どれだけ準備を整えようが、どれだけ注意深く対象を観察していようが、どうやっても不意を突くことが出来ず、真正面からの戦闘が避けられないときはある。
それは相手がこちらよりも上手であった時とか、運が悪かった時とか、あるいは味方がどうしようもない程しくじってしまった時とか。
今回は一番目と二番目だった。
俺と、突如押しかけて来た女ハンターセリアは一緒になって、脇目も振らずに走る。先輩としての威厳とか、後輩としての敬いみたいなのとか、出会ったばっかりのよそよそしさとかもかなぐり捨てて俺たちは生存本能に突き動かされて走る。死神に追いつかれない様に。
「足元気をつけろ! こけたら死ぬと思え!」
「ハァッ! ハァッ! はぃぃいいい!」
『森丘』の森林地帯で、俺たちは盛り上がった根っこを飛び越え、進行上に突っ立っている『ランポス』を押しのけて走る。走る。走る。
しかし俺らが死に物狂いで突っ走ろうが、俺らの一歩と奴の一歩では歩幅が違う。
すぐ後ろから木々をなぎ倒しながら、ドスドスと足音がどんどん大きくなって行く。俺らをつけ狙う死神の足音がどんどん近づいて行く。
「気張れルーキー! あと少しだぞ!」
「あぁああっ!!!」
息も絶え絶えなセリアが吠えているようにも喘いでいるようにも思えるような返事を返す。
必死になって走り抜いた先、開けた場所に出た。
森丘のエリア10、森丘の奥地にしては広い空間が広がっている場所。そこが死神との決戦に俺が選んだ場所だった。
俺らがそこに飛び込んだと同時に、死神もダッシュの勢いのままエリア10に入り込んだ。
それは猛ダッシュからの急停止で勢いを殺しきれず、数メートル地面を滑ってからようやく止まった。そしてゆっくりとこちらに振り返った。
緑の甲殻と鱗に身を包み、どんな陸路も走破する圧倒的な脚力。尾の先端は毒針が生えており、そこから繰り出されるサマーソルト攻撃は圧巻の一言。
陸の女王『雌火竜リオレイア』が、敵意と殺意に満ちた目で俺たちを睨みつけた。
奴から放たれるプレッシャーに俺は冷や汗を流す。
ただ下位の依頼を受けていたはずなのに、どうしてこうなった? 俺は思わずにはいられない。
セリアの野郎を受け入れてからはや2週間が経った。初めの内はどうなるもんだと思ったが、押しが強いわりには意外にもこの女は聞き分けが良く、先輩ハンターとしてこいつの依頼に同行した際はこっちのアドバイスは素直に聞き入れるし、呑み込みも早かったからストレスは少なかった。
誰かと狩りをしていてこんなにストレスを感じないのは初めてだったから、俺の口も自然と動き、気が付けばヨシツネまでとはいかないけれど、村長や加工屋くらいには気を許せていた。
それでもやっぱり完全に受け入れられているわけでも無く、自室にいるとき以外に顔を覆う系の防具が手放せなくなった。
別にこいつの事は嫌いではない。話していて気持ちのいい奴だし、何より面が良いし、尻と胸が良い感じのデカさなのも悪くない。
だがそれで信用できるかといえば別問題だ。俺はこいつの事を全然知らない。だから外見は愛想よく振舞っているこいつの腹の内がさっぱり読めない。だから、怖い。
本当は半端者の俺の事を馬鹿にしているんじゃないか? 上から目線で命令してくる俺を疎んでいるんじゃないか? そう思うたびに、俺は何を信じればいいのかさっぱり分からなくなる。
結局のところ世界というものは自分が知り得る事の範囲でしか見えはしない。だから俺は自分の知り得ない事や自分がいないときに広まっている噂話が怖くてたまらない。
あぁそうだ。俺は恐ろしいのだ。
どうしてだ? 俺はいつの間にこんなにも世間体が怖ろしいと思うようになってしまったのか。
前世で生きていたころには世間どころか隣人が何をしようが気にも留めていなかったというのに、今では隣人が俺の事をどう思っているのか不安でたまらない。
だから俺は誰とも話さなくていい様に狩りに逃げた。少なくとも何かと命のやり取りをしている時だけは何も考えずに済んだから。コミュニティーの俺への評価なんかよりも、生死を賭けた生存競争に身を投じる事の方が何倍もマシだった。
何せコミュニティーでしくじったら生き地獄だが、こっちでしくじったらもうこれ以上何も考えなくて済むのだから。
そうやって何もかもから逃げ続けて20年以上の時が流れ去った。その間に俺と村の連中との間に緩やかに、しかし着実に溝が広がっている事に俺は気が付いていた。
でも俺は見て見ぬふりをした。真実と向き合う事はいつだって苦痛を伴うもので、そんな痛みに触れるくらいなら俺は孤独のままでいい。
そう思っていたのに、運命というのはいつだって唐突にこちらの事情なんてまるで関係なしに碌でも無い物を放り込んで来る。
俺の前にやって来た運命は、緑のドレスを着たお姫様だった。
お姫様はずかずかとこちら側に踏み込んできて、俺が覆っていた孤独の壁を躊躇なく叩き割った。
いい迷惑だ。再び引っ込もうとする俺の首根っこを引っ掴んで、彼女は意気揚々と外へ、溝の向こう側へ飛び込んでいった。
彼女は村人にもまるで躊躇なく踏み込んでいった。彼女が元気よく挨拶をすれば村人は手を振って応え、狩りから帰ってくれば俺だけじゃなく彼女に群がってゆく村人も少しずつだが増えていった。
何故だ? どうしてお前はそんな簡単に他者に踏み込んでいける? 怖くは無いのか? 腹の内で何を思っているのか気にならないのか?
狩りの出発前に村人たちと話し込む彼女を見る度に、俺は何度そう思ったことか。
ババコンガ。ダイミョウザザミ。ゲリョス。この2週間で狩った相手だが、先ほども言った通りセリアは呑み込みが早く、ババコンガのブレス、ダイミョウザザミの殻、ゲリョスの死んだふりの事を伝えたらすぐに理解してくれた。
もしかしたらこの呑み込みの良さが、誰とでも分け隔てなく接する事の出来るヒントなのかもしれない。
そう思う頃には村人同様に、俺もだいぶほだされていた。その事に気がついたのはリオレイアの狩猟依頼の準備のために道具屋の店主と話している時だった。あんなに長く村の人間と話したのは初めてだった。空いていた溝が、少しだけ縮まって見えた。
さて依頼の件だが、この依頼は俺宛にギルドから承ったもので、森丘に出現したリオレイアを狩猟してきて欲しいといういたってシンプルな物だった。
流石に俺に宛られた依頼にセリアを同行させる事は憚られたからいつも通りヨシツネと行こうとしたら、連れてってくれって聞かなかった。
何でもリオレイアをシンボルにしているハンターがリオレイアの依頼を受けないなんてあってはならない、と鼻息荒く語っていたから、俺は軽い調子でOKを出した。
依頼地である森丘につくまでは、レイアを倒したハンターのお手並み拝見ってくらいの心持だった。
何故同行を許してしまったのだろうか? 依頼に出ていたリオレイアが追い出され、今目の前に居るのが
「な、何なんですかこいつ? 私たちが倒した個体より何か……一回りくらい大きいんですけど?」
「当り前だ、こいつ上位個体だぞ?」
「じょ、上位個体!?」
驚くセリアに、俺はリオレイアから目を逸らさずに頷いた。
「そうだ。事前にそういう事が伝えられなかったとみるに、こいつはつい最近ここにきたんだろうな……そして本来の依頼対象を追い払って居座ったんだ! くそったれ!」
「えぇ!?」
驚愕するセリアに、俺もつられて舌打ちする。
「分かったなら、お前はとっとと帰れ!」
「え、い、嫌です!」
「下らん意地を張ってる場合か!」
「意地じゃないです!」
そう叫ぶと、あの野郎、大剣を掲げてリオレイアに突っ込んでいきやがった。
「たぁあああ!」
「ギャオー!」
「にゃーぁああああ!!?」
案の定リオレイアにどつかれ、セリアがゴロゴロと吹っ飛ばされた。
「ガキが!」
俺は背中の『バストンウォーロック』を手に取ると、セリアを追撃しようとしていた奴の横っ面に通常弾を叩き込んでやった。
「グォオ!?」
ヘビィボウガンから発射された通常弾の威力に、セリアにあわやというほど近づいていたリオレイアの顔が弾かれた。
「走れ!」
「ッ!」
セリアは悔しそうに顔を歪ませると、大剣を背負い、走り去っていった。
そうだ、それでいい。分不相応な相手に戦うなんて愚の骨頂だ。それが出来るお前は賢い。
「さてと」
離脱するセリアの背を見送りながら、俺は怒りに燃えた目でこちらを睨んで来る陸の女王に顔を戻す。
「おうおう、そう睨みなさんな女王陛下」
「グルル……」
ヨシツネははじめの接敵の時にダウン。復活の時間は5分か? 10分か? それまでの間にどれだけこいつを削り切れるか……。
「っ!?」
思考は脳裏から発せられた警報にかき消された。俺は脳の命令通り横に跳んだ。
そのすぐ後に、俺が元居た場所に尾が叩きつけられた。
「はは、せっかちな野郎だ!」
湧き上がる恐怖を軽口で誤魔化しながら、尾を戻す際に生じた隙に通常弾を尾の付け根、翼膜、顔面に1発ずつ撃ち込んだ。
「ガァアア!!」
巨体にモノを言わせた突進をステップでかわし、反転して足に撃ち込む。再度の突進も同様に避け、同じように足に。
3回目の突進で飛び込むように倒れた奴の後ろから、俺は貫通弾に弾を切り替えて2発撃った。
こちらにリオレイアが振り返る。口元から炎が漏れていた。奴が怒りだした証拠だ。
怒りの咆哮が放たれる。俺は寸前に音爆弾を取り出し、足元に叩きつけて音の波を相殺。その直後にヨシツネが地面から復活し、同時に爆弾を放り投げてリオレイアの視界をくらませた。
「ギャウッ!?」
「ニ゛ャ゛ー!!!」
ヨシツネが叫びながらリオレイアの前をうろちょろし始めた。リオレイアは視界内のヨシツネをうっとおしがって躍起になって追い回す。
俺はその隙に電撃弾に弾を切り替え、ひたすら翼膜や顔面に撃ち込みまくった。
「グォオオオ!!?」
弱点属性を連続で撃ち込まれ、元からズタボロだった翼膜に大きな穴が開き、顔面は血まみれだった。
あれだけ威張り散らしていたリオレイアが苦しむ姿にドキドキするって、これって雌火竜凌辱だぜ! 何て感じでいい気になって撃ちまくっていたのだが、それが良くなかった。
少々夢中になりすぎた。リオレイアの急なターゲットの切り替えに面食らった俺は咄嗟にシールドを展開したものの、反動で思い切り吹っ飛ばされてしまった。
「くっっっそが!!!」
「旦那さん!?」
ヨシツネの悲鳴のような叫び。危機を感じて脳内麻薬が分泌され、目の前で口元から炎を漏らしながら頭を振り上げるリオレイアの姿がスローモーションになる。
反射的に横に跳ぼうする。吹き飛ばされた時にでも打ったのか、頭がずきりと痛み、一瞬動きが遅れる。
注意一秒、怪我一生なんて言葉がある。何にせよ、引き際を見誤った者の末路はいつだって悲惨な結果を辿るという事だ。
くそたれめ。せっかくこの日まで一度だってネコタクの世話になった事なんてなかったのに。運転手であるアイルー共の憎たらしくほくそ笑んだ顔を思い描き、心底うんざりする。
女王が頭を振り下ろし、今まさに火炎を俺に発射しようとした。
その時だった。
リオレイアの背後の茂みがゆっくりと揺れ動き、何かが飛び出してくる。
陸の女王を着た姫が、大剣を大上段に構えながら陸の女王の尾に向かって突っ込んでいった。
女王はまだ気づいていない。姫はゆっくりと近づいて行く。
姫が大剣の間合いに入った。そこではじめて女王は気がついたようだが、もう遅い。
「やぁあああああ!!」
姫は裂帛の気合と共に大剣を振り下ろした。女王は咄嗟に尾を引こうとしたものの、ブレスを発射しようとした矢先の出来事だったので、当然反応は遅れた。
振り下ろされた大剣は女王の尾にめり込み、肉を裂き、骨の半ばほどまで断ち切ったものの、そこで止まってしまった。
「グオオオオオオ!!?」
「うっそぉっ!?」
「否、それでいい!」
セリアの大剣がめり込んでいる個所に俺は間髪入れずにレベル2徹甲榴弾を撃ち込んだ。
徹甲榴弾は2度3度ちかちかと点滅し、その後に爆発を引き起こした。爆発を受け、ついにリオレイアの尻尾が千切れ飛んだ。
「あ゛ぁ゛私のヴァルキリーブレイドが!?」
爆発に巻き込まれ、セリアの大剣が放物線を描きながら明後日の方へ飛んで行く。
「待って~!」
涙目になりながら大剣の方へ駆け寄り、すぐさま破損状態を確認すると、セリアはうっうっと涙を流しながらまるで我が子を抱くように大剣を抱きしめた。
「何やってんだおめー」
呆れたヨシツネがセリアに近づき、嘲りたっぷりに吐き捨てた。
「だっで……わだじのあいぼうなんだもん。あんなひどい事されて可哀そうだもん……」
「アホニャこいつ。武器なんだから損傷して当然ニャ。てか何でおみゃーここにいるニャ。帰ったんじゃないニャ? 雑魚はとっとと失せろニャ。邪魔ニャ」
ぼろくそに貶すヨシツネを蹴っ飛ばして退け、セリアの前に立つ。背後で抗議の声が聞こえるが無視する。
「うぇえ、その……えー」
「助けられたことに関しては礼を言うが、戻ってきたことに関しては後で説教だ。今はあいつを仕留める。お前はヨシツネと連携して陽動。俺がアイツをぶっ殺す。いいな?」
「っはい!」
「ちっ……分かったニャ。与えられた仕事くらいはするニャ。おらとっとと動けニャ」
ヨシツネがセリアを先導し、尾をちぎられた痛みから脱したリオレイアの前を再びちょこまかしだした。リオレイアはとりわけセリアに執着し、尾がちぎられているのにもかかわらずにサマーソルトをぶっ放したほどだった。
尤も彼女たちに執着すればするほど奴は死に近づいて行く訳なのだが。
「ギャワァア!!?」
隙あらば足に通常弾を撃ち込んでいたのが功を奏し、突進のために力んだ瞬間に、ぶちりという音を立てて奴の腱が千切れた。
「今だ!」
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「はぁああああ!!!」
俺の声を合図にヨシツネは大タル爆弾を翼にぶん投げ、セリアは溜め攻撃を腹に、俺はレベル2通常弾を撃ち込みまくった。
「カッ……カッ……」
波状攻撃を受けて、リオレイアの巨体が音を立てて崩れ落ちる。彼女は血を吐き、藻掻くように足を動かしたがそれもすぐに終わり、2度と動かなくなった。
「ふぅー……」
俺は重い息を吐いた。今回は胆が冷えた。セリアの助けがなかったらどうなっていたかと思うとぞっとする。
ひとしきり深呼吸して呼吸を整えると、未だバクつく心臓を悟られないようにセリアの下へ近づく。セリアは恥も外見も無く寝そべって息も絶え絶えになっていた。
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
「ようルーキー、上位のモンスターはどうだった?」
セリアは何とか口を動かそうとするものの、酸素を求める心肺がそれを許さなかった。だから彼女は首を振った。
「これで分かったろう? 無理に自分よりも格上に挑んだところで、手酷くやられるか、勝ったとしてもそうなる。無理なら無理と諦めて、出来そうなやつに押し付けるのが一番さ」
「でも……」
息が整ったセリアが口を挟んだ。
「でも、格上との対峙でこそ、見えてくる物もあると思うんです」
上体を起こし、姿勢を正しながらセリアは続ける。
「私、言われた通りに逃げました。でも、途中でこう思ったんです。それでいいのかって。いずれこれ以上のクラスのモンスターと戦うかもしれないのに、それでいいのかって」
「だから戻ったと? 死ぬかもしれないのに?」
俺の疑問に、彼女は真っすぐな瞳で答えた。
「白雪鬼さん。人にはね、時として命を賭けてでも成し遂げなくちゃいけないことだってあるんだよ」
「……」
命とは代えが利かない物で、だからこそ生き物は命が脅かされるとどんな手段を使ってでも生き延びようとする。
そんな中で人という種族は奇妙な事に、矜持とか信念というも物のために時として命を懸け、命を散らしたりしなかったりする。
何故だ? 死ねば終わりで、ならばこそどんな手段を使ってでも、誰かを出し抜いてでも生き延びようとすることは当然の事だろう?
それなのにどうしてお前らは信条や矜持なんかを持ち出して命を捨てる様な事が出来るんだ?
目の前の少女を見る。下位装備で上位モンスターに挑みかかった無謀な子供。
愚かな子だと思った。しかし同時に羨ましいと思う自分も確かにいた。
少女の姿は酷いものだった。美しい緑の装備は泥や返り血で酷く汚れており、頭を覆う鎧の隙間からこぼれる髪はあちこちに跳ねていた。
みすぼらしい身なりだ。息を切らしてへたり込む姿は無様の一言。なのにどういう訳か彼女が眩しく見えた。
俺と世界との溝は着実に埋まりつつあるが、底深き疑問の穴は広がるばかりだ。
いつの日か埋まる日は来るのだろうか?
撤収準備を終え、アプトノス車の窓の外に流れる景色をぼんやりと眺めながら俺は思う。膝の上のヨシツネがこちらを心配そうに見上げてきた。
俺はヨシツネを一撫でして、それからもう一度窓の外へ顔を向ける。遠くに森丘の森林地帯が見えた。
人生というのはとどのつまり森林を開拓する様なもので、様々な人手によってはじめて切り拓かれてゆく。
俺の人生の森は、果たして開拓できるのだろうか? 願わずにいられない。どうか俺の中の森に魔物が潜んでいませんように、と。
「はー俺は孤独で十分ですけどー?余計なお世話ですけどー?」→「美少女には勝てなかったよ…」
哀れ