吉良吉陰は東京に暮らしている   作:餅羊羹

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──玩具はしっかりと片付けないとね、まあ僕は持ったことないから分からないけれど


胡桃割り人形の片付け

 それは天才ハッカー『ウォールナット』から喫茶リコリコへの逃亡補助の依頼、その決行日だった。

 

 

「急がなければ。期間限定の羊羹が売り切れる!」

 

 

 黒を基調とした華美でも貧相でもない服装を着た吉良吉陰はとある和菓子屋に直行していた。そこは彼が普段であれば行くことのない家から遠く離れた場所だった。太陽光が服装が黒色なのも相まって彼の体温をどんどん上げていった。走り出してからはそれが顕著だ。

 

 

「ふう、ふう、まったく、最近また運動し始めたんだがな」

 

 

 電車を乗り継いで目的の店への最寄り駅に降りたまでは良かった。店の開店時間丁度に駅に着いたため、普通なら歩いていても、限定羊羹の売り切れまでに店には到着できたはずだった。

 

 ただ、そこから本来なら真っ直ぐと店まで向かえば良かったものを訳あって遠回りしなくてはいけなかったのが不味かった。そのせいで長い道のりを日を浴びながら走ることとなってしまった。

 

 

()()()とすれ違う必要があったとはいえ、まさかこんなことになるとは」

 

 

 無論、吉陰とて時間の管理ができていなかったわけではない。むしろ、こういった事柄に置いては神経質とも言えるほど気を遣うのが彼だ。遠回りした際にかかる時間もしっかりと考えて行動していた。しかし、そこで不運が起きた。

 

 

「まさか、ガスの爆発で道が工事中だったとは。さらに遠回りするのは予想外だった………!」

 

「しかし、だからといって限定羊羹を諦めるわけにはいかない!仕事終わりには甘味が大事だ。溜めたストレスを発散した解放感に浸りながら食べる羊羹は、僕の生活において至福の時間なのだから!」

 

 

 そう言うと吉陰は先ほどより走る速度を上げた。

 

 

「この吉良吉陰!今まで切り抜けられなかったトラブルなど、一つもないのだ!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 包帯を巻かれた右肩付近をさすりながら六人乗りの車の一番後ろの右の座席に座っていた。

 

 

「おい、さっきからどうしたんだ?まだ、痛むか?」

 

「ああ、いや、もう大分マシになった。大丈夫だ」

 

 

 車には家族五人と俺一人、後続車にさらに家族が乗っている。暗殺依頼が成功に終わり、撤収中である。

 

 前の席に座っていた家族が心配そうに声を掛けたため、慌ててそう返した。まだ傷口から鈍い痛みがするが、それでも我慢できるほうだ。

 

 

「しっかし、まさかゴム弾と聞いたときは驚いたな」

 

「俺もあの子から聞かされた時は冗談かと思ったさ」

 

 

 だけどそうじゃなかった。実際に近くで倒れていた家族は死んでいなかったし、後で合流したら他の連中も全員生きていた。怪我しているのもいたが、命に別状はない。

 

 

「こっちは本気で撃ったのにな」

 

「ああ………」

 

 

 そうだ。標的を守っていた。だからたとえ少女であっても躊躇はしなかった。俺なんかその少女に数え切れないほどの銃弾を撃った。

 

 それなのにそれを少女は全て避け切った。それを見たときは幻覚を見てるんじゃないかと思った。

 

 近づかれた撃たれた時は死んだと思った。でも生きていた。いや、生かされた。殺そうとした相手を殺さず、あまつさえ手当てすらされた。

 

 

「…………」

 

 

 ふざけているのか、バカにされたのか。突然のその行動に理解が出来ず、訳の分からない感情を込めて怒鳴った。

 

 

『やめろ、からかってるのか』

 

『じゃあ死にたいの?』

 

 

 拳銃を突きつけられながらのその言葉でやっと頭が冷えた。その少女から手当てを受けながら話をした。家族と夕食を食べることも話した。そうしているうちに、理由までは分からないが少女が俺達を殺さなかった気持ちが少しだけわかったような気がした。

 

 だから話したのだろうか。家族が出入り口で待ち伏せていたことを。俺にも少女と同じ気持ちが少しだけでもできてしまったから。

 

 標的を殺して、少女たちが生きていることを知った時、不思議と心が軽くなった。この仕事をする身としてはそれは間違っているのかもしれない。

 

 だが、人としては何だか嬉しかった。

 

 

「あの子たちには悪いことしちまったかもな」

 

 

 話していた家族がふとそう言った。

 

 

「ああ、そうだな」

 

「まあでも、こんな業界だ。仕方ねえさ」

 

「確かにな。それにあの歳であれだけ優秀だ。今回護衛が失敗しても何とかなるさ。まだあの歳でもうあそこまでいってる……………」

 

 

 その後は言葉が続かなかった。それ以上言ってしまえば、取り返しがつかなくなりそうだったから。そうだ、時には少年兵だって何人も見てきた。おかしいようでおかしくない。そのはずだ。

 

 

「はあ………」

 

 

 今日は色んなことに心が動かされた。身体は休めているはずなのに胸の鼓動はやけに落ち着かない。こういう時は早めに何か食べるのがいい。

 

 

「なあ」

 

 

 家族に言う。

 

 

「どうした?」

 

「………皆でたくさん食べよう」

 

「ハハ!そうだな!」

 

 

 そう言って車にいる他の家族とも皆で笑った。

 

 

「まあ、その前にその傷どうにかしないとな!」

 

「そうだぞ?お前、飯もいいがまずはそっち優先だからな」

 

「そうだったな」

 

「全くだ!どんだけ腹減ってるんだか!」

 

「出血で鉄分が足りてなくてな。勘弁してくれ」

 

 

 車内に賑やかな空気が流れる。皆で笑いながら、さあ、何を食べようか。そんなふうに話していた。

 

 

 その時だった。

 

 

 車体がいきなり大きく揺れ、次の瞬間視界が回った。

 

 車の前方で火花が散り、黒い煙と赤い炎に包まれた。

 

 

「んな!何が───」

 

 

 突然のことに驚くと、車を運転していた家族が声を荒げる。

 

 

「横転したぞ!急いで出ろ!」

 

 

 その家族の言葉に背を押されるように衝撃で割れた窓から外に出た。

 

 

「おい、大丈夫か!」

 

 

 急いで後ろを振り向いた。けれど、そこに家族はいなかった。

 

 

「ッ!」

 

 

 炎が迫っていた。反射的に頭を守ると、身体を大きな衝撃と熱が、爆音が襲った。

 

 

「ア、ガァ……!」

 

 

 道路に転がる。周りに人はおらず、車が来た方向からは他の家族の後続車が近づいてきている。前に座っている家族は俺達の異常に気づいたのか、焦った様子だ。

 

 

「来、るな、ダメだ………」

 

 

 必死でそう喉を絞ってそう言うが、衝撃で頭をやられたのか、呂律も満足に回らない。

 

 数秒としないうちに今度はその後続車が炎と爆音に包まれ、爆発した。

 

 

「アアアアアアアア!」

 

 

 それで察した。察してしまった。今の爆発であの車に乗っていた家族は全員死んだと。

 

 

「誰だ!?誰、が………!」

 

 

 周りを見る。視界は朧気でうまく見えないが、俺が乗っていた車と後続車がボロボロになって炎上している光景、そして家族だった肉片が道路に飛び散っているのがよく見えた。

 

 

「いったい、何が、ァ?」

 

 

 何が、何が、襲ってきたのか。どうやって家族を殺したのか。必死に見渡して考えるが、何も見えないし分からない。頭からはどんどん血が流れ視界を上から黒くなっていく。周りの音が遠くなっていく。

 

 

『コッチヲミロォ』

 

 

 意識を失う寸前、そんな声と共に世界が爆発した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「………」

 

 

 喫茶リコリコの二階、その一室の暗い押し入れの中で黄色の髪の少女、いや幼女ともいえるその子はブルーライトの光とにらめっこしていた。

 

 

「やっぱり、そうか」

 

 

 その少女の名はくるみ。ただし本名かは不明だ。何故なら彼女こそ最強のハッカーと名高い天才『ウォールナット』だから。

 

 くるみは同業者のハッカーによって命を狙われたことで、リコリコに()()()()()()()()()()()()依頼を出し、見事に周囲に自分が死んだと騙したのだ。そしてその結果、しばらくの間、喫茶リコリコに姿を隠すことにした。

 

 

「こんな殺し方は奴だけだ………」

 

 

 くるみが近未来的なキーボード打ちながらパソコンの画面で見ているのは一つの画像である。

 

 それは走行中の二台の車が突然爆発、炎上し、中から生き延びた男も車外の道路でいきなり爆発するという怪奇現象を捉えたものだった。

 

 

「キラークイーン………念の為あの傭兵たちをドローンで追跡しといて正解だった」

 

 

 くるみは先に走行していた車が爆発する瞬間を何度も止めては再生する。しかし、何も不審な物は見当たらない。

 

 

「しかし、人がいなかったとはいえ、外でここまで目立つような殺し方、それも死体や物が残るのは珍しいな」

 

 

 たんたんと映像で起きている事象から推察していく。

 

 

「この男は………」

 

 

 そこでくるみは映像のある人物に目を止めた。それは千束が手当をしていた男だった。必死に周りを見渡し自分達を殺す何かを見つけようとしたのだろう。しかしそれも僅かな時間だった。次の瞬間、爆炎がその男を襲い、後には肉片が飛び散っていた。

 

 

「千束には、明日言おう………」

 

 

 それはくるみからの自身に優しくしてくれた少女へのせめてもの優しさだった。今日は色々なことがあり、きっと疲れている。もしも今、このこと話してしまえばきっと悲しむ。

 

 

 だったら、実際に状況が確認できた時点で教えれば防げただろうか。いや、ドローンが爆発を確認した時点でもう手遅れだった。その場で言っても間に合わない。誰一人死んでいないと喜んでいた少女の前にリアルタイムでその凄惨な殺戮を見せるのは余りに残酷だった。

 

 

「はあ、厄介な殺し屋がいたな。まったく………」

 

 

 くるみは見た目に似合わないような深いため息をつきながら、呟いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 清潔かつ整理されたとある一室、窓側の机に赤髪の年配の人物が座っている。その人物は向かいに立っている女性と話していた。

 

 

「ここニヶ月の間で既に十人以上のリコリスがやられた。マークしていた対象も例外なく全員行方不明ということになっている」

 

「はい。まさかここまでとは………」

 

「いくら殺し屋とはいえ複数のリコリスを相手に無事で済むはずないと、上層部も我々も高を括っていたな」

 

「はい。本当に………」

 

 

 立っている女性の方は苦虫を食い潰したような顔をし、赤髪の人物は机の上に置かれた書類を無表情で見ながら言葉を続ける。

 

 

「これ以上損害を出させる訳にはいかない。確保した依頼者からルートの特定はできた」

 

「ということは………」

 

「ああ、今までは護衛対象に合わせるしかなかったが、今度は我々のテリトリーまで来てもらう」

 

「人員の手配はすぐにできます」

 

「分かった。それではこちらから仕掛けるぞ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして、彼ら彼女らは巡り合う。

 

 

「新しい依頼か………」

 

 

 青年はいつも通り自身の快適な日常のため、ありふれた一般人となってそこに向かう。そこが己の運命を大きく変えるきっかけと知らず。

 




『吉良吉陰』
この度ついにDAから本気で目を付けられた。
おそらく本人は狙われてる自覚はしているが、
絶対に自分の正体には辿り着けないと思っている。
なお、期間限定羊羹は無事に買えた模様。
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