「お、お邪魔するでござる…」
「 」
その日、風真いろはは初めて友達ちゃんの家を訪れていた。本日の飲み会は4軒梯子し、終電ギリギリまで飲んでいたのもあって既に自宅最寄りの駅へと戻る手段もないに等しくなっていた。その為友達ちゃんを送り届けると同時に本人に宿泊の許可を求め、無事に本日の宿を手に入れたのであった。
「ここが…」
余り良くないことだと思いながらも部屋を見渡す。肝心の部屋の主が洗面所で床になっていたのはこの後発覚するのだが、それは一旦置いておこう。
「おお~」
キョロキョロと部屋を次々と見渡し、先日箱推し君が訪れた時の画像と酷似する場所を見つけた。そういえばあの日も飲み会でDiscordは荒れたんだっけ。先輩達が凄い勢いでメッセージを送りつけていたでござるなぁと思い出している時に持っていた友達ちゃんのスマホが震えた。着信音が部屋に鳴り響く。
「友達殿~、箱推し君から電話でござ、え」
洗面所の扉をノックして返事がないために扉を開ければ足元の小さなヒーターで温まる友達ちゃんの姿が。
「え、なんで風真がここに…」
少し前まで泥酔していた彼女は驚異的な速度で理性を取り戻していた。彼女は既に自身が風真に終電で連れて帰って貰ったこと、宿泊の許可をしたことを忘れていたのだ。
「箱推し君より電話でござるよ」
「あ、ありがとう」
いろははスマホを渡し、ここぞとばかりに行動を開始した。明日の朝、精々味噌汁くらいしか飲めないであろう友達ちゃんの為に必要な食材を脳内にリストアップしていた。
「あ、冷蔵庫開けて野菜室に味噌あるよ」
電話中に言われたため、頷く事で返事とする。取り敢えず何かを触るわけにもいかないので、その場で大人しく立っている。べ、別に緊張なんてしてないでござるよ!?
「来客用の布団出すからそれ使ってね」
「ありがとうでござる」
正直寝れればいいと思っていたのでありがたい。2人で1つの布団でも別に…
ピコン!
「!?」
タイミング良くDiscordの通知音が身体を貫く。恐る恐るスマホを確認すれば同期からどうなったのかを教えるように催促が。正直に答えても今後、特に出勤予定の明日に響くこと間違いなしとここから入れる保険を探したいところ。脳内の自分に「諦めも肝心でござる」と言われてしまい早々に事実を伝える。
『ズルい!私も泊まりたかった!』
研究者の彼女に今後何されるか分からない為不安を感じるが、今はこの特別を味わうことを決めスマホの通知を一時的にオフにする。
「シャワー先に入っちゃって~」
洗面所の扉を、その鍵を閉め声を出さずにガッツポーズを小さくとる。良くやった風真!こういうこともあろうかと替えの下着一式とスキンケア道具は手持ちに入れておいたのだ。一人になったことで安心したのか頬が緩むのがわかる。
「こんな顔見せられないよ…」
鏡に映る自分の姿を見ながら次々に服を脱いでいく。このシャワーから出たらいつもの風真に戻るんだ!!
「…」
そんなことを考えていた数分前の自分に謝りたい。ごめんやっぱ無理、と。
水が流れる音と通知の音が布団の敷かれたリビングに響く。本来なら即座に髪から水を取って、ドライヤーで乾かすのだが、彼女は酔っていた。アルコールにではない。この状況に酔っていたのだ。同性である彼女のシャワーの音に何故か興味が有ったのだ。まあ、まだ聞いているだけの彼女はマシな方である。コヨーテやキツネ、ネコ等は確実に風呂場へ乱入したであろう。勿論なにも纏わないその身一つでだ。
「……」
布団の上で正座し、耳だけに意識を集中する。自然体を装って、戻ってきた彼女を迎える為に。
「…なんでぇ」
耐えられなかった。しかし、直ぐに音が止まった為に意識をもう一度強く保つように自身を説得する。
「先寝てても良かったんだよ〜?」
「流石に家主よりも先に寝るのは如何なものかと」
ドライヤーを使用し髪を乾かし終え、既に寝る前のスキンケアも終了している。先程まで繰り広げられていたスキンケア話は他者から見ればとても有意義なものだろう。まぁ、彼女達にとっては当たり前の会話なのだが。
現在いろはは同性である彼女の匂いに敗北しかかっていた。何時襲ってもオカシクない程に。これから夜を明かすってマジ?
「…ごめんいろは、話聞いてもらっていい?」
「もちろん、全部話して良いんでござるよ」
既に深夜を廻り、夜は深く、濃くなっていく。寒さを感じる季節なのに自然と身体は暖かかった。
あ、ちゃんと負けてないでござるよ?
風真いろはは焦っていた。今朝何時も通りに目が覚めた彼女の視界に友達ちゃんの寝顔があったからである。視界に収まった瞬間掛布団ごと飛び起きたのは内緒でござるよ!?
「え、可愛い」
思わず言葉を漏らさずには要られない。こんな表情事務所では見たことがなかった。今回の飲み会で見たことのなかった姿を見れたのもあったが、それ以上に新鮮である。これを何時も見れてる箱推し君って何者?
「…と、止まれ風真…今それだけはやっちゃいけないことでござる…!」
スマホのカメラアプリに指が伸びるのを必死に抵抗している風真のことなど関係ないとばかりに、友達ちゃんは目覚めたのだった。
「おはよう、いろはぁ」
「…」
風真は確信した。今日の出来事の一部始終は墓まで持っていく覚悟をここで決めたのだった。
風真いろは
皆よりも友達ちゃんに急接近した伏兵。このままでは彼女の一人勝ちが予定され…そうだったのだが、彼女は一旦自身の判断で離脱しました。彼女曰く、「己の限界を、知ったのでござるよ…」とのこと。
友達ちゃん
酒豪にして人誑しの才能をMAXで発揮するとんでもレディ。尚心に決めた人は兄さん唯一人。早く結婚しないかな?と箱推し君は日頃から思っている。