倅の倅から生まれた倅から生まれた倅が倅から生まれた倅からカイデンもらって店を受け継いでから更にしばらくの時間が過ぎ去ったポッケ村は、今までと変わらず何事もなくのんびりとした空気であった。
声を上げて走り回る子供たち。建材を担いで通りを歩く村の若い衆。話に花を咲かす主婦たち。ギルドへと向かう多種多様な素材で着飾ったハンター達。
半世紀以上の時が流れても、全く変わらない。開拓が進み広くなってもなお、その奔流に流れるものは、普遍であった。
家の屋根の上に腰かけ、屋根の淵から足をたらし、陽光を浴びながらその様をぼんやりと眺め下ろしながら思う。よくもまあここまで生き延びる事が出来たものだと呆れ混じりに。
と、そこでガラガラと音がして、そちらへと目を向ければ村の入り口からアプトノス車が何台も入って来るではないか。
荷台にはのぼりが取り付けられており『射的』『射抜きます』『遠くでも当たる』『ヤブサメ』と自らの役割を端的に示す字が達筆に書かれてあった。
……あぁ、そういえば『連中』が来るのは今日だったな。思い至り、しかしすぐに動く気にはなれなかった。代わりに、『連中』が来ると知らされた時の事を思い出した。
それはいつものように婆さんとネコートの奴と焚火を囲ってハッパをキメている時だった。一ヶ月くらい前だったように思う。
その日はちょっと前に大量発注された応急薬や携帯食料を何とか作り終え、心身ともにくたくただった。
根詰めていた心に、ハッパは覿面に効いた。キセルから煙を一吸いすれば、たちまち心地よい酩酊感に支配された。体の力が抜け、脱力してリクライニングチェアに身を預ける。ちらりと見れば婆さんも夢見心地で舟をこぎ、ネコートに至っては「私は鳥」だの「大空の覇者」だの呟きながらひっくり返って手足をばたつかせていた。
俺も視界の端にピンク色のガムートがちらつき出し、悩ましげな瞳を潤ませて流し目をしてはゆっくりとポールダンスをし始めた。次第に外界とのつながりが薄くなり、聞こえてくる環境音が遠ざかってゆく。世界には俺と彼女だけがあった。そこには悩みも無い。苦痛も何もかもが彼方遠くへ。
が、丁度その時だ。不躾な声が横合いから投げかけられ、酩酊への没入がほんの少し綻びを見せた。苛立ち交じりに視線を向ければ、そこには加工屋の倅の倅の倅がいた。
『あ~あ~またジジババ共が酔っ払ってら』
倅が俺たちを見て何事か言っているが、水中の中にいるかのようにくぐもって何を言っているのかさっぱりと理解できない。その横でピンク色のガムートは我関せずとポールダンスを続けている。悩ましげな瞳は語る。もっと私を見てと。
もちろんさベイビー。俺はずっと君に夢中さ。彼女へ微笑みを一つくれてやると、倅が大きく息を吐く音が聞こえた。ため息のようだった。
『──―、──────。──────、──────』
諦めたように首を振り、倅は出来る限り大きな声で話し始めたが、やはり全ては水中の泡のように曖昧で刹那的だった。発せられる言葉が右耳に入り何も残さず素通りして左耳から抜けてゆく。
『~~~! ああもう──―いいか──―一ヶ月後──────旅団が──―来る──―お前──―見てやってほしい──―ギルド──―!』
何故か分からないがキレた倅が目の前まで迫り、手に持つ書類を押し付けながら捲し立てた。俺は渡された書類を凝視するが、霞む眼では断片的にしか読み取ることはできない。
一ヶ月後、旅団、見る、ギルド……霞む視界で見た情報がハッパでぐるぐる回る頭の中に溶かされてゆく。
一ヶ月後、旅団、見る、ギルド……
キョダイリュウノ
ゼツメイニヨリ
デンセツハヨミガエル
「──────」
「あ、なんだよ?」
目をしばたたき、倅を凝視する。急に目が覚めた。酔いが吹き飛び、頭の中で回っていた情報が雲散してゆく。
困惑する倅をよそに、こめかみに指をあてて思考に耽る。俺は今、何を思った。明らかに自分の思考ではなく、何かが混線した感覚があった。しかしさっぱり思い出せない。ショックで記憶が抜けたか?
……なんにせよ、心地よい酩酊が無理やり覚めさせられたことに変わりはない。どれだけ考えたところで判断するための記憶が吹き飛んでしまったのなら、これ以上の思考は無駄である。
頭を振ってキセルから煙を一吸いするが、さっきのようにうまく酔えなかった。ため息を吐き、天を仰ぐ。空は雲一つない快晴だった。
「……」
あの日と何ら変わらぬ空模様が、視界に広がる。凍えるような寒さが幾分か和らいだ空気もそのままだ。
「おーい、例のお客さんだぜ~! 早く来いよ!」
家の前にやって来た倅が声を張り上げて俺を呼ぶ。ここでぼんやりしていてもしょうがないので、仕方なく屋根から降りる。
「あぁ、後それからもう一つ」
と倅。うんざりと顔を向ける。
「重ね着、出来たぜ」
「お前は神だぜ」
俺たちは拳をぶつけ合った。
■
馬車ならぬ四台のアプトノス車から続々と降りてきた三人一組、計十二名のハンターが俺の前に整列していた。
「ドーモ、ハンター旅団兼ガンナー互助会〝シャーテック〟のリーダーを務めております『ガントレット』です。会えて光栄です」
その中のリーダー格らしいギルドガードベスト紅シリーズに身を包んだ中性的な顔つきの奴が、アイサツしながら握手を求めてきた。武器は背中の大弓プロミネンスボウⅢ。
「ドーモ、ガントレット=サン、トチノキです……シャーテックにガントレットねぇ」
アイサツを返し握手に応じながら、俺はついつい呟いてしまった。
「? なにか」
俺の呟きに首を傾げるガントレットに、俺は肩をすくめてみせた。
「いや……何でもない」
「ふむ……おいお前たち、先生へアイサツせよ!」
訝しく思いつつも、ガントレットは流す事に決めたようだ。ガントレットは振り返って後ろに控える二人の副官と思しき二人へと呼びかけた。二人はすぐに応じ、ガントレットの隣へと進むとアイサツを決めた。
「ドーモ、センチスピードです」
「ドーモぉ~、ソリティアで~す!」
「……」
上からグラビドSを着込んだ190ばかりはあろう偉丈夫で武器はグラビモスハウル、下がヒーラーUを着込んだこれまたセンチスピードに迫る背丈のデカい女。いやデカい。本当にデカい。何だそりゃラオシャンメロンでも詰まってんのか? 武器はピーチフリルパラソル……?
何らかの既視感を感じたが、結局思い出す事は出来ずそのまま捨て置き後続のアイサツを聞くことにした。その時ソリティアは意味深な笑みを浮かべていたが、謎である。
上の三人の挨拶が終わったのを見計らって、残りがこぞってアイサツを決めた。
「ドーモ、ホースバックです!」
「ドーモ、ディスタンスです!」
「ドーモ、ロングカットです!」
「ドーモ、トリガーハッピーです!」
「ドーモ、ガンスリンガーです!」
「ドーモ、ヘビィレインです!」
「……ハイウェイマンです」
「ドーモ、ディアハンターです」
「ドーモ、スリケニストです!」
「……」
最後の一人のアイサツを聞き終えた俺は天を仰いだ。
なぜ、そうなのだ? 何でこうまで侵食している? ていうかなんかちょこちょこシャーテックと関係ない名前が混じってるな? というか……。
「スリケニスト=サン、君、出身は何処かね?」
俺は最後にアイサツをした忍・空シリーズに身を包んだ女へと問いを投げかけた。
「ア、ハイ。私めの出身地は『カムラの里』であります!」
「……」
カムラの里。俺の両親の故郷であり、一応は俺の故郷という事でもある。尤も俺の実際の生まれはどことも知れず、実感はあまりないが。
何れ訪ねてみようと思うが中々予定が合わず、行こう行こうと思うばかりで予定は未定のままであった。
というか翔蟲欲しい。ガルク欲しい。フクズク欲しい。鉄蟲糸技教えて欲しい……けど教官殿との縁は、別にいいかな。いい人なんだけどうるさすぎて。てか故郷こそカムラだが足を踏み入れた事の無いほぼよそ者に里の奥義を伝授してくれるだろうか? あの人以外に汚れ仕事に躊躇いないからなぁ……。俺不正しまくりだし、里に入った瞬間に締め落とされるんじゃねえの?
「あの、先生、私めに何か……?」
無言で考え込みながら見つめる俺にスリケニストは居心地悪そうにしていた。
「いいや、ただ俺の両親の出身がカムラらしくてな。それに思いをはせていただけさ」
「へええそれはそれは!」
スリケニストは一転して目を輝かせて身を乗り出してきた。
「そこまでだスリケニスト」
「ア、ハイ」
が、伸ばしかけた手はガントレットに掴まれ、スリケニストは僭越を恥じるように俯きながら下がっていった。
「以上私含め12名が、このシャーテックの構成員となります」
「そうか」
言いながら、一人一人をつぶさに観察してゆく。
……なるほど、互助会などというだけあって、どいつもこいつも遠距離武器しかもっていない。
しかし立ち振る舞いから分かったことだが、生粋のガンナーもいれば途中で鞍替えしたやつも何人かいるようだ。その筆頭が側近のセンチスピードのやつで、おそらく途中で武器種を変えても問題がありませんよというアッピール目的だろうか?
パっと見ただけでもおおよその実力は把握できるが、やはり実際にその目で見なければ分からないこともある。
「えぇと、ギルドからの要請だったか?」
「はい、それと、私達の嘆願が合致した結果でもあります」
「……まあ、よかろう」
「と、言いますと」
捨てられる寸前の犬のような顔をしたガントレットがおずおずと聞いてくるが、俺は野良犬を払うように手を振りながら適当に返す。
「まあここしばらく仕事の予定もないし、狩りに生きるへの原稿の貯金もある」
懐から扇子*1を取り出し広げて口元を隠しながら、一人一人に目を合わせ、たっぷりともったいぶってから、言う。
「引き受けてやる。我がインストラクション、存分に伝授してやるゆえ、しばしここに滞在し、腕を磨くがよかろう」
俺の宣言にしばらくガキ共はぽかんと口を開け、それから少しずつ事態が飲み込めてくると、興奮した面持ちで付近のものへと顔を向けて何やらこそこそと言い合っていた。
それはガントレットたちも含まれており、どうもこいつら断られるとでも思っていたのか、それらしい会話が途切れ途切れに聞こえてきていた。
……まあそれくらいのことは今は許そう。無礼講である。しかし興奮している彼らは気づいていない。扇子で隠した口元の俺の笑みを。
俺はこう見えてスパルタなのだ。彼らが訪ねてくると聞いた時、面倒くさくて後回しにしていたクエストを押し付けることに決めていた。
すさまじい渋面で俺を見る