「胡蝶の夢」
私は夢を見ていた
私は蝶になり空を自由に飛び回っていた
私は夢から覚めた
私は蝶ではなく人の身であった
私は胡蝶の夢を見ていたのだった
確か荘子が言った胡蝶の夢の内容はこんな話だったか
全てを鮮明に覚えてる訳ではない、俺の頭は一言一句間違わず覚えられるような桂花や凛や風のような記憶力はもっていない
仕方が無い事だ、と一言で済ませるのは簡単だけどそんな言葉は彼女達の努力を否定する言葉だから言うつもりは無いけれどもやっぱり才能という壁があるのは事実だと思う
・・・別にこんな事が言いたい訳では無いのに思考が脱線してしまった
俺たちは蜀呉連合との赤壁の戦いにて勝利して魏呉蜀の三国による天下三分によって乱世は終わった
長い戦いが終わり、華琳の夢は叶った
そして俺自身が叶えたかった夢も…たとえそれが俺という存在が淡い雪よりも簡単に溶けてしまう儚いという言葉の通りの状態だとしても
戦が終わりそれぞれの国の王と将が集まり天下三分によってもたらされるこれから先の平和を祝う宴会が催された
そこには今まで戦っていた宿敵ではなくこれから先ともに平和の世を守る同士しかいなかった
春蘭と秋蘭は関羽さん趙雲さん孫権さん甘寧さん達と今までの戦について話をしている
季衣と流琉は張飛ちゃん馬岱ちゃん魏延さん孫尚香ちゃん周泰さんと話ながら食事を楽しんでいる
凪と沙和と真桜は三人で楽しんでいる
桂花と風と凛は諸葛亮ちゃん鳳統ちゃん陳宮ちゃん周瑜さん陸遜さん呂蒙さん達はこれからの国の方針に付いて話し合っている
そして華琳は劉備さん孫策さんの三人で話をしていた
そんな光景を俺は皆から少し離れた場所で見ていた
それぞれが今まで戦ってきた敵だなんて露にも思わないように笑い合っている
華琳でさえ今のこの宴会が楽しくてしょうがないように見える
これが華琳が見たかった光景で、そして一緒に俺が見たかった光景だ
けれど俺はその光景に混じれない・・・混じってはいけないのでなく『混じれない』のだ
俺の体はもう限界で動くにもきを抜いてしまえば今にも壊れてしまいそうで消えてしまいそうで無くなってしまいそうだ
俺は空を見上げる
夕暮れ特有の紅の空
この空は何度だってみてきたのに、何故かとても悲しくそして『セツナイ』
涙が流れる、そんな訳ではなくただただ俺は悲しく見える空を紅が消えるまで見上げていた
そして紅は黒に染まりそして元の世界では見た事の無いような星空が天に広がる
俺は今にも壊れてしまいそうなこの体を起こして外に出ようとするとそれに華琳が気づき今まで話していた劉備さんと孫策さんの二人に何か話してこっち向かって来てくれた
「一刀、どこへ行くのかしら?」
「ちょっと外の景色を見てこようかと思ってね」
「そう、私も一緒していいかしら?」
「あぁ、そうだな・・・二人で抜け出して逢い引きでもって?」
「ふふ、それもいいわね」
そして了承の言葉なんて二人にはいらずそのまま二人で外に出る
二人で外を歩いて行くと小川に着いた
城の周りの喧噪は聞こえず周りには鈴虫の鳴き声と小川が流れる音、そして俺たちが歩く足音だけが聞こえてくる
ここに来るまでにお互いに何も話をせず、けれど二人の空気は険悪なもではなくむしろ二人の心根がわかり合っているからこそお互いに何も話さない
そしてそんな状態で俺から声をかける
「なぁ、華琳」
「……何?」
そして俺の声に返事を返してくれる華琳
「こんな所まで来てしまったけど、大丈夫なのか?」
「何が?」
「間諜とか…」
「ふふっ どこの国が間諜を放つというの?」
「……それもそうか」
自分で言っておいてなんだけど俺の言った言葉は今の状態に置いてはほぼあり得ないことだった
何を当たり前な事を……そんな風に自分の言った言葉に少し後悔している
「今の成都は、きっとこの大陸で一番安全な場所だと思うわよ。最も、警備隊の隊長の貴方が捕まえるべき相手くらいはいると思うけど」
「あー……そうだな」
俺が立案してそしてそれを煮詰めて今の俺たちの国が執り行っている警備体制はこれからは他の国にも技術提供もできるものだと華琳は言いそしてそうすれば他の国でも賊の数はもっと減ると華琳は笑いながら言っている
「ね?一刀」
「そうだな、でも今日くらいは休んでも言いだろう」
「それもそうね」
そうして俺たちは小川の横を歩き続ける
琥珀のような月が俺たちを月の光で照らし出す
光源なんかは月光くらいしか無いのにそれでもお互いがはっきり見えるくらいには明るい
「綺麗な月ね…」
「そうだな…俺こんなに大きな月は初めて見たかも」
今まで見てきたどんな月よりも青く光るその月は強く大きく見えた
それはきっと今の俺の心が落ち着いているからだろうな
「そうね…戦っているときはこんなにも落ちついて月を見上げた事は無かったものね」
「華琳でも余裕が無い時ってあるんだな」
「わたしだって人の子よ?そうそう上ばかりは見てられないわ」
「あれだけ余裕たっぷりに見えてか?」
実際華琳いつだって自信満々で余裕を持って物事をなしてきた
その姿はいつだって皆の信頼につながっていた
「それは貴方の眼が節穴だったせいでしょ?」
「…まぁ、否定はしないよ」
俺の眼が華琳のそんな部分まで見通せるなら俺は外交官にでもなれるだろう
そのくらい俺にとっての華琳の弱い部分とは見えにくいものだ
「否定なさいよ、俺の見る目は確かだった、って」
「大陸の王をちゃんと見定めて、仕える事ができたって?」
「それは私の手柄でしょう?貴方が私に仕えられたのは私が拾ったからだもの」
そう、あの日あの時に俺がこの世界に来て途方に暮れている時に風達三人に出会い、そして華琳に出会った
あの時に俺が華琳とで当てたのはまさしく運命だったと言えるのだろう
華琳風に言うのだったら『天命』だったと
「ははっ、そりゃそうか。」
全ては偶然であってけれどこうなるのは必然だった
それでも…
「……華琳には感謝しても仕切れないよ」
叱られたり、こき使われたり、悩んだりしたけど……
あそこで華琳に拾ってもらわなければこの世界で俺はどうなっていたのだろうか?
そう考えると華琳には感謝してもしきれない
「その恩はこれから返してもらえるのでしょう?」
「俺の天界の知識で、か」
そう言った華琳の台詞と共に俺の限界が訪れた
あぁ、もうなのか
もっと、もっとこの時間が続いて欲しいのに
俺の体は、俺の夢は、俺の……
「だよ……なぁ……」
声を出すのもきつくなってきた
もっと流暢に話してるつもりなのに実際は少しづつ途切れ始めている
「………」
できる限り伝えたい事だけは伝えられるように
もっと、限界の限界まで華琳と一緒にいたいから
俺は今にも消えそうな俺を
頑張って耐える
「……帰るの?」
「さてな。……自分ではわからないよ」
嘘だ
このまま気を抜いてしまえばいつでも消え手しまうというのに
俺はわかりきってる嘘を言う
「だけど…この間から考えていたよ。この国の歴史のことをね」
「貴方が知っている歴史と、かなり変わっているという話?」
歴史は変わっている
『定軍山の戦い』
これは本来なら秋蘭…夏候淵が死ぬはずの戦い
けれどおれはその歴史を変えてしまった
そして歯車はそこで大きくずれてしまったのだ
「あぁ。今考えるとさ……定軍山の時も、赤壁の時も……その前に劉備さんと呂布達が攻めて来た事も」
その全てに共通する歴史の大きな変動から
「調子が悪くなったのって、此れ等の歴史の大きな分かれ道に差し掛かった時だった…」
「でしょうね」
やはり、華琳はわかっていた
今の俺が本当にギリギリなのも全てわかっているんだろうな
「許子将に言われていたでしょう?大局に逆らうな、逆らえば身の破滅だ……とね」
あぁ、華琳達三人で市の視察に言った時のか
「やっぱりあれは華琳の事じゃなかったんだな」
「春蘭じゃあるまいし、そこまで大言を吐く気はないわよ。そしてその言葉に従うなら、大局………貴方の知る歴史から外れきった時、貴方は……」
消える
現にこの平和な世界を作れた代償に俺という存在は消えてしまうのだろう
これは、どうしようもなかった事でありそして俺が華琳と共に歩むと決めた時から決まっていた事だ
「そうか………」
「けれど、私は後悔してないわ。私は私の欲しいものを求めて……歩むべき道を歩んだだけ」
そう、それでいいんだ
「誰に恥じる事も」
曹孟徳はそうでなくはいけない
「悔いる事もしない」
君は覇王なのだから
たとえ、その中身が小さな少女だったとしても
「……あぁ、それでいい」
それで、いいんだ
「一刀。貴方は後悔していない?」
後悔は…
「してたら、定軍山や赤壁の事を話したりしないよ。」
しているに決まっている
「それに、前に華琳に言っただろう?」
それでも
「役目を果たして死ねた人間は誇らしいって」
俺はそんな事は絶対に口には出さない
それは、俺の全ての覚悟を粉々にしてしまい
何よりも華琳の心に重荷を預けてしまうだけだから
「ええ……」
それは俺にとって、一番辛い事だから
「だから華琳」
こんな事を考えているのもおそらく華琳は感じとっているだろうな
それでも俺は君に伝える
「君に会えてよかった」
心からの言葉を
後悔すらも塗りつぶしてしまうほどの心の底の本音を
「……当たり前でしょう。この私を誰だと思っているの?」
「曹孟徳。誇り高き、魏……いや、大陸の王」
「そう、それでいいわ」
「華琳。これからは俺の代わりに劉備や孫策がいる。皆で力を合わせて、俺の知っている歴史にはない、もっとすばらしい国を作ってくれ」
もう君は一人で王の孤独を抱えてなくて良いんだ
「……華琳ならそれができるだろう?」
確信して言える、華琳になら絶対にできると
「ええ……貴方がその場にいない事を死ぬほど悔しがるような国を作ってあげる」
「ははっ……そう聞くと、帰りたく無くなるな」
帰りたくなんか無い
ずっと君のそばでこれから先の国の行く末を見ていたい
「そう……」
ずっとずっと君と平和の幸せを傍で感じて、二人で笑い合っていたい
「そんなに言うなら……ずっと私の傍にいなさい」
そうだね、ずっと傍にいたいよ
「そうしたいけど……もう………無理かな?」
俺の姿が朧げになる
もう、ほとんど俺という存在は残っていない
「……どうして?」
それはね華琳
「もう………俺の役目はこれで終わりだろうから」
わかっているはずだよ
「………おしまいにしなければ良いじゃない」
声が震えている
そんな様子が俺の胸を締め付ける
けれど
「それは無理だよ。華琳の夢が叶った事で、華琳の物語は終焉を迎えたんだ」
物語の終焉それは終わりを告げるエピローグ
「その物語りを見ていた俺も、終焉を迎えなくちゃいけない」
それは物語を見ていた者の定め
「駄目よ、そんなの認めないわ」
華琳……今の君は……
「無茶を言わないでくれよ」
ただのひとりの少女としているのか?
「どうしても……逝くの?」
それは、俺にだけ見せてくれる本当の華琳
「あぁ、もう終わり……みたいだからね」
もう、考える事もできない
「そう……」
そして俺たちの歩みは止まる
「……恨んでやるから」
「ははっそれは怖いな…。けど、少し嬉しいって思える……」
「………逝かないで」
「ごめんよ……華琳」
「一刀……」
「さよなら……誇り高き王……」
「一刀……」
「さよなら……寂しがりや屋の女の子」
「一刀……!」
「さようなら……
愛していたよ、華琳ーーーーーーーー」
そうして俺の声は最後に彼女の名を呼んで虚空へと淡く溶けていった
「…………一刀?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「一刀……? 一刀………!」
「………ばか。…ばかぁ……………っ!」
「本当に消えるなんて!」
「何で、私の前から消えるのよ!何で…私の傍にいてくれないのよ!」
彼の温もりはもう二度とこの手で感じる事ができない
「ずっといるって……言ったじゃない………!」
彼のいた場所に手を伸ばしても、何も無く
「ばか……ぁ……!」
そして、涙は彼のいたはずの大地を濡らした
華琳、君を愛してるよ
「か…ずと?」
私は泣いていたはずだった
彼のいた大地を濡らしてはずだ
けれど、もう二度と感じれないはずの温もりを一瞬だが感じた
「……ねぇ、一刀」
その声は今までの彼女の声ではなく
ただ一人の少女として言った言葉
「私も、貴方を愛しているわ」
この思いを 願わくば彼に届けてくれ 虚空に消えた 私の
ただ一度だけの素直な心の気持ちを
長い、長い夢を見ていた
それはかけがえの無い時間で
とても愛おしい追憶の日々
たとえ夢が覚めようと
君との思い出は消える事は無く
俺のこの胸の中に
永遠に残っているはずだ
華琳
とある日のニュースだった
中国で曹操が残したとされる文が見つかったと話題になった
その内容はあの夜のお互いが残した最後の言葉だった