①『上手に焼けましたか?』
ガンナー専門の旅団シャーテックの合同訓練が終わってから早数年、俺は普段通りの日常へと戻っていた。
あ、エスピナス? あんなやつは荼毘に付したよ。確かにG級相当の個体だったが、おそらくその領域に至ってから日の浅い個体で、今更あんなのに苦戦するほどではない。
狩りが終わった後、各々へとフィードバックを返しつつ基礎訓練を一週間ほどつけてやり、その後は知らん。
時折風の噂でシャーテックの話を聞けば立ち寄った村や町で有志を募っては勢力を拡大しているそうだ。そのおかげでガンナーの派遣依頼が殺到していて、連中は今日も元気に西へ東へ大忙しだ。
まあそんな事はあまりにもどうでもいい。今俺が気にするべきことではない。
作業の邪魔だ。思考をクリアにするんだ。
―――閉じていた眼を開ける。途端に視界一杯にもうもうと立ち込める煙。同時に鼻腔いっぱいに広がる香ばしい香りと炭火特有の匂い。
赤々と照り輝く炭がパチパチと音を立てて弾け、火の粉が四方へと飛んでゆく。
「ハアーッ……! ハアーッ……!」
ポッケ村特有の冷たい空気を、焚火の熱が押しのけ、加えて極度集中により額からはとめどなく汗が噴き出てくる。
俺は付属していた折り畳み椅子にどっかりと腰を下ろしながら、片方の手でゆっくりと手回し式のハンドルを回しつつ作業の邪魔にならないように片方の手で汗を拭う。
~♪
ハンドルを回すたびに不愉快な音楽が鼓膜を揺らす。
うるさい。黙れ。集中を削ごうとがなり立てる不快な雑音を憤怒と憎悪で焼き尽くし、俺はそのために生まれたマシナリーじみて淡々とハンドルを回す。
~♪ ~♪ ~♪ ……
──────ここだっ!!!
俺は刮目し、勢いよく肉を引っ掴むと立ち上がりながら高々と掲げた。極度の集中。そして最高のタイミングでの引き上げ。これは最早完全に―――。
「……こんがり肉だな」
「嘘だっ!!!」
隣で見ていたマサムネが、淡々とトチノキの成果を判定した。トチノキは天に向かって叫んだ。
「ふざけるな! どう見ても最適なタイミングだったろ! なんでGにならねえ!?」
「いやあ、ちょっとズレてたぜ?」
「嘘だっ!!!」
トチノキはなおも否定するが、しかしプロがそう下したのだ。現実は覆らず、彼の結果はまたしても出来損ないで終わった。
「クソぉあ!」
湧き上がる憤怒の赴くままにトチノキは叫びながら振り返り、皿の上に積まれたこんがり肉の山に一つ加えながら、怒り心頭でその隣に積まれてあった骨付きの生肉をむんずと掴み、またしても肉焼きセットに設置してはハンドルを回し始めた。
~♪
「それにしてもこの不快な音楽はなんだ! いい加減にしろ!」
「おい、そりゃ技術屋共の心配りの結晶だぞ! 肉を焼いている際に
「黙れ!」
むしゃむしゃとこんがり肉を食いながらビール片手に茶々を入れてくる加工屋の倅に、トチノキは中指を突き立てて絶叫した。
「おいしいねえ~」
「おいしいねえ~」
「いやあ白鬼殿は相変わらず太っ腹ですな!」
「うめ……うめ……」
いつの間にか周囲には人だかりができており、村人のみならずハンターたちまでもが集まり出し、トチノキが家の前で始めた肉焼きの勘を取り戻すための訓練は、村総出のバーベキュー大会へと様変わりしていた。
「あの、ヨシツネ殿。つかぬ事お聞きしますが」
「……なんニャ」
積まれていたこんがり肉を一齧りし、目を見開いたコンガシリーズのハンターが、たまたま通りがかったヨシツネへと声をかけた。
「こ、この肉なんですが。何の肉ですか?」
「あぁ、それニャ」
不機嫌そうな顔から一転、底意地の悪そうな笑みを浮かべながらヨシツネは言った。
「アプトノスの特選霜降り肉ニャ。家畜の中でも特に優れた一匹を厳選し、ストレスの無い環境下で特別な餌を食わせて飼育された超高級肉。それ一本お値段たったの5000ゼニーニャ」
「「ごっ!?!?!?」」
告げられた衝撃の事実に周囲のハンターたちは目を剥いた。あるいはむせて咳き込み、ジョッキのビールで流し込んだ(そのビールも達人ビールニャ。一杯500ゼニーニャ)。そしてまたむせて咳き込んだ。
「こ、これ一本で俺たちの月収より高いの!?」
「く、食い溜めだ! 食い溜めしろ! こんなチャンス二度はないぞ!」
「「ウオオオオオ!」」
「バカとカスの吹き溜まりニャ。見るに堪えんニャ」
赤い鎧*1や黒い鎧*2や白い鎧*3と多種多様な格好をしたハンターたちが我先にと肉に飛びついてがっつく様を見て、ヨシツネは吐き捨てるように言った。
「こっち焼けたぞ!」
「おい、焦げちまうだろ! 早く上げろバカ!」
「野菜も食いな! 好き嫌いするんじゃないよ!」
宴もたけなわ。早朝から始まり、昼を過ぎて勢いも更に増し増し、人は出ることなく増える一方で。
どこからやって入り込んだのか、いつの間にか吟遊詩人が高らかに歌い上げると、ハンターや村人達がやんややんやと囃し立てる。
金の匂いを嗅ぎつけた目敏い商人たちは我先にと屋台を形作り好き勝手に商売を始める有様であった。
「ダメ! こんがり肉!」
「クケェーッ!」
そんな事は露知らず。というよりも心底眼中に無いと言わんばかりにトチノキはただひたすらに肉焼きセットで肉を焼いてはマサムネにダメ出しされては意味をなさない罵声を吐いた。
結局彼がこんがり肉Gを作り出すことに成功したのは、時計の針が0時を示した瞬間であった。
②『キモ・キモ・キモ! ……こいつらキモ!!!』
「モンスターのキモ、ですか……」
フォークを置き、ナプキンで口元を拭きながらトチノキはオウム返しした。
「そう、キモです」
そう鼻息荒く語るのは、前にも横にも出っ張った体を仕立ての良い服で飾り立てた貴族、ミギー・ユウ伯爵である。
彼らがいるのは会員制のレストランで、他では食べられない珍味を数多く取り扱っているのが特徴だ。
彼らの背後にはそれぞれ護衛の騎士、そして燕尾服を着込んだ側近のオトモアイルーが立つ。
トチノキがここへ来ることになった経緯は、要求されていた物の納品のため伯爵の屋敷へと訪れ、その後食事でもどうかと誘われ、特に断る理由も無かったので承諾した結果、このレストランを紹介されたのだった。
トチノキがハンター兼薬師であるというのは周知の事実であるが、その時戯れに薬用酒を作っては適当に市場に流したりしていた。
あまり気にしてはいなかったが、どうもこの薬用酒が一部のマニアや美食家に大層気に入られているようで、ミギー伯爵もその中の一人だった。
彼は美食家として有名で、……美食のためならば
さすがに地位の高い者を相手にするとき、トチノキは茶化しも油断も一切することなく相手をする。
どれだけやるかといえば、直接出向いて物を手渡しするくらいには慎重であった。
「たとえば今私達が食べているフルフルベビーを漬け込んだものですが、そも、フルフルというモンスターを知っている者からすれば、たとえ幼体が食べられると知っていても、口にしようだなどと考える事は無いでしょう?」
「まあ、そうですね。その恐ろしさを知っている者からすれば、近づくことすら遠慮したいと考えるのも、畢竟、おかしな話でもないでしょう」
「然り然り!」
伯爵は大仰に手を振りながら肯定した。
「二十四年前、狩りに生きるvol.××ポカポカ白雪村第七百三十一回第三回フルフルの生態について、で言及していました死体に卵を植え付け繁殖する、でしたかな?」
「……そうですね」
トチノキは一瞬だけ辟易した顔をしたが、すぐに表情を戻し、ワイングラスを取って一口飲んだ。芳醇なブレスワインのかぐわしい香りが鼻腔を抜けてゆく。
「ですが人の美食への追求は止められるものではなく、このような恐るべき怪物すら、あむ!」
伯爵はフルフルベビー漬けにフォークを突き立て、大きな口を開けて一口で食べた。
「ムチャムチャ、このように食べられるようにしてしまった。まっこと人間の欲望というものは尽きることがありませんな!」
「ですね」
トチノキもナイフで一口サイズに切り分けたフルフルベビーを口へと運ぶ。
「さて、話は戻りますが、モンスターのキモです。白雪鬼殿が狩りに生きるvol.××ポカポカ白雪村第百九十回で述べていましたように、モンスターの危険度が上がるにつれて旨味が増す、と」
「まあ、概ねは。詳しく言えば体内のホルモンバランスやらアミノ酸やらが関係しているのですが、そこは重要ではないのでしょう?」
「その通り。噂では、どうも近頃砂漠のほうで
伯爵は身を乗り出してトチノキを凝視した。
「どうでしょう? 私の美食の追求に、御身のお力を貸しては下さらんか?」
そういう訳で、トチノキ達は伯爵とその護衛たちと共に砂漠へ向かう事となった。
「なんだありゃ?」
声を上げたのは手庇をしながら遠くを眺めていたマサムネであった。
「ウエー……」
マサムネとほぼ同時にそれを視界に収めていたトチノキは心底うんざりした顔で天を仰いだ。ヨシツネに至っては歯を剥き出しにしてうなり声をあげ、懐からは小タル爆弾を取り出し、今にも導火線に火を付けんばかりだった。
彼らの視線の先には大量のガレオスと、それと格闘している四名のハンターとそれを遠巻きにしている数名の騎士と枯れ枝のような体を仕立ての良い服で着飾った病人染みた男であった。
「ヌッ!? あ、あれはダリー・サ侯爵ではないか! あ、あの卑劣漢め! 私がここに来ると知って妨害しに来たのか!?」
((ウゲーッ……))
憤慨する伯爵とその護衛の騎士たちの横で、トチノキたちはそろって吐く真似をした。
彼は政治闘争に興味が無い。その地位への執着すらもほとんどない。なので、そういった類の事にかかわるのは本当に嫌で仕方がなかった。
「ぬ、貴様はミギー伯爵!? そ、それにそこにおわすは白雪鬼殿か!」
「ふん、お前如きの貧相で軟弱な人脈と違って私は白雪鬼殿と深い交友を結んでおるのだ。頭が高いぞ枯れ枝野郎!」
「なんの糞ブタが! 偉そうに言いおって! 白雪鬼殿! その卑しいブタに惑わされてはいけませんぞ! 今、私めの部下たちが華麗に魚竜を狩り、御身に献上いたしますぞ!」
「ア、ハイ」
「グヌーッ!」
悔しがる伯爵をよそに、侯爵の背後で悪戦苦闘する四人のハンター達を見るトチノキの目は徹底的なまでに冷め切っていた。
侯爵という地位にいるだけあって、なるほど、装備自体は中々良い物がそろってはいる。それを扱うハンターたちの質も、揃いのチェーンシリーズの三人は下位クラスの中でも良い方で、指揮をとっているチェーンUシリーズのハンターは上位といっていい程だ。掲げる火竜の片手剣『コロナ』がぎらつく太陽の光を受けて輝いていた。
が、それなりの手練れの集団にもかかわらずガレオスの大軍を相手に苦戦を強いられていた。
数もそうだが、それを率いる赤い背ビレのガレオスの動きが異常だった。あまりにも反応が早く、その一撃は並みの大型モンスター顔負けの破壊力を有しており、突撃の一撃で一人吹き飛ばし、あっけにとられて棒立ちになっているもう一人に尾の一撃を食らわせ、あっという間に二人を気絶させてしまった。
「なにぃ!?」
恐ろしい勢いで二人を拾い上げて遠ざかってゆくネコタクを見つめながら、侯爵はただ驚愕に呻いた。
「ふん! 主が悪ければ部下の質も低いと来た!」
「ググーッ! バカハドッチダー!」
「……行くか」
「めんどくせ」
「ハーッ!」
殴り合いの喧嘩を始めた枝と豚をほっておき、トチノキたちはうんざりした調子で加勢に行こうとした。
その時。
「ゲ―ッ!」
丁度赤い背ビレのガレオスが残った二人のハンターにブレスをお見舞いしようと首をのけぞらせた瞬間、地面が爆発した。
「「―――は?」」
「「キエエエエエエエエエ!!!」」
立ち込める砂煙を突き破って表れたのは、双角が特徴の大型飛竜、砂漠の覇者、二本角の悪魔、角竜『ディアブロス』だった。それも、全身の甲殻の色が黒く変色したメス個体。ディアブロス亜種。それが二頭。
「「はあっ!?」」
「「キエエエエエエエエエ!!!」」
トチノキたちの驚愕をよそに、二頭の悪魔は互いに相争いながら周囲へ無差別に破壊をばら撒いた。
「「ひえーっ!?」」
残っていたハンターは無論、近かった侯爵の護衛も逃げること叶わず次々に空中に打ち上げられてはネコタクが華麗に荷台へと乗せ、これから手に入る報酬の予感に高らかな笑い声をあげながら去ってゆく。
「『黒のファランクス』じゃねーか! ふざけるな!」
「なんでこうなるんだよ。俺は魚野郎を捌くつもりだったってーのによ!」
「ザッケンニャコラー!」
逃げ惑う愚者を構うことなくトチノキたちはこの日の不運にありったけの恨み事を張り上げながら、とにもかくにも事態を収めるために、半泣きになりながら突撃してゆくのだった。
■
「てことがあってな、とんだ糞だったぜ」
「そりゃ、ご愁傷様。あむ」
うんざりした顔で天を仰ぐトチノキに、加工屋の倅は頭を振るってマサムネが作ったつまみを食べた。
「それで? そのなんたらっていう貴族が言ってたモンスターのキモを使った料理は食えたのかよ」
「あんなくたびれてる状況でそんなことしてる暇あるか。直帰だ直帰」
「ふーん、じゃあ貴族の野郎が全部いただきか。G級モンスターのキモだなんて、どんな味だったんだろーな?」
「あぁ、それな」
と、トチノキは箸をおき、黄金芋酒が入った徳利を呷ってから口を開く。
「食った連中、全員腹下して死んだみたいだぞ」
「は? マジ? 右も左も?」
「マジだマジ」
目を丸くする倅に、トチノキは肩をすくめた。
「食い意地を張った結果だな。ま、グルメに生きたんなら、それで死ぬんなら本望だろ。違うか?」
「……なあ、今俺らが食ってんのってなんだ」
倅が恐る恐る聞けば、トチノキはニヤリと笑い、言った。
「モンスターのキモの刺身だ。G級のガレオスの特級品だ。精々味わいな!」
「……平気、何だよな……?」
「おい、あのにわか野郎どもの作った料理もどきと一緒にすんな! 私がそんなヘマする訳ねーだろ!」
「どうだかニャ。貴族だって質のいい料理人いるニャろ。それでも当たったんニャら、お前はとんだペテン師ニャ」
「だとコラガキぃ!」
「ア゛ァ゛!?」
ボコボコと殴り合うオトモを鼻で笑い、口の端を引きつらせる倅に、トチノキはもう一度ニヤリと笑いかけ、箸でつまんだキモの刺身を一口食べた。
この話に明確な終わりとかないです。要するにトチノキ君が文句たれながら生きていくお話なので。
だからこういう事やってほしいとか、モンスターのリクエストとか、全然受け付けますので、コメント欄に書いていっても良いですのよ(コメント乞食)