迷宮城の冴えない男《ラビュリンス・イッパンジン》 作:入江末吉
カチカチカチ、秒針の進む音だけが部屋に木霊する。
既に卓上ランプの灯りだけの薄暗い空間で、一人黙々とアルバムを捲る。
と言っても、アルバムに収まっているのは少年のこれまでの軌跡──ヒトは写真と呼ぶ──が収まっているわけではなかった。
赤紫色の数々のカードがその頁一杯にズラリと並んでいた。様々なカードが一枠につき三枚入っている。故にたかだかアルバムのページとは言え一枚一枚がとてつもなく重たい。
「"罠"カードのページ、正直真新しいものなんてないんだけれど」
ボクは独りごちた。当然このアルバムはボクの所有物なのであって、隙さえあればそのアルバムを見返していた。
──デュエルモンスターズ。
膨大な種類のモンスター、魔法、罠からなる国際的に人気なカードゲーム。いつしか世界はこのカードゲームを中心に回り始めた。
それが一体いつからだったのかは分からない。とにかく、今の人は誰しも白黒つける際には話し合いではなく、デュエルモンスターズに拠る決闘を重んじている。
だからだろう、デュエルモンスターズにもプロとアマの違いが現れ、プロデュエリストを養成するための施設"デュエルアカデミア"が創設されるのは時間の問題だった。
養成校が出来上がるとあとは簡単だった。通知表に『決闘評価』の欄が追加され、一般の中等学校でも内申に響くようになったのはもう随分前。
『まだ寝てないんですの?』
その時、脳裏に声が響く。振り返ると誰もいない、なんてホラー展開は存在しない。
向こう側の壁が透けるくらいの存在感で女性がそこに立っていて、ボクの肩越しにアルバムにぎっしりの罠カードを見つめていた。
見目自体は大変麗しい、が身に纏う服が
訂正、最初の頃は当然ドキドキした。健全な男子学生なのでね、ところが慣れというのは恐ろしいもので今では薄暗い部屋に女性と二人きり如きではうんともすんとも言わないのだ。
「デッキに入れる罠を調整しようと思ったんだけど、今のバランスがちょうど良い気もしててね」
『三日前もそうやってたじゃありませんの。「げー! 気がつけばもう朝だよ! この罠カードを一枚入れるか入れないかで一晩考えちまったぜ」って一人で言ってたのは誰かしら?』
「スイーツを食べたとき、なんかそのカロリー分すぐ太ったって気がしない? そういう感じなんだよ、罠一枚分デッキが太った気分」
『拒食の前兆ですわね、お医者様にかかることをオススメしますわ』
どうやら理解を得られなかったらしい。気にならない? 一枚カード増やしたらその分減らすかなんならもう一枚減らしたい、みたいな。
良くないのかな、こういう考え方。カロリーで例えたらたしかに不健康まっしぐらだ。
「そうだ、
『このやり取りも三日前したのだけれど! 不健康に加えて健忘なのかしら!?』
「失礼だな、キミとのやり取りを忘れたことなんて一度足りともないよ」
『それでは三日前、
「……【マジカルシルクハット】だったっけ?」
「数秒前なんて言ってました? 私とのやり取りを忘れたことはないと申しましたわよね? 私が一昨日リクエストした罠は【墓穴ホール】ですわ!』
「……!」
『その「あぁ! まさに今墓穴を掘ったわけだ!」みたいな顔やめてくださる? 面白くないですわ』
「さいですか」
漫才も佳境、今もぎゃーすか騒ぐ彼女について説明しよう。
──白銀の城のラビュリンス。
ボクが持つ主力デッキの切り札にして、今ボクの目の前にいる彼女はカードに宿る精霊らしい。
眉唾ものだ、しかし目の前の現実は嘘をつかない。
だってそうだろう、いきなりデッキの中からふわわ~んと『貴方が私のマスター?』なんて現れた日には自分の気が触れたかと思う。
というか実際今もストレスでボクの頭が生み出してる幻影なんじゃないかと、どこかで疑ってるまである。
だけどボクは、
彼女も彼女でボクのことを気に入ったのかは分からないけれど、こうして深夜に話し相手として付き合ってくれるくらいには打ち解けている。
だからボクは、彼女のことを「ラビ」と愛称で呼んでいる。ラビュリンス、舌噛みそうだし。
「じゃあ【墓穴ホール】をデッキに入れておくよ」
『それだと三日前のと合わせて二枚になるじゃありませんの! まぁ今の環境、このカードは二枚でも十分働きますけど!』
そんなこんなで、夜も更けていきボクは最初にデッキに入れるか入れまいか迷っていた罠のことなんてすっかり忘れて枕に頭を預けた。