迷宮城の冴えない男《ラビュリンス・イッパンジン》   作:入江末吉

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第十一話:精霊

 

 いったい、いつからだろう。

 

 みんなの声が聞こえなくなったのは。

 

 

『決まった──ー!! チャンピオンシップ決勝戦、制したのは風舞選手だ!!』

 

 

 わたしを取り囲む、全ての音が雑音に変わった。

 

 観客の息を呑む音が、私を射抜く視線が、突き刺すようになったのは。

 

 

『逆転は不可能に思えたこの決勝、怒涛の展開で轟選手のLPを1ターンでを削りきったァ!!』

 

 

 うるさい、静かにして。

 

 みんなの声が聞こえない。心拍さえも、耳障りだ。

 

 震える手の感触が酷く不快だ。

 

 

『風舞さんとのデュエルだなんて光栄だなぁ。勝てないのは当たり前だし、精一杯楽しむよ』

 

 

 どうして、口々にそんなことを言う。

 

 真剣に取り組んでくれる人が少なくなった。

 

 勝つのが、当たり前になった。

 

 

『えっ、アズミちゃんとデュエル? やるだけ無駄だよぉ、だって私じゃ勝てないし』

 

 

 そして遂にはいなくなった。

 

 カードに触れる機会が少なくなった。

 

 勝つことさえ、無くなった。

 

 

 あぁ、そうだ。この頃からだ。

 

 みんなの声が聞こえなくなったのは。

 

 わたしが、本当に一人になったのは。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 目が覚めた瞬間、頭の奥からじわりと拡がる痛みに思わず顔を顰めた。

 ゆっくりと身体を起こそうとして、出来なかった。別にそれほど酷い頭痛だから、とかではなく物理的に出来なかった。

 

「どういう状況……?」

 

 周りを見れば、現在位置はちょっと前まで猿渡先生の授業の時サボるため頻繁に利用していた保健室のベッドだということがわかった。

 だけどボクの使っているベッドはあまりにも狭かった。

 

 まず狂時計(クロ)は、目覚まし時計よろしくボクの枕元にいるものの枕に寄りかかって、端的に言えば目覚まし時計が寝ていた。

 

 次に火吹炉(ストービー)だけど、ボクの被っていた布団の足元でこれまた寝ていた。湯たんぽみたいでちょっと暖かい、冬だったらすごいありがたいけど現実はもうすぐ梅雨、暑い。

 

 竜飾灯(シャンドラ)も寝ていた。元々よく寝る子だったけど、ここまでみんな揃って倒れてると逆に心配になる。

 

 魔神像(デーモン)はというと、スタチューのようにベッドの傍に控えていてくれたけどよく見るとモノアイが消えてるので彼も寝ている。

 

「で、なんで二人はボクの上にいるんだ」

 

 謎なのがアリアとアンナの二人だ。布団の上に☓の字になって寝ている。ボクの身体も合わせて*みたいになっている、すごく重い。

 見ればボクとアリアに挟まれてるアンナが寝苦しそうに呻いていた。

 

『目が覚めまして?』

 

 ボクが周囲の異常さに首を傾げていると、椅子に腰掛けた姫がボクの顔を覗き込んでいた。

 目の下の隈が酷くて、なんなら一番寝ててほしい顔しているのに彼女だけが起きてボクが起きるのを待っていたみたいだ。

 

「おはよう」

『おはよう!? 私たちがどれだけ心配したと思って……ああもう、おはようございます!』

 

 姫が大きな声を出しても、誰も起きる気配はなかった。ボクは傍らに置かれているデッキケースから【白銀の迷宮城】を取り出すと姫以外の全員を帰らせた。

 向こうで目が覚めたら勝手にやってくるだろう。

 

「そっか、そういえばそもそも今日は騎士ちゃんが来たから、みんなクタクタだったんだね」

『えぇ、正直私も限界ですわ。だというのに、不甲斐ない主がおちおち寝落ちもさせてくれないものですから』

「ごめんよ。あ、そうだ。だったら姫が寝る?」

 

 ボクがベッドを開けると姫はお言葉に甘えて、ともぞもぞ布団の中に入っていった。ボクが瞬きする間に格好もドレスから、いつもの見慣れたジャージに着替え終わっていた。

 普段の彼女だったら「ベッドはいいです!!」とか言ってツンケンしてるんだけど、やっぱり疲れてるんだろうな。

 

 枕に頭を預けると姫はあっという間にスヤスヤ寝息を立て始めた、推しの寝顔は可愛いと言うけれど本当に可愛い。

 彼女の目にかかった前髪を梳くと、壁にハンガーで掛けられた制服に袖を通す。

 

 カーテンから外を伺う。あれだけ喋っておいて今更だけど保険医の先生はいないようだ、助かった。

 まさかカードの精霊とお話出来ます、その子と喋ってましたなんて言おうものなら間違いなく保健室から病院で精密検査のコンボは確定だからね。

 

 

「────銀臣」

 

 

 と思っていたら、聞かれていたらしい。振り返ると、カーテンの奥から風舞さんが現れた。

 ちょうどよかった、聞きたいこともあったし。それでいて、できれば姫やみんなには聞かれたくない話だったから。

 

「さっきはごめんね」

「いいよ、気にしないで。()()()()()()()()()()()()()()()()って形でしょ」

「うん。だから銀臣がデッキに無いカードを使ったことは緊急時の自衛として猿渡先生も不問にするって言ってた」

 

 少し鎌掛したような言い方をしたけど、風舞さんは気にしてないようだった。

 それなら話は早い。向こうも質問されるのを待ってるようだし、遠慮なく聞かせてもらおう。

 

 

 

「風舞さんも、見える人なんだね」

 

「うん。この子が私の精霊」

 

 

 

 風舞さんがデッキケースから取り出したデッキをシャッフルし、確認もせずにデッキトップを捲る。すると驚くことにボクが予想していた通りのカードが彼女の指に挟まれていた。

 純白に輝く、カードの枠。召喚法そのものの名を関した、ドラゴン。

 

「【クリアウィング・シンクロ・ドラゴン】……」

「単刀直入に聞くね、銀臣にはこの子の声が聞こえた?」

 

 声、それが何を指すのかが曖昧な以上はっきりとした答えは返せない。けれど、

 

「その子の咆哮に、ちょっと物悲しいニュアンスが含まれてるのは感じたかな」

「……そう、それが聞けて良かった」

 

 どうやら風舞さんはボクのアンサーに満足したのか、クリアウィングのカードをデッキケースに収めた。

 だけどボクの根本的な疑問が解消されていない。

 

「どうしてボクに「本気(ラビュリンス)で来て」って言ったの? フリーでなら、放課後いつだって時間があるのに」

 

 正直学生会の仕事にも慣れてきて、朝のうちに仕事を片付けてしまう以上放課後は集まってみんなで駄弁ってるだけの方が多い。従ってデュエルする時間の確保は簡単だった。

 

「その話をする前に、銀臣に私のことを知ってもらいたい。いい?」

「もちろん、聞かせてくれるなら」

 

 ボクがそう言うと風舞さんは電子生徒手帳のブラウザを数回タップするとその画面をボクの電子生徒手帳に共有してきた。

 その画面には、今よりももう少し若い……というか小学生低学年くらいの風舞さんが写っていた。その横には「チャンピオンシップエレメンタリークラス優勝」と書かれていた。

 

 それだけじゃない、ありとあらゆる出場した大会が軒並み好成績を収めていたのだ。学園側に管理されている個人情報のページじゃなければコラージュを疑っているレベルだ。保健室の外で待機してる氷雨先輩がドッキリ大成功のプラカードを持って出てくるのを警戒するが当然いない。

 

「……い、色んな大会に出たんだね」

「うん、全部勝った」

 

 なんてこった、それじゃ彼女は恐らくこのデュエルアカデミアで、一番プロに近い場所にいる。

 いや、ジュニアの頃に実績を持たずにプロになったデュエリストなんてごまんといる。そういう意味では、彼女にはプロデュエリストになる資質が既に十分以上あるってことだ。

 

「最初はパパやママを喜ばせようと思って大会に出始めた」

「素敵な理由だね」

 

 風舞さんの決闘者としての始まりを聞いて、なんだか胸が暖かくなった。だけど、最初はという言い方が気にかかった。

 

「だけど勝ち進む内、だんだんデュエルがつまんなくなっていった」

 

 目を伏せて言う彼女にボクはかける言葉が見つからなかった。

 それはなぜ? そう問う前に風舞さんは言葉を紡いだ。

 

「そういった、世界の決闘はカードを引く度に息が詰まった。プレッシャーで足が震えた。観客の視線が痛かった。なにより────」

 

 そこまで口にして、風舞さんは一度口を噤んだ。

 唇を噛みしめる、そんな風舞さんの顔をボクは初めて見た。

 

「パパもママも、決闘に勝つ私が当たり前になった。当たり前になったら、だんだん褒めてくれなくなった」

 

 その呟きに、ボクはというと再び後頭部を殴られたような気分になった。

 なぜかって……ボクにも経験があるからだ。元々褒められた機会もあんまり無かったけれど。

 

「そしたらある日、急に「勝たなくてもいいや」って思っちゃった。だけど、きっとそれが良くなかった。カードに対して不誠実に接した、私への罰なんだ」

 

 決闘中に、精霊の声が聞こえなくなった。風舞さんの状況から察するに一種のノイローゼのようなものかもしれないけど、他人に相談出来ない悩みというのは相当堪えただろう。

 ましてやまだ小学生の女の子なら、その心中は察するに余りある。

 

「それで考えた。心から「楽しい」「勝ちたい」って決闘がまた出来るようになれば、きっとまたみんなの声が聞こえると思って────でも」

 

 そこからは、ボクも知っている話だ。

 風舞さんは授業のローテーションデュエルだろうと、特別なレギュレーションだろうと勝ち続けた。学生会入りを目指す不埒な男子生徒との決闘でも、だ。

 

「この学校で、二番目に強い氷雨が相手でも駄目だった。そんな時銀臣の決闘を見て、銀臣も私と一緒なんだって」

「よく分かったね……」

「銀臣は決闘中、独り言が多い。でもそれは、独り言じゃないとしたら……そう思ったら確証が持てた」

 

 う……やっぱ独り言が激しいとか思われるか。これに関しては前々から危惧していたことだから、これからはもっと気をつけよう。

 

「銀臣との決闘ならもしかしたら、って。だけど、もしこれで駄目だったらって考えるだけで声を掛けられなくなった。私はみんなの声を想像するしか、今は出来ない。もしかしたらこの子たちが、私ともう話をしたくないから声が聞こえてこないんじゃ────」

「そんなことは無いよ、絶対に」

 

 これだけは断言できた。風舞さんが面食らったような顔をする。

 

「もしみんなが風舞さんのこと嫌いなら、クリアウィングはあんな声で哭かない」

 

 決闘中の、まるで悲しいと訴えるみたいなあの声は風舞さんに声が届かないことへの、クリアウィングの本当に嘆きの声だったんだ。

 そしてボクの中で一つの決意が生まれた。いや、きっとボクじゃなくてもボクたちと同じ境遇ならきっとみんなそうする。

 

「ボクで良ければ、風舞さんの症状が良くなるまで付き合うよ」

 

「本当? 何年も掛かるかもしれないよ」

 

「何…………年になっても、いいよ。ボクが風舞さんなら、きっと耐えられないだろうから」

 

 今更姫やアリアやアンナ、ラビュリンスのみんながいない生活なんて考えられない。

 だからこそこれは他人事じゃない。ボクにとっても死活問題だ。

 

「ボクが風舞さんに「やっぱり決闘は楽しい」って思えるような、ドキドキするような決闘をしてみせる」

 

 それは同時に、この勝ち続けるために生まれてきたような決闘の天才を打ち負かすような決闘をしなければならない。

 つまりボクは世界に挑むのと、ほぼ同義だ。

 

 やれるのだろうか、ボクの決闘で。

 

 風舞さんを笑顔にすることが。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

『帰ってくるなり、すぐデッキをイジるなんて私が寝落ちしてから何がありましたの?』

「世界取った子と決闘することになった。んで、ボクが勝たなきゃいけない」

『脈絡がありませんわ!?』

 

 姫が突っ込んでくれるが、ありがたく無視する。元々姫はボクが返事しようがしなかろうがキッチリボケとツッコミを使い分けられる存在なのだ。

 風舞さんと戦う上でやはりネックなのが、【クリアウィング・シンクロ・ドラゴン】によるモンスター効果の制圧だ。

 

 それこそ姫はレベル8、効果を使おうものなら無効にされてしまう。

 かといって魔法・罠なら通用するかといえばそうとも限らない。風舞さんのデッキにはWW(ウィンド・ウィッチ)がいる。【WW(ウィンド・ウィッチ)-スノウ・ベル】をシンクロ素材にすれば効果破壊に耐性が出来てしまい、ラビュリンスの動きを封じられてしまう。

 

 ラビュリンスはモンスターを罠の効果で破壊できなければテーマの動きが出来ない。それを封じられたら一環の終わりだ。

 

『何を悩んでるかと思えば、なんだそんなことでしたの』

「参考までに、聞いてもいい?」

『彼女はシンクロ召喚の使い手でしょう? だったら処方いたしますわ! 私たちのデッキに組み込んでも問題ない範囲での処方箋はズバリ【次元障壁】、【ワーニングポイント】、【妖怪のいたずら】ですわ!』

「うーん、却下かな」

 

 ボクがバッサリ切り捨てると姫が眉を寄せた。

 

『はぁ!? なんでですの?』

「……この風舞さんとの決闘はただ勝ち負けにこだわるだけじゃ駄目なんだ。互いにデッキのリソース全部枯らすようなギリギリの戦いの上で勝たないと、きっと駄目だ」

 

 風舞さんは世界の決闘は勝つためだけに構築されたデッキが殆どで、息が詰まると言ってた。

 だからその頃を想起させるような、相手の動きを完全に封殺して勝つような戦い方ではきっとクリアウィングの声は風舞さんに届かない。

 

 甘いことを言ってる自覚はある。正直、メタを張ってようやく戦えるレベルの戦力差なのは間違いない。それは彼女の戦績とボクの戦績が証明している。

 だけどそれじゃ根本的な解決にならない。

 

「風舞さんの展開自体は封じずに、ラビュリンスのリソースを尽くして戦わなきゃいけない」

 

 言葉にすると分かる矛盾。本来デュエルモンスターズの試合進行的にありえない行為だ。

 相手に展開を許して、その上で盤面上のリソースで競り勝つ。無意味だ、姫の言う通りそもそも展開を封じた方が圧倒的に早いし楽だし、確実だ。

 

「となると、やっぱり召喚後の効果や戦闘を封じる罠を増やす必要がある……そうだ、【フルール・ド・バロネス】の起動効果による破壊にも対策を立てなきゃ……」

 

 課題を上げればキリがない。だけど、目標がある分だけやり甲斐がある。

 もしかしたら在学中には達成出来ないかもしれない、なんて不安も当然ある。相手はなんといってもたった一桁の年齢で世界を獲ったほどの天才デュエリスト。

 

 デッキを広げるだけに飽き足らず、ボクはアルバムに収められた通常罠や【ラビュリンス】でサポート可能な悪魔族モンスターも片っ端から目を通していく。

 気づけば構築を始めた時にはかろうじて地平線にかかっていた夕焼けはとうに消え去り、丸い月が夜空から世界を見下ろしていた。

 

『ご主人たま、ご飯の用意が出来てます』

 

 ぐっすり眠って体力が回復したのか、アンナが下の階からわざわざボクを呼びに来てくれた。だけど今カードの前を離れると、せっかく頭の中で纏まりそうな対風舞さん用のコンボや展開が抜けていきそうだった。

 

『アンナ、なにか片手で食べやすいものにしてくださらない? この人がこうなったら梃子でも動かないのは知っているでしょう?』

『承知しました、ではおにぎりにしましょうか』

「ごめんねアンナ、手間かけて」

 

 伏せているカードは【天獄の王】を手札で公開し続ければ破壊されない。そして【迷宮城の白銀姫】はセットカードがある限り対象耐性と破壊耐性を得られるから、このシナジーでボードアドを維持し続けるのが重要になりそうだ。

 また、SR(スピードロイド)WW(ウィンド・ウィッチ)も手札や墓地で効果を発動する効果が多い。【墓穴ホール】の採用枚数は多くても腐らないはずだ。

 

 特に【ラビュリンス】はじわじわと相手とのアドバンテージ差をつけていくデッキ故に1ターンで相手のライフを削り切るというのが本来難しい。

 そこで【墓穴ホール】による2000ポイントのダメージは大きい。

 

 ただ一つ、問題を上げるとすればフィールドに表側で存在し続けなければならない【白銀の迷宮城】の維持だ。

 なんといっても【ラビュリンス】の展開の要であるこのカードはフィールド魔法であるため、効果処理の途中で破壊されてしまうとその効果を発動できない。

 

 しかし【天獄の王】が守れるのはセットカードのみ。それこそ【フルール・ド・バロネス】の起動効果で破壊されるのはまずこのフィールド魔法だろう。

 

「風舞さんの過去のデュエルのデータが欲しい……」

 

 一番事情を知ってそうなのは、氷雨先輩だ。精霊云々は抜きにしても、恐らく今風舞さんが同性で一番頼れる人となったら彼女のはずだ。

 明日の学生会の後、聞いてみることにしよう。

 

 アンナが作ってくれたおにぎりは、気がつくとちょっと冷めててお米もパサパサという感じになってしまっていた。

 耳を澄ますと、お風呂からアリアの鼻歌が聞こえてくる。

 

「────駄目だ~、今日はこれ以上思いつかないや……」

 

 伸びをすると身体中がボキボキ鳴った。胡座をかいた状態で猫背になって床のカードとにらめっこしていたせいだろう。

 ボクもお風呂に入ってゆっくりしようかな、と立ち上がった時だった。

 

『銀臣』

 

 思えばずっと部屋の中でボクにつきっきりでいてくれた姫に呼び止められた。彼女はボクのベッドに腰掛けるとぽんぽんと隣を指す。

 座れ、ということらしい。なんの話か、検討はちょっとつかないので言われたとおりにする。

 

 スプリングが軋んだ瞬間、姫はボクの身体に掴みかかるように触れてきた。

 

『後ろから見ていましたが、あなたずっと震えていてよ』

 

 どうやら気づかれていたみたいだ。そう、ボクはデッキを練り直している最中ずっと震えを隠せなかった。

 これから挑む風舞さんが怖い? そんなことはない、そりゃクリアウィングがまた実体化したらと思うと大怪我ぐらい覚悟しなきゃいけないかもしれないけど。

 

 ボクが恐怖したのは、風舞さんの言葉だった。

 

 

「風舞さんが言ったんだ。「勝たなくていいや」って思った時、精霊の声が聞こえなくなったって。姫、ボクもね……少し前にそんなことを思ったことがある」

 

 

 それは幸いにも、ラビュリンスというテーマに出会う前のことだった。

 だけど猿渡先生との退学を掛けたあの折檻デュエルに負けて、スッキリ未来を諦めていたら。

 

 ボクはきっと自分を慰めるために同じことを口走っていたかもしれない。

 

『あなた、負けず嫌いな一面もあるくせに()()()()()()()()()()()という選択が出来てしまう人ですものね……』

 

「うん、戦わなければ絶対勝てないけど負けることもない。正直今でも頭の片隅にチラつくことがあるんだ。学生会入りを狙う人との決闘時とか、ね……」

 

 もし負けたら、そのプレッシャーと向き合うのが嫌で今でも可能な限り決闘を避けたいと思うことがある。

 そしていざその時が来て、立場を護る必要が無くなったら────ボクは「ああ、良かった」って言ってしまうかもしれない。

 

 そうしたら、ボクは風舞さんと同じように姫やみんなの声が聞こえなくなったり、見えなくなる。

 彼女たちに出会う前、ボクはどうやって生活していたんだっけ。思い出せないくらい薄味で、ジメジメとした人生だったはずだ。

 

 これからボクが戦わなきゃいけないプレッシャーは、こういう次元の話になってくるんだと思ったら身体の震えは止まらなかった。

 今よりみんなと深い気持ちで繋がることが怖くなる。別れが一層辛くなるはずだから。

 

 ボクが口に出せない独白を内心ひとりごちた時だった。姫はボクの反対側の肩を優しく掴むと、恐る恐るボクを抱き寄せた。

 言葉は無かった。だけど彼女の少しヒヤリとした、だけどその奥にある熱を感じた。彼女に触れている部分から氷解するように震えが収まっていく。

 

「心臓の音がすごいんだけど……」

『う、うるさいですわね……ニンゲンを励ますなどこちらは経験が無いんですから、大目に見なさい……!』

 

 姫の心臓の音はヘヴィメタルかと思うほどバクバク言っていた。デュエルモンスターズの精霊にも心拍とかあるんだな……

 ヘヴィメタル……あっ。

 

「良いこと思いついた! 確か持ってたはずだ……!」

 

 ボクは姫の手の中からすっぽりと抜け出すと頭の中からアイディアが逃げないうちに目当てのカードを探し始めた。

 そんなボクに彼女は何も言わなかった。けど、それが返ってありがたかった。

 

 言葉がなくても、彼女の存在を感じられたからだ。それは、例えいつか彼女の声が聞こえなくなったとしても彼女の存在を、カードを見るだけで思い出せそうだからだ。

 

 

 





幕間、というか登場人物の設定説明会、という回でした。
あと「ラビュリンスメインの小説なんだからラビュリンスのキャラとイチャイチャしろ!!」とありがたい身内読者からの熱い激励がありましたので、気持ちイチャイチャしました。

そういえばVBEX3によるとアリアリ姉妹は一人称がどちらも「アリア」なのですが、せっかく可愛いので拙作ではこのままアリアンナの一人称は「アンナ」で通したいと思います。


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