あ~、姫柊さん。あいつ自身はもう気にしてないらしいからあんまり気にしない方がいいぜ」
暗い顔をして謝った雪菜だったが、古城の言葉によってすぐに明るい表情へと戻っていた。すると、何処からかお腹が鳴る音が古城の耳へと届いた。音が鳴った方へ視線を送ると雪菜からその音が出ていたのが一目瞭然だった。顔を紅潮させ、口が開いたままだったからだ。それだけで古城と辰成は察した。昨日から何も食べてなかったのだと。
そろそろ昼飯時である。目の前の少女を見て、古城は放ってはおけなかった。たとえ自分を監視するために来た少女だとしても。それに、彼女をここで放置すれば辰成からしつこく文句を言われるのは明白であった。
「飯、食いに行くか?」
「は、はい」
余計なことは言わず、古城はそれだけ言葉を発した。雪菜は静かに頷いて、古城の横を歩いて行く。
『顔が真っ赤な雪菜ちゃんかわゆい……。なんで写メらなかったんだよ!?』
古城は昼飯を食べる場所を探す間。ずっと自分に対して、意識の中から話し掛けてくる
しばらくすると古城と雪菜は昼飯を食べる所見つけた。古城と辰成御用達のファミレスである。店員に案内されてテーブルに二人は座る。先に雪菜へメニューを渡す古城。
「あ、金は俺が全額払うから気にしなくていいぞ」
店員に案内されている間、辰成から「俺の金を使っていいから奢ってやれ」というお達しが来た。古城はこの場は辰成の言う通りにしようと思い、雪菜に奢ると告げた。すると何故か雪菜は「別に奢って貰わなくても!」と慌て始めたのだが、古城は強引に自分から払うともう一度言う。それを聞いて引いてくれそうにないと感じた雪菜は素直に諦めた。
「先輩は私が思っていたよりも普通ですね」
「ん? どういう意味だ?」
「第四真祖の力を受け継いだと聞いて、もっと凶悪というか「財布を拾ってやったんだから、有り金全部寄越せ」といった感じで脅されるかと思ってました」
『節子、それ第四真祖ちゃう。チンピラや』
『誰だよ、節子って……』
辰成のボケに対し、反射的に古城はまた突っ込んでいた。目の前の美少女が自分にどれだけ的外れな想像をしているということを、古城は痛いほど理解した。
『でも、辰成ならそれくらい平気で言いそうだよな。金よこせって』
『え?』
『え?』
変な会話を繰り広げている二人の耳に、「でも」という雪菜の潜めた声が聞こえた。なにか嫌な予感を感じた古城は静かに彼女を見ている。
「これも何か作戦ですよね。私にご飯を奢るという口実で口止めでもする気なんですね。先輩はこの島で何を計画しているんですか?」
『あれ? もしかしなくても俺、姫柊さんに勘違いされてる?』
『されてるね。まぁ、ここはさっきみたいに嘘をつかない方が得策かもしれないな。本当のことを話せ』
古城の焦り具合とは対照的に辰成は冷静だった。小さく溜息を吐き、古城に的確に指示を出す余裕まである。とりあえず雪菜の誤解を解こうと古城は雪菜に話し掛ける。
「あのさ、姫柊さん。多分それは勘違いだ」
「勘違い、ですか? それとさん付けはやめてください。なんかこう、体に鳥肌が立つというか」
「……なら、姫柊。俺は少なくともこの力を使って、何かしようって気はない。むしろこの力なんて要らないくらいだ。そもそも、この力だってあの馬鹿に力を押しつけられたのが原因だし」
あんまりなことを言われながらも、雪菜への呼び名を訂正した古城は自分の心意を彼女に話し始める。古城から出たその言葉は紛れもない彼自身が紡ぎ出した言葉。辰成による言葉ではない。
「押し付けられた?」
「先代の第四真祖。
古城の言葉を聞いた雪菜はありえないと大声を張り上げようとするが、寸前のところで古城に止められる。周囲を見渡し、自分たちの他にも客が居ることに気づいた雪菜は小さく息を吸う。少しは気分が落ち着いたのか、そのまま話を続ける。
「真祖になるには真祖を喰らう、もしくは失われた神々の秘呪で不死者になる。いま挙げた二つの方法以外に、真祖に変わる方法などないはずなのですが。それでも暁先輩は、先代の焔光の夜伯に力を押しつけられたと言いたいんですか?」
「でも事実だし……」
古城の言葉を聞いて少しの間、熟考していた雪菜は言葉を発せずに黙っていた。押しつけられたというのは古城が辰成から聞いたことと、自分の僅かな記憶を照らし合わせた推測にしか過ぎない。古城は辰成に力を手に入れた時のことを思い出すな、とキツく念を押されているのだ。実際、前に無理矢理思い出そうとした際に頭に激痛が走り、辰成を心配させたのは記憶に新しい。
「すまない。これ以上詳細は話せないんだ。思い出そうとすると頭に激痛が走るから」
「……とどのつまり、先輩は吸血鬼になりたくてなったわけではないということですね?」
彼女の言葉に、古城は頷いた。その反応を見た雪菜は拍子抜けしたような表情を浮かべる。世界を壊すかもしれない吸血鬼の真祖が邪悪な計画を何も企んでいないうえ、真祖になったのが先代の第四始祖に押しつけられたからなどという理解しがたい理由によるものだと聞かされたのだから当然である。
「やっぱ嘘っぽいか?」
「先輩が嘘をついている様子もないですし。……信じます」
『意外と素直だね。雪菜ちゃん』
柔らかい笑みを見せる雪菜に辰成はいつものふざけた調子でそう言葉に出した。古城の中にいる変態がすぐ近くにいるということに雪菜は気づいていない。辰成にとりあえず自重するように言い聞かせる。だが、辰成は大して気にも留めていない。再び雪菜の腹が鳴った。頬を赤くして、雪菜は顔を古城の方から逸らしていた。
「さっさと注文して食べるか」
「そ、そうですね……」
頼むメニューを決めた二人は店員を呼び、注文をした。店員が注文を確認して去っていくのを見計らって、雪菜は再び話し始める。
「ですが、私はまだ先輩のことを完全に信じたわけじゃありませんから」
「藪から棒になんだ?」
「暁先輩のお兄さんには言いましたが、私は監視の他にも先輩を危険な存在だと判断したら抹殺するように命令されてますので」
『抹殺、ねぇ。なあ、古城。俺が口を酸っぱくして言ってた通りだろ?』
抹殺の件は辰成が古城に耳にタコが出来るほど聴かせていた話である。いつ何処の誰がお前を殺しに来るか分からないから用心しろ、と。古城に今更たじろぐ様子はない。そんな古城を不審に思った雪菜が問い詰める。
「先輩。なんのリアクションもなしですか?」
「いや、辰成に散々聴かされてたんでな。何処かの機関やら名を挙げる為に殺しに来るヤツがくるぞってな具合で」
「お兄さんは一体何者なんですか……」
「俺が聞きてえよ……」
辰成が何者なのか古城は根掘り葉掘り聞かないでいた。古城が第四真祖になってしまい、どうすればいいのか途方に暮れていたところへ突如最初から居たかのように現れたのだ。常に変態ではあるが、自分に勉強も教えてくれて凪沙や自分の母親である深森とも仲良くやっている。そんな人物に口では文句を言っていても、心の中では感謝していたのだ。
そんな彼が言った。これ以上過去の事は聞くな、と。だから古城は聞かなかったのだ。必要以上に彼の過去を。