思うに、こうなる事はあの人間の団体を追い払った時にすでに決まっていた事だったのかもしれない。
あの日は初めから、何処かおかしかった。
太陽が真上にある時間に不意に目が覚めたのもそう。人間の団体を追い払う際に必要以上に傷つけてしまったのもそう。あの日を境にやけに喧しくなった鳥竜共もそう。
思うに、彼らは予感していたのかもしれない。これから起こる悍ましい死の予感に。
嫌な予感は消えることなく日々増し続けた。私の苛立ちを子は察したのか、私の顔を見つめては小首をかしげて不思議そうにしていた。
育ち盛りの子を前にこれ以上弱い姿を晒すわけにはいかなかった。故に、私は増し続ける嫌な予感をひた隠しにし、連綿と受け継がれる狩りの仕方を粛々と教え続けた。
そして、その結果がこれか。
視界の先に、筒状の道具から放たれた物により、子が倒れ伏していた。
死んだかと思った。その瞬間、体中の血流が加速し、爆発的な力が爪の先から尾の先端まで浸透する。
だがよく見れば、子はか細いが、確かに息をしていた。死んだように眠っているだけであった。
敵は怖ろしい手練れであった。あの時追い払った人間とは比べるべくもない。子が敗れるのも、無理はなかった。
関係ない。それがどうした。
人間が子に向かって一歩踏み出した瞬間を狙って、私は飛び出した。万力の怒りを伴って。一筋の流星となって。
しかし、無限の怒りを持って振るわれた翼は、紙一重でかわされた。
飛び掛かりの勢いを利用して反転してもう一度飛び掛ろうとしたが、それは体勢を立て直した人間が筒状の道具を向けているのが目に入り、断念した。
人間は全身を様々な竜や獣の皮や鱗で鎧っていた。ちぐはぐで実に奇抜な格好であったが、見た目に騙されてはいけない。臭いを嗅げば分かる。あれは夥しい屍を覆い隠す、一種の擬態なのだ。
従者の獣人共もそうだが、彼らからは恐ろしい程の死の匂いがした。
関係ない! だからどうした!
かつてない程の死の気配に臆した心が、再び燃え上がるのを感じた。
そうとも、関係ない。
たとえ相手が死神であろうとも、我が縄張りに入ったのであれば、やる事は何ら変わらない。
『────』
死神が何事かを呟いた。
それを皮切りに、私は飛び掛かった。死神に尾を掴ませないように、影すら置き去りにして真っすぐに。
■
「ゴルァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
憤怒の咆哮が、静まり返った樹海を震わせた。ティガレックス程とは言わぬが、それでも並のモンスターを遥かに凌駕するほどの音量で放たれたそれは、トチノキに圧力となって降り注ぎ、視線の先のナルガクルガの姿を霞ませた。
「野郎、何つー声を……ッ!?」
トチノキは目の端に涙を浮かべながら耳を塞いでいた手を放し、正面を睨んだ。しかし、その先にいたはずのナルガクルガの姿が影も形も無い事に驚愕して目を見開くと同時に、背後へと振り返りながらカホウ【凶】のシールドを展開した。
その直後、凄まじい衝撃がシールド越しに伝わり、トチノキは堪らずたたらを踏んだ。
(クソ、角度が甘いッ! 衝撃を受け流しきれてない!)
トチノキは痺れる腕に舌打ちを零しながら、振り終えた尾を引き戻しつつ後方へ跳んで飛来したブーメランと小タル爆弾をかわすナルガクルガの着地地点に向けて発砲した。
痺れが抜けていないにも拘らず正確無比に顔面に向けて放たれた火炎弾を、ナルガクルガは驚異的な反射神経で反応し、最小限の動作でかわすと、細かく左右に跳ねながら翼刀で切り付けてきた。
「シャアッ!」
「舐めんな!」
霞んで見える程の速度で振るわれた翼刀を、トチノキは再びシールドで受けた。
先程は不意打ち故に受け流しきれなかった。しかし今度はきちんと認識したうえでのシールドでのガード。しくじる事などありえない。
防がれた衝突に備えていたナルガクルガは、目の前で起こった光景に目を剥いた。
助走を得て振るわれた翼刀の一撃は先ほど放った不意打ちとは訳が違う。たとえ防がれようとも吹き飛ばすだけの威力と速度が乗っていたはずだった。
しかし、その必殺の一撃は、トチノキの展開したシールドによって
トチノキは翼刀が当たる瞬間に僅かにシールドを傾けたに過ぎない。にも拘らず、たったそれだけの動作で彼女の翼刀は魔法のように逸らされたのだ。
結果、吹き飛ばして隙を作る筈だった一撃はトチノキの薄皮一枚切ることなく空を切り、逆に致命的な隙を晒す事となった。
「熱いの喰らえ!」
「ギャッ!?」
トチノキはその隙に火炎弾を連射した。
一発、二発。放たれし火炎はナルガクルガの豪黒毛を燃やし、厚鱗を焼き尽くし、その奥の肉を舐め回した。
「グギャアアア!!!」
未だかつてない激痛に堪らず悲鳴を上げるナルガクルガは、しかし放たれた三発目の火炎弾を翼刀で受ける事で強引に痛みによる拘束から脱すると、顔面を狙った執拗な射撃を跳躍する事で回避。そのままトチノキの背後へと回りこんだ。
トチノキはリロードを終えたカホウ【凶】を構えながら、背後へと回ったナルガクルガへと向き直った。
(跳躍の時に体に着いた火も消したか……)
火炎弾が着弾した顔面は焼けただれており、片方の目は煮崩れ、完全に失明していた。3発目を受けた翼刀は高熱により融解し、半ばからひん曲がっていた。追撃を受けた体も顔面ほどではないが、それでも露出している肉の一部が炭化しており、ぶすぶすと焦げたにおいが風に乗って鼻腔を刺激した。
満身創痍の有様だが、残念ながらそれは見せかけだけに過ぎない
大型の飛竜という生き物は、一晩寝ればどんな傷でもたちまち治ってしまうという。
一晩でどんな傷でも、というのはさすがに誇張表現が過ぎるが、餌を喰い、適度な睡眠をとり続ければ大概の傷ならば数日で完治する。欠損部位までは治らないだろうが。
ただ、それがG級というレベルにまで育った化物というのであれば、もしかしたら欠損部位まで治ってしまうかもしれない。
そう思わせるだけの迫力が、目の前の怪物にはあった。
怒りを通り越して激昂したナルガクルガの残った右目は煌々と輝き、憎悪と憤怒で燃える瞳は片時もトチノキから逸らされることはない。
「なる程、茶番は終いという訳だ」
凄まじい激情に臆しそうになる心を軽口で誤魔化しながら、トチノキは緩慢に動きつつナルガクルガの背後に忍び寄っていたオトモ二人に指で合図を送った。
瞬間、目の前の影が
「──―ッ!」
トチノキはすかさず横へと飛んだ。その途端、風切り音と共に地面が爆ぜた。
「ぐっ!?」
トチノキは見た。
自分が一瞬前までいた場所を叩き割った棘だらけの黒い鞭のような物を。
体勢を立て直したトチノキはすぐさま発砲した。しかし発射された火炎弾は黒き影の残した残像を突き抜けるばかりで、彼女の巨体をかすりもしない。
「ニ゛ャ゛―ッ!!!」
目で追えないと判断したヨシツネは小タル爆弾の塊を空中に放り投げた。一発当たれば御の字。怯みでもすれば大金星。我が主ならばそこからあっという間に討伐にまで持っていけると確信しての必殺の投擲。
「シィイイ!!!」
やたら滅多らに降り注ぐ小爆発の雨を、影はかいくぐり、切り払い、尾から射出した棘で叩き落し、何と一発も被弾する事無く切り抜けた。
「うっそだろお前!?」
「キエーッ!」
驚愕に目を見開くヨシツネとは対象に、こうなるであろうと読んでいたマサムネが爆撃地点を抜けた影に向かって狙いすましたブーメランを投げ放った。
最短距離で突き進んだブーメランは空中にいる影の体を切り裂くべく、高速回転しながら亜音速で迫った。
そして今まさに黒い影に命中するかに思われたブーメランは、
「何ぃ!?」
マサムネは目を剥いた。視線の先で空中に身を躍らせる黒い影が、ぼやけ、雲散した。
(バカな、
気付き、慌てて振り返った先にあったのは、今まさに前足を叩きつけようと振りかぶる黒い影の姿であった。
「おいおい、冗談じゃ……」
思わず毒づくマサムネにお構いなく、影は前足を振り下ろそうとした。
が、突如として黒い影が弾かれるように横へと吹っ飛んだ。
「よそ見は良くないぞ!」
影を吹き飛ばしたトチノキの砲撃だった。体勢を立て直した影は脇腹に新しく刻みつけられた焼け跡の火を消すと、滴る血もそのままにトチノキへと飛び掛った。
トチノキは足首を狙った翼刀の一撃を小ジャンプでかわし、続けざまに振るわれた尾をシールドで受け、反動で後方へ跳び距離を取り、発砲。
こちらに向けて飛び掛かろうとしていた影は瞬時に跳躍の方向を変えると、小刻みに跳ねまわりながら、多少の被弾をお構いなしに四方八方からトチノキへと執拗に攻撃を加えた。
「この、ちょこまかと鬱陶しい奴だなお前は!」
「ゴアァアアア!!!」
影の攻撃を流し、かわし、防ぎながら、トチノキは歯がゆそうに眉を顰めた。
攻撃は当てている。ダメージは与えてはいるが、そのどれもが致命的とは言えない。今はまだこちらが優勢と言える様な状況だが、それは薄氷の上の極めて綱渡り的な状況の連続を運良く切り抜けられているに過ぎない。
向こうは弱点部位に致命打を数発撃ち込まれなければ死なないが、こちらは一発まともに食らえばそれだけでキャンプ送りである。
このまま長期戦にもつれ込めば、スタミナ切れに陥るのは間違いなくこちらなのだ。
故に、トチノキは勝負に出た。
「素早く動けるのが、お前だけだと思うな!」
「ニ゛ャ゛―ッ!!!」
ヨシツネの投げた小タル爆弾の弾幕により生じた爆炎に乗じて距離を取ったトチノキは、カホウ【凶】を抱え上げた。その途端、彼の輪郭に青白い光が生じた*1。
「グルル……」
そのころ影は隙を見せたトチノキへ飛び掛かる寸前であった。
退くか、進むか。
一瞬の躊躇いの後、彼女は飛び掛かる方を選んだ。警戒よりも、憎悪の方が勝ったのである。
何をしようと無駄な事だ。
影は加速した。頭の片隅でがなり立てる死の予感を憎悪の奔流で押し流し、必殺の一刀でもってあの人間を仕留め切る。
加速した世界は、次第に動きを鈍らせ、ついには泥めいて沈殿した。
あらゆるものが動きを止め、ただ自分の体だけがその中をゆっくりと突き進む。殺意を持って。
そして、後ほんの数ミリでトチノキの体に翼刀が触れるかという刹那に、影は見た。
翼刀が体に触れた瞬間、彼が纏う青白い光が水の飛沫めいて散ったかと思えば、有り得ない挙動で身を捻りながら、翼刀の一撃を受け流したのである。*2
「ゴルアアッ!?」
憎悪に支配されていた影の思考が、この時ばかりは真っ白になった。想像の埒外の現象に、加速した思考は乱れに乱れた。結果、着地に失敗した影は大きな隙を晒す羽目になった。
慌てて体勢を立て直し、トチノキへと体を向けた瞬間、受け流した反動を利用して装填し終えたトチノキの放ったレベル2散弾を全身に受けた。
「グウッ!」
体中に痛みが走るが、先の火炎弾の直撃に比べれば耐えられる範囲である。
それよりも気になったのは、トチノキが纏う青白い光が先ほどよりも強くなっていっている事だ。
「ゴルアアッ!!」
そう悟った影は即座に思考を切り替え回避に専念して動こうと試みたのだが、散弾の密度はあまりにも濃く、加えてトチノキの射撃の精密さは彼女の退路を悉く潰し、着実に輪郭の光を強めていった。
「オトモ、
トチノキが叫ぶようにそう言うと、投擲準備に入っていたヨシツネとマサムネは即座に武器を仕舞い込んで間合いの外へと離れていった。
その間も影は状況を立て直そうと地を跳ね、木を蹴り、滑空を交えて縦横に逃げ回ったのだが、それでも立て直すことはできなかった。
そして、トチノキは精彩を欠いた動きを読み切り再び真正面から散弾を浴びせかけ、ついに光は最大限まで高まった。
「よお大将待たせたな。お詫びに
瞬間、光が、
「グルアアアア!!!」
恐るべき予感に突き動かされ、影は跳躍し、青白い光を纏う白鬼に向けて尾を叩きつけた。影の持つ技の中で最も威力の高い渾身の尾の叩きつけ攻撃。
当たればどんな相手でも絶命させることが出来た。
どんな相手でも。
傍から見て棒立ちの白鬼を目がけて尾は振るわれた。
何十個もの大タル爆弾Gを一斉に起爆したかのような衝撃が、樹海を震わせた。
土埃が何百年と根を張る木々よりもなおも高く立ち昇り、対立する両者の視界を遮った。
「ゴァアアア……」
影は尾に力を入れ、めり込んだ尾をすぐさま引き抜いてその場から離れた。
渾身の一撃は当たってはいない。振るわれた尾に、肉体を破壊する手ごたえが無かった。
あの人間は、あの棒立ちの姿勢から、よけたのだ。あの神速の一撃を!
「ッ!!」
地面に着地した影は、すぐ真横に気配がある事に気が付き、咄嗟に翼刀を振るった。
しかし振るわれた翼刀は、そこにいたと思われた人間を通過し、何事も切り裂く事無く降り抜かれた。
「グラッ!?」
影は何度目かの驚愕に目を見開く。
彼女の視線の先でその姿がぼやけ、雲散した。
「ギャアッ!?」
驚愕によりこじ開けられた緊張の一瞬の隙間に、まるで影の如く滑り込んだ一発の弾丸が、彼女の肉体を深くえぐった。
「ははははは!」
「グルル!!」
怯み、後退る彼女を嘲笑う声の方向へ顔を巡らすが、そこにすでに白鬼の姿は無い。
あるのは、飛来する数発の弾丸だけ。
「ゴァアアアアアアアアアアアアア!!!」
影は吠えた。
我が領域を荒らし、子を傷つけ、自らの肉体をこうまで痛めつけるだけに飽き足らず、この私と速さ比べだと?
「グルァアアアア!!!」
さらに怒りを募らせた影は、四肢に莫大な力を籠め、ありったけ溜めてから、その力を解放した。最早影すら置き去りにする勢いで、黒き影は駆けだした。
「お」
「あ?」
戦場から離れ、遠巻きに戦況を眺めていた従者の視界から、影と白鬼の姿が掻き消えた。
一瞬の静寂の後に破砕音だけが空気を震わせ、放たれる剥き出しの殺意の応酬に従者たちは生唾を飲み、込み上げてくる怖れを奥歯を噛みしめてただひたすらその時が訪れるまで耐えていた。
黒き殺意は瞬く間に白き影に追いついた。
殺意を凝縮して振るわれた尾は空気の壁を突き破り、音すら置き去りにして白鬼へと迫った。
頭部を狙った殺意を屈んで避け影の斬撃を直角に曲がる事でかわした白鬼は反転して発砲。
顔面を狙った致命的な弾丸だけかわし後の弾丸は肉体の強靭さだけで受け切り、影は強引に攻撃を実行する。
弾けとぶ肉片や燃え盛る黒毛を散らしながら、影は爪で引き裂きにいった。
白鬼は執拗に振るわれる爪を小刻みに跳ねまわる事でかわし続け、爪を避ける度にカウンター気味に発砲し影の肉体を着実にそぎ落としてゆく。
しかし怒り狂った影は多少の負傷を物ともしない。逆に傷を負うたびに攻撃は激しさを増し、殺意の応酬はその度に激しさを増した。
影は蝶のように舞い、白鬼は蜂のように刺した。
影は蜂のように刺し、白鬼は蝶のように舞った。
白鬼は弾丸を散弾へと切り替えて乱射した。空間全てを埋め尽くすかのような弾丸の壁を、影はきりもみ回転しながら突っ込み肉体を傷つけながらも強引の接近しそのまま噛みつきに行った。
素早い上に隙の無い極めて恐るべき攻撃を白鬼は横に跳んで回避した。
更に飛来する棘の弾幕をシールドを展開して防ぎつつ下段を攻めてきた尾をさらに深く地に身を沈めることで避けた白鬼は芋虫めいてころがりながら燃える弾丸を複数回発砲した。
一発目。
影は飛び跳ねる事でこれをやすやすとかわす。
二発目。
着地の勢いそのままに、姿勢を低くした状態で前に出る事でこれもかわす。
三発目。
これは二発目のすぐ後ろに巧妙に隠されていたものであった。反応が間に合わない。そう判断した影はひしゃげていた方の翼刀で受けた。それによりついに翼刀は完全に溶け落ち、使い物にならなくなった。
構わない。だからどうした。
代償は大きかったが、ついに自らの間合いへと近づくことができた。
影は確信した。これで終わると。
その予感に突き動かされ、放たれていた殺意が目の前へと凝縮され、脳髄へ流れ込み、視界が明滅し、主観時間が泥めいて停滞した。
向こうも同じ判断を下したらしい。
視線の先の白鬼は最早逃げ回る足を止め、地に根を張ったが如き仁王立ちで、堂々とこちらを待ち構えていた。
憎悪と殺意が交じり合い、影の瞳の眼光は一層鋭く研ぎ澄まされた。それはさながら熱せられた一振りの刀の如く。
対する夜の結晶の如き黒紫の瞳は、まるで湖の底の如く暗く、深く、凪いでいた。
最後の攻撃に選択した部位は、やはり翼刀であった。
影は残っている方の翼刀に全ての力を注ぎ込み、飛び掛かった。
流星のように飛び出し、影は翼刀を振るった。それは間違いなく生涯で一番の一刀であった。
完璧なタイミング。完璧な軌道。敵の呼吸の僅かな乱れに合わせて振るわれたこの一刀。避けられるはずが無い。
避けられるはずが──────
鈍化した世界の中で、白鬼はゆっくりと盾を展開した。
ない──―
それは暫し前の一刀のリフレインであり、あの瞬間からまだ数分程度しか経っていない。それはあまりにも早すぎる因果応報であった。
突き進む鈍色の流星は、白鬼が展開した盾に接触した瞬間、絶妙な角度で傾けられ、莫大な殺意が、憎悪が、僅かな火花を散らしながら明後日の方向へ飛んでいった。魔法のように。
「──────」
ナルガクルガの巨体が、殺意に引っ張られて白鬼の上をゆっくりと飛び越えてゆく。
地響きを立てて、彼女は背中から大地へと落下した。
首を左右に振って藻掻いている内に、銃口を向ける白鬼と目が合った。
世界が吹き飛び、無音の瞬間が訪れ、暗黒の只中にナルガクルガと白鬼だけがあった。
白鬼の瞳はただ凪いでいた。そこに喜びも悲しみも無かった。ナルガクルガの瞳には憤怒と憎悪があった。そして僅かばかりの──────。
白鬼は引き金を引いた。
発射された火炎弾は螺旋の軌跡を空中に刻みながら空気の壁を突き進み、呆けた様に開け放たれたナルガクルガの口の中へ吸い込まれるように入り込んだ。
僅かな膨張の後、ナルガクルガの頭が吹き飛んだ。
ぶわっと吹きすさぶむせ返る様な血の匂いと熱波に、白鬼は眉一つ動かさずにただ淡々とヘビィボウガンから薬莢を排出し、次弾を装填した。
そして機械的に構え、残心した。
頭部を失ったナルガクルガはピクリとも動かない。
そこにはかつて子を思い、死の予感を感じながらも立ち向かった母親の面影はなく、ただ腐敗するだけの肉の残骸だけがあった。
「ふぅ────────―………………」
白鬼は太い息を吐き、吐き、吐き、それからヘビィボウガンを折り畳み、背負ってから顔を覆うヘルムを取った。
「気分はどうニャ?」
全てが終わり、近づいても問題ないと判断したヨシツネが、後ろにマサムネを引き連れて、ナルガクルガの死骸を一瞥しながら問いかけた。
「最悪」
「だと思ったよ」
分かり切った返答を聞きながら、マサムネは信号弾を打ち上げた。
近づいてくる、招かれざる客たちの気配を遠くで感じながら、トチノキは帰還した後の事に思いを馳せて天を仰ぎ、うんざりと首を振った。
それから視線を目の前のナルガクルガへと戻す。ただ子を守るために戦い、惜しくも命を散らした母親の亡骸。
可哀そうに。彼女が命を賭して守ろうとした子は、これから人間というふざけた生き物に好き勝手に弄ばれるのだ。
全ては発展のためだの自然と調和するためだのとなんだのとかんだのと大義名分を掲げながら。
トチノキはため息を吐いた。
そのとき強い風が吹き、ざわざわと木々が葉擦れの音を立てた。
それが、彼には、どこかこちらに対し、怒りを孕んだ唸り声に聞こえた。
ブレイブヘビィ気持ちよすぎだろ!