いろはくん短編置き場 作:放浪するモキュ侍X
「環くんは食べ方が綺麗ね」
二人して夕食の片付けをやっているとやちよはそう評した。彼女は魚の後始末をしていて、フェリシアの食べ跡の汚さでお冠だった。
それと比べると、骨とかしらだけを残したいろはの食べ跡はゴミとしては綺麗と言って良いのかもしれない。
「今度から身を取ってあげた方がいいでしょうか?」
「そこまで甘やかすのも良くないわ、取り方を教えてあげましょう」
いろははフェリシアのことだからお箸の使い方からの方がいいと思った。
屋根の下で共に暮らすようになって数日経つが、ここのところ二人を困らせたのはもっぱらフェリシアのことだった。
とにかく色々と大変だったのだ。匂いとか、いの一番シャワーを浴びせた時にごそっと落ちた汚れとか。
自分は男なのに、やちよに呼ばれて二人して水着でフェリシアと浴場を洗う羽目になるほどだった。
さておき、いろはは魚の食べ方であれば少しずつなら教えてあげられる自信があった。彼自身ある人から家事や作法を習った身なのだから。
そのように告げると、やちよは意外そうな顔をした。
最初はやはり男性だからと不安だったが、一緒に暮らしてみると家事全般つつがなくこなしていたので、ひょっとするとお家の方からよくしつけられていたのか、生まれつき手先が器用な質だと思いこんでいた。
「そうだったの?
「はい、家政婦さんの一人から習いました」
その回答はやちよにとって予想外のものだった。たまに聞く単語で、最近ゲスト出演したドラマで共演したこともあるし、引退した先輩たちの中では妊娠中と後にそれを雇う人が居たのも知っている。
「家政婦?」
「両親が家を空けることが多かったんで、その間だけお世話になっていたんですよ」
広い家なもので、掃除も一人ではおぼつかないから大変お世話になったといろははしみじみと語った。
一方やちよは色々と認識を改めることになった。
洗濯物の私服を手にとった時から気にかかっていたが、靴下のみならず下着まで良いものというか、芸能人の自分とさほど変わらないものを使っていた。
実家から持ち込まれた食器類も輝きがよく、粗雑に扱う気にはならない。それを使って食事中に静々と手元を動かす姿は実に洗練されていた。
一緒に薬局で選んだシャンプーも男性向けのものではなく、ややお高めながらも評判のよい薬用である。もしや最近の男子中学生はこのようにしっかりしているのかと思っていたのだが、どうも彼が特別なだけらしい。
――もしかしてお坊ちゃん育ちだったの……?
さすがに出会って一年経っていない人からそういうことは聞けないと遠慮しながらも、ここで黙ってしまうのも感じが良くないと思いつつ、魚の残骸とキッチンペーパーを入れたビニール袋の口を閉める。
ゴミ箱にガシガシと押し込みながら、ではせめてその家政婦さんのことくらいは聞けないかなと会話の妥協点を探っていた。
「家政婦さんというとご年配の方かしら?」
「いえ、僕より1つ上の人ですよ」
「え……?」
脳裏を真っ先によぎったのは労働基準法という言葉だった。お金持ちがいたいけな少女を労働させてるとかそういうシンデレラ案件かと背中に冷たいものを感じた。
やちよの思考を知ってか知らずしてか、いろははそのまま懐かしそうその少女についてを語り始めた。
「実はこれも妹に関することなんですが、昔は病弱だったんだけどある野菜を食べ続けて体を良くされた人だそうで、その時に使ったレシピの伝授と使う野菜の販売に来られた方なんです」
良かった、週刊誌にすっぱ抜かれるセレブは実在しなかったらしい。それはそれとして、いろはの語る内容だとやちよにしてみればその少女がまた別のものに思える。
「それだけ聞くと幸せになれる壺や痩せ薬の販売員のようなのだけど」
「いえ、里見クリニックから紹介された方なんで身元は確かなんです……それで結局妹には効かなかったんですが、非常に美味しい野菜だったので定期的に仕入れさせてもらいまして、そのまま何度か僕も母と一緒に料理を習って……その、他の家事も大変達者だったのでそのまま短期契約で家政婦さんをやってもらったんです」
綺麗な箸使い・迅速な後片付け・洗濯物の分別・効率のよい掃除法・上手い買い物のやり方、いろはは少女から全てが家事と生活にまつわる雑事を習い、結果どこにも婿に出せる少年に仕上げられた。
その時に学んだことがこうして下宿暮らしを快適なものにしているのだから、人生何が役立つか分からないものだ。
「あの人は本当に凄い家政婦さんでしたよ」
夜の帳の下で、その少女はみかづき荘に点いた灯りを見つめながら少年のことを想っていた。
恩人に「男の魔法少女のことを見てきて欲しい」と頼まれ、恩人の兄をつてに、自分が全快したのは詐欺みたいな理由なのだが美味しさと効能に自信はある野菜を届けに行った先で出会ったのが彼だった。
足繁く通ううち、彼は“妹”のために慣れない包丁を握り、怪我をしそうになりながらも、頑張って小さなお弁当を作りあげた。
少女はその妹さんのことを覚えていないのだが、その時の彼の熱心な横顔は忘れていない。だからきっと、あんなに頑張っていた彼には本当に妹さんが居た。そのためにこの街に来た。
彼は世界にただ一人の魔法少年だ。しかし、自分と妹さんにとっては、妹思いの一人の少年に過ぎない。そんな彼にここまでの期待を寄せるのは間違いなのだろう。
しかし、もしも彼が本当に妹さんを取り戻せたのなら――
「……頑張ってください坊っちゃん、もしあなたが失ったものを取り戻せたのなら、私はもう一度、奇跡を信じていいのかもしれないんです」
今はまだ誰も知らぬ兄妹のフォークロアが再び現実に為ることを願い、氷室ラニはみかづき荘に背を向けた。月しか知らぬ出来事であった。
ホームレス系魔法少女って酸っぱそうだなって