通常弾ぺちぺちマン   作:三流二式

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森を育てるかのように

『某村 キャラバン 特別販売荷車』

 

 

 とある村に、商人のキャラバン隊が到着した。

 

 

『とても商い』『安い、安い、実際安い』『元気ドリンコトカ!』

 

 

 購買意欲を煽る文言が書かれた刺激的なペイントののぼりは、否が応でも目に飛び込んで来る。ただでさえ何も無いと自他ともに認められる村にやって来た非日常。

 村人たちは遠くからキャラバンの姿を確認出来た瞬間には、もうすでに手に付けていた仕事を放り出し、村の入り口に群がっていた。

 

 

 彼らは入り口を潜り抜けて村に入ってくるキャラバンの一つ一つをぎらついた瞳で見つめていた。

 月に一回ある、キャラバン商隊による物資の遠隔販売であった。

 

 

 いつもならば過酷な畑仕事や近くの森から危険なモンスターの目をかいくぐっての採取といった仕事に明け暮れているものだ。

 しかしこの日だけはそれらが全て免除される。事実上の完全休暇日であった。

 

 

 働かせすぎて次々と過労死者が噴出し、遂には謀反されてランポスの巣に四肢を切り落とされた状態で放置されるという凄惨な死を迎えた前の代の村長と違って、今代の村長はやり手であった。

 彼は生かさず殺さずを徹底した。限界ギリギリまで毎日働かせるが、その手前で必ず止めさせるのだ。時には過労気味の村人の前に自らで張り休むように言い聞かせもした。

 

 

 極めつけは月に一度の物資補給日に、全員その日は仕事をしないで良しと、着任と同時に宣言したことが、村人たちの評価を完全に決定付けた。

 徹底的なまでに前任者とは違う事をアピールした現村長の存在は、村長という存在の意味を180度も裏返らせた。

 

 

 そして、この日のキャラバン隊で、彼の地位は盤石のものとなるであろう。

 群がる村人の群れの奥で腕を組んで佇む村長の顔に、黒い笑みが浮かんだ。

 

 

 のっしのっしと、アプトノスが引く荷車の一つ一つを、血眼で追う村人達。

 そして最後の一つが彼らの視界に入った時、彼らは目をしばたたいた。

 

 

 最後尾にあった荷車は、キャラバン隊のそれとは装いの違う、何か異様な雰囲気を漂わせるものであった。

 先ずは荷車を率いるアプトノス。この個体は学の無い村人にも一目で分かる程に質が違う。キャラバン隊の荷車を引くアプトノスとは比較にもならない程に洗礼され、引き締まった筋肉や皮の艶は、いっそ気品すら漂っていた。

 

 

『珍品』『オクスリ』『枯山水』

 

 

 禍々しくも神秘的な字で書かれたのぼりが掲げられたその荷車は、彼らの興味関心を掴んで離さなかった。

 それまで獲物を見定める獣めいてキャラバン隊の荷車を見ていたというのに、今では最後尾の荷車の一挙手一投足の全てに注意を払い、この非日常に現れた異物を、固唾を飲んで見守っていた。

 

 

 やがてすべての荷車が村の中に入り終え、いつものように村の中心部に停車すると、巣をつつかれた蟻の如く荷車から商人たちが溢れ出た。そして、先頭の荷車から出てきた人物を目にした途端、村人たちは目を丸くした。

 それはこの商隊『ジャンバラヤン・キャラバン隊』の元締め『ジャンバラヤン商会』のドン、『イカルガ・ジャンバラヤン』その人であった。

 

 

 村人らは一度だけ彼の姿を見た事があった。

 現村長が就任した時に、キャラバン隊を月一で来るように交渉した際に、この男は姿を現した。

 

 

 あれほど高圧的だった村長が、この男に会った途端、まるで村長を前にした自分たちの様にへりくだっている様を、村人たちはよく覚えている。頭を下げる村長を、虫か何かを見る様な眼で見下ろしていたのを、彼らは決して忘れてはいなかった。

 そんな『目上の人』が正装をキメて現れ、あろうことか自ら率先して部下たちを引き連れて最後尾の荷車に直立不動で立ち並ぶさまは、とても現実の光景とは思えなかった。

 

 

「「センセイ、ドーゾ!」」

 

 

 そしてもっと考えられないのは、ドン・ジャンバラヤンが部下たちと同じようにへりくだり、一斉に頭を下げて荷車へと呼びかけた事だ。

 何か異様な事が起きている。村人たちは額に汗をにじませながら、その様を見守る事しかできない。村長だけは額に汗を滲ませながら、それでも笑顔を浮かべていたのだが。

 

 

 あれだけ騒がしかった村人たちの誰もが口をつぐんでいた。沈黙の帳が落ちる。

 ……ややあって、荷車の扉が開かれ、2匹のアイルーが現れた。

 

 

 一匹目は目つきの悪い灰色と黒の縞模様の毛並みのアイルーであった。もう一匹は艶のある黒い毛並みのアイルーである。

 

 

 灰毛のアイルーは村人をじろりと一瞥すると、つまらなそうに鼻を鳴らし、荷車の前に立った。黒毛のアイルーはチェシャ猫染みたいじわるそうな笑みを浮かべて灰毛のアイルーを一瞥し、やはり荷車の前に立つ。

 

 

 それから少し間を空けて、荷車の中で身じろぐ気配があった。気配は気だるそうに蠢き、億劫そうに、緩慢に、まるで勿体ぶる様に、その姿を現した。村人たちは現れた者の姿を認識した途端、ぽかんと口を開けて、呼吸すら忘れて凝視した。

 

 

「ンン~……」

 

 

 その者は夜の瞳で村人らを睥睨し、2匹の従者に促されるまま、ゆっくりと地に足をついた。

 

 

「うむ、ドーモ。ジャンバラヤン殿」

「ドーモ。白雪鬼様。我らの都合でこのような辺境の地にご足労いただき誠にありがとう存じます」

 

 

 ドン・ジャンバラヤンは頭を下げたまま、恭しく言った。

 

 

「顔を上げたまえ、ジャンバラヤン殿」

「ハハ―ッ!」

 

 

 ドン・ジャンバラヤンはゆっくりと面を上げ、白鬼に、トチノキに顔を合わせた。しかし、目は伏せたままだった。恐れ多いからである。

 

 

 トチノキは肩を竦め、それから歩を進めて村人たちの前に立った。

 

 

「ドーモ。ハジメマシテ。ソッカイ村の諸君。私はトチノキというものです。白雪鬼と言った方が分かりやすいかね?」

 

 

 ──────白雪鬼! その名を聞いた途端、村人たちは浮足立った。

 

 

 辺鄙で都会からは遠く離れたこの地でも、その名を知らぬものはいない。

 ハンターというものは基本的にどこへ行っても偉大な戦士にして勇猛な狩人であるのは周知の事実であるが、それは都会から遠ざかる程にその度合いは増す。

 

 

 その上で、今日この場に現れた存在は、それらとはさらに一線を画する存在であった。

 玉石混合のハンターがひしめくこの大陸で、両手で数えられる者にしか与えられぬG級ハンターの称号を持つ者の一人である。

 

 

 曰く雪の精霊。曰く夜の魔物。曰く一本角を持つ鬼で、出会った者はモンスター人間問わず射殺す悪鬼等など、囁かれる噂は枚挙にいとまがない。

 実際村人たちも好き勝手に誇張してあれこれ吹聴していたものだった。

 

 

 鼻で笑うようなしょうもない話から、とても現実的ではない荒唐無稽な話まで。

 ……そんなもの、この圧倒的な現実からすれば、まさしく吹けば飛ぶ様な物でしかなかった。

 

 

 流れるような銀の髪を肩まで伸ばし、女と見まがう顔は眉目麗しく、白い肌はまるで雪の精霊の様。曖昧に開かれた瞼から覗く黒紫の瞳は、夜の闇を固めたかの如し。

 彼が身に着ける東洋の衣服、所謂巫女服と呼ばれるものに近い衣装は、妖しくも神秘的なこの男の雰囲気をより一層高めていた。

 

 

「俺は不定期にこういう風にキャラバン隊に便乗してな、作った薬やらなんやらを売りさばいたりしている」

「ただの在庫処理ニャ」

「ウヘヘ人聞きの悪いこと言うなよ。お優しい我が主の良きはからいと言えはからいと」

 

 

 従者の小声の会話も、白鬼が放つ圧倒的な存在感が押し流し、彼は全ての注意を独占していた。

 

 

「何処へ行こうか思い悩んでるときにな、偶々そこの村長殿が寄越した手紙が目に入ってな。その内容に胸を打たれた俺は、この村で販売する事に決めたのさ」

「モノは言いようニャ」

「失礼なこと言うなよ。義を見てせざるは勇無きなりだぜ」

「「──────ッ!!!」」

 

 

 従者の小言も、白鬼が放った衝撃の事実にかき消されて消えた。彼らはそろって村長を見た。

 視線が集中した村長は、自らの計画が花開いたことを確信し、遂には手を叩いて喝采した。

 

 

「うむ、という訳でお前ら後よろしく」

「ハイハイ丸投げニャ丸投げ」

「ウヘヘ。さぁ~寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ヘッハハハハハハ!」

「「ドーゾ、イラッシャイマセ!」」

 

 

 背を向けてとことこ歩き出した白鬼を合図に、各々の荷車が変形し、屋台へと変わった。

 一瞬村人たちは呆け、それから猛牛の群れめいて屋台へと突進した。

 

 

「オラ押すニャ! 逸るニャ! 尻尾を掴むなぁアアアアアアアア!!!」

「ヘイ毎度! ほれ毎度! ウへへへへ!」

 

 

 山と積まれた小瓶に入った緑色の薬*1が、試験管に入った黄金色の薬*2が、棒状の焼き菓子めいたもの*3が、飛ぶように売れてゆく。

 静寂は一転して狂乱したモンスターの群れの如く喧しい騒音に満ち溢れた。そのうえ、時間が経てばたつほどに人の密度は増した。というのも、何処から話を聞きつけたのか、流れのハンターや商人たちが続々と村の中に入ってきて、村人の群れと交じり合い、押し合い、へし合い、殴り合って、白鬼の屋台に群がったのだ。

 

 

「単純馬鹿どもが」

 

 

 その様一瞥し、鼻で笑いながら、トチノキは視線を正面へと移す。一対の刃で基本の型*4を繰り返し行う者たち。身の丈ほどの大槌を抱え、用意した坂道から車輪めいて回転する者たち。軽弩や弓で的に向かって一心不乱に射撃するもの。重弩に弾を込め、排出し、また弾を込める者たち。

 

 

 トチノキは時折このように作りすぎた物資を押し付けるように売りさばく傍らで、戯れにインストラクションを施してゆく。

 自分のようなぽっと出のヘタレですらG級ハンターとして多少なりともうまくやれている。ならばこういう辺境の地にも原石が埋まっている可能性がある。トチノキはそのように考えた。

 

 

 別にすぐに出てこなくてもいい。自分が教えたインストラクションが5年後10年後に花開き、質の高いハンターが生まれてくれれば、それでよかった。何かの拍子でG級クラスが生まれれば万々歳。自分の仕事を減らしてくれるのならばもっと良い。

 それまで気長に待つさ。なあに。どうせ100年200年、長けりゃ1000年生きるのだ。気楽にやるさ。

 

 

「さて、諸君。復唱したまえよ。『あはアプトノスのあ』」

「「あはアプトノスのあ!」」

 

 

 なんてことを考えながらトチノキは持ってきた黒板の前に立ち、張り付けたアプトノスの絵に指示棒で示しながら声を張り上げた。復唱するのは子供たちやその親たち。または流れのハンターに隣村の住民にアイルーに。ともかくたくさんの者が、その種族や生い立ちに関係なく揃って声を張り上げた。

 

 

「『いはイャンクックのい』」

「「いはイャンクックのい」」

 

 

 青空教室は続く。惨たらしい乱闘の穏やかな喧騒を背後に、彼らはこの素晴らしく気前の良い半神の行う無償の奉仕に、夢中になって身を打ち込むのであった。

 

 

*1
回復薬グレート

*2
強壮薬

*3
携帯食料

*4
新大陸以降の通常コンボ

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