灼熱の奔流が乱れ狂う。無茶苦茶に振り回される熱線を転がり、跳ね飛び、駆けまわる事でかわし続ける。
息つく間もないとはこのことだ。恐ろしいことに奴は全くと言っていい程息継ぎなしで熱線をばかすか撃ってくる。いい加減ガス欠してくれと毒づくが、聴いてくれるか甚だ怪しいものだ。
グラビモスと遠距離で戦う際に注意すべき点は当然熱線だが、熱線にかまけているといつの間にか接近してきた奴に気が付けない事もままある。
で、その不注意の末路は小山とすら呼称される奴の巨体の大質量をぶつけられ、あえなくキャンプ送りって訳だ。
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「くそ、止まれ! 止まれぇ────―!!!」
オトモたちも当然黙って見てる訳じゃなく、しゃにむに攻撃をしているのだが、小タル爆弾の火力じゃ奴の重殻に煤けた跡をつけるだけで、アイルーの振るうブーメラン程度だと奴の重殻を貫き切れず、僅かなひっかき傷をつけるばかりだ。
俺だってただ避けているだけじゃない。合間合間に貫通矢を撃ち込んではいるのだが、重厚な甲殻は恐ろしく強固であり、突き刺さりはするがそれだけだった。矢は肉にまでは届いているだろうが、あまりにも浅い。奴からすれば、小石が当たったような物だろう。
今まで戦ってきたグラビモスが足元にも及ばないほど、このグラビモス亜種は固い。恐らく年齢は10や20ではきかない。100、200いやそれ以上かもしれない。
装甲の厚みが違う。経てきた年月が違う。
避け、撃ち抜き、また避け、そして撃ち抜く。死がひりつく中、同じことを繰り返すうちにだんだんと頭の中がクリアになってゆく。
極限の中で無駄な思考が抜け去り、だんだんと原始的な欲求が身をもたげ始めた。すなわち生存を求め、相手をいかに血に塗れさせるかの手段の構築。
〝この山と共に生きてきた〟
で、そうすると、今度は竜人としての血もだんだんと目覚め始め、奴の思念が頭の中に流れ込んで来る。
〝噴火など、何度も経験してきた〟
大雑把な熱線照射を取りやめ、代わりに小刻みな熱線を吐き出しながら、奴はゆっくりと歩き出した。小山の如き威容が迫ってくる様は、大自然の猛威が意思を持ったかの如く、怖ろしくも荘厳であった。
〝不測の事態だってそうだ。悉くを灰燼に滅する斬魔との死闘もそう。乱れ咲く連爆の花もそう〟
大木のような太さの尻尾で薙ぎ払ってきた。チャージステップで尻尾の隙間を潜り抜け、腹に向けて矢を放つ。突き立ち、ヨシツネが付けた亀裂がわずかに広がった。
〝時期外れの噴火だって、多くは無いが経験してきた〟
グラビモス亜種の執拗な攻撃をかわしながら、手振りでオトモたちに続くように指示を出す。
〝しかし〝覇王〟は、あの方だけは駄目だ! 駄目だというのに! 〟
再びグラビモスは焦げた息を吐き、熱線を吐き出した。太く、長く。まるで腹の中に溜まった怒りの如く際限がない。
〝覇王はお怒りだ。不興を買わぬように小さくならねばならないのに! 貴様ら人間は! 〟
熱線は俺だけを狙う。俺しか狙わない。人間に対してよほど腹が立っているらしい。マサムネやヨシツネだって無視できない驚異のはずなのに、執拗に俺だけを狙ってる。
怒りは判断を狂わせるものだが、この巨体と破壊力でそれをやられると質が悪いにもほどがある。どうか矛を収めて帰ってくれないかと言ってやりたかった。
〝いつもいつも碌でも無い瞬間に現れよってからに! 許さん! 許せん! 〟
「知るか馬鹿たれ!」
奴の事情は把握できた。この重苦しい空気の理由も。だからってなんで俺がああだこうだ言われなきゃいけない? お門違いも甚だしい。文句を言いたきゃギルドに直接赴いて文句を言って欲しい。ついでに何人か踏みつぶしてくれると、俺としても万々歳だ。
〝死ね人間! 死んでしまぇえええ!!! 〟
吠え立てられながらぴょんぴょんぴょんぴょん跳ねまわりながら矢を射っていると、自分がウサギか何かになったような錯覚に陥ってくる。臆病という意味ではあっているのかもしれない。あとはその逃げ足さえあれば、俺だってこんなふざけた状況から逃げ出してやるというのに。
「そこだぁ!!!」
マサムネの狙いすましたブーメランの一投が、ついにグラビモス亜種の腹の装甲に止めを刺した。剥がれ落ちた装甲の隙間を縫うように、俺とヨシツネの一撃が、剥き出しの肉に突き刺さった。
「グォオオオ!?」
生じる激痛に、グラビモス亜種はようやく熱線の照射を止めて呻いた。
「よしこのまま」
畳み込むぞ。そう言おうとして、猛烈な死の危険を背後から感じ取り、咄嗟にカーマインボウを盾のように正面に突き出した。
その直後、背後のマグマの河の中から、黒い小山が物凄い勢いで突っ込んできた。
踏ん張れるものではない。耐えきれるわけがない。自動車に立ち塞がる羽虫みたいなものだ。たやすく体は吹き飛び、俺の体は岩壁に叩きつけられた。
「グワーッ!?」
「旦那さん!?」
「よそ見すんなガキ!」
「ニ゛ッ! ──―グニャー!?」
霞む視界の先、俺に気取られたヨシツネはマサムネの忠告も空しくグラビモス亜種の尻尾に吹き飛ばされた。
〝おうおう
〝この人間は危険だ。潰すぞ〟
〝あい分かった〟
そうして、2体の岩山は恐るべき威容を持って俺たちに立ち塞がった。
「黙ってりゃ好き勝手言いやがって……!」
難儀して身をもぎ剥がし、回復薬グレートの試験管を首元のスリットに突き刺した。鎧の機構が働き、プシュッという音と共に回復薬が俺の中に流し込まれた。
ミシミシと体が軋む音がし、砕けた骨が、裂けた血管や筋肉が、仮初に治ってゆく。
次いで、鬼人薬グレートと強走薬グレートを同様に注入してゆく。
血管の隅々に恐ろしい程の活力がみなぎってくる。精神が高揚し、口の端から泡が吹きこぼれる。
「仕切り直しってか? いいぜ、やってやるってんだよ!!!」
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「シャァアアアア!!!」
「「グォオオオオオオ!!!」」
立ち塞がる黒き番の山は同時に赤熱する奔流を吐き出した。俺はチャージステップで潜り抜け、手負いの方のグラビモス亜種の腹に執拗に貫通矢をくれてやった。
だがなかなか上手くいかない。当然のようにもう一匹がカバーに入り、射た矢の6割がその巨体に防がれてしまった。
しかしこちらとて独りじゃない。俺が無事な方に四苦八苦している内に、ヨシツネとマサムネは少しずつではあるが着実に手負いを亡骸に変えるべく奮闘しているのだ。
「グォオオオオ!!!」
ついに手負いの方が俺から目を離し、オトモたちの方へ怒り狂った注意を向けた。変わるように突っ込んできた無事の方へ、俺は再び腹に執拗に貫通矢を撃ち込んでゆく。
「ガァアアア!!!」
熱線だけじゃ埒が明かないと見たのか、グラビモス亜種は格闘攻撃に切り替えてきた。重厚な翼の叩きつけをかわし、腹に射ながら頭突きをかわす。
そしてかわしながら腹に射り、タックルの風圧に抗わずに背後へ転がって距離を取る。
「グルル……!!!」
思うように一撃を与えられない事に苛立ってきたタイミングで、俺は閃光玉を投げた。
「グオ!?」
目をやられたグラビモス亜種はめちゃくちゃに暴れた。
「オラこっちだこっちだ!!!」
「グルォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
怒り狂ったグラビモス亜種は怒りの赴くまま、俺の声を頼りに突進してきた。
しめたとばかりに弓を畳み、背を向けて全力ダッシュで奴を誘導した。怒りに目が眩み、オトモへ攻撃をかまける手負いのグラビモスへと!
「グォ──────」
気付いた時にはもう遅い。俺とオトモは思い切り横に跳んだ。
直後、形容しようがない程の大破壊音が鳴り響き、2つの巨山が激突した。
両者は弾かれ血を、肉を、重殻の破片をまき散らしながら転倒した。
「今だぁああああやれぇええええ!!!」
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「死ねくそ死ねくそが死ねぇ────―!!!」
俺たちは手負いのグラビモス亜種たちへ気がふれたみたいに攻撃を繰り出しまくった。
竜の一矢が、大タル爆弾Gが、巨大ブーメランが飛び交い、血潮が舞い、悲鳴が轟く。
「グオ……オォ……」
ついに一体が絶命した。
「グォオオ……グォオオオオオオオ!!!」
もう一体の方も満身創痍だった。衝突の衝撃で首を痛めたのか、不自然に顔が傾いており、重厚で荘厳な重殻はあちこちが剥がれ落ちて肉が剥き出しとなっていた。
しかしそれでも死なないのはさすがはG級クラスのモンスターだ。番の死。そして自分をここまで追い込んだものへの怒りでさっき以上に精彩の欠いた動きで暴れまくった。
その暴れっぷりときたら! まさに荒ぶる大自然の暴威そのものだった。
熱線を乱れ撃ち、舞い散る血肉をそのままに突進やタックルを決め、尻尾を振り回した。
あわやという場面が何度もあったが、しかしそれはそれまでの事だった。
「オォ……オォ……」
倒れ伏すグラビモス亜種は、何を思うのだろうか。おかしくなってしまった我が家に対してか。それとも先に逝ってしまった番に対してか。それとも俺たちへの憎悪にか。
とにかくそいつは鳴いた。命を賭した、誰かへの想いを。
■
ギルドへの報告も終わり、村への帰還も済んだ俺たちは、そのまま村人共が起こした宴に参加していた。
こういう閉じた村では娯楽が少ない。だから、こうして事あるごとにやんややんやの大騒ぎを起こしたくてたまらないのだ。
何処からか現れた吟遊詩人が、黒い双子山を退治する勇敢な従者を連れた狩人の唄を歌った。いつの間にか俺の脇にいたギルドナイトが、あいつは勝手に狩猟地帯に入ってはハンターたちの姿を題材にした唄をこさえてやってくるのだと教えてくれた。
今日こそ捕まえてやると息巻く彼に、俺は酒を注いでやった。頑張る奴にはいつだってねぎらいの言葉が必要なのだ。
で、ギルドナイトに追いかけられ、ほっぽり出された琴が村人の手に回され、ついには俺の手元にまでやって来た。
どいつもこいつも期待に満ちた目を向けてくる。弾けというのだ。この俺に。
心底うんざりし、首を振り、おっかなびっくり手渡されたそれを受け取る。
使い古された、手入れの入った良い琴だった。
もう一を周囲を見回す。期待に満ちた視線ばかりだった。あろうことかオトモまで同じ目で見てきやがる。
うんざりする。ため息を吐き、弾いてやった。
この琴と同じ使い古された、命の唄を歌ってやった。
〝我は問う 生命の意味を〟
〝我は問う 生命の像を 今 誕生させよう 新たな歌を〟
〝それは生命の連鎖 海の音色 生命の共鳴 大地の呼応 生命の解放 陽の調和 それは全てを繋ぐ歌〟
〝これは生命の旋律 海の声 生命の節奏 大地の鼓動 生命の和声 陽の息吹 これは全てを歌う歌〟
〝全ては語る 求める意志と心に 全ては奏でる 想像する意思と想いに 新たな歌は己の中に〟
いつの間にか静まり返った中で、俺の声と、琴の音色だけが、唯々、響き渡ったのだった。
■
煩わしい音が消え、代わりにどこからともなくいつか聞いた、しかし思い出せない唄が聞こえた。
彼は思う、これは何だっただろうか?
今だ微睡み冷めやらぬ頭で、ぼんやりと考えてみる
しかし思い出せない。
なつかしさは転じて、苛立ちへと。
あぁ腹立たしい、腹立たしい。
煮える瞳で空をにらみながら、〝覇王〟は咆哮した。