迷宮城の冴えない男《ラビュリンス・イッパンジン》 作:入江末吉
夏休み、デュエルアカデミアにも当然ある学生たちにとっての天国。
しかしボクたち学生会のメンバーには夏休みの最中も午前に限り日々様々な雑務が舞い込んでくる。
校内の軽い清掃から、各クラブから交渉された備品のチェック。これって、わざわざ夏休みの午前中を返上してまでする仕事ではないような。
ボクは学生会に申請された備品が各クラブ活動において問題が無さそうかどうかざっと目を通し、ミヤビ会長に承認のスタンプを捺してもらう。
午前の10時を回る頃には、既に本日分の業務は滞り無く終わったと言える。慣れてきたものでだいたいの活動がほぼこの時間に終わる。
「それじゃ解散しましょ。明日は校舎裏のドームの観客席の掃除、その手伝いよ」
会長の号令でその場は解散になった。と言っても、ボク以外は帰る場所が一緒なんだけど。
正門前で全員と分かれると必然と一人になる、そのタイミングを見計らって一斉にデッキからモンスターたちが姿を現す。
『今日も今日とて、あっついですわねぇ』
「本当にねぇ。というかみんなはカードの中にいれば暑さ感じないんでしょ? なんでわざわざ出てくるのさ」
『あなたが業務中喋れないからみんな鬱憤が溜まってるんですわ』
そう言いながら現れた姫、だけどいつもとは格好がやや違っていた。ハート型の洒落たサングラスに自身の羽を模した日傘を差している。
まるでそう、バカンスでも行くのかという格好をしている。見ればアンナもアリアも星型の、それぞれフレームの色だけ違うサングラスを着用していた。
『ヘイヨー』
『チェ~ケラ!』
「ちょっと違うかな……」
火吹炉の頭の上をDJミキサーに見立てて撫でまくるアリアと隣で縦ノリしているアンナ。
「もしかして、みんな暑さでおかしくなっちゃったのかな……」
『失礼な。ほらもっと寄りなさい、熱中症で倒れても知りませんわよ』
姫は傘の中にボクを入れてくれた。大きい日傘だったから二人で入ると窮屈ということはなかった。日が遮られるだけでもかなり違うのが分かって一息吐く。
そのまま日傘の下から出ずに家まで辿り着くと、予めアラームで設定しておいたエアコンがリビングを快適空間にしていた。
『すずし~』
『生き返るのです』
エアコン直下のキンキンのフローリングの上で、アンナとアリアがだらけたネコのように伸び切っている。
ちなみに火吹炉は常日頃口の中に火をつけているようなものなので、夏の暑さくらいどうということはないみたい。間違いなく夏季最強のラビュリンスモンスターだ。
姫は適度に自身をパタパタと手で仰ぎながら熱を冷ましている。一番酷いのは魔神像だ、元々がスタチューということもあり太陽光を吸収して熱したフライパンのようになっている。
そのため一旦玄関で熱を冷ましてからでないと、ストーブを部屋に招き入れた状態になってしまう。
「ぷは~、干からびるかと思った」
冷蔵庫から冷やした麦茶をコップに注ぐと一息で飲み干す。身体の中から刺すような冷たさが上がりきった体温をわずかに下げてくれる気がした。
汗に濡れた制服を洗濯機に放り込み、緩い半袖半ズボンに着替えるとリビングに戻った。
「なに見てるの?」
『ニュースですわ、この時間のテレビは退屈なドラマが多くて』
「おばあちゃんみたいなこと言うなぁ」
刹那、姫の両拳がボクの頭を挟み込んでゴリゴリとすり潰す。あまりの握力に3次元から2次元になるところだった、軽口は命取りだ。
『――こちらはたくさんの海水浴客でごった返しています。人、人、人の群れ!』
その時、テレビの中で水着姿のリポーターがそう言った。見れば隣町のビーチが海水浴客で溢れかえっているという話だった。
ふぅ~ん、海ねぇ。学生会の活動が無かったとしても多分遊びには行かないかな。人混みはすごいし、暑いし。
ところがダラけたネコモードのアンナとアリアがわざとらしく「チラッ」と言いながら何度かボクの方を見ていた。
どういう意図の行動なのか姫に解説を求めてみたら、姫も姫でなんだかやたらとソワソワしている。
ひょっとしてさっきの洒落たサングラスと日傘と謎に高いテンションは――――
「遊びに行きたいんだ?」
『さすが銀臣、私たちのこと分かってますわ~!』
「行くとは言ってないんだけどねぇ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
蝉の鳴き声が、いつしかさざ波の音に変わり、半狂乱の叫び声に変わり果てていく。
隣町だから電車で一時間も揺られればさっきのビーチが見えてくるのだが、夏休み期間しかも真っ昼間ということで家族連れが多いのなんの。
『海だ~!! 広~~い!!』
どこから調達したのかフリルビキニに身を包んだアンナとアリアが波打ち際まで駆けていく。ちなみに火吹炉と竜飾灯、魔神像は今はデッキの中。魔神像は言わずもがな、下級二匹は炎を扱う家具だから水が苦手だ。火吹炉とかネコだし。
「精霊界には海ってないの?」
『当然ありますわよ、ただ魚族とか水族のちょっと触ったら危なそうなのがゴロゴロしてるんですもの』
確かに、めちゃくちゃ凶悪なクラゲとか出てきそうだな精霊界の海。
でもそういう魚族を集めた水族館とかあったら面白そうだな。
ふと、こんなに人が多いならボク以外にも精霊を連れてる決闘者が一人ぐらいはいるんじゃないかと思ったけど人が多すぎて探すのに一苦労だ。
特にアリアリ姉妹と同じ様に姫も着替えている。いつものドレスみたいな白いビキニ、インドア特有の病的に白い肌と合わさって色んな意味で眩しい。
『銀臣は水着になりませんの?』
「場面行動だから水着持ってないしね」
『残念、水着になってくれたら海に放り込んだり砂に埋めたりしたのに』
「連れてくるのプールにしておくべきだったかなぁ」
どうやら水着を持っていたら危なかったらしい。波打ち際ではしゃぐアンナとアリアを見るに、砂に埋められたら高確率でイタズラ待ったなしだったと思う。
我が家の棚に眠っていたレジャーシートとパラソルを広げて設営完了。
「日焼け止め、塗っておこう」
駅近くのコンビニで調達した日焼け止めを手に出して、半袖やズボンから出ている脚にこれでもかと塗りたくる。
するとパラソルの下で見ていた姫が興味深そうに覗き込んできた。
『なんですの? それは』
「紫外線をカットしてくれるクリーム。ボクもインドア派で肌が弱いから塗っておかないとあとで大変なことになるんだよ」
日焼けして小麦色なんていうのは幻想だ。実際は熱でもあるのかってくらい真っ赤になって肌が荒れて最終的になにもなかったかのように白い肌に逆戻り、一生マトモな日焼けなんて出来ないんだ。
露出している部分にある程度塗り終わった時だった。
『私も日焼けしたらイヤですし、塗ってもらおうかしら』
そう言いながら姫がボクに背中を向けた。透明な羽の付け根とか、改めて見てみるとこうなってるんだなぁっていう発見があった。
「丁重に、お断りします」
『なんで!? こういうの男子だったらグッと来るみたいなポイントじゃないんですの!?』
「クる人はクるだろうけど、それよりボクは他人から見て虚空に日焼け止めを塗る危ない虚しい人に見られたくない、の方が強いんだよ」
姫の姿は他の人には見えない。加えてボクは今一人で来ている。一人でビーチに遊びに来て、虚空に日焼け止めを塗ってる男がいたらどうだ。危ないというか、見てて虚しくなるでしょ。見てる人の気分をサゲないためにもこれは必要な配慮なんだよ。
『なぁんだ、そんなこと。でしたら――』
スッ、と姫の影が少しだけ濃くなったような気がする。脇腹を抓ってみる、ほのかに肉づいてるなって思った時には右頬に平手がお見舞いされた、痛い。
「とにかくっ、これでいいのでしょう! さぁ、私が日焼けしないうちに仕事なさいな」
「仕事って……まぁいいか。そういうことなら、うつ伏せになってくれる?」
ささっとうつ伏せになる姫。手に取った日焼け止めのクリームを手に慣らしていくと、姫の肩甲骨の部分にそっと触れてみた。
「ん……っ」
そこから円を描くように背中に塗り拡げていく。姫の場合、途中で羽の付け根があるからその周りに塗り残しが出ないように手を這わせていく。
「なんか、手慣れてません……っ?」
「もっとちっちゃい頃に母さんとか従姉妹に頼まれたりしたからね、初めてじゃないから」
「あ、そう……」
なんか急に声音がスンとした、気に触ること言ったかな。
背中全体に塗り終わると、嫌でも目に入ってくる大きなお尻から目を逸らして脚を見る。
正直背中以外は自分で塗れるのでは、とは思わなくもないんだけどここまで来たらサービス精神でやる。
そう思って太ももの方に触った瞬間だった。
なんというか、太もも全体がやけに硬いというか凝ってるように感じた。
ふと目に入ったのは足の裏。指圧して痛いようなら身体が知らず知らずのうちに不調になってる、またはその兆候があるって聞いたことがある。
ボクは姫の足裏に手を添える。
「そこは流石に塗らなくても――」
「ちょっと押すよ」
身体を起こした姫、直後ガチガチの足裏に沈み込むボクの指。
刹那、
「――いだだだだだだだだだだッ!!!!! え、っ、なっ、なんですの!?! ちょっ、痛い!!」
想像以上に効いたのか、姫はまるで瀕死の蛇が痙攣してのたくるようにレジャーシートの上で暴れ出した。
やがて起き上がった姫は肩を喘がせながら居住まいを正した。とても城主とは思えない暴れ方、臣下に見られなくてよかったって顔に書いてある。
「あなたって意外な特技がありますのね」
「マッサージも母さんとか従姉妹に仕込まれたものだね」
思えば姫にちゃんと家族の話をするのは初めてかもしれない。両親が海外赴任中ということしか話してなかった。
「父さんは通訳の仕事で母さんが現地コーディネーターって言って海外で日本人旅行客のガイドをするんだよ。デュエルアカデミアが寮制の学校でしょ? だから本当はボクにも寮に入ってほしかったんだろうけど、近いし家の管理もしなきゃだから、ってボクが断ったんだ」
「寂しいって思ったことありません?」
「昔はね、でも今は姫にアンナにアリア、魔神像に火吹炉に竜飾灯。それから食客の皆がいるからむしろ心休まる時が無いよ」
本心だった。進学して以来、ボクは一度だって寂しいと思ったことはなかった。
だからこそ思う。風舞さんが抱えてる寂しさを早く解消してあげたい。
「クリアウィングも寂しがってそうでしたわね」
授業の時一度だけ対峙した時のことを思い出した。姫は一合やり合ってるから、余計にそう感じたのだろう。
彼の目にボクたちはどう映ったのか。ボクだったらきっと、ズルいって思うはずだ。
自分の声が風舞さんに届かないのになんで、って思うかもしれない。あの全力の一撃は、もしかしたら八つ当たりだったのかも。
「私の声がもし、銀臣に届かなかったら……きっと寂しくて死んでしまいますわね」
「意外だなぁ。案外ケロっと立ち直れそうじゃない?」
「そんなこと!!」
茶化したつもりだった。だけど、姫はボクが思っていたより本気で顔を見たらちょっと怒っているみたいだった。
周囲の人がなんだなんだと一瞬騒ぎ立てるけど姫はそんなこと微塵も気にしていない。
「二度と許しませんわ、同じことを言ったら。その時は、もう口を聞いてあげないんだから」
「ご、ごめん……そんなに怒るとは」
言い終わってそっぽを向く姫。一度機嫌を損ねると姫は結構長いこと引き摺る。
だけどそういう風に思ってもらってるとわかったのは、嬉しかった。姫やみんなにとって、ボクがちゃんと意味のある人でいられて。
「暑いから、冷たいもの食べに行こうかな。あっちに海の家があるしアイスとか置いてあるだろうな~」
お伺いを立てると、ジッとボクの方を見つめてくる姫。「本当に分かってるのか?」って顔に書いてある。
反省してます、ごめんなさい。テレパシーを送ると嘆息して姫は立ち上がった。
「アンナとアリアの分もですわよ」
「げっ、そうなるとボクの分まで買えるか心配だな」
財布の中を確認する。小銭の枚数を数えると、値段を見ないことには分からないけど3人分ぐらいなら確保出来そうだった。
「もし足りなかったら、私のを分けてあげますわ」
「本当に? じゃあ3つでいいかな」
アンナとアリアを探す。と言っても人が多すぎてただ見渡したくらいじゃ全く見つからない。
姫にはボクの半袖のパーカーを渡した。背中の羽はコスプレじゃ誤魔化しきれそうにないから。
「……閉まりませんわ」
ところが、前のファスナーを閉めようと思ったらボクのサイズだと姫の胸が大きすぎてそれ以上上がらないみたいだった。
おかしいぞ、露出が減ってるのにセンシティブ指数は上がってるじゃないか。
「お、あれじゃない? あそこ、の……人だかり」
言い終えてから顔からサッと血の気が引いたのが自分でもわかった。
人が集まってるってことは二人も姫同様実体化して遊んでたってことだ。しかも周りに集まってるのはみんな、男だらけ。皆ボクよりも大柄でちょっとガラが悪そうな感じ……!
「女の子二人で遊んでないで、僕らと遊ぼうよぉ」
やっぱりナンパだ! いてもたってもいられず、ボクは駆け出した。
なけなしの勇気を振り絞ってボクは男たちとアンナとアリアの間に割り込んだ。
「あの! 二人から離れてください!」
危険なんです、
本気出したら人間なんかよりずっと力が強い子なんですこの子たち!
「なんだ、このボウズ」
「シャシャってくるなよ少ぉ年~、そういうの現代じゃウザいんだぜ」
だけどお兄さんたちは聞く耳を持ってくれない。
「っけ、怪我しますよ! 病院送りじゃ済まないかも! だから早く!」
ボクがアイスで二人の気を引いている間に逃げてくれ!
ただ色黒でまるでボクサーみたいな身体をした男が乱雑にボクの肩を掴んだ。
「言葉通り、病院送りにしてやろうか?」
「いや……その、ボクは遠慮したいというか……お兄さんたちもイヤじゃないですか? 遊びに来て、ボコボコにされるの」
後ろでアリアがニヤニヤしてる。ほら、正当防衛で口実作ってどうやって虐めるか考えてるタイプの目だアレは!
さらに後ろではアンナがものすごい暗い顔をしている。あれはナンパが怖いんじゃなくてどうやって泣かせるか考えてるタイプの顔だ、遊んでるのを邪魔されたのが余計に腹立たしいと見た。
これ以上怒らせたらやばい、と思ったのも束の間。
振り返った時ボクの眼前に拳があった。やばい、と思った時思わず目を瞑ったけど痛みはいつまでもやってこなかった。
恐る恐る見てみると、姫がボクに殴りかかってきた男の手首を掴んで止めていた。
「そこまでにしてくださる? 私の家族に手を出そうものなら、黙ってませんわよ」
「なんだこの女! 力、強ぇ!」
姫がまるでごみ袋でも放り投げるみたいに軽々と男を放った。しかし放られた男はというと海の、足がつかなそうなところまで投げ飛ばされていた。
しまった、犠牲者が出た!!
「い、いいい、行こうみんな!」
「あっ、ちょっと銀臣……!」
姫とアンアとアリアを連れてその場を離脱する。男たちが離れてくれないならこっちから離れるしかない。
海の家まで走ってくると暑さも相まって汗びっしょりになってしまった。大して姫もアンナもアリアも涼しい顔をしていた、体力の差が如実に出ている……
「あーあ、残念。ご主人たまのせいで命拾いしたね、あの人たち」
「あのまま何事も無ければサメの餌にしてやったのですが」
物騒すぎる、割り込んで本当に良かった。
海の家のお兄さんに頼んでアイスを3つもらう。結局財布の余裕的に3つが限度だった。
「はい、姫。さっきは助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。まぁ、当然のことをしたまでですわ」
受け取ったアイスを舌でちろりと舐める姫。守ってもらって情けないけれど、あの時。
きっと、アンナとアリアに言ったんだろうけど……
ボク宛じゃなかったとしても、嬉しかったんだ。
「家族、って言ったのはウソじゃありませんわ」
「え?」
「私はあなたのことも、ちゃんと家族だと思ってますわ」
そう言って、やや乱雑にボクの口にアイスを押し付けてきた。
とてつもなく甘いソフトクリームの味が口の中に広がる。
「じゃなきゃ一緒に暮らして、一緒に寝て、一緒に戦ったりしませんわ。言われなきゃわからないかしら?」
途端に顔が熱くなった。姫の顔を直視することが出来ない。
そんなボクを見て、アンナとアリアがニヤニヤと笑顔でボクの近くで「ねぇ、どんな気持ち?」と煽り立ててくる。
「な……」
「「「な?」」」
「泣ける……」
ちょっと泣く。夏のギラギラとは違う、ぽかぽかとした熱がボクの胸を支配していた。
そんなボクを見て、姫はやれやれと困った顔で嘆息するのだった。
精霊は、決闘者にとってきっと色んな形の絆があるんだろう。
ボクと風舞さんとでは、その種類は違うかもしれない。
姫たちと、ボクは家族なんだ。
その絆があれば、どんな困難だってへっちゃらな気がした。
1月に書く話か、これが!?
大丈夫、南半球は夏だからね。
真面目な回ばっかやってるとギャグに走りたくなっちゃう、あると思います。
姫に日焼け止めを塗りたくってテッカテカにしたい人生でした、失踪します。