赤熱し、溶けた河の中を進む。疾く、疾くと、急かされるままに。
あぁどうして私はこんなにも急かねばならないのか。何度となく考えた。
しかし、すでに事は動き出してしまっている。時期ではないはずなのに爆ぜた山は、未だ目覚めの時ではないはずの〝覇王〟の目を覚まさせてしまった。
覇王はお怒りだ。ついこの前も同胞の一人が食い殺されてしまった。
あぁなぜ神はこのような試練を我らにお与えになったのか。我々があなた様の不興を買うような事をしでかしてしまったのでしょうか?
答えは終ぞ与えられることは無かった。いつだって神の御心は誰にも窺い知る事は出来ないのだから。
そんな、一切無駄な行為が出来ないというのに、人間という生き物はどうしてこういつもいつも、我らの事など気にも留めずに我らの住処にそうやすやすと入り込むのだ?
何故わからぬ? 覇王は微睡みを妨げられて、ひどく気が立っているというのに。
皆が一丸となって、この未曽有の侵略者たちを退治しに出かけた。普段は何一つ考えずに泳ぎ回る
貴様らのせいですべて無駄になってしまうではないか!
許さん。許せん!
頭の中が溶けた河の如く煮え滾り、怒りを込めた叫びを天へと捧げる。応えるように彼方から地鳴りの如く深く重い声が聞こえる。
おぉ、おぉ。そうであろう、そうであろう。お前も許せぬよな。我が番よ。
滅ぼさねばならぬ。覇王の怒りを買わぬために。殺さねばならぬ。我らの安寧のために、侵入者を排除せねば!
息を吸い、再び溶けた河の中を進む。
滅ぼす為に。生きるために!
■
火山。灼熱のマグマがうねる地獄の地。生命を拒絶する煉獄の炉。要するに前回きた砂漠なんて目じゃないほど人間がいくべきでない場所に、今俺たちは足を踏み入れさせられている。
というのも先の時季外れの火山噴火により火山は立ち入ることができない程の高温化、粉塵による視界不良に陥っていた。それがようやく収まり、やっとこさ上位ハンター数名を率いて調査団が派遣されたわけだ。
で、当然気が立ったモンスターに襲われ調査もへったくれもあったもんじゃない。
報告書ではドスイーオス3体、ラングロトラ2体、リオレウス1体、ウラガンキン1体、ショウグンギザミ2体、バサルモス1体。何だこれは……たまげたなぁ……。
で、極めつけはとあるガンナー互助会の幹部3人が上位の『グラビモス』を狩猟している時に現れた『グラビモス亜種』だ。
こいつは上位のグラビモスをさらに一回りほど上回る巨体であり、たった一発のタックルで全員を吹き飛ばして撤退を余儀なくされたほどとのこと。
十中八九G級クラスで、上位ハンターたちはどいつもこいつも糞の役にもたちはしない。そして今連絡が付くG級ハンターが俺だけしかおらず、こうして火山くんだりまで命がけの登頂を強いられている。
しかしまあ何というか。
旧火山のエリア6付近を歩きながら、俺は顔だけを横向ける。視線の先にはイーオスやらランゴスタがおり、何をするまでもなくふよふよ飛んでいたり、仲間同士で突きあってたりした。
こんな場所でも命は栄えている。確かに今回の事態は彼らにとっても想定外なのだろうが、しかしそれはそれまでの事だった。
人間どもはあぁでもないこうでもないと
家が多少揺れはしたが、家そのものが無くなったわけではない。時間はかかるだろうが、いずれは元に戻る。彼らはそれを知っているから、慌てる必要が無いのだ。
あそこまで落ち着いているというのなら、俺たちが事を荒立てる必要なんて、何処にも無いのかもしれない。
しかし、そのせいで流通が滞る。そのせいで俺が普段口にしている火山の特産品が届かない。だから彼らには消えてもらわねばならない。人間というのはいつだって身勝手なのだ。
〝我は問う 生命の意味を〟
過酷な環境で、それでもなお栄えようとする彼らを見て、いつか聞いた命の歌が、無意識の内に口をついて出た。
「──────」
口を開けたまま少しの間固まったが、そのまま衝動に任せることにした。別に止める必要も無いのだ。ならいいかなって。
〝我は問う 生命の像を 今 誕生させよう 新たな歌を〟
カカカ、と特徴的な嘴を叩く音が聞こえ、間近で『ウロコトル』が上半身を這い出し、通りかかる俺たちを目で追った。
〝それは生命の連鎖 海の音色 生命の共鳴 大地の呼応 生命の解放 陽の調和 それは全てを繋ぐ歌〟
ガミザミたちが低空を跳ぶランゴスタを捕まえようと、短いハサミを振り上げて走り回っている。ランゴスタは踊るように飛び回り、決してその身を掴ませようとしない。
〝これは生命の旋律 海の声 生命の節奏 大地の鼓動 生命の和声 陽の息吹 これは全てを歌う歌〟
エリア6を抜け、エリア7へと。
〝全ては語る 求める意志と心に 全ては奏でる 想像する意思と想いに 新たな歌は己の中に〟
「何ニャその歌」
振り返って、ヨシツネが聞いてくる。
「俺の第三の故郷の歌さ」
「第三ね」
「故郷はいくつあったって良いのさ」
マサムネは俺の言葉にとっくりと考え込み、そして頷いた。
「そうだな」
エリア7へと踏み込む。そして視認する。黒い岩山を。
そいつは堂々とそこにいた。まるでずっと待っていた友人を迎え入れるように。
炭のように黒い外殻を鎧の如く全身に身を包んだ小山の如き巨体。黒鎧竜『グラビモス亜種』と俺との邂逅は、そんな静な感じで始まった。
背に負ったショウグンギザミ亜種で作った弓『カーマインボウ』を手に取り、展開。矢筒から矢を取り出し、弦につがえ、引き絞る。オトモたちも手に手に得物を持ち、静かにその時を待った。
「グルル……」
グラビモス亜種は、俺たちを睨みつけたまま、焦げた息を吐いた。俺には分かる。静かだが、あいつは信じられない程怒っている。住処が無茶苦茶になった苛立ちからか。住処に堂々と侵入してきた俺たちへの怒りか。それとも単に腹が減っているだけか。ともかく奴は怒っている。
いつだって人は他者の怒りの真の理由を、窺い知る事は出来ないのだ。
竜と人と猫。互いに睨み合ったまま動かず、しばしの静寂が場を満たす。
沈黙に耐え兼ねてか、付近でマグマが吹き上がった。それを合図に俺たちは同時に動き出した。
「グオオオオオ!!!」
ぶっ放された熱線をチャージステップで横にかわし、溜め4貫通矢をお見舞いする。
ガンッ、という衝突音と共にグラビモス亜種は殴りつけられたように顔を傾かせたが、それまでだった。ゆっくりと正面に戻す奴の顔には、俺の放った矢が刺さってはいるが。ダメージには全くなっていなさそうだった。
俺の一撃は、唯々、奴の怒りに油を注いだだけ。命を奪うには程遠い。
「お前の武器は好きだよ。防具も、肉もな」
「グォオオ……」
「でもお前個人は好きじゃないんだ」
「……」
「俺が好きなのは、死んだ後のお前なんだ」
怒りが膨れ上がってゆくのを感じる。
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「グオッ!?」
大和魂を籠めた気合の叫びで奴はようやくヨシツネの存在に気がついたようだが、少し遅い。盛大な爆発とともに、奴の巨体がかしいだ。
びきり、という音を確かに聞いた。視線を向け、成果の程に頷く。グラビモスの腹の重殻に、小さくも確かな罅が入っていた。
俺は弦に矢をつがえ直した。
さて、短くも長い狩猟の時間の始まりだ。