ストライク・ザ・ポゼッション   作:風呂敷マウント

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お久しぶりです。以前投稿し忘れていた話を投稿しました。


夜襲 2

 突如現れた闖入者に雪菜や殲教師は驚いているようだった。その闖入者である辰成は背後にいる雪菜の方へ振り返る。彼女に対して優しげな笑みを浮かべるとその表情を瞬時に真剣なものに変え、吸血鬼と雪菜を襲撃していた者達に向かい合う。そこにいたのは、自分と少しの間ではあるが命のやり取りをした殲教師とホムンクルスの少女。辰成は目を眇めながら、戦闘態勢を解いていない殲教師に対して口を開いた。

 

「昨日振り。――とでも言えばいいか? 殲教師さんよぉ?」

「……少年、貴方でしたか。薔薇の指先を消し去った攻撃を見て、もしやとは思いましたが」

 

 落ち着きを取り戻したのか、辰成の言葉に対して冷静な声音でそう返してくる。辰成はそんな彼の声をわざと聞き流す。相手は敵だ。それも既にかなりの数の被害者を出している凶悪犯だ。昨日もこちらを殺そうと様々な攻撃を仕掛けてきた。何も敵に遠慮する必要はない、と辰成は自分に言い聞かせる。

 

「なあ。ここは退いてくれないか?」

 

 だが、相手がこちらの要求を呑むなら別である。後ろにいる雪菜を気にしながら、辰成は自分の意見を口にする。剣巫としての訓練を積んでいる彼女のことだから多少の血なまぐさいことが目の前で起きてもある程度は大丈夫だろうが、辰成個人としてはあまりやりたくないのだ。ただの無差別襲撃犯ならそのまま静かに存在ごと闇に葬っても良かったのだが、ここまで派手な騒ぎを起こされた所為でその選択肢はなくなった。

 警察や獅子王機関の剣巫までも絡んでいる状況になってしまっているのだ。そんな状況で下手に犯人を消せば色々と辻褄合わせやら裏からの情報操作で手間取るのは目に見えている。それに加えて、単独行動をしている可能性がある殲教師とはいえ、その存在を消したとなればあちらの国との軋轢を生みかねない。そんなリスクを背負うつもりなど辰成にはなかった。幾らある程度権限を持っているとはいえ、あくまでもこの島及び日本本土での権限しか持っていない。諸外国に対してに影響力など皆無なのだ。

 

「ふむ……正直に言って、あなたと戦うのは得策ではありませんからね、それも良いでしょう。ですが、その前に一つ聞かせて貰えませんか?」

「……なんだ?」

 

 殲教師の言葉を聞き、辰成は返答を待つことにした。殲教師が再び口を開こうとするが、殲教師を庇うように藍色の髪をしたホムンクルスの少女が前に出る。その瞳からは何の感情も感じ取れなかった。機械的な命令を繰り返しているだけの人形と化している彼女の唇がただ言葉を紡ぐ。

 

「――再起動(リスタート)完了(レディ)命令を続行せよ(リエクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

「――なっ!?」

「待ちなさいアスタルテ! 今はまだ彼と戦う時ではありません!」

 

 辰成の驚愕した呟きと殲教師の叫びが重なった。焦燥する辰成は再度リボルバーを構える。対力弾の効き目が悪かったのか、彼女が短い間に対力弾に態勢を付けたのかは分からないがとにかくアスタルテと呼ばれたホムンクルスの少女が再びあの虹色の腕をした眷獣を顕現させようとしているのだけは確かだった。少女は殲教師からの命令に戸惑うような仕草を見せるが、時既に遅し。彼女の命令を受けてしまった眷獣が止まることはない。再び対力弾を撃とうとリボルバーを辰成が構えた時だった。

 

「お兄さん、下がってください!」

 

 銀の槍を構えた雪菜が辰成を突き飛ばすように、後ろから飛び出てきた。下がるのは君だと叫ぼうとするが、その雪菜の動作を待っていたかのようにアスタルテの足元からもう一本の腕が現れて雪菜に向かっていく。

 

「――雪菜!」

 

 辰成は咄嗟に雪菜を呼び捨てにしながら、彼女を突き飛ばした。無防備だった背後からの衝撃に雪菜はなす術もなく吹き飛ぶ。目標を見失った薔薇の指先の右腕が眼下から、左腕が辰成の頭上から襲いくる。

 

「お兄さん!? なんてことを――!」

 

 雪菜が体勢を立て直し、辰成を援護しようとするが間に合わない。こうなったら近距離で対力弾を撃つしかない。と辰成は腹を括った。近距離で対力弾を使えば、自分にどんな影響が出るか分らないがやるしかないと。保険として用意していた武器も取り出す準備を済ませ銃口を眷獣に向けた。だが、それを好しとしない存在がいた。

 

『辰成!』

 

 他ならない古城だった。古城と辰成との間で感覚の共有が行われ、無理矢理にでも体の指揮権を自分に戻そうとしている。辰成は理解した。古城は体の主導権を自分に移し、襲いくるであろう攻撃によるダメージを自分の体で受けるつもりなのだ。そうすれば、辰成がダメージを追う事はないから。古城に向かって、何をしていると辰成は叫ぼうとするが、突如右腕に電撃が走るような感覚に襲われる。その感覚にとてつもなく嫌な感じを覚えた。古城の中から這い出てきた何かが自分にも流れ込んでくる。

 ――それは古城の魔力だった。その事に気づいた辰成とシンクロしかけていた古城の右腕に顕現したのは青白い閃光。それは周囲を照らし出すと同時にとてつもない衝撃波が放ち、アスタルテが顕現させた虹色の眷獣をいとも簡単に消し飛ばした。

 

「いけません! アスタルテ!」

 

 怒気を含ませた声で殲教師がアスタルテに向けて叫ぶ。だが、その声は放たれた衝撃波が生み出した轟音によってかき消されてしまう。

 古城と辰成の腕から放たれたのは実体化した高濃度の魔力の塊だった。薬も摂りすぎれば毒になるように、魔力痛の鎮痛剤代わりとして使わせてもらっていた古城の魔力は今の辰成にとっては過剰摂取状態になっており、猛毒にも等しいものになっている。一瞬でも気を抜くと気を失ってしまうだろう体に走る激しい激痛と頭痛に蝕まれる中、辰成は悟った。自分の腕から放たれているこれは眷獣の力だと。それならばこの濃密な魔力も説明がつく。

 今の古城や辰成では制御などできない巨大な雷が地上にあった倉庫を食い荒らし、生み出されている衝撃波が暴風となって空を駆けまわる。辰成と古城の体は光に呑みこまれ、周辺に雷の弓矢を放っている。周囲を蹂躙していく眷獣の力を見ていた辰成は何とか歯を食いしばり意識がなくならないように必死に耐える。

 雪霞狼の結界で雪菜とその近くに転がっている吸血鬼は大丈夫だろうがこのまま眷獣の暴走が終わり、気絶してしまえば雪菜に自分たちの秘密がバレてしまうだろう。それだけは避けなければならない。今はまだその時ではないのだ。辰成が眷獣を使ったことへの矛先は当然向けられるだろうが、それくらいは後でなんとでも弁解することができる。

 時間にして二十秒。眷獣の暴走が収まった隙を見計らい、辰成は空間掌握を連続で使って古城の自宅があるマンションへとテレポートして、古城の部屋と逃げ込んだ。荒い息が辰成の口から漏れる。倦怠感と睡魔に襲われた辰成は古城に体の主導権を返すと、意識を手放してしまった。

 

 

 辰成は軽い倦怠感の中で目を覚ました。すでに空には太陽が昇っており、昨夜からある程度の時間が経ったことが窺えた。古城の視界を通して周囲を見てみると、そこは彩海学園内だった。となれば、古城は今学校にいることになる。そして、こうして自分が無事でいることから考えるに古城は間違いなく無事であろう。でなければ彼の鼓動を感じ取ることなどできないのだから。

 雪菜は大丈夫なのだろうか。ひとまず古城の無事を確認した辰成は次にそう思った。あの時は魔力痛による想像を絶する激痛と古城の眷獣が暴れた事や早くあの場から去らなければいけないという事ばかりにいっていたので、正直に言って辰成には彼女のことを考えている余裕などなかった。幾ら雪霞狼の結界があったとはいえ、あれだけの魔力の暴走を引き起こしたのだ。辰成が不安に思っていると古城から声がかかる。

 

『辰成。起きたのか……大丈夫か?』

『一瞬だけ魔力痛で死ぬかもと思ったけど、なんとか生きてるよ』

『そうか。……すまなかったな。眷獣を暴走させちまって』

『俺は別に気にしてないんだけどさ……』

 

 辰成は古城の謝罪にそう返す。古城は自分を助けようとした所為で結果的にああなっただけで、彼を責めたてることはしない。だが、暴走させてしまったことは事実だ。あの後の被害状況がどうなったのか気になったので辰成は古城に尋ねる。

 

『なあ。あの後、一体どうなったんだ』

 

 古城は上擦ったような声を出しながら説明してくれた。まず大手食品会社の倉庫などが六十棟ほど破壊され、二万世帯にも渡って停電を引き起こした。その内の半分は未だ復旧の目途が立っていない。アイランド・イーストとサウスを結んでいた連絡橋とモノレールの軌道も破壊されてしまい、直接的な被害だけで約七十億。間接的なものまで含めると被害総額は約五百億にもなるらしい。死傷者が出なかったことだけが唯一の救いだったが、学校に登校する際に雪菜に古城は「お兄さんは何処ですか?」とか被害総額の事などで色々と言われたそうだが。

 

『あー、そうか。やっぱ俺がやったことになってるんだな』

『ああ。あの時表に出ていたのは辰成だからな……』

 

 力を暴走させたのは古城だが、あの時体を動かしていたのは辰成なのだ。当然、辰成の姿を眷獣が暴走する直前まで見ていた雪菜は、辰成のことを探すのは必然なわけで――

 

『……どうする? 姫柊とのこと、このままって訳にもいかないだろ。面倒な事態が更にややこしくなってるぞ。誤魔化すにしてもあんなことしちまったし、正直このままの状態を続けるのは無理だと思うぞ』

『……確かにな。まあ、そのことに関しては後でなんとかするよ。……ところでさ、お前なんでこんなところにいるの? ここって生徒指導室のあるほうじゃん』

 

 ここが学校であり、生徒指導室がある場所の近くであることが学校の間取りを頭に叩き込んでいる辰成には理解出来た。数か月前の古城ならともかく、今の古城が生徒指導室に呼ばれる理由はないはずだ。今の状況がさっぱり分からない辰成に古城は説明を入れる。

 

『あれだよ。ゲーセンで那月ちゃんとエンカウントした時のことで呼び出されたんだよ。んで、今しがた那月ちゃんからの呼び出しを終えたところ』

『ああ、あれか。すっかり頭から飛んでたわ』

 

 辰成は古城の言葉を受け、納得した。古城は続ける。あの殲教師が起こしている事件でお前やお前の中にいる辰成にも危険が及ぶかもしれないから気を付けろという主旨の警告を那月から受けたそうだ。辰成云々の部分は近くに雪菜が居たため、大分暈した言い方をしたそうだが。が、古城の中にいる自分が殲教師と接触した時点で色々と手遅れな気がしてならないと那月の気遣いが無駄になったことを申し訳なく思いながら、辰成は小さく息を吐いた。

 

「やっぱり、南宮先生は知っていたんですね」

 

 ふいに雪菜の声が聞こえた。古城の視線が動き、辰成の視線もそれを合わせて彼女の方を向いた。そこには昨日あの場に忘れてきたはずのネコマたんの人形を嬉しそうに眺めている雪菜がいた。彼女の様子からして体にも異常がないようなので、辰成はほっと息を吐いた。それにしても、あの人形。あの後ゲーセンで那月が回収して彼女に渡したのだろうか。と辰成が考えていると古城は雪菜に対して、深刻そうな表情で答える。

 

「まあな。やっぱあの場にその人形を置いてきたのは失敗だったな」

「いえ、そうではなくて……昨晩、私やお兄さんが戦った相手のことです。そういえば、先輩がお兄さんに私を助けるよう頼んだそうですね」

「あ、ああ。今朝も言ったけどその通りだ。あいつならそういったゴタゴタを何とかしてくれそうだったから」

 

 どうやら古城は自分が雪菜ちゃんを助けに現れた理由をごまかしてくれていたらしい。助かったと辰成は心の中で古城に礼を述べる。

 

「……それで、お兄さんとは連絡取れましたか?」

「いいや駄目だ。電話にも出ねえ」

「そう、ですか。大きな怪我とかしてないといいんですが……」

 

 雪菜は心配そうな声音で呟いた。その顔を古城の目を通してみていた辰成は罪悪感に駆られる。俺は何をしているだろうかと辰成はため息を吐きそうなるのをなんとか堪えながら、古城と雪菜の会話に耳を傾けることにした。

 

「あの、その、お兄さんや私と戦った犯人のことなのですが……」

「えっと。那月ちゃんが見せてきた写真に写っていたおっさんだっけ?」

「はい。それと、彼と一緒にいたホムンクルスの少女も。彼らが魔族狩りをしていたのを、警察はすでに知っていたということですよね」

「……だろうな。市内の登録魔族に警告が出ているって那月ちゃんも言ってたしな。でも本当なのか? そのおっさんがロタリンギアの殲教師って」

 

 古城は雪菜にそう尋ねると、雪菜は首肯した。自分と戦っていた時にそう名乗っていたと自分の記憶力に誓ってそう断言する。

 ああ、那月から説明を受けたのか。そう辰成は納得していると、古城は雪菜の言葉に違和感を得たのか彼女に尋ねた。

 

「犯人がそう言っているだけで、本当は違う可能性があるからか?」

「はい。他に襲撃を受けた被害者たちの殆どが意識不明の重体ですから、私の証言だけでは……」

 

 古城と雪菜を会話しているのを聞きながら、辰成は頭を働かせる。確かに雪菜の言う通りだ。ロタリンギアの殲教師の襲撃を受けて無事だったのは、自分と雪菜くらいのものだった。自分と一心同体になっている古城も含めれば三人になるが。

 雪菜にあの殲教師が素姓を明かしたということは、確実にあの倉庫街で雪菜を倒す自信があったのだろう。殲教師本人の戦闘力に加え、あの眷獣を召喚するアスタルテと呼ばれていたホムンクルスの少女の戦闘力を鑑みるに不可能ではなかったはずだ。結果的には辰成の乱入というイレギュラーによって、雪菜は無事に生還することになった。だが、それだけでは証言が足りない。たった一人だけでは確たる証拠にはなり得ない可能性の方が非常に高いのだから。

 

「なあ姫柊。どうしてさっき那月ちゃんにそのことを言わなかったんだ? あの人、攻魔師資格保持者だし、警察にも顔が利いたはずだぞ」

「あの、先輩……。本気で言っているんですか?」

『……』

 

 雪菜に半眼で睨まれ、辰成にも同じような視線を向けられている気がしたのか古城が戸惑っている。そんな古城に対して辰成が声を掛けた。

 

『警察と獅子王機関は仲が良くないんだよ。前にも教えただろ?』

『……そういえばそうだったな。だからさっきの姫柊と那月ちゃんのやり取りに妙な緊張感があったのか』

 

 古城は納得したのか辰成にそう言葉を返している間に、雪菜は古城に何故攻魔師資格を持っている獅子王機関の人間が警察に泣きつかなければならないのかと古城に向かって言い出し始めていた。もう、と雪菜が息を吐くと、

 

「いいですか? ただの通り魔事件なら警察の管轄ですけど、ロタリンギア正教、それも殲教師クラスの人間がこの事件に絡んでいるとなれば立派な国際魔導犯罪――獅子王機関の管轄です」

「え、そうなのか? ただの縄張り意識じゃないんだな」

「当たり前です。それに先輩、忘れたんですか? 今朝の話を」

「今朝? ああ、辰成の正当防衛が認められるどうかって話か?」

 

 古城の言葉に雪菜は「ええ」と首肯する。そんな話もしてたのかと辰成は余計なことを古城に言わず、話を聞くのに徹していると古城は顎に手を当てながら言う。

 

「だけど、証拠もないし姫柊の証言だけじゃ足りないって……。おい、姫柊。まさか」

「ええ、そのまさかです。相手は旧き世代クラスの吸血鬼を倒した無差別魔族襲撃犯です。その危険性はこの島にいるであろう誰もが把握しているでしょうから、彼らに危害を加えられたという事を証明できれば、お兄さんの罪についてはなんとかなると思います」

 

 雪菜の意図に気づいた古城に彼女はそう説明を入れる。雪菜は「それに」と言葉を続けた。古城は真祖なのだから、親族である辰成が襲われたから動いたと言えば文句を言ってくる勢力は殆どいないだろうと言う。それを聞いた古城は合点がいったように呟いた。

 

「……要は、俺達がその殲教師のおっさんを自らの手で捕まえればいいってことか」

 

 それを聞いていた辰成もなるほどなと心の中で呟いた。元々彼らのことは追うつもりだったが、大義名分さえ確保できれば騒ぐ者は少ないだろう。こっちは被害者、あっちは加害者なのだから。辰成は雪菜の話を聞き付けようと、耳を傾けるのだった。




現在最優先で連載している作品があるためこちらに割く時間がありませんが、書くつもりはあるので待っていただければ幸いです。

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