通常弾ぺちぺちマン   作:三流二式

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ティガ二体とか気が狂う!


異常震域

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 

 ティガレックスの突撃により、大砲で射出された砲弾のように吹き飛んで行く男を目で追いながら、ヨシツネは絶叫した。

 

 

 吹き飛んだ男はごろごろと雪の上を転がった。うつ伏せに倒れた男は起き上がる気配がなかった。

 しかし、良く耳をすませば微かに呼吸する音は聞こえた。

 

 

 元々ハンターという職業になる者は必然的に常人よりも頑丈だ。

 それこそ即死にしか見えないような攻撃を受けても、3()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 例を挙げるならば怒り状態の角竜の突進の直撃や、火竜の火炎ブレス、金獅子の殴打というものですら、気絶こそすれ即死する事はあまりない。

 

 

 さらに近年のネコタクの発展具合から、クエスト中に死亡するというケースはほとんど無くなった。

 

 

 何故即死しないのか? 気絶するにしてもなぜ3度だけなのかは未だに分かってはいない。

 しかしヨシツネにとってそんなこと酷くどうでも良かった。大事なのは彼が生きているかどうか。それだけである。

 

 

(まだ生きている……)

 

 

 血走った目で倒れた男を凝視しながらヨシツネは一瞬安堵したが、それもすさまじい憎悪と憤怒でたちまち塗り替えられた。

 

 

 それは気絶した男を喰らおうと突進のために四肢に力を入れ身を沈めたティガレックスへの憎悪、そして雪の降り積もった霊峰の化身たる敬愛すべき旦那を、怖ろしく雑にかつ人攫いめいてリスペクトの欠片も無く無造作に台車に乗せた野卑なネコタク運送達への怒りである。

 

 

「ふざけるなぁあああ!!! ふざけるなぁあああ!!!」

 

 

 あっという間に男をかっさらい、視界の外へ消えてゆくネコタク運送業者たちへ、ヨシツネはあらん限りの憤怒と憎悪を向けた。

 

 

「旦那さんは一乙してない! 旦那さんはまだやれるニャ! フザケルナ!」

「このボケ! んなこと言っている場合か!」

 

 

 男を乗せたネコタクを追いかけようとしたティガレックスへ閃光玉を投げつけて視界を焼いてどうにか阻止したマサムネが、その短い猶予でヨシツネへと近づき、その横っ面を思い切り殴り飛ばした。

 

 

「グニャ―ッ!?」

「いいかこのボケ? 旦那は落とされた! いいか!? ダ・ン・ナ・は・一・乙・し・た・ん・だ!」

 

 

 憤怒と憎悪で血走った眼を見開き、悪鬼の如き形相で睨みつけるヨシツネにマサムネは怯むことなく捲し立てる。

 対するヨシツネは言葉にすらならない唸り声をあげるばかりだ。

 

 

 そんなヨシツネに、マサムネはキレた。

 

 

「ふざけんじゃねぇニャ! キレたいのは私だって同じニャ! でもそんな事で勝てる相手か!? 旦那ですら勝てなかった相手にニャ!?」

「ニャ……」

 

 

 ヨシツネの形相が僅かばかりにゆるんだ。

 

 

「お前だって分かってるニャ! 仕方なかった! 相手が悪かった! いい加減認めろ!」

 

 

 マサムネはここが好機と見て一気に畳みかけた。指を突きつけ、今までずっとヨシツネが目を逸らしていたことを、言い放った。

 

 

「旦那だって出来ない事があるんだよ!! クエスト中に乙ることのあるハンターなんだよ!!! 旦那は神じゃねぇんだよ!!!」

「~~~ッッッ!!!」

 

 

 ヨシツネは吠えた。

 

 

「お前が恨む相手は私じゃない」

 

 

 掴み掛ってきた手を払いのけ、マサムネは後方へと振り返りながらそれを指した。

 

 

「ガルル!」

 

 

 今や完全に視界が回復した暴食の怪物は、ヨシツネとマサムネを視界にとらえ、怒りで真っ赤に染まった四肢を広げ、威圧的に身構えていた。

 

 

「お前! こ……こ……ころ……殺……殺す……殺す!!!」

 

 

 目の前にいる相手は、未だかつてない程の強敵。G級の、それも頂点たるG3級の怪物である。

 しかし対峙するヨシツネには、最早そういう格云々の話は頭から吹き飛んでいた。

 

 

 ただ、ただ神たる我が主を傷ものにした償いを取らせること以外、すべての思考が抜け落ちていたのだ。

 

 

「悪いな旦那。私じゃこいつのうまい焚き付け方が分かんねぇんだ。……出来るだけ早く来てくれよ。でないとティガレックスに殺される前にこいつに殺されちまう」

 

 

 ドスランポスの尖爪を加工して作ったブーメランを構えながら、マサムネは苦い顔で独り言ちた。

 

 

 睨み合う両者は互いの出方を窺い、それからどちらともなく動き出した。

 

 

「グォオオオオオオオオオオ!!!」

「「オォオオオ!!!」」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 闇があった。

 

 

 黒く、暗く、一寸の先すら見通せぬ深い闇。

 

 

 光すら呑み込む深淵の闇の世界。しかしその只中にあってなお、決して染まる事の無い白く銀の姿があった。

 

 

 何処か東洋の意匠を感じさせる服に身を包み、太陽を連想させる銀の髪は眩しく、白磁器のような肌は雪を固めたが如し。その顔は見方によっては男にも女にも見える。

 

 

 閉ざされた瞼は、不意に見開かれた。そして闇色の瞳で、己が揺蕩う闇を見渡した。

 

 

 闇は濃く、何物をも見通せず、だが酷く心地よかった。羊水の中で微睡む胎児のように。ここは酷く幸福だった。

 

 

 男は眉を顰め、己が置かれた状況を理解しようとした。

 

 

「子よ……」

 

 

 だが、それは背後から声をかけられた事により中断させられた。

 

 

 男は立ち上がり、後ろを向いて声の主をあらためた。

 

 

 初めは鏡でも見ているのかと思った。しかし、よくよく見てみれば、それが鏡像でない事が分かった。

 服装は同じだが、目の前に居る者の背丈は自分よりも頭一つ分小さく、目の色は黒紫でなく紅色である。そして決定的に違うのは、ささやかながらも確かに主張する胸の突起であった。

 

 

 男は驚いて後退った。そんな彼に、目の前の女は微笑んだ。

 

 

「子よ」

 

 

 女は笑みを浮かべて、一歩踏み出した。

 

 

 更に一歩。

 

 

 更にもう一歩。

 

 

 気が付けば女と男の距離は目と鼻の先。

 

 

 男は今更ながらその事に気が付き距離を取ろうとしたが、先んじて頬に伸ばされた女の手が、それを阻んだ。

 

 

 壊れ物を扱うかのように触れられた手はひんやりとしており、その温度はどことなく死者を思い起こさせた。

 

 

「あぁ……あぁ……」

 

 

 女は夢中になって男の頬を摩り、口からは恍惚の吐息が漏れていた。覗き込むように見上げる紅の瞳から、男は目を逸らさなかった。

 この瞳は知っている。この白い手の感触も知っている。それはずっと遠い昔、始まりの、原初の記憶。

 

 

「こんなにも大きくなった。こんなにも立派になった。あぁ……あぁ……。私たちの宝は、これほどまでに勇ましい武士(もののふ)へと育った。見ていますか、ケンジさん」

「勿論だとも」

 

 

 いつの間にか女の傍らに男が立っており、女に頷いて見せた。

 黒い髪、引き締まった体をこれまた東洋めいた服に包み込み、何処か険しさを感じさせる顔つきから、厳格そうな印象を受けた。

 仄暗い湖の様な黒紫の瞳は、しかしどこまでも柔らかく、まるで我が子を見る父親のようで。

 

 

「よくぞ、よくぞここまで育ってくれた」

「あぁ……あぁ……話したいことはたくさんあるのです。伝えたいことは山のように。注ぎたい愛情は海のように」

「しかし我々には時間が無い」

 

 

 男はある一点を指示した。つられてそちらを見ると、何も無かった闇の中に、大きな亀裂が走っていた。

 

 

「故に、急がねばならない」

「子よ、あなたはこのままいけば、あの轟竜に敗北するでしょう」

「かつての我々のように」

 

 

 男と女は交互に口を開く。そして言葉を紡ぐごとに、その輪郭は薄くなってゆく。

 

 

「そんな結末を許すわけにはゆかぬ」

「故に教えましょう。我が奥義を。竜の咆哮を」

「「我らの意思を」」

 

 

 男と女はいつしか一つになり、光り輝くヒトガタとなっていた。ヒトガタの手には一つの弓が握られている。

 

 

「「さあ、構えなさい」」

 

 

 ヒトガタは矢を取り出し、弦につがえ、引き絞った。

 

 

 男は言われるがまま、いつの間にか握り締めていた弓を構えた。

 そして矢を取り出し、弦につがえ、引き絞った。

 

 

 二者は同時に弓矢を放った。放たれた矢は閃光めいて飛び、崩れゆく世界を震わせた。

 

 

 男は弓を放ち続けた。何千、何百と。

 

 

 気が付けば男はただ一人、崩れゆく世界の只中にいた。

 

 

 ヒトガタの姿はすでにない。彼らはすでに、男の胸の内に。

 

 

 そして彼は竜の咆哮を知った。己の名もまた。

 

 

 世界が崩れてゆく。光が男を飲み込む。

 

 

 

 意識が覚醒する。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 男は目を見開き、勢いよく上体を起こした。

 

 

「おぉう!?」

 

 

 男を下ろし、撤収しようとしたネコタク運送達は突然起き上がった男に大層驚いた。

 

 

「もう起きたぜこいつ!?」

「マ!?」

「マ! だよマ!」

 

 

 大仰に驚く二人を一瞥し、男は立ち上がりながら自分のコンディションを確認した。

 

 

 ぎしぎしと節々が痛むが、行動に支障が来るほどではない。

 

 

 まだやれる。

 

 

 ぎゅっと拳を握り締め、雪山の方を見やる。

 

 

「おいおいおい白雪鬼の旦那! もう行くつもりか!? 起きてすぐだなんて無茶だぜ!」

「ちったあ休めよ! 相手はG級だぜ!? 行ってすぐに乙られちゃあこっちとしてもたまんねぇぜ白雪鬼さんよ!」

「トチノキだ」

「「あ?」」

 

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 

「トチノキ。それが俺の名前」

 

 

 男は瞑想めいて呟き、顔を拳に向けた。

 

 

「俺はトチノキ。カムラの里の、フユコとケンジの、ただのトチノキだ」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「グニャ―ッ!?」

 

 

 避け損ねた石礫が体に当たり、ヨシツネはきりもみ回転しながら吹き飛んだ。

 

 

「ヨシツネ!」

 

 

 吹き飛んだヨシツネに注意を奪われたマサムネに、間髪入れずに靱尾が叩きつけられた。

 

 

「ンニャ―ッ!?」

 

 

 辛うじてブーメランで防いだものの、その衝撃に堪らず吹き飛ばされ雪の上をゴロゴロと転がった。

 

 

「ぶっっっは!!! ……畜生!」

 

 

 血反吐を吐き出し、額から流れる血を無造作に払いながら、マサムネは震える体に鞭打って立ち上がった。

 

 

 マサムネも、ヨシツネも、ともに立っていられるのが不思議なほどに満身創痍だった。

 当然だ。相手は飛竜の中でもとりわけ危険と称されるティガレックス。さらにその最上位の個体。寧ろ戦いの土俵に立てているだけでも奇跡だった。

 

 

 彼女たちがかろうじて戦えている理由はティガレックスが手負いであったことももちろんあるが、一番の理由は白鬼が与えた傷が事の他ティガレックスの行動に支障が出る程に大きかったためである。

 

 

 故にここに奇妙な拮抗状態が発生していたのだ。

 

 

 しかしそれも限界を迎えようとしていた。彼女たちと相手との地力の差が、ここで出始めていた。

 

 

 相手は一撃でこちらを戦闘不能に出来る程の力を持ち、手負いの状態でも問題なく駆け回れるほど体力が有り余っていた。

 対するマサムネたちは攻撃を当てるどころか相手の攻撃に対処するだけで手いっぱいで、その上主が不在の心理的ストレス、食らえば終わりという緊張の連続に、心身ともに限界を迎えつつあった。

 

 

「クソがァ!!!」

 

 

 のしのしと威圧的に近寄ってくるティガレックスに、ヨシツネは小タル爆弾を次々に投擲して接近を拒絶する。

 ばんばんと、ティガレックスの体のあちこちで小タル爆弾が炸裂する。しかし煙が晴れれば、着弾した重殻や厚鱗は僅かばかりに煤けているだけであった。

 

 

 ティガレックスは体に爆ぜる小規模の爆発にまるで気にした素振りすら見せない。

 

 

「おいコラ待ちやがれってんだ!!!」

 

 

 歩みを止めないティガレックスに破滅的な予兆を感じ取ったマサムネは、無関心なのを良い事に、ティガレックスの背後に飛び乗り、回転した勢いを乗せたブーメランの一撃を叩き込みにいった。

 

 

 しかしそれすらも、圧倒的な力の差の前には無慈悲であった。

 

 

 暴君はヨシツネの目の前にまで来ると前足を広げ、どっしりと構えた。

 

 

 そして息を吸い、咆哮した。

 

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

「「──────」」

 

 

 それは最早音の域に非ず。周囲の物体を吹き飛ばすほどの破壊力を秘めた、恐るべき力の本流が全方位に放たれた。

 マサムネは無論、ヨシツネも、まるで嵐に舞う木の葉めいて吹き飛ばされた。

 

 

(畜生……)

(糞ったれ……)

 

 

 意識が途絶える直前に2人が見たのは、天に吠える暴食の怪物の姿だった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「アアアアアア……」

 

 

 咆哮を終え、それがもたらした結果を見るために、ティガレックスは再び正面を見据え、それから訝し気に目を細めた。

 

 

 ちょこまかと蠅めいてうろついていたアイルー二匹は、今しがたの咆哮で気を失っていた。

 然り。失っているだけだ。聞こえる呼吸はか細く力無いが、それでも尽きる気配が無い事に彼は酷くプライドを傷つけられた思いだった。

 

 

「グルグルグル!」

 

 

 瞬時に沸騰したティガレックスは怒りで四肢と顔を真っ赤に染め、どちらを先に血祭りにあげるか、鼻をふごふごと鳴らしながら吟味した。

 

 

 あの黒い方は小さく力も無い癖にこちらの体に傷をつけてきたな。不愉快だ。

 あのふわふわした毛玉はばんばんするものを投げてきて煩わしかった。その上こちらに対して怯むどころか噛みついてきた。不愉快だ。

 

 

 決めた! あの毛玉にしよう! そうしよう! 

 

 

 ティガレックスはヨシツネの方に向き直ると、前足を思い切り地面に叩きつけ、後ろ足を掻いた。その姿はあたかもクラウチングスタートを決めようとする陸上選手めいていた。

 

 

 そして今まさに走り出そうと、四肢に籠めた爆発的な力を解放しようとしたその時。

 

 

 狙いすまして放たれた放射状に拡散する弓矢がティガレックスの軸足に突き刺さり、ティガレックスはバランスを崩してスピン。猛烈な勢いで岩壁へと衝突した。

 

 

「グルル!」

 

 

 衝突によるダメージは大してないが、出鼻をくじかれたティガレックスは酷く苛立った。

 ブルブルと頭を振るい、鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、自分に対してこのような事をしでかした者の位置を探った。殺すために。

 

 

 それは程なく見つかった。ティガレックスはそちらへと顔を向けた。

 ティガレックスの視線の先に、ぎこちなく、だが決断的な足取りで近づいてくる銀の姿があった。

 

 

 それは先ほど彼に吹き飛ばされた半竜の人間であった。

 

 

「……」

 

 

 彼は再び戦場へと戻った。

 

 

 そして彼は倒れ伏すヨシツネとマサムネに目をやった。呼吸はか細く弱弱しいが、しかし命に別状はなさそうであった。少なくとも今は。

 

 

 それが分かると小さく安堵の息を吐き、それから剥き出しになった顔で、肌で、この場に満ちる恐るべき殺意の本流を受け止めると、改めて暴君へと顔を向け、言った。

 

 

「よぉ、また会ったな」

 

 

 白鬼はまるで親しい友人に話しかけるかのように、ともすれば穏やかさすら感じさせる口調で呟いた。

 

 

「またと言っても、実際お前と顔を合わせるのはこれで3度目になるのだが……まあお前は覚えちゃいまい」

「グルグル……」

 

 

 苦笑いを浮かべながら独り言ち、やれやれとばかりに首を振る。暴君は何もせず、ただ凝視する。体に憤怒を籠めながら。

 

 

 やがて白鬼は顔を上げ、暴君の凝視を真っ向から受け止めた。

 

 

 黒紫の視線と、赤黒い視線が交差し、火花を散らす。

 

 

 両者の瞳に籠められた想いはまるで正反対だった。

 

 

 片や煮えたぎる憎悪と憤怒で燃え上がる様な熱の籠った恐るべき思念を感じさせる瞳。

 片やこの雪山や、湖の底のような、魂を凍り付かせる仄暗い瞳。

 

 

 相反する想いが衝突し、相殺し合い、この空間に奇妙な空白地帯を生み出していた。

 

 

 白鬼の心は凪いでいた。憎悪や怒りは未だ胸の内に燻っている。しかし、それを爆発させようとは思わなかった。

 彼はあの夢の狭間の刹那の瞬間に、一つの真理ともいえるような境地に達していた。

 

 

 怒り、憎悪、悲しみ、苦しみ。それらすべてに蓋をするのではなく、かといって爆発させる事無く、薪をくべられた炉めいてその力を内に留め、巡回させる。

 どれだけ嘆こうが、叫ぼうが、訴えたところで変わりが無いのならば、であるのならば、それ等を明日を生きる原動力に、その先に進むための力に、光へと向かうための力とする。

 

 

 白鬼の瞳は凪いでいた。暴君の瞳は燃えていた。

 

 

 二者は互いに無言で対峙した。両者の体は込められた異常な力の影響で等しくミシミシと軋んでいた。時が来れば力は解放され、後に待つのは凄惨な殺し合いである。

 

 

 どれだけの時間が過ぎたのだろうか。5分か10分か。もしかしたら1秒も経っていないのかもしれない。両者の時間の感覚はすでに曖昧になっていた。永劫にも続くような刹那の時間は過ぎて行く。

 

 

 その時。突如として風が吹いた。降雪地帯特有の身が引き締まる様な一陣の風が。二者の間を吹き抜けていった。

 それを合図に、二体の魔物は地を蹴った。

 

 

「グルォオオオオオオオオ!!!」

 

 

 先に仕掛けたのは暴君であった。暴君は溜めていた力を解放し、さながら暴走機関車めいて白鬼目がけて突っ込んだ。

 白鬼は眉一つ動かさず赤い残光を後に残す幻惑的な横ステップで突進を危うげなく回避。

 

 

 そして振り向きながらつがえていた矢を解放。瞬時に練り上げられた溜め4の拡散矢が、暴君の背中に突き刺さった。

 

 

「ゴアアアン!!!」

 

 

 追い打ちめいて雷が背を焼くが、暴君は頓着せずに前足を地面に突き立てて強引にUターン。再度突進で白鬼を轢殺せんと迫った。

 それも先ほどと同じように回避すると、白鬼は再び暴君の背に矢を突き立てた。

 

 

「ゴアアアン!!!」

 

 

 追い打ちめいて雷が背を焼くが、暴君は頓着せずに前足を地面に突き立てて強引にUターン。再度突進で白鬼を轢殺せんと迫った。

 それも先ほどと同じように回避しようとして、白鬼の脳裏に電流が走った。直後、暴君は白鬼の前で急停止。そして反動を生かした回転攻撃を繰り出した。

 

 

 白鬼はまずは致命的な前足を跳躍してかわし、遅れて向かい来る胴を狙った尾の一撃を一瞬早く着地して屈み込むことで回避。

 

 

「ガアッ!」

 

 

 屈み込むことで生じた一瞬の隙を狙い、暴君は前足を叩きつけてきた。

 白鬼はトマトめいて潰されるより一瞬早く赤い光の伴うステップでそれをかわす。

 

 

 直後、一瞬前まで彼のいた地点に破滅的な打撃が叩きつけられた。衝撃でインパクトの地点が割れて爆ぜ、小規模の振動すら発生する極めて恐るべき一撃であった。

 

 

 怖ろしい光景に、しかし白鬼は動じることなく至近距離から暴君の顔面に向けて拡散矢を放った。

 

 

「グオオッ!?」

 

 

 機械じみて正確に放たれた矢は過たず暴君の片目とその周辺を射抜き、さらには雷で焼き滅ぼし完全に失明させた。

 

 

「ガアアアアアアアア!!!」

 

 

 激痛と憤怒で我を忘れた暴君はめちゃくちゃに暴れ回り、執拗に白鬼を殺さんと迫った。

 

 

 対する白鬼は殆ど丁寧と言ってもいい程それらに対応した。

 

 

 叩きつけられた前足を跳んで避け、噛み千切ろうと迫る顎をかわし、当たれば爆ぜるであろう尾を潜り抜けた。

 

 

 一つ攻撃をかわす度、白鬼の回避は滑らかになった。

 一つ攻撃を当てる度、白鬼の矢の一撃は鋭さを増した。

 

 

 かわし、当て、かわし、当て、そしてかわし、そして当てた。

 

 

「ガアア!?」

 

 

 暴君は困惑した。相手は手負いの半竜の人間である。

 取るに足らない相手であった。当てる事さえできれば、一撃で滅ぼせるはずのこの爪が、この尾が、この体が、当たらない。

 

 

 

 不意に、彼は自らが死の淵に立たされている事実を悟った。

 

 

 しかしそれを、湧き上がる憤怒で押し流した。

 

 

 関係ない。要は一撃当てれば終わるのだ。ならばこちらが終わる前に奴を殺し、奴の血肉を喰らい命を繋げばいいのだ! 

 

 

 暴君は憎悪に燃える瞳をギラリと光らせ、その場にどっしりと構え、前足を広げた。

 丁度白鬼が一矢を放ったタイミングであった。

 

 

 これ以上ない好機。暴君はほくそ笑み、息を吸い、そして咆哮した。

 

 

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

「──────」

 

 

 視界が霞むほどの莫大な音圧が、空間を塗り替えた。

 

 

「アアアアアア……」

 

 

 咆哮を終え、それがもたらした結果を見るために、暴君は再び正面を見据え、それから目を見開いた。

 

 

 白鬼は遠くへいた。しかしそれは吹き飛んだからでなかった。

 彼は暴君が勝ちを焦って切り札を使うことを見抜いていた。故に一瞬早く体を動かし、見事必殺の間合いから外れる事に成功していたのだ。

 

 

 そして、その隙を逃すような愚を、彼は犯しはしなかった。

 

 

 白鬼は矢筒へと手をやり、力を籠めて一本の矢を引き抜いた。

 

 

 それは先端が剣めいて巨大な歪な矢であった。更にその矢に込められた力は通常の属性矢とは比にならない。その証拠に漏れ出た雷がバチバチと音を立てて帯電していた。

 

 

 白鬼は片膝姿勢になり弓を構え、そしてそれを地面にこすりつけて先端を発火させると、弦につがえ、構えた。

 

 

 さて今更言うまでもないが、弓の矢についてである。

 

 

 弓の矢は矢筒で属性エネルギーを凝縮して作り出しており、だからこそ矢切れの心配が無いという事は周知の事実であろう。

 彼の奥義、『竜の一矢』は数本分の属性エネルギーが凝縮された矢である。

 

 

 しかし、白鬼の作り出した一矢は、数本分などという生易しい代物では無かった。

 彼の作り出した矢に籠められた属性エネルギーは10本20本、あるいはそれ以上かもしれない恐るべきものであった。

 

 

 ぎりぎりと音を立てて構えられた矢のプレッシャーは相当な物だった。

 そこから放たれる殺気は、暴君の憎悪すら揺るがせる程である。

 

 

 暴君は咄嗟に跳びかかり、出がかりを潰そうとした。

 

 

 これでいい。先ほど同じだ。潰れてしまえ! 

 

 

 それは、ともすれば先ほどの一戦のリフレインであった。暴君が飛び掛かり、白鬼がその下に。

 

 

 しかしそこには決定的な違いがあった。

 

 

 白鬼の瞳に、迷いはなかった。彼の瞳は凪いでいた。

 

 

 静止した時の中で、暴君は見た。白鬼の背後に大口を開け、今まさに火炎を吐こうとする()()()()()()()()姿()()

 

 

 

 白鬼と暴君の視線が交差した。

 

 

 彼の瞳は凪いでいた。彼の瞳は燃えていた。

 

 

 そして運命は放たれた。

 

 

 螺旋を描いて空気を引き裂き、音すら置き去りにして放たれた龍の一矢は飛び掛かる暴君の大口に吸い込まれる様にして入っていった。

 

 

 矢は暴君の口内を突き破り、それに飽き足らず頭蓋を脳を貫き、脳漿をぶちまきながら風穴を開けた。

 

 

 白鬼は動かなかった。彼のほぼ真横を暴君の巨体が通り過ぎ、地響きを立てて落下した。

 

 

 白鬼は新たな矢を矢筒から取り出し、弦につがえ構え、そして残心した。

 

 

 暴君は四肢を無造作に広げたまま倒れ伏し、ピクリとも動かない。鼓動は停止し、残された目は急速に白濁していく。

 

 

 莫大な四肢を動かすための活力が失われていた。それは最早物言わぬ肉塊であった。

 

 

「ハァー……」

 

 

 白鬼は弓を下ろし、つがえていた矢を外して矢筒に戻し、弓を畳んで背に負った。

 それから天を仰いだ。

 

 

 天は勝者を祝福するかのように雲間から日差しを覗かせていた。

 

 

 天のスポットライトを身に浴びながら、トチノキは太い息を吐き、それから心底うんざりしたように呟いた。

 

 

「終わった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




弓の所の突っ込みは受け付けます。私の頭で理屈をつけるならこれしかなかったんです。はい。
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