通常弾ぺちぺちマン   作:三流二式

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『追憶』

 昔の話だ。十年ほど前。その時の私は父が作る王国が、世界の全てだと思い込んでいた。

 偉大なるドン・ジャンバラヤン。草原に付けられた火の如く勢力を拡大し、ギルドの販売部門にすらも食い込んだ大いなる虎。

 

 

 その日、私は馬車に揺られながら、窓から身を乗り出して砂漠を眺めていた。無限に広がる砂色の海原は何処までも雄大で、時折顔を出す魚竜に大はしゃぎし、遠く、自生するサボテンを食む悪魔の如き角を持つ角竜の姿に息を飲んだ。

 

 

 どういう理由であの馬車に乗っていたのかは、もう思い出せない。

 それまで思いを馳せていた砂漠に座す大きな街の事や、初めて行く地への好奇心は、砂を巻き上げながら突如として現れた巨影によって吹き飛ばされた。

 

 

 巨影、雄々しき角を持つ物言わぬ頭骨を背負いし盾蟹が、私の乗る馬車に向かって襲い掛かってきたのだ。

 即座に護衛のハンターたちが動き、盾蟹を狩猟すべく武骨な骨の如き大剣*1を、柄を短くしたハルバードのような双剣*2を、身の丈を超すまるで甲虫の羽根のような大弓を*3を抜き放った。

 

 

 父はすぐさま私を窓枠から引き離し、抱きしめて縮こまった。その時の父の、何と小さかった事か。とはいえ、それがおかしいことでない事は分っている。あの巨大な怪物を前にして、尋常の人間が竦み上がるのは、至極当然の事なのだから。

 しかし私は、初めて見るハンターとモンスターとの戦いを前にして、恐怖よりも好奇心が勝っていた。あるいはそれこそが恐怖から心を守るための自己防衛だったのかもしれない。

 

 

 縮こまる父の腕の中から難儀して頭を出し、私はしのぎを削り合う超人たちと怪物の戦いに見入った。

 

 

 身の丈を遥かに超える大剣を軽々と振り回す野人の如き姿*4の偉丈夫。双剣を巧みに振るい、縦横に駆けまわって攪乱に徹する軽鎧*5のハンター。そして、彼らが大立ち回りを演じている隙に、凄まじい溜めからいくつもの矢を一気に放つ先の魚竜の特徴を持つ鎧姿*6の女性。

 商会が持つ騎士団のように統一されたものではなく、各々が自らの成果を誇示するが如き特徴的な鎧を纏う、彼らハンターの素晴らしい戦いに、私は危機であることも忘れて大いに興奮し、見入った。

 

 

 しかし、それも束の間の事だった。じっと遠巻きに見ているからこそ、その事にはすぐに気が付いた。ハンターたちの攻撃が悉く効いていないのだ。

 大剣の素晴らしい一撃も、怒涛のような双剣の連撃も、狙いすました拡散矢も、盾蟹の強固な甲殻は悉く弾き返した。

 

 

 こちらの攻撃は効かず、相手の攻撃は強力無比かつ正確だった。一人、また一人と打倒され、何処からともなく現れたネコタクによって運ばれていった。

 最後の一人が地中からの強襲によって吹き飛ばされた時、私はようやく自分が死の淵に立たされていることを自覚した。

 

 

 敵を排除した怪物が、ゆっくりとこちらに振り返り、黒く、無機質な目を向けた。

 私は心臓が縮み上がるような恐怖を覚えた。それまでは心のどこかで未だ父の力が何とかしてくれると思い込んでいた。

 

 

 だが現実というものは、ちっぽけな私が考えうる想像をどこまでも超えてゆく。

 その時ようやく悟ったのだ。所詮父の力は人社会という閉ざされたコミュニティー内でしか力を発揮しない矮小なものなのだと。

 

 

 私の周りを覆っていた壁は、この時をもって完全に破壊された。そして目に映るのは、圧倒的なまでの大自然という名の、無限に聳え立つ艱難辛苦の山々の姿であった。

 それを認識した瞬間に、私の中にあった無邪気な好奇心は跡形もなく消え去った。無垢な子供時代は永遠に消え去ったのだ。

 

 

 恐怖が私を支配した。絶望が私の前に立つ。絶望の名は『ダイミョウザザミ』。『上位』のダイミョウザザミ。

 ハンターというほんの一握りの人間だけが成る事を許される存在の、その中でも更に選りすぐりの者が束になって漸く勝てる本物の怪物を前に、私の心は完全に挫かれていた。

 

 

 ダイミョウザザミは全くの無感情に私が乗る馬車を見つめていた。その口元に溢れんばかりの泡が吹きこぼれていた。

 頭を仰け反らせるダイミョウザザミ。私は死を確信して目をつぶった。

 

 

 だが、死は訪れなかった。割れ鐘のような音が轟き、私は反射的に目を開けた。そして飛び込んできた光景に、私の眼は見開かれた。

 

 

 手練れのハンターの攻撃を受けてもびくともしなかった無敵の盾が、傾いでいた。のみならず、傷一つ無かった堅牢な装甲が割れ砕け、青黒い血が噴き出していた。

 絶叫が轟く中、それを引き裂いて凄まじい破裂音が断続的に高鳴り、また堅牢な装甲が叩き割られ、血肉が四散した。

 

 

 絶叫。轟音。絶望が憤怒に燃え上がる眼である一点を睨み、超高圧の泡の束を吐きまくった。

 そこで私は、誰かがそこにいて、盾蟹を相手に戦っているのだと悟った。

 

 

 だが何処に? 私は疑問に思った。

 ハンターならば剣や槍で戦うものではないのか? 

 

 

 そんな偏見を軽々を乗り越えて、その者は姿を現した。私は目を丸くした。

 先のハンターのパーティを自分の力の誇示のために鎧を着ているのだとすれば、その者はただ只管に他者に頓着せず、ただ己のためだけに鎧を着ていると言えた。

 

 

 全ての部位が点々バラバラ。なのに奇妙にもそれが正しいのだとすとんと腑に落ちる組み合わせだった。

 そのハンターが抱えるように構える赤い銃身が特徴的な重弩*7を盾蟹に向け、淡々と引き金を引いていた。

 

 

 怒涛めいた盾蟹の攻撃を最小限のステップでかわし、引き金を引き、ステップでかわし、引き金を引き、隙を見て驚くほどの早さで(視線はずっと盾蟹に向けられたまま)リロードし、また同じように引き金を引く。

 先程のハンターの命を燃やさんばかりの力強い動きと違い、このハンターは何処までも淡々と、いっそ不気味なほどに機械的な動きを繰り返した。

 

 

 私は口を呆けたまま、ただ、見入った。

 

 

 あの奇抜な格好のハンターが繰り広げる、驚くほどに洗礼されたシステマチックな動きに、私は目が離せなかった。あのハンターの動きは、まるで精緻な機械時計のような構築美の結晶だった。

 チックタック。チックタック。秒針が規則正しく時を刻むように、そのハンターは弾丸を打ち込み続けた。

 

 

 チックタック。チックタック。気が付けば、音は消えていた。絶望の象徴は、いつの間にか地に伏せ、二度と動かない。

 

 

 チックタック。チックタック。そのハンターは、私達に一瞥もすることなく、後からやって来たアプトノスが率いる荷車の中へと入っていった。

 そして、その時私は見てしまった。荷車の中から顔を出す従者へ脱いだ兜を渡すところを。その中から現れた銀の太陽を。

 

 

 見えたのは一瞬だった。だがその輝きは、私の瞳に永遠に焼き付いた。父も見たのだろう。その目が大きく見開かれ、呆然としていた。

 

 

 ジャンバラヤン商会が、白雪鬼に頭が上がらないのは、この時の出来事が原因だ。

 しかし、こんな事が無くとも、遅かれ早かれ、父は白鬼に傅いていたであろうが。

 

 

 あの輝きを頼りに、私は箱庭の外へと足を踏み入れた。あの輝きに憧れて、私はハンターとなったのだ。

 とはいえ、あなたはきっと、この時の事など、覚えてもいないでしょうが。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 運命の変わり目なんて、本当に唐突に訪れるものだ。

 人生の転換期は、いつ起こるか誰にも予想が付かないものなのだ。

 

 

 昔、昔のお話です。その日は本当に何の変哲もない、ある晴れた早朝の事。その時私はいつもよりも早く起きてしまい、朝食が出来るまで暇を持て余していました。

 貴族の三女なんていうものは本当に退屈で、長女や次女に比べればやる事など大してない。精々がお家を強くするための結びつきを強化するための、あったら困る事はないが、無くても差支えのないものでしかない。

 

 早朝。普段ならば小声の話し声すら聞こえるほどの静寂の時。

 しかし、今日は違った。耳をすませば何やら声が聞こえる。一人二人の声ではない。明らかに何十人もの人間の声が、規則正しく聞こえていた。

 

 

 好奇心に駆られた私は迷うことなくそちらへと歩を進めていく。途中何人かの使用人とすれ違ったが、いつもならしている挨拶も忘れて、私は声の出所へ、騎士用の訓練場へと足を運んでいた。

 そして、目当ての訓練場につき、そこで繰り広げられる光景を目にするなり、私は目を丸くして驚いた。

 

 

 そこでは我が家の有する騎士たちが、軽弩を、重弩を、弓を構え、的に向かって一心不乱になって撃ち放っていたのだ。

 私は仰天した。何せ有事の時以外碌に言う事を聞かないタダシイまでもが、他の騎士に交じって無我夢中で的に向けて射撃を続けているのだから。

 

 

 彼らの間を縫うように歩き進む。誰も彼もが訓練に熱中し、私の事など眼中に無いようだった。

 私は寧ろその事を面白がった。いつもいつも誰にも彼にも良くしてもらうのが当たり前だったから、その無関心はかえって新鮮だった。

 

 

 やがて、私は訓練場の隅にたどり着いた。そこにはお父様がいて、誰かと話しているようだった。

 誰か。その人に私の関心が向いた瞬間に、私の認識は白く吹き飛んだ。

 

 

 その人はまるで、雪の結晶のような人だった。白い肌に、銀の髪。東洋の衣装に身を包んだその人に、私は目が離せなかった。

 視線に気が付いたのか、その人は振り返った。夜の瞳と目が合った。

 

 

 私は心臓がひときわ強く脈打ったのを感じた。時間の間隔が消失し、目の前にいるこの人以外の全てが消え失せた。

 

 

「ふむ、どうやら貴殿のお嬢様はコレをご所望のようですな」

 

 

 私の凝視を勘違いしたその人は、苦笑しながら背負うそれを、ピンク色大きな傘*8を私に手渡してきた。押し付けてきたと言ってもいいかもしれない。

 後で分かった事なのだが、元々これは私への献上品として彼が持ってきたものであることが分かった。

 

 

 この時の感情を、どのように表現すればいいのだろう? 今でも分からない。ただ、この日こそが私の人生の転換期だった。

 沢山の人に後押しされながら、お父様は渋々といった様子で、私の背中を押してくれた。

 

 

 そのようにして、私はこの『旅団』に籍を置く事となった。

 色々と苦労する事もあるけれど、それでもとても楽しい毎日だった。この道を示してくれたあの人には、いくら感謝してもしきれない。

 

 

 でも、あなたはきっと、この日の事など、覚えてもいないのでしょうけれど。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 人生は山あり谷ありだ。そのうえ一寸先は見通す事すらできず、ようやく何があるか分かった時には、すでに避けきれない距離にまで迫っている。

 俺たちはそれを甘んじて受け入れるか、駄々をこねて遠ざけ、必死になって抗った末に受け入れさせられるかの二つこっきりだ。

 

 

 とどのつまりどうあがこうが、結論は変わらないということ。

 

 

 順風満帆だった。最高にイカすハンターパーティー『デスドレイン』。俺こと『ランペイジ』。鉄壁の大槍使い。『シーワーラット』。毒の扱いに長けた片手剣使い。『ストームタロン』。嵐のような連撃で大型飛竜を抉り抜く切り込み隊長。『デスネル』。胡散臭いが腕は確かなハンマー使い。こいつの一撃で起死回生の逆転を起こしたのは一度や二度ではない。そして情報屋の『メテオストライク』。最高にイカした、最高のメンバー()()()

 

 

 順風満帆だった。ギルドの酒場で意気投合した俺たちはパーティを組み、クエストを受けまくった。

 一人一人ですら手練れのハンターが徒党を組んだら、もう無敵だった。

 

 

 破竹の如き快進撃で、あっという間に上位へと成り上がる。周囲は称賛の眼差しで俺たちを見つめ、ギルドガール共はうっとりとため息を吐く。

 

 

 順風満帆だった。上位のグラビモスという、正真正銘の怪物と対峙するその時までは。

 高をくくっていた。俺たちならいけると。俺たちならば倒せると。実際下位のグラビモスならば一人で討伐が出来たから。

 

 

 甘かった。何もかもが。

 メテオストライクは十分な情報を持ってきた。ストームタロンは確かに奴の気を引き、十分な隙を確保した。シーワーラットの毒は確かに入った。デスネルのハンマーは確かに奴の強固な堅殻に罅を入れた。俺の狙いすました突きは罅を割り、確かに奴の肉に突き立った。

 

 

 だがそれだけだ。俺を見下ろす奴の眼差しは、何処までも嘲りに満ちていた。

 ちっぽけな生き物のちっぽけな努力の、何と虚しいことか。

 

 

 奴の眼は確かにそう語っていた。実際そうだった。俺たちの渾身の一撃は、奴の吐いた薙ぎ払いの熱線ですべてが無に帰した。

 シーワーラットの左腕が炭化して吹き飛んだ。ストームタロンの足が奴の翼の叩きつけであべこべにねじ曲がった。デスネルは獲物のハンマーと共に奴の突進で爆発四散した。

 

 

 クエスト失敗。どころか、生きて帰る事すらも困難な状況だった。

 ネコタクに運ばれていく二人を茫然と見つめながら、俺はメテオストライクが救援信号弾を打ち上げながら逃げるように叫び、奴の熱線で蒸発していく様を見た。

 

 

 生きた岩山の如き巨体が迫って来る。

 人生は山あり谷ありだ。順風満帆だった道は、突如として険しい山と谷に変わり果てた。

 

 

 山が迫って来る。ちっぽけな俺は、ただ受け入れる以外にない

 しかし、人生でいきなり山と谷になる事があれば、急に緩やかになる時もある。

 

 

 凄まじい音が鳴った。山が傾ぎ、横転して転がった。

 

 

 馬鹿みたいな恰好をした奴が、馬鹿みたいな現実へ、馬鹿みたいに信じられない動きで、弓矢を打ち込んでいた。途方もない現実が山を切り崩し、谷を埋め立てた。

 後に残ったのは破壊の痕跡のみ。山の残骸が俺の前に転がっていた。

 

 

 この時の感情を表す言葉を、俺は見つけられない。

 

 

 二人が死に、二人は生きた。しかし、もうハンター業を続けることはできないだろう。

 

 

 これを機にパーティは解散。俺は新しい道を見つけ、この険しくも辛い道を甘んじて受け入れている。

 

 

 酷い事が起きたが、今の道には、概ね満足している。楽しいとすら言えた。

 

 

 あの時の光景は今でも目に焼き付いている。あの背中に少しでも届きたいと心から思えたからこそ、俺は今までの俺を捨て、新しい俺に挑戦したのだから。

 

 

 とはいえ、あんたはこの時の事を覚えちゃいまい。

*1
リュウノアギト

*2
デュアルトマホーク改

*3
ソニックボウⅡ

*4
ボーンシリーズ

*5
スティールシリーズ

*6
ガレオスシリーズ

*7
メテオバスター

*8
ピーチフリルパラソル

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