世の中いつだって不誠実な者に対して厳しい。
金だけを求める領主をこき下ろすように、酒池肉林を求める君主を引きずり降ろしてギロチン台に送り付けるように。
要するに自分よりもはるかに上の立場の人間の、悪しき一面を少しでも見つけるや否や、無辜の人々はこれ幸いとばかりに囲んで棒で叩くことに得も言えぬ快感を得るのだ。
力無き弱者が幸運にも強者を下す機会を得れば、後先考えずに罰を与えるのなんて世の常で、決まってその後には悲劇と陰惨な時代が幕を開ける。中世のフランスの歴史を見てみろ。あれこそ今言った事の全てじゃないか。
ともあれ不誠実は良くない事であることには変わらない。そんな事は分り切っている。分っているのに、どうして古今の人間たちはこぞって不誠実に手を染めようとするのか。
思うに、それこそが人間の反骨精神というものの表れなのではないか?
人というのは自由な生き物らしい。社会という枠組みに囚われている分際で笑わせる話だが、ともあれそういう事になっている。
で、人間というものの精神はやるなと言われると、それにより自らの精神の自由が脅かされたと感じ、その真逆の事をしようとする心理が生まれるのだという。
つまり、あれをやれこれをやれと言われると全く仕事に手をつけずにサボりに走ったり、逆にやるなと言われると何が何でもやってやるという気になる、という話だ。
なんとなくわかる気がする。俺だって顔も知らん輩に手紙だけであれをやれこれをやれと、散々どやされてきた。G級に上がってからはその傾向に拍車がかかり、もう
排斥されたくないから仕方なくクエストを請け負っていた。月日が経ち、そんな物をやらなくても良くなるくらいには地位も上がり、どのような手段を使ってでもサボろうと画策した報いだろうか?
龍歴院からの資格剝奪。理由は全く研究を進めないかららしい。どうも肩書だけを利用されたことがよほど腹に据えかねたらしい。
「だったら何だって俺に資格なんて与えたんだ? 聞けば試験結果だって合格ラインにぎりぎり届いてなかったらしいじゃないか」
足場の悪い砂の海をえんやこらと踏みしめながら、ごちる。
「あぁ、何でも話題性の確保だっていうのが連中としての話らしいぜ」
マサムネが鬱陶しそうに日差しを遮りながらうんざりと頭を振った。
「またぞろ派閥争いの類ニャ? どいつもこいつもそんなに自分の地位が大事なもんかニャ」
ヨシツネがむっつりと口を開く。
「人っていうのはそういうもんだぜ」俺
「だからってサボる理由に資格取って、剥奪されたついでに溜まっていたクエストの消化をさせられりゃあ世話ねえな」マサムネ
「違いないニャ」ヨシツネ
「全くだ」俺
言うだけ言うと、俺たちは全員口をつぐみ、一切の容赦なく降り注ぐ紫外線にどうしようもないと分かりながらも何とかして遮ろうとする作業に没頭した。
死を遠ざけることが悪いことだというのなら、生に執着することだって悪いことのはずだ。連中はそこんとこが分かっていない。だからこんな人が赴く場所ではない場所に人を派遣して、人が戦うべきではないG級クラスのモンスターの相手をあてがうなどという暴挙を行うことができるのだ。
人は皆、懊悩の中を生きてゆく。時間という濁流は俺たちを押し流そうと無慈悲に迫り、俺たちは目も開けられないまま濁流の中をおっかなびっくりと進んでゆく。視界が利かない中、様々な障害物はお構いなしに迫って来る。気づいた時には手遅れで、目前へと迫った障害物は何の慈悲も無く俺たちを押し流してゆく。
そう考えれば、大自然の脅威を間近に感じ取り、湧き上がる命の衝動に従って生きる者たちの何と美しいことか。
開けた視界の先、大質量の突進を受けて腸をぶちまけて絶命する推定上位相当の『ディアブロス』の死骸をうまそうにつまんでいるターゲットへ、俺は羨望の眼差しを向ける。
美しい菫色の外殻。その異名の由来となった盾のように発達した大きなハサミ。角竜の頭骨を背負った紫盾蟹『ダイミョウザザミ亜種』は、自らを霊長と嘯くちっぽけな人間たちの事など気にも留めずに、のんびりとした様子でご機嫌なランチに勤しんでいた。
あぁ羨ましい。俺もあのように何も考えずに飯を食えたら、一体どれだけの快楽なのだろうか。
しばらくの間地に伏せながら幸せな食事の風景を収めつつ様子を窺っていると、次第に色眼鏡のフィルターが剥がれ落ちてゆき、奴の状態がなんとなくわかるようになってきた。そうすれば、俺が奴に抱いていた幻想など、すっかり無くなっていた。
羨望は嫉妬へ。嫉妬は憎悪へと。そして憎悪は蔑みへ。
どれだけ見てくれが素晴らしかろうが、奴とて力関係のヒエラルキーでは強者というカテゴリーに入りはするが、結局はそこ止まりだ。絶対捕食者には程遠く、外を歩くにしたっていつ現れるとも分からない外敵の脅威に怯えている。
そういう意味では、人間と似ているのかもしれない。ありもしない外敵の脅威の影におびえ、過剰に備え、そしていつの間にか背後に迫っている死神の手に気づかずに有頂天になり、気がつけばあの世行き。
頭上に影が差し、腹ばいになった俺の上を出来損ないの蛇に蝙蝠の羽をつけたようなモンスター、蛇竜『ガブラス』が過ぎ去り、おこぼれを貰おうとダイミョウザザミ亜種の上を旋回した。はじめは1匹しかいなかったのだが、何処から現れたのか、2匹3匹、いつの間にか10匹を超える数のガブラスが現れ、馬鹿みたいにぎゃあぎゃあ鳴きながら捕食者がいなくなる時を今か今かと待ち望んでいた。
あん畜生は死肉があるところには場所を問わずに出てくるものだが、ここまで大規模の群れが出てくるのは珍しい。何かあったのだろうか? 先の時季外れの火山の噴火が原因だろうか? それともガブラスのモーセが現れ、ガブラスのカナンの地へと導こうとでもしているのか? ここではないどこかへ。何処にもいない誰かへ。
ため息を吐き、背負っていたライトボウガン『ハートフルギプス』を手に取り、レベル2徹甲榴弾を装填した。
「やるニャ?」
聞いてくるヨシツネに手振りで散開するように合図する。
「あいあい」
マサムネは頷き、ヨシツネと共にダイミョウザザミ亜種へと風のような匍匐前進で近づいていった。
手順としては奴が食事を終えたタイミングでマサムネがブーメランで攪乱。その隙に大タル爆弾Gを抱えたヨシツネが横っ腹に突撃。転倒した奴のど頭にレベル2徹甲榴弾をマガジン分しこたまぶち込んでイニシアチブを取り、怒り狂ってしゃにむに暴れる奴に氷結弾をチクチク撃ち込む。
いつも通りの手順だ。上手くいけばそれだけで終わる物だ。が、世の中そんな都合よくいきはしない。毎回毎回そんな理論値を出せるのならば、こんなとこに這い蹲って砂に塗れるなどしなくていいはずだ。
視界の端でチカチカと青色のサインが瞬く。オトモたちの準備は完了したようだ。ちらりとターゲットの方を見る。
ダイミョウザザミ亜種はほじくり返し、空っぽになった腹膜に満足がいったように顔を上げ、しばらくぼーっと佇んでいたかと思えば、ゆっくりと身をもたげ始めた。
すかさず赤色のサインを送る。
遠巻きに見ていたからこそ、その瞬間ははっきりと見て取れた。
マサムネがブーメランを投げ放つまさにその時、彼女の背後の砂が爆発した。
気付いた時にはマサムネは真横に弾丸の様に吹っ飛んでいった。ぎりぎりのところでかわせたみたいだ。こっからでも分かるほどの大声で口汚く世界を罵る言葉が狂ったように捲し立てる様を視界の端に収めつつ、俺は現れた赤黒の大鎌を茫然と見つめていた。
「オイオイなんでいるんだよ……」
マグマのような朱色の外殻。死神の大鎌のようなハサミ。鎧竜の
「ギイイイイイイイイイイ!!!」
「ミイイイイイイイイイイ!!!」
負けじとダイミョウザザミ亜種も応えた。領地をめぐり、今まさに恐るべき合戦が始まろうとしていた。