通常弾ぺちぺちマン   作:三流二式

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長々お待たせして申し訳ありません。
その上糞長いとか…ちょっと配慮ってもんが足りんととちゃうか?


ドンドルマにて

 わいわいがやがや。

 

 

 ごとごとどすどす。

 

 

 耳に入るのは、老若男女話し声や荷馬車にぎちぎちに詰められた荷物の窮屈そうな音。

 ここにいると、あたかも人で形作られた迷路にでも入り込んだ気分になってくる。

 

 

 

 窮屈な村を出て、この街を目指す若者も多い。そうして、皆一様にこの街の規模と燃え上がる様な活気に度肝を抜くのだ。

 

 

 大樽を抱えた屈強な男たちが、道行く人々に怒鳴り散らしながら、軍隊さながらに行進する。

 草の根の如く張り巡された人の足をかき分けて、子供たちが笑いながら走り抜けていく。

 

 

 きらびやかな鎧を身に着けた狩人の一団が、周囲の人々の羨望の視線を一身に浴びながら、和気あいあいと語り合いながら腹を満たすために入る店を吟味している。

 小奇麗な衣服を身に着けた獣人が、もの珍しそうな視線にさらされながらも懸命に売り込みを行っている。

 

 

 村落とは比べ物にならない程の活気に満ちたここは『ドンドルマ』。

 

 

 大陸内でも最大規模を誇るこの町は豊富な資源、豊富な人材を惜しげもなく使い、それこそ大陸の王国の城下町にすら匹敵するほど賑わいをみせている。

 その規模に呼応するようにギルドもまた大きく、様々なハンターたちが出入りしている関係上、名の売れたハンターもちらほら見受けられる。

 

 

 とは言ったものの、確かにギルドの規模は街相応に大きいが、この町のハンターズギルドを取り仕切るギルドマスターが酒場にばかり入りびたり、ついには「いちいち行き来するのが面倒くさい!」という理由から、なんとその酒場にギルドの受付を設けてしまったのだ。

 

 

 おかげで昼間っから酒浸りになるハンターが増え、酒場(ギルド)では昼夜問わずに様々な鳥獣の鎧で着飾ったハンターたちが祝杯を挙げており、彼らの声が途絶えることは一時として無く、いつ何時も賑やかで、華やかで、そして実に喧しかった。

 

 

 だが、ギルドを通り過ぎ行く住民たちに不快感をあらわにする者は一人としていなかった。

 それは、彼らがハンターたちの命を懸けた闘争の果てに今この平和を享受できている事を良く知っているからだ。

 

 

 それ故に千鳥足を踏むへべれけのハンターが隣を横切ってもあぁまたか、と口に出しはするものの、住民たちの浮かべる表情は柔らかい。

 

 

 さてさてそんな喧しく、個性的な者たちが跋扈する華やかなギルドに、一人の男が現れた。

 

 

 きぃっと微かな音を立てて押し開かれたドアの向こう側から現れた男をまず初めに目にしたのは、入り口近くの席で飲んでいたハンターであった。

 彼は仲間と談笑しながら酒を飲んでいて、たまたま背後を振り向いて、ぎょっと目を見張った。その男の装いを目にした途端に酔いは吹っ飛んでしまった。それはあまりにもその男の装いが奇抜であったからでだ。

 

 

 ハンターにとって防具とは象徴である。その者が身に着けている防具を見れば、実力の程やスタンス、性格というものが見えてくる。

 ランスを扱うものならば防御力に秀でたバサルシリーズやザザミシリーズで身を固めたり、逆に双剣や片手剣などを扱うものならばボーンシリーズやコンガシリーズで身を固めたり、武器の運用スタイルによって身に着ける物は様々だ。

 

 

 またそれらの防具は強力なモンスターの素材を多量に使う関係上、ほぼ必然的に見た目が派手になってしまったり、傍目から見れば奇抜に映る事もしばしばある。

 しかしそれは空を支配し、野を駆け回る雄々しいモンスターたちを下した証であり、自らの腕を示す指標であるのだ。

 

 

 故に、例え不格好であろうが似合っていなかろうが、尋常のハンターたちは頭からつま先に至るまで完全に同じモンスターの防具を身に着けている。自分はこれだけのモンスターを下したんだぞ、と周囲に誇示するために。

 

 

 だからこそ、突如として現れたハンターの異常としか言いようのない見た目に誰しもが度肝を抜かしたのだ。

 

 

 そのハンターは頭部、胴体、右腕、左腕、下半身と、身に鎧っている防具は全てバラバラであった。

 まるで実用性というものを度外視したその防具の選び方は、初心者にありがちな、強そうな防具ばかりを選んで身に着けたかのような不格好さで、見る者が見れば不快感に顔を顰める程である。

 

 

 まるで歩くチンドン屋めいたその恰好は、ハンターという職を冒涜しているとしか思えなかった。

 素材になったモンスターへのリスペクトも、用途による付け替えという線も感じ取れない、防具を身に着けるうえで絶対にやってはいけない組み合わせとして教科書に乗せられるであろう。

 

 

 謎のハンターが物珍しそうに首を巡らせながらゆったりとした足取りで店内を見回しながら歩を進めれば、誰しもが厳しい、ないし軽蔑の視線を送った。

 

 

 と、厳しい視線を送るハンターたちをかき分けて、一心不乱に近づいて行く者あり。

 

 その者の身長は2メートルを超える巨躯をバサルSシリーズで覆い、背負うグラビモスの素材で作られた豪槍グラビモスによってそのシルエットは倍近くに膨らんでいた。

 

 

 彼はこのギルドでもそうはいない『上位』のクエストを受けられる強者として名を馳せていた。しかし彼を見つめる視線には畏怖と興奮がない交ぜとなったものばかり。

 

 

 その理由は、彼は非常に厳格な性格であり、尚且つ熱しやすい精神は不正を見ればたちまち燃え上がり、喧嘩と見るや率先して首を突っ込んでは双方を殴り飛ばし、延々説教をする始末であった。

 

 

 そんな彼が、ふざけているとしか思えない格好のハンターを目にすれば、これから何が起きるのかは火を見るよりも明らかであった。

 

 

 いかめしい顔に青筋を浮かべ、ぎりっぎりっと周囲にまで聞こえる程の歯軋り音を立てながら、バサルのハンターは大股で謎のハンターへと近づいて行く。

 一歩距離が縮まるたびに周囲の期待と興奮、そして同情は比例して高まってゆき、後一歩で手の届く範囲に間合いが狭まれば、息を呑む音があちこちから聞こえた。

 

 

「フーッ! フ―ッ!」

 

 

 口の端から泡を飛ばし、息を荒げながらバサルのハンターは丸太めいた腕をぬっと伸ばし、人の頭蓋をすっぽりと覆いつくせる掌で頭を掴みに行った。

 

 

 アッと声を上げる者がいた。

 

 

 捕まる。

 

 

 誰もが思い描いた凄惨な光景を、しかし謎の男はまるで唐突に立ち止り、くるりと後ろを向くと、バサルのハンターへと向き直り、そして。

 

 

 

「おやおやおや、どうもこんにちは勇敢なるハンター殿。ってアナヤ! それはバサルシリーズ!? しかも上位のバサルモスを倒した者だけが身に着ける事の許されたバサルUシリーズではあるまいか!? アナヤ! アナヤ! 何たることだ! つまり貴殿は通常種のバサルモスだけでは飽き足らず蛮勇を超えた先にある誉ある上位の! しかもバサルモスを倒し、その鎧を手にした真の勇敢なるハンターという事と推察する! おぉよもやこれ程の強者と相対することができようとは何たる幸運であろうか!? やや! その背に負う獲物はもしや……豪槍グラビモス!? ナムアミダブツ! あの恐るべき岩山グラビモスすら貴殿たる英傑は下したというのか!? ブッダ!? 下位とはいえグラビモスを倒し! それすら凌駕しかねない地獄から来た魔物たる上位のバサルモスを……下した!? あぁ! あぁ! いいいい言わずとも良い! 私は分っているとも! 貴殿の鎧の汚れ具合や擦り切れ具合から見ればそれが誇張でも虚言でもない事は私のような素人研究者でも一目見ればわかるとも! ゴウランガ! 何たる常人を遥かに超えた体躯が織りなす突撃を持って岩山すら粉砕するであろう剛腕をその瞬間を見ずとも想起することができる猛々しき傑物であろうか!?」

「「──────」」

 

 

 開かれた口より放たれたるは、言葉の洪水。

 周囲で聞いていたハンターたちはもとより、真正面から聞かされたバサルのハンターは到底受け止めきれることができず、自分よりも二回りは小さい男から放たれる情報の本流に堪らず一歩後退る事となった。

 

 

 男は一息に言い切りいったん閉じていた口を再び開こうとしたのだが。

 

 

「な、なあおい。あんた」

 

 

 また情報の洪水を聞かされたのでは堪るまいと、男の近くにいたクックシリーズで身を固めたハンターが言葉を発せられる前にインターセプトした。

 

 

「ンッンッン~何かね勇敢なハンター殿?」

 

 

 男はぐるりと首を巡らし、クックのハンターへと顔を向けた。あの脳髄を直接殴りつけられるかのような情報の洪水に再び晒されるのかと身構えたが、クックのハンターの見せた咄嗟の機敏に周囲からほっとため息が聞こえた。

 安堵のため息があちこちで上がる中、男の凝視を受けたクックのハンターは冷や汗を流していた。

 

 

 完全に頭を覆うタイプの頭部鎧を身に着けているためこちらを見つめる男の表情を窺うことはできず、感情の機敏を感じ取るには唯一露出している双眼から推察するしかない。

 

 

(こいつ……何つー目をしていやがるッ!)

 

 

 だが、その目が問題であった。

 男の黒紫の瞳は人間の目をしている。だがまるで人間のする目では無かった。

 

 

 見つめ合っていた時間にすれば僅か数秒程度であったが、その僅かな時間だけで男の内に潜む巨竜めいたアトモスフィアを十分に感じていた。

 

 

「あ、あぁ、さっきの話であんた研究者っていってたけど、あんた学者様なのか?」

 

 

 からからに乾いた喉から発せられた声は、驚くほどに掠れていた。ほんの少し前までビールで十分に潤っていたはずなのに。

 この圧迫感の中、声を発せられただけで大金星である。クックのハンターは自分を褒めてやりたかった。

 

 

「ン……ン~? ……あぁ!」

 

 

 男はおどけたように首を傾げ、それから合点が行ったように一人頷くと大仰な仕草で一礼し、名乗った。

 

 

「あぁ失敬、気持ちが先走りすぎてしまってアイサツが遅れてしまいましたな。ドーモ勇敢なるハンターの皆さま、ハジメマシテ! 私はトチノキ。名もなき龍歴院の新米研究員でございます。どうぞお見知りおきを!」

 

 

 男が、トチノキと名乗る男が自らの正体を明かすと、周囲のハンターたちは納得がいったように頷いた。

 なるほどハンターならばいざ知らず、学者ならば、このような奇抜な格好をしていてもおかしくは無い。

 

 

 学者、特にモンスターを研究する学者というものは、変わり者が多い。

 例えば鳥竜の生態の研究専門とする者がある鳥竜にのめり込みすぎてそのモンスターの頭を模した頭鎧を裸一貫で四六時中身に着けていたり、昆虫類の生態を研究するうちに夏に囚われてしまった者がいたりと、特定の種への知識を深めていくうちに、戻れなくなってしまう者が多いのだ。

 

 

 彼らハンターとてモンスターの放つ不思議な魅力というものは重々承知で、学者と同じように特定のモンスターにのめり込んで戻ってこられなくなるような者だっている。ゲリョスを愛する男、フルフルにのめり込む女。

 ただいつの世も知識職と現場職には溝が広がっているもので、学者たちは全く気にしていないがそういう恰好をした学者を見ると、ハンターたちは後ろ指を指さずにはいられない。まあ要するに同族嫌悪のような物だ。

 

 

 先程の陰口は何処へやら、ハンターたちは思い思いの事を口にした。

 だから俺は言ったんだこの方は学者様に違いないって、嘘をつけこの野郎お前あいつはドキドキノコをキメたイカレ野郎って決めつけていただろうが、何じゃとこら表へ出ろ、良いぜ生かしちゃおかねぇ、止めろ馬鹿野郎ども、先生様ならあの恰好は納得だぜ、全くどうして私たちはあんなに目くじらを立てていたのかしら。

 

 

「そ、そうか……じゃあここに来たのも研究のためかい先生?」

「然り、数日前に樹海で新種のモンスターが発見されたようで、その調査、そして報告をしに野を超え山を越え、こうしてはるばるやって来たのですな」

「なるほどなあ、新種のモンスターか」

 

 

 男の目的を聞いたハンターたちは互いに頷きあったり、トチノキへと会釈したりしながら新種のモンスターとやらについて話し合った。

 樹海で新種のモンスターの発見だと? そんな話聞いてねえぞ、お前みたいな三流ハンターにそんな重要な話が行く訳ないでしょ、何だとお前獲物を抜け殺してやる、上等だ俺の水剣ガノトトスの錆にしてやる、新種のモンスターとはどんなモンスターなんじゃろうな、それを今から調べるんだろ、俺に言わせりゃ新種のモンスターなんてアプトノスみたいなもんだぜ。

 

 

「そういう訳なので、私はこれにて失礼するよ。ギルドマスターに報告書を提出せねばならないのでね。では()()()()()勇敢なハンター諸君」

 

 

 言葉を切り上げたトチノキは最後にバサルのハンターの肩を景気良く叩き、肩を揺らしながら受付嬢の案内について行き、ギルドの奥へと姿を消した。

 

 

 その背を目で追いながら呆然と佇んでいたバサルのハンターに、底意地の悪そうな笑みを浮かべながらクックのハンターが絡みに行った。

 

 

「よう大将、悪い奴は見つかったか?」

「フ、フーンク……」

 

 

 バサルのハンターはバツの悪そうな顔でクックのハンターを睨みつけ、それから手近のハンターからジョッキを奪い取り、残っていた酒をがぶりと飲み干すと、とぼとぼとした足取りでギルドから出て行った。

 

 

 バサルのハンターが出て行くと、ギルドの中は堰を切ったかのような大笑いに包まれた。

 男も女も、アイルーも手に持つジョッキやコップなどを振り回し、やんややんやの大喝采だ。

 

 

 誰かが言い出した先生様万歳の叫びに全員が続き、祝杯を挙げた。

 

 

 何処から出てきたのか、吟遊詩人まで現れて山のように巨大な龍の話や、砂漠に現れた銀色の太陽の話をひとくさり謳いあげた。

 

 

 乱痴気騒ぎの中、しばらくしてギルドマスターのいる部屋から出てきたトチノキは、そのあまりの乱れぶりに面食らって立ち尽くした。

 目ざとくその姿を見つけたハンターが一杯どうだい、と彼に酒を進めたのだが、明日に響くと面倒だから遠慮しておくとすげなく断り、2匹のめかし込んだアイルーに連れられてギルドを出て行った。

 

 

 トチノキが出て行った後もハンターたちは飽きずに騒ぎ倒し、ようやく落ち着きを取り戻した時にはすっかり陽は暮れており、これでは狩りにいけないなと開き直って、ハンターたちはまたぞろ騒ぎ始めたのであった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 次の日の朝、ギルドのクエストボードに一枚の張り紙が張り付けられていた。

 

 

 内容は本日の正午に、闘技場でイベントがあるという旨の簡潔なものであった。

 

 

 ハンターたちは首を捻った。闘技場で催し物が為されるのは別に珍しいことではない。しかしそういうことをやる場合、必ずと言っていいほどギルドは大々的に宣伝を行っていた。

 なのに今回はそういう話を全くと言っていいほど聞いておらず、訝ったハンターたちは銘々の意見を言い合った。

 

 

 何だ今度は何だってんだ、またぞろギルドが悪だくみ考えてやがんのさ、イベントねぇ、観戦は自由らしいぞ、何をやるんだろうな、できれば派手なやつが良いな、ついに俺の出番ってか、お前じゃねえ座ってろ、出しゃばるなデブ、何だと殺す、やってやれやってやれ。

 

 

 売り言葉に買い言葉で、酒の抜けきっていないハンターたちの乱闘騒ぎはギルドナイトが出張って来るまで続き、乱闘騒ぎを聞きつけた住民たちまで観戦し始めた。

 そして集まった住民にハンターたちがイベントの事を伝えるや、集まってくる者は雪だるま式に増え、闘技場は瞬く間に満員となった。

 

 

 正午までもう間もなく。告知すらされていない急遽のイベントにも拘らず満員の観客席は、此度のイベントの内容でもちきりである。

 一体何を見せられるのであろうか。誰もかれもが自分なりの意見を隣席の者たちと話し合い、笑ったり、逆上しては殴り合ったり、歌ったりしていた。

 

 

 そしてついに正午を迎えると、おなじみのファンファーレ*1が鳴り響き、観客たちのざわめきは徐々に鳴りを潜め、ついには風の吹く音すらはっきりと聞こえる程の無音となった。

 

 

 観客たちが静かになったタイミングを見計らったスタッフたちは速やかに動き、闘技場の扉を開き、その奥に潜んでいた怪物を解き放った。

 

 

「「ワオオ―ッ!!!」」

 

 

 開け放たれた扉から出てきたモンスターを見るや否や、観客たちは興奮により声をからして叫んだ。

 

 

 深紅の堅殻、小山めいた巨体を支える逞しい足、自身の体すら覆いつくすほどの大きさのその翼。雄々しき青の瞳が放つ眼光は、猛り狂う命の炎に燃え盛っていた。

 空の王者、火竜リオレウス。間違いなく闘技場での人気ナンバー1のモンスターである。

 

 

「グォオオオオオオオオオ!!!」

「「ワオオ―ッ!」」

 

 

 リオレウスが咆哮すると、それに呼応して観客たちの興奮のボルテージは跳ね上がった。

 普段ならば絶対に見る事の叶わない上位相当のリオレウスがこんなにも間近で動き、その戦いぶりを見せてくれる。

 

 

 これが興奮せずにいられるか。モンスターの花形の姿に、皆が大興奮していた。

 

 

 観客の興奮ぶりが頂点に達したのを見計らって、スタッフたちは反対側の、挑戦者側の扉を開いた。

 

 

 ガゴンと音を響かせて扉が開くと、ぴたりと歓声が止んだ。

 

 

 完全に開き切った扉の奥から現れる挑戦者の姿を、彼らは固唾をのんで見守っていた。

 誰が出るのか。どんなハンターがあの雄々しき空の王者を相手取るのか。

 

 

 観客たちの興奮は臨海寸前だ。それはさながら噴火前の火山のようだった。

 

 

 やがて静かな足音と、それに伴う鎧のカチャカチャとした音が、微かに聞こえ始めた。

 

 

「ワオ……え?」

 

 

 そしてついに出てきた挑戦者の姿を見た観客は興奮に叫ぼうとし、しかしその姿を見た瞬間に出てきたのは困惑の声であった。

 

 

「何あれ?」

「何ですかあの恰好は?」

「開始前のパフォーマンス?」

 

 

 観客全員の視線は挑戦者側の扉から現れたハンターの姿に注がれた。

 

 

 現れたのは全部位がちぐはぐの、奇妙なハンターであった。

 

 

 統一感がまるでなく、コンセプトのコの字も見当たらない、滑稽とすら思えるような鎧の着こなし。なのにその恰好には不釣り合いな大弓*2を背負っている。

 

 

 闘技場は困惑に包まれた。特に先日ギルドにたむろしていたハンターたちの困惑は大きかった。

 

 

 何せ先日自らを研究員と名乗った男が、なぜか挑戦者としてそこに立っているのだ。これで困惑するなという方が無理な話である。

 

 

 観客の困惑をよそに、闘技場に放たれた両雄はすでに臨戦態勢に入っていた。

 

 

「グルル……」

 

 

 リオレウスは両足で地面を掻き、唸り声をあげて眼前の小さな挑戦者に威嚇した。が、まるで堪えた様子を見せない相手に、リオレウスは口の中に火炎を迸らせ、あいさつ代わりと言わんばかりに火球を吐き出した。

 

 

 いきなりのスタートに、観客たちはどよめいた。だが観客たちはこれから起こる出来事によってさらなる驚愕に襲われることとなる。

 

 

 火球が着弾し、爆音が轟くのと、リオレウスが悲鳴を上げるのはほぼ同時であった。

 

 

 観客はあっと驚いた。怯んで仰け反るリオレウスの目元に、冷たい煙がもうもうと立ち込める矢が突き立っていたのだ。

 

 

 ざわめきがさざ波めいて広がる中、リオレウスもまた驚愕していた。

 

 

 火球を放った。そこまでは良い。この火球はあくまで牽制用だったので、当たろうが避けられようがどっちでも良かった

 相手は反応できなかったようで、火球が間近に迫っているにも拘らず棒立ちであった。当たると思っていた。

 

 

 だが当たらなかった。

 

 

 彼の動体視力はかろうじて捉えていた。

 

 

 火球が当たるほんのゼロコンマ数秒の間に、相手のハンターは横にステップを踏んだ。赤い残光を後に残して。

 横に跳んだハンターは瞬時に練り上げられた力を解放し、矢を放ったのだ。

 

 

 放たれた迷いなく突き進み、そして過たず自分の目元を穿ったのだ。

 

 

 ぞくりと背筋が粟立った。

 

 

 リオレウスは反射的に後へと飛んだ。それが彼の命を救った。

 

 

 頭部を狙った矢がぎりぎりそれ、胴に突き刺さった。

 

 

「グォオオオ!?」

 

 

 凄まじい冷気にリオレウスは堪らず悲鳴を上げる。

 

 

「何だ……何が起きている!?」

 

 

 驚愕と困惑に悲鳴じみた叫びをあげるハンターに、誰しもが答えられなかった。

 

 

 闘技場の中で何かが起きている。何か、怖ろしい事が。

 

 

 誰も目で追えなかった。当のリオレウスでさえ。

 

 

「ガアッ!」

 

 

 奇抜な格好が視界の端に映り、リオレウスは反射的に翼を叩きつける。

 

 

 が、翼が叩きつけたのは一瞬前までハンターがいた地点であり、当のハンターはその少し横で弓を構えており、硬直の一瞬の隙を狙って顔面に矢を放った。

 

 

「グッ……グォオオ!!!」

 

 

 沸騰した空の王者はその場で跳び上がり、折りたたんでいた一対の巨大な翼を開き、大空を舞った。

 

 

 調子に乗るな! 双眼に怒りを燃やしながら地上を見下ろした彼が見たのは、顔面付近に跳んでくる、小さな球状の物体であった。

 

 

 これは……まず──────。

 

 

 危険信号は、爆音と閃光が塗りつぶした。

 

 

 バランスを崩し、地上に落とされた空の王者はめちゃくちゃに翼と尾を振り回した。

 

 

 取り乱すリオレウスとは裏腹に、ハンターの動きは落ち着いたものであった。恐ろしいほど精密な間合い管理により、ハンターは繰り出される闇雲な反撃をどれ一つくらうことなくさばき切り、その合間合間に的確に反撃の一矢を叩き込んでいった。

 

 

「グラアアア!!!」

 

 

 満身創痍の空の王者は憤怒と苦痛を籠めた尾の一撃で、付近一帯を薙ぎ払った。

 

 

 ハンターは何と退くことなく、逆に自ら尾に向かって突っ込んでいった。

 

 

 何を!? 困惑するリオレウスや観客たちは、次の瞬間奇跡を目の当たりにする。

 

 

 振るわれた尾に向かって、ハンターはジャンプした。タイミングが狂えば下半身を持っていかれるであろうそれはハンターの足の下のぎりぎりを通過してゆく。そこでハンターは足を突き出し、通過する尾を踏みしめ、さらに高く飛んだ。

 

 

 そう、それは最早跳んでいいるのではなく飛んでいた。

 

 

 高く飛んだハンターは優雅とすら言っていいほど悠々とした佇まいで弓を引き絞り、矢を放った。

 

 

 一射。

 

 

 反動で二射

 

 

 更にその反動でもう一射。

 

 

 目が見えるようになったリオレウスの鋭い尾の一撃を身を捻ってかわすと同時に一射。

 

 

 着地と同時に一射。その反動でもう一射。

 

 

 神業だ。ハンターが空中にいたのはほんの数秒間程度だ。そのたった数秒間の間にで6度もの強力な矢を叩き込まれたリオレウスは最早虫の息となっていた。

 あまりの光景に、闘技場は静寂へと包まれていた。誰もが我を忘れていた。誰もが目の前の神秘的とすら言える光景に見入っていた。

 

 

「カッ……カッ……」

 

 

 凄まじい冷気が身を苛み、痛みでふらつくリオレウスの前で、ハンターは止めを刺すべく矢筒に手を突っ込み、気合を入れて、勢いよく引き抜いた。

 その途端凄まじい冷気が解き放たれ、白い濃霧のような靄が溢れ出た。

 

 

 歪な、先端が雪の結晶めいた恐るべき弓矢であった。

 遠巻きに見ているにも拘らず、その矢が発する冷気に観客たちは冷や汗を流した。

 

 

「グ……グルォオオオ!!! ゴォオオオ!!!」

 

 

 間近で見ていたリオレウスは観客たちの比ではない程の危機感を感じていた。しかし、もはや逃げるだけの体力は残っておらず、ブレスを吐こうにも冷気によって火炎が阻害され、最早吐く事すらできなかった。

 

 

 ハンターは片膝を立て、恐るべき矢を弦につがえ、ぎりぎりと引き絞った。凄まじい力が弓に集まっている。弓から聞こえてくるぎりぎりという音は、さながら大気が悲鳴を上げているかのようだ。

 

 

 そして、ついに竜の一矢は放たれた。

 

 

 大気を切り裂き、猛烈な勢いで突き進む一矢は、リオレウスの堅牢な堅殻をあっさりと突き破り、内部の肉を凍り付かせ、すべて凍り付かせるよりも早く肉体を貫通し、それでもなお勢いを損じる事無く飛び、飛竜のブレスすら受け切るネットをあっさりと突き抜け、彼方へと飛んでいった。

 

 

 ハンターは結果を待たずすぐさま矢筒から矢を引き抜き、弦につがえて構え、残心した。

 

 

 事切れたリオレウスは靄を上げながらぐらりと揺らぎ、地響きを立てて倒れ伏した。

 死した体はピクリとも動かず、魂の抜けきった躰はところどころが凍り付き、まるで氷河から運び出されたかのような有様だった。

 

 

 鹿威しを打ったかのような静寂が、闘技場を包み込んだ。

 夢や幻のような時間だった。何もかもがあっという間に過ぎ去った。

 

 

 感動と興奮で、呆然と立ち尽くす者も少なくない。

 

 

 誰もが思った。

 

 

 お前はいったい何者だ? 

 

 

 その思いにこたえるかのように、ハンターは頭を覆っていた鎧を外した。

 

 

 風が吹いた。降雪地帯特有の身が引き締まる様な一陣の風が。

 

 

 彼らは皆一様に口をあんぐりと開け、目を見開き、凝視していた。地上に出現した、銀の太陽を。

 

 

 流れるような銀の髪を首元まで伸ばし、女と見まがう顔は眉目麗しく、白い肌はまるで雪の精霊の様で。

 

 

 突き刺さる数多の視線など気にも留めずに、ハンターは弓を折り畳み、つがえていた矢を矢筒に戻すと、ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら、言った。

 

 

「あつい……」

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 初めはか細い、吐息のような声だった。

 

 

 誰が言ったか分からぬその呟きに追従するように、ぽつりぽつりと似たような声が少しずつ聞こえ始め、やがてどこからでも聞こえだし、ついには地鳴りのような吠え声へとなった。

 

 

「「ワオオオオオーッ!」」

「アイエッ!?」

 

 ハンターが狼狽えた様にびくりと肩を震わせ、何が何だかわからぬとばかりに辺りを見渡した。

 

 

 そんな事など知らぬとばかりに、観客たちはただ叫んでいた。

 

 

 ずっと話には聞いていた。

 

 

 白き神の伝説を。白鬼の武勇を。

 

 

 御伽噺だと思っていた。

 

 

 夢見心地で聞いていた。

 

 

 だが、ついに彼らはその御伽を自らの眼に、耳に、脳髄にへと刻みつけたのだ。

 

 

 ハンター、白雪鬼。

 

 

 彼を称える声は、本人がそそくさと奥へと引っ込んだ後も、延々途切れることなく続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
パープー

*2
アイシクルボウⅡ

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