!Un forastero!
!A avisar a los demas!
!Te cogi!
「ザッケンナコラー!」
俺の絶叫が鬱蒼とした木々の中へと吸い込まれ、風のささやきと葉擦れの音にかき消されて消えてゆく。
密林とはまた違った趣の生温い風の不愉快さに、思わず舌打ちを零す。耳を押さえながらこちらにジト目を送ってくるマサムネとヨシツネの二人も同様に眉間に皺を寄せているから、きっとこいつらも同じ思いを抱いている事だろう。
草木の醸し出す青臭い匂い。前後左右何処からでも聞こえてくる大小さまざまな鳥獣共の喧しい声。ここに来るのは異常繁殖した『ヒプノック』を狩りに来た時以来だが、あの時思ったこの『樹海』への不快感が何一つとして変わっていない事に、俺は安堵の息を零した。
思い、考え方、価値観。時と共に移ろい行き、あの時感じたことが、今この瞬間ではさっぱり理解できないというのは、どうしようもないと思うのと同時に何ともやるせない思いを抱いてしまう。
だからこそ、あの時感じた思いとこの瞬間に感じた思いが、寸分の狂いもなく同じ事に、俺は酷く安堵したのだ。
あの時の俺と今この瞬間の俺。あの時の意固地になって周りに壁を作っていたころの俺の思いを理解できなくなって久しいが、何を良いと思うのか、何を悪いと思うのかという根本的な部分の変化が無いという事は、つまるところそこの部分は特に変えなくていいという事の証左である。
俺は確実に進歩している。それが証明されるとは、今日は何て良い日なのだろうか。
道を阻む藪をハンターナイフで切り払いながら、俺は一人頷いた。
とはいえ樹海への不快感が無くなった訳ではなく、藪の中からこちらの動向を窺っていたランポスを憂さ晴らしもかねて散弾で蹴散らしながら、俺は唾を吐いた。
そもそも何で俺がここにいるのか?
その理由は今から何日も前に遡る。
龍歴院が最近始めた通信資格講座で博士号を手に入れてから数日後、俺は唐突にドンドルマのギルドに呼び出された。
意味が分からなかった。何が悲しくてあんなところまで何日もかけて遠出なぞしなくちゃいけないのか。何より呼び出された理由が、『博士に相談したい事がある』というものであったので、ギルドマネージャーにそれを伝えられた瞬間に、俺の中の何かがこれは碌でもない事だぞと、自信たっぷりに断言していた。
当然だろ? 俺は博士号取ったばかりで何の功績も上げてなんかいないんだぞ? 論文だって最終試験で書いたもの一つっきりだ。タイトルは『通常種のドドブランゴとその亜種の生息域の差異から考察する環境適応への考察について』
これは最近狩ったドドブランゴ亜種から着想を得たもので、通常種と亜種でまるで正反対の気候に住むこいつらを中心に、亜種やその派生種についてある事無い事書いたものだ。
2ndG時代ならまだまだ生態研究なんて碌に進んじゃいないだろうから、そこら辺の事を交えた論文なら受けがいいのではないか、と考えて書き記したのだが、結果は予想通り。満点回答とはいかないものの俺の論文は受け入れられ、俺は晴れて博士号を手に入れられたわけだ。
これで研究を名目に堂々と狩猟依頼をサボれると狂喜していた矢先に、この呼び出しである。
嫌な予感しかしなかった。
村の出口にわざわざ気球で迎えに来たギルドの連中を見てその予感はさらに高まり、ドンドルマのギルドに着いた途端上の階にある応接室に通され、そこで待っていたギルドマスターのにこやかな笑みを視界に入れた瞬間に確信へと変わった。
逃げ出したい衝動を何とか堪え、ギルドマスターから話を伺ってみると、なんでも樹海に生態調査で出かけていた調査団とその護衛のハンターが謎のモンスターに襲撃されたという。
調査団がモンスターに襲われるという話は別に珍しい話でも無いのだが、その襲い掛かってきたモンスターは今まで見た事が無い、未知のモンスターだったという。
謎のモンスターの
そのモンスターの正体を掴むためにハンターを派遣したかったのだが、現在付近に手練れのハンターはおらず、また学者共も余程怖かったのか、樹海へ行くことに及び腰になっている始末。
調査のための露払い役のハンターもおらず、調査のための学者も役に立たないという事態に、ギルドはお手上げ状態。
どうしたもんかと頭を捻っているとこに、龍歴院の行っていた通信資格講座で初の博士号を取ったというハンターの話が耳に入った。更にそのハンターは大陸で数名しかいないというG級ハンターというではないか。
これ幸いとばかりにその話に飛びついたギルドにより、晴れて俺に白羽の矢が立ったという事でした。ちゃんちゃん。
「笑えないんだよ糞が」
ここに至るまでの道程を思い出していくうちに、その時に感じた怒りが再び再燃焼し始めた。いつの間にか目と鼻の先でのたうち回っていたドスランポスのどてっ腹を怒り任せにレベル2通常弾で執拗に抉りながら、俺は天を仰いだ。
過去に感じたことが同じであるという事は良い事だとさっきも話したが、何故かは分からないが不愉快な話というものは良かった話よりも大幅に誇張される傾向にある。
どうしてだろう? 悪い記憶よりも良い記憶の方が良いに決まっているのに、俺たちは悪い記憶の方がよく残るのだ。
何故だ? まさか俺たちの本能は悪い記憶が残っていた方が都合がいいとでもいうのだろうか?
おかしいとは思わないか? 喉元過ぎれば熱さ忘れるという言葉があるが、それこそ我々人類の本質ではないか。
人類は忘れる生き物だ。どんな事があろうがどんな事が起きようが、時間が経てばその記憶は劣化し、風化し、ともすればねじ曲がり、自分の都合の良いように解釈し、いつしか思い出す事すら無くなり記憶の中へと埋没する。
その癖都合の悪い記憶は、その程度が悪ければ悪い程喉の途中に引っかかり続けるのだ。質の悪い事に普段は全く主張してこないのに、ふとした拍子にその存在をチクリと垣間見せ、俺たちを酷く不快な気分へと叩き落とすのだ。まるで忘れるなとでもいうかのように。
まったく、余計なお世話にもほどがある。
そうこうしている内に、俺たちは調査隊が撤退する羽目になったモンスターと交戦した地点へとたどり着いた。
元は拠点であったであろうそこは、見るも無残に破壊されていた。
テントの残骸があちこちに吹き飛ばされ、持ち込まれていた書類や支給品ボックスの残骸がそこかしこに散らばっていた。
俺の足元には食料が入っていたであろう大袋が転がっており、中身はとっくの昔にモンスター共に持ち去られていて、風に晒されて虚し気にぱたぱたと揺れていた。
ありとあらゆる機材がそのままなのを鑑みるに、連中はよほど焦っていたらしい。野晒しの書類を見れば、襲撃当時の慌てようが目に見えるようだった。
俺たちは互いに顔を見合わせ、それからうんざりとため息を吐きながら、各々の作業へと取り掛かっていった。
マサムネとヨシツネが散らばった書類をかき集めている姿を目尻に、俺は黒い毛が付着した擦れ跡に近づいてその毛と泥をナイフで削ぎ取り、腰に吊ってあるカンテラめいた籠の中へと入れた。
その途端籠の中に入っていた明るい粒子が暴れ狂い、一つの塊となってひとりでに籠から飛び出して今しがた調べた痕跡とは別の痕跡へと群がるように飛んでいった。
「何ニャそれ?」
痕跡に群がる光にたかられたヨシツネが、かき集めた書類の泥を払いながら訝し気に目を細めた。
「『新大陸』から送られてきた新技術の内の一つさ。『導虫』というらしいぜ」
「へぇええ。ギルドの奴、良くそんな貴重な物貸し出してくれたじゃないか」
「G級特権様様さ」
「は!」
そんな風に無駄口を叩きながら俺たちは仕事を済ませ、ある程度目処が付くと休憩もかねて飯にすることにした。
「糞、こんな面倒な事を任されるなら、博士号なんぞとるんじゃなかったな」
シチューの入った鍋を囲みながら、俺は吐き捨てた。
「へへへ、まさに骨折り損のくたびれ儲けだな」
「馬鹿を言うな。儲けなんぞ三千世界で3度豪遊できるぐらいにはあるわ」
「だったら因果応報ニャ。普段の行いが悪いから巡り巡ってこういうことになるニャ。おおくわばらくわばら。願うならこの不幸な流れに巻き込まれないように祈るニャ。明日は我が身ニャ南無阿弥陀仏」
「上手いこと言っているつもりなら、お前はとんだ頭ランポスだな」
「あ?」
「じゃなきゃアイルーの形をしたババコンガさ」
「あ゛ぁ゛!?」
取っ組み合って殴り合いを始めた馬鹿二人から視線を外し、残っていたシチューを飲み干すと俺はささっと片づけを始めた。
片づけ終わると俺は水筒の水を飲む、
空模様を気にしているように顔を空へと向けながらさりげなくオトモたちに目を向けると、二人とも取っ組み合いながらも己の獲物にいつでも手がかけられるようにしていた。
それが分かると視線を戻し、俺は水筒から手を放した。
水筒は派手な音を立てて地面に落ち、俺はわざとらしく声を上げながら、屈み込んだ。
瞬間、ずっと背後からこちらの隙を伺っていた気配が膨れ上がり、轟音がしたかと思えば風切り音を伴って鋭い殺意が俺を目がけて突っ込んできた。
俺は屈み込みながら溜めていた力を解放し、ばね仕掛けめいて跳躍。バク転で首を狙った刀翼をかわし、着地と同時に背中の『カホウ【凶】』を抜き放ち、火炎弾をその背中にぶっ放した。
「グギャア!!?」
バランスを崩し、苦悶の声を上げてのたうつ襲撃者には悪いが、さっさと帰りたいので手心を加える事無く俺たちは手筈通りに淡々と事を成した。
俺はじたばたと左右に揺れる顔面に火炎弾をぶち込みまくり、ヨシツネが大タル爆弾で硬い刀翼を吹き飛ばした。マサムネは逆立つ毛に注意しながら丁寧にその尻尾を切り落として無力化した。
「ガ……ガワ……ガワワ……」
ヨシツネの仕かけたシビレ罠が起動し、瀕死の襲撃者はがくがくと痙攣した。
「……はあ……」
俺はため息を吐きながら首を振り、哀れな襲撃者の顔面に捕獲用麻酔弾を撃ち込んで無力化した。
「終わりニャ?」
「じゃあ帰るか」
「はーははは……ならさっさと信号弾を打ち上げようぜ」
マサムネに促され、俺は頷きかけるとポーチの中をまさぐった。
実に呆気ない幕切れだが、まあ何がいるのか知っていればこんなもんだろう。
俺は
確かに素早い動きには目を見張るものがあったが、正直期待外れも良い所であった。更に言えば気配を消す技術も杜撰であり、体格も小柄な事から、この個体は相当経験の少ない若い個体なのだろうという事が窺えた。
そう思った所ではっとなり、ポーチをまさぐる手が止まった。
固まった俺を訝し気に見上げてくるオトモに目もくれずに、俺は次々湧き出てくる憶測に溺れていった。
今回の生態調査に連れられたハンターたちは皆上位の実力者だったと聞く。それがこんな弱っちい個体に後れを取るか?
更に言えば全く未知の個体とはいえ、4人いて無様に敗走するなんて事あるか? 上位だぞ? 下位の身の程知らずの鉄砲玉じゃない。引き際を心得た実力者たちが、そんな有り様になるか? こんな雑魚相手に?
胃に氷水でも流し込まれたみたいに全身が冷えてゆく。いつの間にか周囲から音が消えていた。生き物の気配が欠片も感じ取れなくなっていた。代わりにむせ返る様な死の気配が濃密にこの空間に満ちており、数多の疑問は絞られ、俺は一つの疑問に行き着いた。
その考えに思い至った時には、気が付けば俺はオトモ二人を抱え上げて身を投げ出していた。
一瞬遅れて、背後から黒い死の風が吹いた。
先程の拙い強襲とは訳が違う恐ろしく洗礼され、数多の血を啜ってきた鈍色の妖刀が、俺の頭の数ミリ先を音もなく通過していった。
銀色の頭髪が数本切り取られ、陽に反射してキラキラと輝きながら地面へとゆっくりと落ちていった。
俺はオトモを放り投げ、その巨体の癖に殆ど音も無く地面に着地し、逆立てた尾をぐるぐると旋回させて威嚇する黒き獣、件の上位ハンターを蹴散らした謎のモンスター、『迅竜ナルガクルガ』へ向けてカホウ【凶】を向けた。
「くそ、ついてねぇや」
俺の泣き言に返答するかのように、怒れる親は咆哮した。
2ndGの時は雷よりも火の方が効くんですよね。
何で変わったんでしょーか?コレガワカラナイ