私は周りの評価なんてどうでもいいのさ。
周りが私の事をなんと言おうとただ、ウマ娘の果てを追求する事ができればそれでいい。
ウマ娘の可能性の果て、ウマ娘の限界速度。
それを追求するためにはトレーナー君、君が必要なんだよ。
もうこの研究は、君無しでは成り立たない。
君がいないとダメなんだ。この研究は、この目標は、君無しでは絶対無理なんだ。
私自身も、君無しなんてありえない。君がここまで連れて来てくれたんだ。ガラスの足をもった私を、君は壊れないよう、優しく導いてくれたんだ。
君無しでは歩けないほど、遠いところまで連れて来てくれた。勿論この先も、君無しで歩く事はできない。
どれだけ君に支えられたと思っている。どれだけ君に救われたか。
粉々になりかけた心を救ってくれたのも、君じゃないか。
私を狂わせたのも、私をこんなふうにしたのも全部君だ。
君には責任を取ってもらわなければいけない。
君にはこれからも私のそばにいて、影も見えない可能性を、遥か彼方にある果てを共に見に行く義務がある。
だからトレーナー君。
私を捨てるなんて、絶対言わせない。私以外を担当するなんて、絶対許さないよ。
「タキオン、どうしたんだ?休みの日に急にトレーナー室に来いなんて連絡してくるから、心配したじゃないか」
カフェを置いて飛び出してきた後、タキオンはトレーナーを呼び出した。
「すまないね、トレーナー君。だが、君にどうしても聞かなければいけない事があるのだよ」
トレーナー君はいつもと変わらない様子で、トレーナー室へやってきた。
「…?トレーニングの予定は全て伝えているし、タキオンのウマホにも送信している。実験の試薬だって、今週は予定はないんじゃないのか?」
そうじゃない。そうじゃなくて。
私が聞きたいのは、そんな事じゃなくて。
「違う、違うよトレーナー君。…君は私に隠している事があるんじゃないのかい?」
そう聞くと、彼はあからさまな反応を示した。
顔は青ざめ、あからさまに動揺している。
私は、最悪な想像をしないようにしていた。
だけど、そんな反応を見せられたら、もうそうとしか考えられなくなった。
「い、いや、何のことだ?俺は何も、タキオンに隠し事なんてしていないぞ?」
嘘をつかれた。…やめてくれ、それ以上は。
「…君は本当に嘘が下手だねぇ。私が気づかないとでも思っていたのかい?だとしたら、君はとんだ阿呆だ」
だんだんと私の中に、ドロドロとしたものが溜まっていくのがわかる。
意識していないのに、無意識のうちにトレーナーを威圧してしまう。
「トレーナー君、君が隠し事をしているのはわかっている。早く言いたまえ。」
本当は聞きたくない。でも、ここで隠されることの方が、ずっと嫌だ。
「……っ!!そ、そういえば理事長に呼ばれているんだ。大事な用事で、今すぐ行かないといけない。だからタキオン、失礼するよ。休みの日ぐらい、ゆっくりしてくれよ?」
そういうとトレーナーは、私の横を通り過ぎて、足速に去ってしまった。
私は、すぐに追いかけようとした。だけど、目の前がぼやけていて、うまく前を見る事ができない。
足はもつれ、視界は安定しないが、彼を追いかける。だが、彼を見失ってしまった。
私はその場に崩れ落ちた。
「……ハァ、ハァッ、ヒュー、ゲホッゲホッ……」
呼吸が乱れ、思考が安定しない。
「……ハァッ、トレ、なぁ、くん、どうして、どうして…」
しまった。
タキオンから逃げてしまった。タキオンは何故あんなに怒っていたんだ?それに、何故タキオンが知っているんだ?誰かが漏らしたのか?
まぁいい、もう予定は組んでしまっている。タキオンにサプライズで誕生日パーティーを開く事になっているのだが、少々予定を変更しよう。
サプライズではなくしてしまおう。皆には申し訳ないが、バレているのにサプライズするのはあまり嬉しくないだろう。
何故怒っていたのかはわからない。もしかするとサプライズは嫌だったんだろうか。今度カフェに頼んで、予定を練り直そう。タキオンにも、それとなく伝えてもらうか。
頭が痛い。喉が渇く。前は気にならなかった喧騒も、今では雑音にしか聞こえない。
おぼつかない足取りで、研究室に向かう。
胃の中のものは全て吐き出した。なのに思い出す度、強烈な吐き気が襲ってくる。
トレーナー君に捨てられた。いや、正確にはこれから捨てられる。
来るべき時が来た。そう思うのが妥当なのだろうか。
今の時期、トレセン学園に所属し、レースに出走するウマ娘にはよくある話だ。
トレーナー君は優秀だから、すぐに新しい担当が着くだろう。いや、既に担当が決まっているから、このタイミングなのかもしれない。
…そういえば、今年の新入生は粒揃いだと聞いている。
時期もそうだが、それを後付けする材料も揃っている。
最早私には、そうとしか考えられなかった。
私とトレーナー君は昨年URAファイナルズを制し、トゥインクルシリーズを完走した。
そこで次なる舞台へ身を移すとなった時、トレーナー君は私との契約更新を一旦保留にした。私は迷わず契約更新を打診したのだが、トレーナー君は少し考えさせて欲しいと、保留にしたのだ。
契約は今月末までだ。そこから先は、私一人で歩まないといけない。
あの時には既に、私との関係に区切りをつけていたのだろう。
トレーナー君は過去にも担当ウマ娘との契約を途中で破棄している。彼女達はトゥインクルシリーズの道半ばだったそうだ。理由は知らないが、どうやら私も彼の過去の担当のように、ここまでらしい。
4年も共に歩んだのに、こうもあっさりと終わるのか。
そう思うと涙が止まらなかった。
私は勝手に、君の中の1番になったつもりだった。過去の担当ウマ娘よりも長く彼の元に居続け、彼女たちよりも実績を積んだ。
だけど彼の中ではそれは過去のことで、私が積み上げた実績には興味がないのかもしれない。
彼の目標はあくまでもトゥインクルシリーズで、それを完走した私はもう用済み…か。
「うぅ……うあああああああああ!!なんで!!なんで!!なんでぇ!!何故なんだい、どうして、どうして!!!」
私は研究室に帰ってくるなり、服にしまっていた試験管全てを床に投げつけた。
床に叩きつけられ、割れて粉々になる。中に入っていた液体がそこらじゅうに飛び散った。
「こんなもの……!!こんなものっ、君がいないと、何も、何も!!意味ないというのにっ!!」
机の上の顕微鏡やフラスコを払い除ける。ウマ娘の力で払い除けられたそれは、壁に叩きつけられ無残な姿になる。
「私を、私をスカウトしたのは君だというのに!!私を狂わせたのは、君だというのに!!なんで私を捨てるんだ!!」
棚の中も全てひっくり返し、研究室を荒らしていく。
もう全てがどうでもよかった。全てを壊したかった。
もう何もかも、見たくなかった。
タキオンはその後も、誰もいない研究室をひたすら荒らし続けた。
どれくらい時間がたっただろうか。
周りを見渡すと、ガラス片や研究資料、研究機材だったものがそこらじゅうに転がっており、さまざま薬品の匂いが混じって、ひどい匂いがする。
私は部屋の中心で、気づいたら倒れて眠っていた。
手は切り傷だらけで血まみれになっていたが、もうそんな事どうでもいい。
私は重い身体を動かして、部屋の外へ向かった。
もう、いい。どうでもいい。君のいない場所なんて、なくなればいい。
全部、無かったことにしてしまおう。