吉良吉陰は東京に暮らしている   作:餅羊羹

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──“外回り“は体力が大事、ここ一ヶ月はよく実感するよ


先輩の反面教師

「うん。とてもいい朝だ」

 

 

 きっかり六時に起きた僕を待っていたのは、気持ちの良い朝日だった。やはりこの時間帯はいい。人も家にいるため辺りはとても静かだ。都会は便利だが何かと騒々しいため、こういった落ち着いた時間が心を穏やかにするには貴重な時間だ。

 

 

「今日は昨日のミネストローネの残りでいいか。久しぶりに作ったが、我ながらいい味だった」

 

 

 そう独り言を言いながら顔洗いと着替えをして、リビングに入る。住んでいるマンションには僕一人しか住んでいないため、テレビの音だけがよく響いている。

 

 

『次のニュースです。今日の早朝、東京都■■■のビルでガス爆発が発生しました。怪我人はおらず───』

 

「起きる三十分前か。物騒なものだな」

 

 

 そのニュースが流れたのは、ちょうど学校に出掛ける直前、八時頃だった。

 

 その時、新しく用意した使い捨てのスマホから電話が掛かってきた。

 

 

「はあ………」

 

 

 在庫はあるとはいえ、用意するのも面倒なため、あまり掛けてほしくはないと思いながら、渋々と出た。

 

 

「何のようだ」

 

『昨日は助かった。おかげで面倒事も起きずに済んだ』

 

「そうか。それは良かったじゃないか」

 

 

 おかげでこっちは雨の中、ずぶ濡れになりながら和菓子を守って家まで走ることになったがな。殺してやろうか。そう思ったが、下手にそのことを言うと僕の正体に繋がるため、何とか黙っておいた。

 

 

「しかし、死体が肉片一つ残っていないにも関わらず、よく私が殺したと判断できるな」

 

『監視カメラに映っていたからな。いや、お見事。例のブツごと一瞬で吹き飛ぶと来た。周りの連中は驚きこそしたが、何も残っていないからな。騒ぎにはならなかったぞ』

 

「相変わらずの情報網だ」

 

『まあな。とは言え、相変わらずどうやって殺しているんだ?是非とも直接会って顔を見たいものだ』

 

「………会ってもいいが、その時はお前には消えてもらうぞ」

 

『それは恐ろしい。世界有数の殺し屋に狙われたとなっては安心して寝ることもできないな』

 

「私としても、正当な評価と報酬をくれる客は失いたくないな」

 

 

 無論、失うことになっても、別客は居るのだが。

 

 

「それで?まさかお礼を言うためだけに電話を掛けたわけじゃ無いよな?」

 

『話が早くて助かる。実は片付けてもらいたいのがいくつかある』

 

「最近、多くないか?三日連続だぞ?」

 

『悪いな。これが終わったら、しばらくこちらからの依頼は無いはずだ』

 

「………分かった。受けるとしよう」

 

『感謝する』

 

「ただし、今言った言葉を忘れるなよ?こっちはフリーなんだ。他からの依頼もある」

 

『分かった。詳細はいつも通り送っておく。頼んだ』

 

 

 それを最後に電話を切る。するとすぐにメールが送られてきた。依頼についての契約事項、ターゲットの情報、実行の指定日や状況について詳細がまとめられている。

 

 

「……………」

 

 

 A4サイズの紙にしたら、百数十ページはいきそうだ。それを一、二分ほど流しながら全て見た。

 

 

「よし、()()()

 

 

 あとはいつもと変わらず、スマホを爆発させて消した。一度使ったものについては、あちらと完全に繋がったため逆探知されかねない。会話にしても三分以上かからないよう計算している。

 

 

()と比べたら頭脳では優れているとはいえ、慢心しすぎてはだめだからな」

 

 

 なにせ、彼はそれが原因で足を掬われたのだから。後輩として、そこからはしっかり学ばなければ。

 

 

「行ってきます」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「いらっしゃい」

 

「お久しぶりです」

 

 

 複数同時依頼を受けてから数日ぶりの喫茶LycoRecoである。やや遅い時間帯にしたのも人が少なく落ち着いているからであり、今は他の客はいないようだ。そんな考えを持ちながら入店した僕をミカさんはいつものように歓迎する。

 

 

「いつもの羊羹でお願いします」

 

「はい、いつものな。他のは食べないか?」

 

「羊羹一筋なので」

 

「はは、そうか」

 

 

 そう言うと、ミカさんは羊羹の用意をし始める。頼む量がまあまあ多いため、少し時間がかかる。

 

 

「あれ、吉陰君久しぶりじゃ〜ん」

 

 

 店の奥の方からミカさん同様に着物を着た亜麻色の髪に眼鏡の女性が声を掛けてきた。ミカさんと一緒に働いている人だ。確か名前は………だめだ。思い出せない。嫌いな人の名前はとことん覚えないからだ。

 

 

「お久しぶりです」

 

 

 仕方ない。このまま押し通そう。

 

 

「最近全然来てなかったからどうしたかと思ったよ」

 

「学校の方で色々と頼まれごとがあったものですから」

 

「へえ、意外。吉陰君人付き合い悪そうだから、そういうの受けないと思ってたわ」

 

「……はは、中々痛いところ突いてきますね」

 

「結構優しいところもあるのかな?それだったらオネーサンのお願いも聞いてくれな〜い?」

 

「結婚以外でなら考えますよ」

 

「そんな冷たいこと言わずにさ!吉陰君、イケメンって程じゃないけれど、色々と気配りできるし、オネーサン的にはポイント高いよ〜?」

 

「遠慮しておきます」

 

 

 本当に面倒な女。ああ、そうだ。だから名前を何時まで経っても覚える気になれないんだ。そういえば、初めて会った時も酒飲んで酔っ払った状態で絡まれて大変だったな。

 

 

「こら、そこまでにしておけ、ミズキ」

 

「ちぇ〜」

 

 

 そこでやっと、ミカさんの制止が入った。

 

 

「悪かったな」

 

「いえ、ミカさんはお気になさらず」

 

 

 悪いのは全部そこの行き遅れだ。とっとと酒癖を直せ。汚い。制服の肩に涎を垂らされたことを僕はまだ忘れてないぞ。そんなジジイ臭い真似をするから男が寄らないんだ。尤もそれを改善しても外面が良くなるだけだから、寄ってくるのは騙されたバカな男だけだろうが。まあ、お似合いだろう。

 

 

「それでは僕はこれで」

 

 

 今日はこのぐらいで勘弁してやる。これ以上心の中で愚痴っても仕方ない。どうせ、一日経てば今聞いた名前ごと今日のことも忘れているはずだ。感謝しろ。

 

 

「ああ、そうだ。ちょっと待ってくれ」

 

「はい?」

 

 

 そう言うと、ミカさんは店の奥に行った。しばらくすると、向こうから、ミカさんと一緒に店の着物を着た女の子が二人やってくる。

 

 

「あ、吉陰君」

 

 

 白髪赤目、そして赤い着物の少女がこちら見てキョトンとした表情で言った。隣には見覚えのない黒髮の少女が立っている。この店の店員なのだろう。

 

 ミカさんは黒髮の方を見ながら言う。

 

 

「紹介する。こっちはたきな。新しくうちに入った子だ。たきな、こっちはうちの常連の吉陰君だ」

 

 

 そう言うと、たきなという名前らしい少女が口を開く。

 

 

「初めまして。井ノ上たきなです」

 

「ええ、初めまして。僕は吉良吉陰です。苗字でも名前でも好きな方で呼んでください」

 

 

 なんとも真面目そうな子だ。この店の店員と分かった時はまた変人でも来たのかと思ったが、普通そうだ。

 

 

「久しぶりじゃん、吉陰君」

 

「お久しぶりです」

 

 

 そう思っていると、赤い着物の少女が声を掛けてきた。だめだ。こっちも名前が思い出せない。一週間前は覚えていた筈だが。

 

 

「毎日羊羹買いに来てたのに、ここ最近全然来てなかったら、どうしたのかと思ったよ」

 

「色々ありましてね」

 

 

 僕の接客は時間帯の関係もあってか、ミカさんがやってくれる割合が高い。そのせいでどうしても他の人の名前を覚える気になれなかった。

 

 

「相変わらず持ち帰りなんだ」

 

「ええ、もう帰るところです」

 

「そっか〜、じゃあね」

 

 

 そんな呆気なく終わった会話に、隣のたきなさんは少し驚いたような表情を見せた。

 

 

「ではこれで」

 

 

 そう言って、僕は今度こそ店を出た。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「行っちゃったね〜」

 

 

 亜麻色の髪を触りながら、元DA情報部の中原ミズキは呟く。

 

 

「店で食べたがらないからな、彼は」

 

「そんなにうちって良くないのかな?」

 

「プライベートな場面をあまり見られたくないのかもな」

 

 

 ミカと赤い着物を着た歴代最高のリコリスの少女、錦木千束はそんな会話をしていた。店の彼らにとっては常連でありながら常に一歩引いた立場にいる吉陰の存在は、それなりには気になるものだった。

 

 

「あの………」

 

 

 そこで、先ほど吉陰に紹介された少女であり、数日前に喫茶LycoRecoに配属されたリコリス、井ノ上たきなは千束に声を掛けた。

 

 

「どうしたの?たきな」

 

「いえ、その、千束と吉陰さんは仲が悪いんですか?」

 

「え?」

 

「いえ、態度が何か余所余所しいというか、普段と少し違ったので」

 

「ああ……そっかぁ……」

 

 

 その言葉に千束は、明後日の方向を向きながら困った顔をする。なにやら返答に迷っている様子であり、それにたきなは首を傾げる。数秒経ったあと、千束は途切れ途切れになりながら話し出した。

 

 

「う~ん、なんていうのかな?その、悪い人じゃないんだけど、どうしても、こう、いい人に思えないっていうか、ね」

 

「なんか、時々、目が怖いんだよねぇ」

 

「目ですか?」

 

 

 たきなは頷く千束を見ながら、どこか要領を得ない感じであった。確かにどことなく暗く冷たい瞳をしているが、怖いとは感じられなかったからだ。それは目だけではなく、全部といえる。黒い制服も、長くも短くもない黒髮、整ってこそいるが特別美麗でもない顔立ち、人の良さそうな落ち着いた笑みと声色。何処までも平々凡々とした人混みに入ったらすぐ消えてしまいそうな佇まい。少なくとも、自分達の世界とは無縁だと思った。

 

 

「一応確認しますけど、一般人ですよね?」

 

「うん。それは間違いないと思うよ。制服もリリベルのそれじゃなくて、ちゃんとした近くの高校のものだったし〜、後、身体も鍛えてる感じはないし、結構前に見たんだけど、咄嗟の動き方が完全に素人だったから」

 

「それじゃあ、千束の気のせいじゃないですか?」

 

「〜〜ん、そ〜だよね〜やっぱり」

 

 

 そう言う千束であったが、たきなにはどう見ても納得しているようには見えなかった。

 

 そんな二人の会話にミカが入ってきた。

 

 

「二人とも、色々気になることはあるが、そろそろ約束の時間だ。着替えて行ってきなさい」

 

「ん、はーい」

 

「分かりました」

 

「千束ー!帰りお酒買って来てー!」

 

「リコリスだからって、買えるわけないでしょ」

 

 

 ミズキの言葉にそう呆れながら返して、千束はたきなと一緒に支度にいった。それはリコリスとして仕事の準備であり、この喫茶LycoRecoでは困っている町の人のお助けという意味である。

 

 

「ミズキ……」

 

「何よ?」

 

 

 千束とたきな、二人が二階に向かったのを確認し、ミカは静かになった店内の中でカウンターに座ったみずきに声を掛ける。

 

 

「頼んでいた例の件、どうなっている?」

 

「あの銃取引の写真のこと、じゃないわね。例の殺し屋でしょ?」

 

「ああ」

 

「全然だめだわ。何度見ても殺し方が意味不明。駅のド真ん中で人がいきなり爆発するとか訳分からない。DAにいた時も何度か調べたことはあったけど、相変わらず非常識ね、文字通り」

 

「そうか、もうこれが始まって大分経つんだがな」

 

「正体不明の殺し屋『キラークイーン』。痕跡どころか死体一つ残らないこともあるんだから恐れ入るわ。そういえば、吉陰君、この日ちょうどこの駅の和菓子も買ってたって言ってたよね?映像に映ってたし。何か気になることなかった聞いてみようかしら?」

 

「やめとけ。あまり一般人をそんな物騒なことと関わらせるな」

 

「は〜い」

 

「それとだ」

 

 

 ミカは声を先ほどより低くしながら言葉を続ける。

 

 

「楠木のところでも今日聞いてみたが、あちらも手掛かりは全く見つかっていないそうだ。最近じゃあ、あちらでマークしていた護衛対象が次々と行方不明になっているそうだ。現場にいたリコリスごとな。情報によると無線から爆発音が聞こえたのが最後だったそうだ」

 

「………大方、護衛対象を釣り餌にしようとしたんだろうけど、ミイラ取りがミイラになっちゃったんじゃあ笑えないわね」

 

「とにかく、だ。映像が無理なら今は写真だ。そっちでも任せたぞ」

 

「はいはーい。あーあ、最近色々物騒になってきたわね。今更だけど」

 

「色んなことがこの国で起き、そして蓋をされてきた。今、大きな転換期に入っているのかもな」

 

 

 そう言いながら、ミカは真剣な顔つきで黒く澱んで曇ってきた空を窓から見つめるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……………」

 

 

 帰ってきたマンションのリビング、中央のテーブルで静かに羊羹を食べる。お気に入りの甘味が噛むたびに口内、鼻の中に広がる感覚と舌に感じる素材の細かい食感が心地よい。疲れた脳を癒す至福の時間だ。

 

 

「リスクを負うには十分だ」

 

 

 どうせ誰にもバレるわけがないし、想像することだってできない。あの喫茶店の連中もいくらDAの支部とはいえ、問題は無いはずだ。特にあの行き遅れには事前にこちらからカモフラージュ用の理由を織り交ぜてあの日自分が駅にいたことも話してある。カメラ映像に映っていても万が一に疑われることはない。

 

 

「はは」

 

 

 そう、バレる訳がない。そんなことはあり得ない。何者も僕の脅威にはなり得ない。最近邪魔だったから片手間に始末したリコリスもそうだ。所詮はサード。こちらの正体がバレないように注意だけしておけば、後はいくらでもやりようはある。銃を持っていようが、それじゃあ僕には太刀打ちできない。

 

 

「そうさ、誰にもこの吉良吉陰の正体は────」

 

 

 デジャブを感じた。

 

 

「いかん。これでは()と一緒だ。慢心はいけない。せっかく僕は()とは似て非なる存在なんだ。その恩恵には預からなければ」

 

 

 それとも、この能力を()()()()()影響なのだろうか。だとしたら嫌なものだ。

 

 

「僕は()と違って綺麗好きだからね。腐りつつある肉片を懐にしまう趣味もなければ、家に入れるほどの度量もないよ」

 

 

 最後の一個となった羊羹に爪楊枝を刺しながら、窓の外の今にも落ちてきそうな雲を見上げて、そうこぼした。




『吉良吉陰』
吉良吉影とは違い、女性の手に対するフェチズムを持たないが、
その分、潔癖性かつ妙な拘りを持つ。
また頭のスペックが結構高いが、若さゆえの落ち着きの無さが内心に表れている。
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