いろはくん短編置き場 作:放浪するモキュ侍X
6月も中頃に入り、今日は温かい日差しと心地良い風に恵まれたのでどうせなら外で食べないかという話になって、十咎ももこ達は静かな公園の一角に陣取って食事を始めていた。魔女の枯れたある穏やかな休日のことだった。
魔法少女たちは2つの世界で生きている。
一つは学校や勤め先、そういう場所では学友や同僚と諸々の時間を共有する。
もう一つ、魔女狩りの世界に居るときは魔法少女の仲間のこと、あるいは使い魔や調整屋など、余人には通じないことばかりが話題に上がる。
だがこうして公園の机で昼食を囲う魔法少女たちは年頃の少女の側面を見せていた。異性の話題、色恋のことだ。公然とした交際が破廉恥と罵られた昔は違っていたが、近現代ともなると年頃の少女が選ばれる魔法少女にとってそのような話題はさして珍しくない。
奇妙な点は、ももこたちの話のタネになる少年もまた魔法少女であるということくらいか。
「そういえば、この前いろはチャンが月夜ちゃんたちと紫陽花見に行ってたな」
日本津々浦々、寺社仏閣と関連づいた紫陽花の名所には事欠かない。寺社の多い神浜も、いまだ自然の残る北部を中心に散策を楽しめる名所に恵まれている。
つい先日、ももこが友人の八雲みたまと今度散歩に行く予定の散策路を下見していたら、予報にないにわか雨が降った。髪を濡らし首筋に落ちる雨の冷たさに急かされ雨宿り先に駆け込むと、そこに居たのは魔法少女仲間のいろはと天音姉妹、そして天音月咲の父の工房で働くタケという青年だった。
どうやらダブルデートという洒落たものをしていたらしい。良い雰囲気を邪魔をしては悪いかと思ったが、目があったのに他人のふりをするわけにもいかず、やあと気軽に声をかけてそのまま雨が上がるまで一緒に時間を潰していた。
ももこにとって、やはり自分は間の悪いやつなんだなと改めて実感させられた出来事だ。
「ふゆ……そういえばそろそろ紫陽花も見頃だね! 今度は私が連れて行ってもらおうかな」
「ふん、二番煎じなんてあんた女としてのプライドがないの?」
話に聞き入っていた二人は各人各様の返しをする。
花好きなかえでは紫陽花の散策に思いを馳せ、口さがないレナは強気にかえでの態度に噛み付いた。
複雑な事情が絡んではいるが、主にみたまのせいで先程の話に出た天音月夜、水波レナに秋野かえで、あと本人は自身がないが十咎ももこともボーイフレンドをしているのがいろはだ。
レナは自分たちはさておき他の女といろはの話題となると――そっちのほうが当然ではあるが――いつもより少し口が悪くなる。
「あ、レナちゃんひょっとして紫陽花嫌い?」
「そういう話じゃないっての。こう、自分だけの思い出とか欲しくならないの?」
「じゃあ他に行きたいところがあるんだ?」
「だーかーらー!」
「まま、つまりレナは他の女と同じ香水は嫌って言いたいんだろ」
ももこになだめられて不承不承レナは矛先を降ろすが、かえではそのことよりももこの不自然な言葉遣いの方が気になった。
「ももこちゃん、今日は随分と随分とキザな言い回しするね」
「あー……」
「何が香水よ、推してる子の新曲のサビじゃないの」
「おいっ、言わないでくれよ」
口にしてから自分らしくないと勝手に赤面するももこを遠慮なく問い詰めたかえでに答えたのはレナだった。
そのフレーズは昨日レナがももこと二人で行った新曲発表ライブで聞いたものだ。
「ももこちゃんって古風っぽいふりしてるけどやっぱりミーハーだよね」
「ミーハー……」
「ところでレナちゃん」
「な、何よ」
かえでのにべもない口撃でももこの体がぐらりと揺れる。ソウルジェムにさえ達しかねない精神ダメージを受けたももこから対象を変更されたレナは思わず身構えてしまった。
「それで、紫陽花がイヤならいろはくんと一緒にそのアイドルさんのライブに行ったらどうかな?」
肩透かしのように至極真っ当な提案をされて押し黙ってしまうも、素直にそれをいいねと言えるレナではない。つい口が勝手に適当な喧嘩腰の言葉を放つ。
「はあ? あいつアイドル興味ないでしょ。それにどこで誘えって言うのよ」
「え、誘う場所なんてどこでもよくない? それこそ誰とも違う経験がいいならレナちゃんのお家にいろはくん呼ぶとか」
「ぶふぉっ」
軽い気持ちで放ったジャブに返ってきたのは脳を揺さぶる痛烈なカウンターだった。
レナは絶句してかえでを見返すことしかできない。
家、家に男子を誘えというのか。
餌を強請る鯉のように口を開閉しながら、レナはそれがどういうことを意味しているのかとかえでに問いただしたくてたまらなかった。
いろはとレナは魔女や妹さんを探す口実以外の理由で様々なところに行った。ゲームセンターで普段はやらないSTGを二人で遊んでごく自然に隣りあい、カラオケで顔を見るのが恥ずかしくてらしくないラブソングを歌い、パーカーこそ羽織っていたが水着で釣り大会にもペアで出て、二人揃って羽つき大会に出場したら急に戦闘モードに切り替わったチャンピオンやちよに惨敗した。
だが家となると話が違う。それはもっと先の話、例えば大学の卒業前に将来のことを考えられるようになってからお揃いのリングを求めて行くべきではないかと、見滝ヶ原の青髪の如き友情厚い恋愛弱者特有の異性への消極さを持つ少女はその発言で大いに揺さぶられた。
「え? もしかしてお家嫌なの? ……仕方ないなあ、じゃあいろはくんのお部屋に行ったら? キレイに片付いてて居心地良かったよ」
ひょっとしたら部屋が散らかっているのかと誤解したかえでの一撃でレナはノックアウトされた。
完全に硬直したレナの様子を不思議そうに見つめていたが、ようやくかえでは得心したように手を打つ。
「あ、そうかレナちゃんっていろはくんの部屋行ったことないんだね。あんなに一緒にいたんだし、レナちゃんもベッドくらい座ったのかと思ってた」
何気ないかえでの言葉の一つ一つが、そろそろ腰にキてベーグルの袋に突っ伏してしまいそうなももこさえもレナのついでで打ちのめした。
ウワサで仲を裂かれ、ウワサでよりを戻そうとも、二人から見たかえではおどおどとして優しく大人しい子という第一印象がいまだに抜け切っていなかった。
どうやら二人にとって身近な敵は七海やちよだけではなかったようだ。
「べ、べ、べ…!?」
「ふかふかしてて座り心地良かったよ」
「別にそんなこと聞いてないわよ!」
レナの怒声にかえでは怖がりながら困惑した、かえでからすれば何故ももこが壊れたラジオのように跡切れ跡切れの声を出すのか、レナが怒るのかさっぱり理解できなかった。
秋野かえでという少女は普段消極的な分、いざ行動に移ると我慢やブレーキの心得がない。彼の周りにイチャイチャできる異性がたくさんいるのは知っているが、それはそれとして自分も好きだから他の娘に遠慮する必要はないなと、イベントのない時でも常日頃積極的に動いている。
そんな恋愛的剛力はたやすくレナの心をかき乱した。
頭に血が上ったレナにしてみれば自慢話をされたとしか思えないが、本人としてはこれは善意の一環。かえではそういう少女だ。
「あんたねえ、そういうはしたない真似をするんじゃないわよ」
「ええ……でもレナちゃん、いろはくんと最近全然進展がないよね?」
言い返しても図星を点かれては黙るしか無い。かえでの言う通り、レナといろはの関係はここ数ヶ月の間何も進展していなかった。
一昔前はまだ良かったのだ。
ただの学生であったいろはは妹を探す以外に主だった用事はなく、マギウスと戦う傍らで様々なイベントを楽しむ余裕があり、レナの居場所は自然と用意されていた。ゆるゆるとした時間の中で無理なく少年と過ごす事が出来た。
しかし今はどうしたことだろう。
いろはが皆と神浜マギアユニオンを立ち上げ、二木の魔法少女との抗争が始まってからというもの、レナは学校外でいろはと過ごす機会を失っていた。
花見にいけば桜子や中央の魔法少女たちがひっついていてタイミングを逃した。
5月はひな祭りや新人魔法少女の世話とライブが重なって、楽しいのだが独り寂しい時間が過ぎた。
そして夏を目前に控え、先日何となく用事を聞いてみると、去年とは比べ物にならないほどみっちりと詰まったスケジュールが判明した。
(……あれ、出遅れてる?)
まさか、といくら必死に自分をごまかそうと正体不明の焦燥感が拭えない。
愛しの彼にはライバルと同盟者が多いのだから、いつだって互いに余裕のある状況ではないとかえでは自覚があった。だがレナにはその危機感が欠けていた。
ようやくその事を察したかえではため息を吐いて表情を変えた。レナやももこが見たことのないかえでだった。
「そのパッツンパッツンなお胸を使えばいろはくんの部屋どころか隣だってきっとフリーパスなんだからもっと活用すればいいのに」
いろはの本命はたぶん先頭七海やちよ、2番手に数えるのは面倒な数の馬群、そして最後尾から淡々とワープ戦術を狙う御嬢様(メスガキ)たちだ。
モデル体型のやちよが突っ走っていることから察するに、扇情的なスタイルの好みというものはないのだろうが、やはり少女的な見た目をしていようが男子なのだ。
観察してみると、距離感の近い梓みふゆにドギマギと悶え、男らしくも女らしい涼子さんに翻弄され、気を抜くと本気で来るななかの雰囲気に酔い、最近態度が怪しいみたまを意識して、稀にサークラの姫に傾きかける。
やはりボン・キュッ・ボンは武器らしい。かえでにすれば同年代でもトップクラスのレナのバディは羨ましい限りだった。
しかしいきなりそんなセクハラをされてもレナはどうしようもない。癇癪を起こす気力も無くし、ももこと揃って顔を真赤にしてぼそぼそと声を出すので精一杯だ。
「で、でも、その、ふしだらな娘だって思われるのは嫌だし……レナそういうのはもっと仲良くなってからの方が」
「あのねえ、もっと仲良くなるためにまごまごしないで積極的に行こうよ。いろはくんって真面目そうだけどそこそこむっつりな気がするから、そのお胸はレナちゃんの強い武器だよ。こうして、腕をぎゅーって挟むとか」
「う、腕!? いや無理よそんなの!」
「私は出来るならやっちゃうよ?」
谷間を作る真似をしてきゃいきゃいと盛り上がる二人を尻目に、自分は歳上なんだからこれより頑張ったアピールをするべきかとか、こんどの散歩にみたまを驚かせるためいろはも誘うべきかとか、そんな事を考えながらももこはぼんやり中空を眺めていた。
日も暮れて別れを告げる頃には各々が明日からもう少し積極的になろうと決めた、そういう何気ない一日だった。
いろはから見て、その日は朝から水波レナの様子がおかしかった。
朝早くから友人達に揃って用事があったのでレナと二人きりで登校することになったのだが、いつにもなく挙動不審だ。
平素より随分と静かで、ちらちらといろはを見ては見返されると目をそらし、近寄れば離れ、離れれば近寄ってくる。
いろはがねえと声をかけてみるとびくりと震え、向こうが何か言うから聞き返すと言葉に詰まる。
普段の彼女と言うよりは、鏡に映った彼女のような大人しさだ。
そうした違和感に苛まれながらも何事もなく放課後を迎え、日直のいろはは人の減った教室で清掃具を片付け終えた。
今日はなんの用事も無いので寄り道せずみかづき荘に帰ってゆっくり過ごそうかと考えていると、いろはの裾がガッシリと掴まれる。
「どうしたのレナちゃん?」
同じく日直のレナは終始無言だった。そのままこちらを見ることもなくじっと固まったままで、残った皆が出ていって人もはけた頃になりようやく小さな声を絞り出した。
「ねえ、いいかな……?」
「……なにが?」
要領を得ない問いかけにいろはは怪訝そうな顔をするしかない。裾が指の汗で湿るくらい強く握られたままで返事を待っていると、レナは突然体をいろはに押し付けた。
「え、ちょ、ちょっと!」
密着すると制服越しでも形の伝わってくる柔らかさに急襲され、いろははわたたわと狼狽えるしかない。教室でなければどうしていただろうと血迷いながら必死に自分をごまかすのに精一杯だ。
その反応でもう後戻り出来ないと決心したレナは掠れるような声を絞り出した。
「あ、あ、あんたの部屋に……」
「やあ今日は一緒にウノしないかいろはチャンんんんん!?」
そして精一杯の積極さを発揮したももこにより最低のタイミングで教室の扉が開かれる。
豹変して飛びかかるレナ。
全てを察して受け入れるももこ。
慌ててレナを抑え込むいろは。
恋愛には法も番人もおらずとも、性悪の女神は見守っているんだろうなとしきりに感心しながら、じゃあ今日は皆でみかづき荘に遊びに行こうと計画を立て、教室を覗き込んだかえでは微笑みながら騒動の輪に加わった。
ハーメルンに来て何も書かないのはどうなんだと思い投稿、ついでに掲示板に投稿してないのを書いたので評価制限も解除。
この後4人で色々遊んだ模様