秘め事タキオン   作:ヤマ。tk

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タキオンの眠り薬

「タキオン、緊張してるのか?」

 

「緊張?私がかい?そんなわけないじゃないかトレーナー君。まぁ見ていたまえ、私のレースを」

 

皐月賞、パドックお披露目終了後。タキオンとトレーナーは、最後の作戦確認をしていた。

 

「そうは言ってもタキオン、足が震えてるよ」

 

私にとって初めてのG1。今日のために色々な事を準備してきたが、それでも不安要素は拭えない。そして何より、私自身が1番の懸念材料であった。

 

「タキオン、まだ不安なのか?」

 

正直不安しかなかった。私にかかる重圧、期待の眼差し。それら全てが私をさらに追い込んでいた。

 

パドックでは一際大きな歓声を浴びた。当然だ、私は一番人気に選ばれたのだから。

 

「不安なんて気にしている場合じゃあないんだよトレーナー君。私はこの期待に応える走りをしないといけない。皆が私の一番を望んでいるのだよ。私は絶対勝たなければいけないんだ。だから、…っひゃあ!?ど、どうしたんだいトレーナー君!?は、離れてくれないか、や、やめ…」

 

トレーナー君は急に私を抱きしめた。

 

「タキオン…怖いんだな?もし負けてしまった時の事が」

 

抱きしめながら、彼は聞いてくる。

 

「…っ! ……怖いさ。怖くて仕方がないよ。まさか私が、他人からここまで期待されるなんて思っていなかった。この期待に応えられなかったらと思うと、私は……」

 

「タキオン、大丈夫だ。君ならできる。絶対できる。俺は絶対信じてる。」

 

そういうと彼はより一層私を強く抱きしめた。

 

緊張と不安で震えていた私を、強く抱きしめてくれた。

 

「……!!トレーナー…君…」

 

彼は私の背骨を一つ一つ撫でるように、背中をさすってくれる。

 

「…ん、トレーナー…君…ふぁ」

 

彼の匂いと、彼に撫でられているせいで完全に私は惚けていた。

 

気づけば、体の震えは治まっていた。

 

「……ばか、離れるんだ。……もう、大丈夫だから」

 

「良かった。いけるか?タキオン」

 

「ありがとう…トレーナー君。もう大丈夫。いってくるよ」

 

「いってらっしゃい。待ってるよ、タキオン」

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時あのレースに勝てたのは、トレーナー君が抱きしめてくれたから。

 

君が、勝たせてくれたんだよ。

 

君が、私に勇気をくれたんだ。

 

君以外と組むなんてあり得ない。君以外のトレーナーなんかと組みたくない。

 

……ずっと隣にいるって約束したじゃないか。私と共に走り続けたいと言ってたじゃないか。

 

天皇賞秋も、宝塚記念も有馬記念も全部君のおかげで勝てたというのに。

 

君に救われなければ、走る事さえ叶わなかったのに。

 

今更私を捨てるなんて、どうかしてるよ。

 

もう、私は走れない。君じゃない誰かの隣で、走りたくなんかない。

 

君の隣に別の輩がいるのも見たくない。

 

君は優しいから、その娘にも私と同じ事をするのだろうね。

 

私と同じように抱きしめ、その体に触れるのだろうね。

 

……嫌だ。

 

嫌だよ、トレーナー君。

 

私じゃダメなのかい?私はもう、君に触れてもらうこともできないのかい?

 

残された私の気持ちは考えた事があるのかい?

 

トレーナー君……嘘つきだ、きみは。

 

きみは、うそつきだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁカフェ、最近タキオンを見てないか?」

 

あの日タキオンから逃げてから、数日が経過していた。

 

あの日の事を謝ろうとタキオンに連絡をしているのだが、既読もつかなければ電話に応じる事もない。

 

「さぁ……私は、見ていませんが……」

 

向かいにはカフェが座って、コーヒーを飲んでいる。

 

「あれから電話すら繋がらないんだ。やっぱり、逃げたから相当頭にきてるのかな…」

 

「……恐らく今は怒っていますよ。……直接、謝るまで、許してくれないかも」

 

「そうだよなぁ…学校には来てるのかな」

 

「…学校には来ているんじゃないですか。授業には、参加していないようですが」

 

タキオンのサボり癖は相変わらずだ。必要の無い授業を受ける意味を感じない、それなら私の研究を優先した方が、自分の為にも後世のウマ娘の為にもなる、と言ってよくサボっていた。

 

何故かトレーニングには毎回ちゃんと来るのだが。

 

「もう明後日はタキオンの誕生日なんだけどな。本当に何も知らない?」

 

「強いて、言うのなら…先日、タキオンさんを誘ってショッピングモールへ行きました。色々あってタキオンさんが慌てて飛び出して行ったっきり、会っていません」

 

「飛び出して行った?何故?」

 

「……私はその前日、タキオンさんが学校を休んだと聞きました。トレーナーも理由を知らないと言っていたので…もしかしたら、サプライズの事を、どこかで聞いていたのかな、と。でも、知らなかったそうですが。

タキオンさんは…ええと、…トレーナーの事を、すごく気に入っているので、その…大丈夫なのかなって、様子を見るために、誘いました。

……あっ……その時の会話で、もしかしたら勘違いをして、トレーナーに会いに行ったのかもしれません」

 

「勘違い?」

 

「ほら、今の時期は……」

 

「……なるほどね。…って、そしたら俺はタキオンに酷い事をしてしまっているかもしれない」

 

あの時、もしタキオンが勘違いをして、俺が契約を破棄するつもりだと思っていたら。

 

あの場で逃げた俺は、その通りだと言ってるようなものだ。

 

違うんだ、タキオン。君との契約を保留にしたのは、君のこれからの事を考えていたからなんだ。

 

生半可な気持ちで、君をその先の舞台へ連れて行きたくなかった。

 

だから、俺はタキオンと共に走る覚悟を決める時間が欲しくて、一旦保留にしていたんだ。

そのことは伝えたつもりだったんだけど。

 

「カフェ、行かないといけない。すまないが、支払いを頼めるか?請求書は俺宛でいい」

 

「……ハァ、私は置いていかれてばかりですね。トレーナー、誕生日の件は、忘れないでくださいね」

 

「わかった。じゃ、行ってくる」

 

言うが早いか、俺は喫茶店を飛び出していた。

 

タキオンがいるとしたら……あそこしかないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究者としての性なのか知らないが、私はウマ娘の果てを追求する上で全く関係の無い薬品の知識まで身についている。

 

今私が手に待っているのは、いわゆる眠り薬というものだ。

 

本来ならば飲めば永遠に眠れる薬なのだが、少し配合を変え、昏倒するくらいで済むようにしてある。

 

目の前には思い出の海が広がっている。

 

この場所は、トレーナー君との思い出の一つ。とは言っても、二人の秘密の場所でもなんでもない。

 

時期が来れば、トレセン学園のウマ娘達が己を磨く場所でもある。

 

……トレーナー君、さようなら。

 

君から別れを告げられるくらいならば……君の隣に立つ他のウマ娘をみるくらいならば、私は自分から別れを告げよう。

 

そう言って私は、海へ向かって歩き出した。

 

 

ジャリジャリと、一歩一歩を踏みしめるたび、思い出が頭の中を駆け巡る。

 

もうすでに、足元の踵まではずぶ濡れになっている。

 

だが、私は歩き続ける。

 

さぁ、この薬を飲んでしまおう。この薬を飲めば、全てを無かったことにできる。全てを忘れ去る事ができる。

 

その時、背後から大きな声で名前を呼ばれた気がした。

 

……今更私の名を呼ぶ者はいるまいよ。いつまで未練がましく、しがみついている。さぁ、飲もう。

 

だが、飲めない。

 

 

……怖いのか?今更?馬鹿馬鹿しい。

 

 

私は覚悟を決め、一息に飲み干した。

 

 

すぐに足元がふらつき、前が見えなくなる。そして、身体が水の中に倒れかけ――

 

 

 

 

 

 

 

「……オン!タキオン!!タキオン、タキオン!!!」

 

薄れゆく意識の中、必死に私の名前を呼ぶ声がした。

 

最後に浮遊感を感じた後、私は完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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