天を仰いでみる。意味はない。ただ、空の景色を見ているだけだ。
今日はあいにくの空模様と言うらしい。僕は雨が好きだからあいにくではないのだが。
「お前はなんか変わってるよな。」
そんなことはない。僕は普通だ。でも、普通には飽きている。普通でいることを求める世界の中で、普通以上のことをすれば即刻異端狩り。そんな世界で普通であろうとしたのは僕だというのに、そんな普通に、僕は飽きている。
「そんなこと言ってもしょうがないよ。私たちは、普通でいなきゃならないの。そういう道を選んだんだから。」
そう、僕らは選んだ人間だ。普通に生きるという道を。そんなくだらないことを選んだ頃は、普通でいたいと思っていたが、今となっては後悔している。
―――――――――――――――――――――――
「先生からの連絡は以上です、では、さよならー」
あまりにも軽い、終わりの挨拶。一日が終わるというほどでもないので、生徒たちもこれくらいの方がめんどくさくなくて良いと、評判である。中学生からしてみればこの程度ですむが、他の真面目な先生らからは注意されている我らが担任。でもまぁ、そんなところも含めて人気である。
「サトル、帰ろうぜ。」
「そうだな大和、今日はゲーセンよらねえぞ。」
ちぇ、と少しつまらなそうにしつつも、納得したのか取り合えず帰ろうとする彼は、大和。彼とは幼稚園の頃からの友人で、いわゆる幼馴染と言うやつだ。いつも学校終わりにゲーセンに行きたがるほどには不真面目の、だというのに成績はいつも平均以上の変な奴。正直その頭を分けて欲しいくらいだ。
「よく言うよ、お前だっていつも成績いいじゃねえか。」
お互い様だ、と言葉にはしないものの、少し睨む。大和は若干ひるみながらも、笑った。
「そういえばさ、お前は進路、決めたのか?」
「そうだな、近くの高校にでも行こうかと思ってる。」
「あー、そっちじゃなくて、さ。」
...そうか、そういえばもう一つ決めなければならないものがあった。
これから先、自分が才能を持った人間として生きるか、才能を持たない、普通の人間として生きるか、という二択。
これは政府が執り行っているもの...ではない。それでも、これは義務となっているのだ。この制度は、三十年ほど前から存在している。誰の手によって始まったかは、その当時に生まれていたわけではないので、よく知らない。学校でもこの制度についての説明はあまりされないが、これが普通だとなんの違和感もなく、皆がそれを享受している。
「大和は決めたのか?」
「俺は...決めかねてる。才能は欲しいけど、その才能によっちゃ俺はめんどくさいことばっかしないといけないだろ?それが嫌なんだよなぁ。」
なるほど、一理ある。この制度では、才能をもらえることを選べても、その才能がなんの分野なのか決めることができない。だから、才能ガチャとも呼ばれている。この才能ガチャで、自分が欲しいと思える才能を引くことができれば、楽しい人生だろうが、興味のないことで才能を得てしまえば、その先は地獄である。
それでもなお、才能を得ようとする人間はあとを絶えない。なぜかなんて考えるまでないことだ。どんな才能であろうと、生きるのは圧倒的に楽になる。だからそちらを選ぶ人間は、多い。
「僕は、普通を選ぶけどね。」
「へぇ、それはまたなんでだ?」
普通を選ぶメリットは、少し難しい。それでも、明確に存在する。
「自由になれるからさ。」
選択の時は、そう遠い時期ではなかった。高校入学が決まったものもいれば、浪人や、就職を選択した人間が多い中で、最後の登校日。この中学ともおさらばという少し残念な気持ちを持ちながらも、僕らは道を進む。
...その先が、とんでもない地獄であるとは知らずに。
「生徒諸君、今日は選別の時である。我々の前に出て、自らの意思を提示せよ。」
なんて仰々しいことを言っているのは、箱だ。誰でもない、箱なのだ。
生徒はざわつくが、それでも列が進みだす。それぞれの意思を、箱に向かって言っている。
「サトル、本当に普通を選ぶんだよな?」
「今更嘘を言っても意味がないさ、僕は普通を選ぶよ。」
「そっか...じゃ、俺もそれを選ぶよ。」
あくまで自分の意思で最後は決めたと言っているが、それが僕の所為であると思わせないためなのか、本心で言っているのか、僕には判断がつかない。どうでもいいかと振り切ってしまえば、いいものを。
「貴方の意思は、どちらですか。」
「僕の意思は、普通です。」
「...エラー。貴方の意思は、どちらですか。」
「...だから、普通だって言ってるでしょうが。」
「エラー。貴方の意思は、受け入れられませんでした。エラーコード888。エラーコード888。再起動...再起動...成功。貴方の意思を拒否します。」
どういうことだ?僕は前にいた人物と同じような問答をしただけなのに、エラーだの意思の拒否だの。これじゃあ僕のこれからが決まらないじゃないか。
「...おかしいな。まだ壊れる時期ではないはずなのに。」
「あ、あの、僕はどうなるんでしょうか。」
急に現れた人物は、巨漢だった。柔道なんかすれば僕がつぶれてしまうのではと思うほどの。その人物は、僕の質問に驚いた...否、見えることを驚いていた。
「はっはっは、まさか私が見えるとはね。大丈夫、君の人生は君の意思通り、普通でいいとも。だが、その才能は隠したまえ。いいか?絶対にばれてはいけないんだぞ。」
「え、それはどういう...」
僕が質問をする前に、彼はどこかへ消えてしまった。
それからのことだ。僕の人生が狂っていくのは。
―――――――――――――――――――――――
「えー、本日は雨が降っていますが、皆さんの本校への入学はとても―――」
あー、無駄だ。入学式という式典は、とても無駄だ。今すぐにでも抜け出して、遊びに行きたいほど。それでも、今の僕は普通に生きなければならない。僕が普通に生きるということを選択した、あの日から。
「なぁサトル。今日の帰りはゲーセン行こうぜ!」
「もう少し静かに話せ大和。ゲーセンは別にいいんだがよ...」
「ね、ね、私も行ってもいいかな?」
僕と大和の会話に割り込んできた彼女は、今日知り合った人物であり、たまたま席が前後だったから、という理由だけで話しかけてくる、いわゆる陽キャだ。別に苦手意識はないが、得意と言うわけでもない。それでも、遊びの話をしていて、断る理由もないので、
「あぁ、一緒に行こうか。」
「やった!」
と、普通に了承の意を返す。嘉穂は元気に言うが、声や動きは最小限だ。ここまで周りの邪魔にならない行動ができるのは、ある種の才能であるとも思える。しかし、こういうのはあくまで個人の個性であり、誰にも制限はされない。だから安心ではある。
「でも、ゲーセンってどこに在るの?」
「今まで行ったことないのか?駅の方に行ったらあるぜ!」
彼女はどうやら、今まで駅にもいったことがないらしく、そもそも町のことも詳しくないとのこと。いったい今までどうやって過ごしてたんだか...
「はー、にしても、早く終わらないかな、入学式。」
「大丈夫、もうすぐで終わるよ。」
僕がそういうと、実際にマイクの前に立っている学年主任らしき人物が、各自の教室へ戻るようにとしゃべっていた。
「すごーい!本当に終わっちゃったね!」
「これくらいの予想は誰にでもできるさ。さて、早く戻ろうか。」
僕たちは席を立ち、教室へと歩く。これから先の高校生活に、期待を乗せた歩みを生徒が進めながら、僕一人は、違う気持ちを持っていた。
教室へ着き、生徒たちは浮ついた心意気で、先生の話を聞く。明日から授業があるが、初回の授業はほとんどオリエンテーションのようなものだから気負わなくていいという話をしたあと、一時間目はHRになることを連絡事項として伝え、帰っていいと号令された。
案外高校と言うのは、あっさりしているんだということを理解しながら、生徒らは、帰ったり、初めて話しかける人物としゃべったりと、それぞれの思う行動をしている。今は探りあっている時間、ともいえるな。
「さて、行くか!」
「私楽しみ!どんなゲームがあるのかな?」
二人は楽しそうにしゃべりながら、学校を出る。僕はなぜか真ん中に置かれているが、あまり気にしない。
とりあえず、駅前にあるゲーセンにつき、ゲームをする。大和はシューティングゲームが好きだが、初心者にそれは合わないだろうということで、少しの間別行動することになった。
「家でゲームしたことはある?」
「ない!」
元気に返事をしてくれるのはいいが、ゲームの経験がないとなると、誰でもできるようなゲームの中でも、かなりジャンルが絞られる。というわけで、僕は初心者でも楽しめる、太鼓のゲームを提案する。
「これかな...うん、キャラも可愛いし、これで遊ぼ!」
太鼓をモチーフにされた二体のキャラを可愛いと言いながら、そのゲームでいいと了承されたので、お金を入れて、曲を選ぶ。
「あ、この曲って先月アルバムになってたやつだ!J—POPもあるんだね!」
「ああ。他にもゲームのBGMやクラシックなんかも入ってるよ。全部で三回遊べるから、次からは嘉穂が選んでいいよ。」
と、少し話をして、曲が始まる。僕は慣れているということもあり一番難しい難易度を選んだ。彼女は二番目に簡単な難易度を選んでいたが、初めてということもあり、スコアはボロボロだ。それがなんだか、僕と大和が初めてゲームをした時の様で、少し懐かしさを覚える。
「う、案外難しいんだね、ゲームって。」
「慣れるまではそう思うかもね。大丈夫、これから何回でもやればいいさ。」
彼女は少し恥ずかしそうにうんと言った。照れる理由はなんとなくわかるが、そこまでのことを言ったわけでもないと思うので、僕はスルーする。
二回目と三回目に彼女は、クラシックの曲を選んでいた。小さいころからなじみがあるのだろう、一回目の曲よりいいスコアを取れていた。
「楽しい、楽しいわ!ねぇ、次は何のゲームをするの?」
「結構食い気味になるほど夢中になったのか...そうだね、僕が得意と言うわけではないけど、シューティングでもやってみようか。」
彼女は目を輝かせて、案内を催促する。ここまで楽しそうにしてもらえるなら、僕も腕を見せなければなるまい。
今回選んだのは、ゾンビが徘徊しているのをただ打つというゲーム。出てくるものをただ打てばいいだけなので、これは簡単だろう。
隣では大和がインベーダーゲームをしている。インベーダーゲームといっても、昔のようなものではなく、大画面に対して両手で持つようなじゅを打つものだ。説明が下手なのはご愛嬌ということで許してくれ。
「じゃ、どっちがスコアが高いかで勝負ね!」
「いいけど、多分ボクが勝つよ。」
受けて立つ、と元気に言うが、負けが見えるゲームを楽しめるのも、彼女のいいところ....なのか...?
取り合えず、手加減はしない。僕は出てくるゾンビを文字通りすべて撃っていく。彼女は一体も倒せていない。
「え、ここまで何もできないことってある!?」
「行っただろ?勝つって。」
彼女は悔しそうに降参だと言ったので、ゲームを終了させる。
「大和、そろそろ終わるだろ?」
「あぁ、でもまて、もう少しで景品がもらえるところまで行けるんだ...!」
僕たちが行くゲーセンは、小さいながらもいろんなゲームのスコアに応じて景品がもらえる。お菓子がメインの、小さなものだが。それでも僕たちはいつものようにその景品をもらって帰る。店員には顔を覚えられたのか、たまにゲームを一回無料でさせてくれるほどには、景品を取りまくっているのだ。
「そこまで行くと、何かしらの狂気を感じるなぁ...」
「そう?僕たちとしては普通だけどね。」
よっしゃー!と掛け声が聞こえたので、大和にもう一度声をかける。
「お疲れ、今日はベスト更新したか?」
「あぁ、前回から1000点も増えた!」
やりすぎだろと思いつつも、称賛の声をあげる。ここまで熱中できるのは、いいことだと思うからな。
「さて、景品もらって帰るか。」
「そうだな。嘉穂、もう少しだけ付き合え。」
「うん、もちろん!」
店員のいるカウンターまで行き、ちょっとした世間話をしながら、お菓子をもらった。今日はグミのようだ。
帰路、夕日がさすこの町は、忙しい雰囲気に感じるが、ほとんどは仕事終わりや学校帰りの人物が多く、忙しい人物はどちらかといえば店の中の人間なのだろう。外に出る人間は、安息を求めているので、別に忙しくはない。強いて言えば、変えるために動かす足が忙しいのかも。
「今日はありがとう、楽しかった!」
「いいってことよ!また遊ぼうぜ!」
「次は嘉穂の行くところを案内してくれると嬉しいな。」
そんなこんなで、また明日と、全員が違う道を歩く。つまり家に帰る。それだけの事。
今日も、普通に過ごせた。これからも、普通を過ごそう。