「はぁ〜〜……」
長良がため息をついて鎮守府を歩いていると悩みの種の中心人物である司令官の姿が見えた。曙と何か話しているようだ。
「だから! 心配しなくていいって言ってるでしょ!! これくらいかすり傷だって!!」
「…………」
「ちょっと油断したの! 悪かったわねこんなところで怪我するような練度で!!」
「…………」
「な!? 何でそのこと知ってるのよ〜〜〜!!! 見てんじゃないわよクソ提督!!!」
曙が怒りのまま声を張り上げて一方的に捲し立てている。ここからだと聞こえないけど司令官はそんな曙にたじたじになりつつも曙を気遣っているようだ。長良はそんな光景を怪訝な表情で見つめている。
しばらくして曙に根負けしたのか司令官がその場を離れていく。司令官が完全に居なくなったことを確認すると曙が振り返る。
顔を真っ赤にして髪を撫でるその顔には明らかに喜びの色が現れていた。
「な、長良さん!? 何でここに……! 違うんですこれは……!」
長良に気づいた曙がしどろもどろになって弁明しようとする。
「……司令官のこと好きなの?」
「は……はぁ〜〜〜〜!!?? 冗談やめて下さいよ!! 誰がクソ提督なんか!! ナヨナヨして頼りないし!! 書類仕事もミスするし!! そのくせ艤装の管理だけは完璧だし!! 夜遅くても朝早くても毎回帰投するときは出迎えてくれるし!! あたしが上に変ないちゃもん付けられたときは馬鹿みたいに男らしい態度で対応するし!! よく見たら顔もそれなりにイケメンだし!! 些細な怪我も見逃さないくらいジロジロ見てくるし!!! 何で私なんかって言ったら『俺にとってみんな誰一人欠かすことの出来ない大切な仲間だ』なんて言ってくるし!!! それで本当にもう──」
「──好きになっちゃったんだ……」
長良の一言に火が消えたように曙が静かになり俯くと蒸気でも出るんじゃないかと思う程真っ赤な顔でコクリ頷いた。
「ああ……」
思わずその場に崩れ落ちる。
「え……長良さんもしかして……クソ提督のこと……」
「いや……違うんだけどね……はぁ……どうしようこれ……」
立て続けに増えていく悩みの種に長良はほとほとうんざりしてしまっていた。しかし、現実はそんな長良を待ってはくれない。
「最近鹿島さんが提督さんに対してやたら近いのよね。……ねえ長良姉さん。少しお話したいから呼び出してもらえない? 由良からじゃ怪しまれると思うし、由良も姉さんも鹿島さんも四水戦の旗艦だったからその辺で適当に理由を作れば……」
「ん、ん〜……ううん……」
鹿島のアプローチは即由良に気づかれ案の定なお願いをされてしまい、長良は曖昧な態度でお茶を濁す。
「それと浜風ちゃんも最近提督さんに近づいてきてるのよね……。しかも自分の胸をアピールするやり方で。いやらしい……長良姉さんの十戦隊所属なんだし姉さんからも言ってくれない?」
「う……うん……そう……だね……」
当然浜風のことにも気づいている。由良のいつもより低く、それでいて強い語気に長良は煮え切らない返事をする。
「鹿島さん、鹿島さんですよ。輸送作戦で私と長良さんと一緒だったあの子。あの子も『私の』提督のこと好きになっちゃったみたいで……長良さん悪いけどお願いできるかしら?」
「あ……うん……あんまり期待しないでね……」
迅鯨も鹿島に対して長良にお願いをしてくる。由良と比べて余裕のある感じがするけどその余裕は表面上だけのような気がしてならない。
「それと曙……でしたっけ? あの子。あの子が提督に暴言を吐いているところを最近よく見るの」
「……気のせいじゃない? 偶然居合わせたのが続いだけじゃ……」
「いいえ気のせいじゃない、明らかに自分から提督に会いにいってる。それでいてやることが暴言だなんて全く理解出来ない……はっきり言って凄く不愉快……。長良さんが旗艦の十戦隊所属なんでしょ? しっかり『教育』して。『クソ提督』なんて口が裂けても言えないように……お願いね?」
「う、うん……言うだけ言っておくよ……」
しかし曙に対しては怒り心頭のようで光の無い目で長良に非常に圧のあるお願いをしてくる。
ただでさえしんどかった二人との会話がより一層しんどくなってきた。一体どうすれば事を荒立てずに済むか……そんなことばかり考えている長良に更なる追い討ちがやってくる。
「おい」
声をかけられ振り返ると不機嫌そうな顔をしたアトランタがそこには立っていた。鋭く長良を睨みつけるその目からは敵意すら感じられた。
アトランタは過去に長良と直接戦ったこともあって、長良に対しては刺々しい態度なことが多い。比叡さんとか暁、夕立にはそんなことないのに。
「……何?」
「何を企んでるのか知らないが提督さんは"あたしの"だから。覚えとけよ」
そう言ってアトランタは踵を返してその場を立ち去る。
「なにが……?」
そして残された長良は呟く。頭が追いついていないが多分長良の悩みのタネが増えたことだけはなんとなく分かった。
「それは大変ですねー長良さん」
「フルマラソンより疲れた……」
ソファーに突っ伏して横になっている長良に浜風、曙と同じ十戦隊所属の夕雲がそう言葉をかける。
「私も手伝いましょうか? 長良さん」
「え……? 手伝うって……」
「長良さんはなるべく穏便にこの『提督さんが誰とケッコンするか問題』を解決したいんですよね? それなら私も手伝います」
「……手伝ってくれるのはありがたいけど……どうして?」
「いつも元気な長良さんが最近疲れた顔をしているので……少し心配になって……」
「そっか……ごめんね心配かけて……じゃあ手伝ってもらっていい?」
「ええ、もちろん」
長良の頼みに即決で了承してくれる夕雲。今の長良にとってはとてもありがたい存在だった。由良と迅鯨だけでも大変だったのに鹿島に浜風、曙とアトランタが立て続けに増えてもう首が回らない状態だった。
「早速で悪いんだけど、夕雲はどうすればいいと思う?」
「それはもう簡単ですよ。長良さんが私と提督をケッコンさせるよう間を取り持ってくれれば良いんです」
「…………は?」
夕雲の提案に長良はフリーズする。
「要は提督のケッコン相手が決まらないことが全ての原因なんでしょう? なら私が提督のケッコン相手になれば全て丸く収ま……」
「収まんないよ!!」
長良は思わず声を荒げる。
「なんなの!? 結局夕雲もそっちなの!? みんなそんなに司令官のお嫁さんになりたいの!?」
「お嫁さん……そうですね……それもやぶさかではありませんが……私はもっとこう……提督を広義的な愛で包み込むような……そう母親……母親的存在になりたいですね……」
「何言ってんの!?」
「私は提督が私を頼ってくれる姿を見るといたく興奮することに気がついたんです……。だからもう……なるしかないなって……」
「なーに言ってんの!?」
さっきの喜びから一転。突き落とされたような気分になる。
「まあそういう選択肢もあるってことを頭の片隅に置いといて下さい。それと関係無く私は提督にアタックしますけどね」
「…………」
夕雲も提督のケッコン相手の座を譲る気は毛頭無いようだ。もう勘弁して欲しい。
「長良姉さん……今度はアトランタさんと夕雲ちゃんが提督さんに近づいてきてるのよ……姉さんは知ってる?」
「ん……うん……まあ……」
「そう……長良姉さんもしってるの……はあ……少し本腰を入れないと駄目みたいね……」
「由良……その……」
「大丈夫よ姉さん。乱暴なことはなるべくしないように努力するから!」
「は……はは……」
綺麗な笑顔でそう言い放つ由良に長良は引きつったように笑う。『なるべく』とか『努力する』がくっついた宣言に拘束力なんて無い。最悪、長良が物理的な力で由良を止めなきゃいけなくなるかもしれない。不安だ。
「ねえ長良さん……また『私の』提督を好きになっちゃった子達がまた増えたみたいなの……知ってる?」
「ああ……うん……」
「そう……はあ〜〜〜〜〜〜〜…………困ったわ……」
「…………」
深く長い溜め息をつく迅鯨の目は瞳孔が開き気味になっている。以前より確実に余裕が無くなってきているのが分かる。
「……でも考えてみれば今までがおかしかったのよね……提督……とても素敵な人だもの……悪い虫が寄ってこない方が変なのよ……やっぱり私が守ってあげないと……!」
「迅鯨さん……その……守るのはいいけど限度が……」
「あら? 長良さんは私がそんな過激な人に見える? 大丈夫ですよ。よっぽどのことが無ければそんなことはしませんから」
「ははは……そう……」
『よっぽどのことがあればするんだ。で、そのよっぽどって具体的に何?』頭の中に浮かんだその言葉を飲み込んで苦笑いする。多分長良が思ってる『よっぽど』より迅鯨の『よっぽど』は色々とハードルが低い気がしてならない。でもそれを聞く勇気は今の長良には無かった。
「長良さん! 長良さん! この間提督と一緒に2人で買い出しに行っていたら店員の方に『彼女さん?』って言われちゃいました! それで『はい、そうです!』って言ったら提督さん照れちゃって! ふふふ、その内本物になりますからね! また何かあったら報告します!」
「あ……! ちょっとまって鹿島……!」
意気揚々と言いたいことだけ言ってその場を去っていく鹿島に長良は手を伸ばして静止の言葉をかけるが既に鹿島には聞こえていなかった。
鹿島は気づいてたんだろうか。その日、鎮守府に戻ってきた提督と鹿島を怖い顔で睨みつけていた迅鯨のことに。
「長良さん……この前出撃から帰ってきたときに、提督が『よく頑張ったな』って頭撫でてもらったんですよ……」
「そうなんだ……」
「それで私……気持ちが凄く昂っちゃって……思わず提督に『私のこと、可愛いと思いますか?』って聞いちゃったんですよ……」
「うん……」
「そしたら『ああ、可愛いよ』って……私のこと可愛いって……」
「そっか……」
そこまで言って浜風が黙り込むと少しして真剣な表情が得意満面な笑みへと変わると鼻を鳴らす。嬉しかったのね。本当に。
「でも司令官って……」
「分かってます。提督って割と簡単に『可愛い』とか『綺麗』とか言うんですよね……」
「うん……だからこういったらあれだけど……あんまり真に受けるのは……」
「でもやっぱり……面と向かって言われると……えへへ……」
普段のキリッとした浜風の顔が見る影も無く蕩けている。まあでも、割と簡単に言うとはいっても誰にでも言うわけじゃない。司令官にそんな褒め言葉を一言も言われてないのもいる。だから浜風が喜ぶのも無理もない。
「私、頑張ります!」
「…………」
心底嬉しそうな笑顔でそう力強く言い放つ浜風に長良は何も言えなかった。
「おい、最近提督さんと会ったか?」
「え? 報告書の提出くらいだけど……」
「そうかそうか、アタシはな、ハプニングを装って提督さんにこう……提督さんの頭をこうしてやった」
「へ〜……」
そう言ってアトランタは自分の腕を組むようなジェスチャーをする。組んだ腕のあたりに司令官の頭があったらちょうど胸の谷間にスッポリと収まるようなジェスチャーを。
「口では苦しいと言いつつ満更でもなさそうな顔してたぞ」
「へ〜……」
「ま、オメーには少し難しいかも知れないけどな、精々頑張れよ」
勝ち誇った顔でアトランタはその場を去っていく。何故か彼女の中では長良もライバルの中に入ってるらしい。
「全く! いちいち大袈裟なのよねクソ提督って! ちょっと料理で失敗したから絆創膏付けてただけなのにベタベタと手を触って……さすって……心配してくれて……も、もう! とにかくクソ提督には困るって話です!!」
耳まで真っ赤に染めあげてそう言い放つ曙の表紙は必死に取り繕っているが嬉しさを隠し切れていなかった。
「……何で料理してたの?」
「え!? そ、それは……その……や、やっぱり美味しい料理を作れた方があの……あれなので……その……練習です……」
「そっか〜……」
曙はそっちの方向から攻めるようにしたらしい。この曙のいじらしい行動もこんな状況じゃなかったらもっと素直に受け止められたのにな……。
「提督、大分お疲れのようでしたから休憩を提案したんです。私の膝枕で。最初は戸惑ってましたけど私が半ば押し切るような形で休憩してもらいました。私の膝枕で。よっぽどお疲れだったのかそのまま眠ってしまって。その無防備な寝顔が……ふふ♡ うふふふふ♡」
「…………」
頭の中でその寝顔を反芻して悦に浸る夕雲にはもう長良は見えていない。