いろはくん短編置き場 作:放浪するモキュ侍X
「お前らも知ってるあの無鉄砲とアタシが出会ったのは去年の今頃だったかな」
ウォールナッツの片隅で、アタシは衣美里に乞われるままに環いろはについてのあれこれを語りだした。
「きっかけはやちよからの電話だ。テレビで見かけるから死んじゃいないと知ってはいたが、声を聞くのは久方ぶりだったからな。まーた厄介な魔女が外部から迷い込んだかと身構えたが、どうも違うらしい」
「じゃあ伝え聞くウワサ調査の一環かと思いきや、これまた違う。あまりに話が見えないもんだからいったい何の用だと強く言ってやると、なにやらアタシに面通しをさせたい魔法少女がいるんだと」
「驚いたよ、チームを解散してからソロでやっていると聞いたが、新しい仲間が出来たんなら祝おうかって言ったら、そうではないという」
「そいつは宝崎の者だが神浜で行方知れずの妹を探していて、西だけではなく中央でも自由に動きたいからアタシに面を通しておきたいんだそうだ」
「んなこたアタシじゃなく警察に言えと突っ返したんだが、詳細は出会った時に話すから、身元は私とももこが保証するんで時間を作れないかと言うんだ」
「こうまで言われたんじゃ中央の保護に助力してもらった身としては断りづらい。それにだ、あのやちよとももこを誑し込むとはどんな女だろうと気になって、顔を見てやりたくなった」
「それがお前、いざ会ってみると、魔法少女だっていうのにお、男だぞ? 内心腰が抜けそうだったわ!」
『その、始めまして。僕が環いろはです』
『あ、いや本当に……はい、こうして変身もできますし』
『破廉恥!?』
「初対面の人になんて酷いこと言うんですか」
いつのもように眼を輝かせている衣美里の横で、行儀悪く頬杖をついたあきらの呟きをアタシは聞き逃さなかった。
「いーや言い過ぎじゃないね! 男のくせに魔法少女姿が半ズボンとへそ出しルックだ、しかも足にはナイフ入れるためとか言って素足にバンドまで巻いてた、絶対ムッツリの破廉恥野郎がする格好だ!」
「えー、でもちょい攻めのセクシー系で超カワイイじゃん?」
「あいつは男だぞ?」
「オトコノコでもカワイイはカワイイだし!」
衣美里に常識を改ざんされるのも嫌なので、そういうもんかと納得の素振りをして話を切る。「今度はピンク路線も試そうか」とか呟いているあきらを咳払いしてこっちに向かせて、また昔話を続けた。
「まあなんだ、それで話を聞いてやっても、妹の件はにわかには信じられん。自分の妹とおもわしき幻を見て、実際この神浜まで確かめに来た行動力はたいしたものだがな」
「アタシとしてはうろつき回るのはいいが、余計な火種をばらまくな、せめてどこの所属かをはっきりしろとしか言いようがない」
「と思ったらやちよのやつ、最近の桜子の件みたいにアタシに押し付けようとしてくるし……」
『ひなのさん、できればこの環さんの世話をしてあげて欲しいの』
『環さん、その妹さんの手がかりが今は八方塞がりである以上、私達西だけじゃなく東西に通じる中央ともつながりを深めていくべきよ』
『このひなのさんは東西対立が激しい神浜で緩衝地帯となる中央の権利を勝ち取った“できる人”だし、きっと私なんかよりあなたの力になってくれるわ』
「うんうん、みゃーこ先輩は偉い人! ちょーさんってば分かってるう!」
ひょっとしてそのあだ名はやちよのことを言っているのだろうか。だとすればそれだけはよせと言ってやりたいが、そもそも衣美里はドリフターズを知っているのか。
ギャルは異次元の生物だ、もしかすると知っているかもしれないが、ソレはソレで問題だ。
「思い返すとやちよのヤツ、あの時はまだ他人と組むの怖がってたんだな」
「気持ちは分かるかも」
しのぶは水を飲み干したコップを回して底の氷をかき混ぜていた。
ななか組の中では同校の美雨の方が付き合いがあるが、このしのぶという娘はあのチームの中では存外に繊細な方という印象がある。
「ボクもななか達と死に別れたらそれくらい臆病になるだろうし」
「あの豪胆で頭が回るお嬢たちが簡単に死ぬか、そんな心配をするくらいなら本当に自分だけでも生き残れるよう自分の身をしっかり守れ」
もしくは何かあったら敵を討ってやるくらいの気概でいけ、と檄を飛ばすとあきらの調子が少し戻った。そのやりとりを見ていた衣美里はまた笑顔を深くして変なことを言い出す。
「やっぱみゃーこ先輩もヤバヤバな相談所開かない? あーし常連になっちゃう!」
「これ以上アタシにヘンテコな用事を押し付けるのはやめろや!」
脱線したせいでどこまで話したか忘れそうになる。たぶんあのウマの前後のはずだが。
その後やちよが言いたいことだけ言って帰ろうとしたので引き止め、待って貰っている間に面談をすることにした。
いろはは二人きりで話してみると中々出来たやつで、アタシのこともきちんと年上として接してきたので上機嫌になってしまったのを覚えている。
「で、その時はアタシも時間が余ってたからいろはの監視を兼ねてやちよのウワサ調査に付き合ったんだが、まあウワサってのは本当に関わるだけ損だな。鶴乃も入れて四人がかりで大苦戦だ」
やちよはみふゆを呼び出されていたように、ワタシもその時片思いしていたカレを呼び出されて危うく囚われるところだった。
監視して助けるはずのいろはに助けられることになるとは、一生の不覚という他ない。魔法少女の一生がどの程度かは知らないが。
そしてこれまた初見のドッペルで度肝を抜かれたかと思いきや、寸発入れず現れたのがあの巴マミだ。
「ドッペルにビビらされる、終わったかと思ったらマミに襲われて必死に追い返す。いや散々な一日だった。それでもう関わるのが嫌になったから、中央で自由に動いていいけどその代わりお前が面倒を見ろとやちよに押し付けたんだ」
その時はこれで縁も切れたかと思ったが、後になっても思いがけず色々な事があった。
「かりんのハロウィンの出し物の手伝いでアタシに粗相しやがったからチョコの準備と後始末手伝わせて、麻友に誘惑されて本気で血迷いかけたあいつを莉愛と一緒にしばき倒し、夏には、夏、夏はまあいい」
思い出したくもない、あいつが知り合った女どもが偶然ビーチで大集合した7日間の結末など。
屋台の裏で射的の準備を手伝わせたら空気砲が暴発して、アタシのビキニが上下とも……
「お、みゃーこ先輩赤くなった、あの夏のこと思い出したんだ」
「へえ、やっぱりあの時屋台の裏で何かあったんだ」
「うっさい!」
「ちょっとちょっと、派手に騒ぐならお土産持たせて叩き出しますよー?」
3人分のナッツケーキと共に警告を届けに来たまなかに謝りながら、その後の諸々を思い出していった。
「マギウスを追って東に行くため十七夜を紹介したら二人揃ってあいつのメイド訓練に巻き込まれて令にはとんでもない写真を。ああ、くそ、思い返してもいろはに巻き込まれると碌な事がない」
勢いで完食したケーキの余韻に浸りながらグチグチと情けない吐露を続ける。そうしていると次に口を開いたのは衣美里だった。
「んでんで、ろっはーのことをどう想ってるかは分かりみが深まったんだけど、みゃーこ先輩としてはどうしたいの?」
「うむ」
舌を濡らすため思い出話しに花を咲かせたが、二人を呼び出した本題はここからだった。
どうもプライドの問題か相談所に足を向ける気が起きないので、令の提案で衣美里とあきらにウォールナッツまで足を運んでもらったのだ。おかげで相談料としてケーキ代はアタシ持ちになったが。
「そもそもだ、アタシの夢はリア充になることであってだな、これ以上いろはにかかずらっていては夢が破綻しかねないのだ」
彼氏のいない長期休暇などもうまっぴらだ。今年が終わるまでにはアバンチュールを経て大人の女になりたい。
そのためには、どうしても環いろはとの関係に決着をつけねばなるまい。
「そこでアタシは考えた! 自分からいろはに関わっていけば被害は最小限で済むと!」
「プランは二つ。北養区の観光地か、南凪区自慢の砂浜だ。そこであいつと一度でも二人っきりでじっくり過ごして上下関係をはっきりさせれば今後は最早邪魔されることはあるまい!」
「どうだお前ら! 実は中身に自信がなくてすまんが添削お願いします……」
シェフのことを思い出して段々と声を弱めながら、頭を下げてすごすごと計画書を手渡し、恐る恐る回答を待つ。
北養区なら山のレジャー、南凪区ならアタシご自慢のセクシーバディ。いずれにせよこれでいろはのヤロウをどうにかしてしまえば、最早恐れるものなど何もない。リア充までの輝かしい道がアタシを待っている、はずだ。
二人はとても熱心にプランを添削してくれた。スマホとメモ帳を駆使して設定時間のミスやおすすめのルートに困った時のアドリブ方法まで、細々と赤ペン先生をやってくれた嬉しさは筆舌に尽くしがたい。
じっくりとコップの氷が溶け切るまで時間をかけて、完成したプランを二人は自慢げに手渡してくれた。
「これならばっちおーけー! みゃーこ先輩の可愛さでまるごと解決しちゃうよ!」
「都さんは魔法少女とはいえ運動慣れしてないからね、山も海も危なすぎるところは控えさせて貰ったよ。あと疲れた時のためのいい休憩所を書き入れておいたから」
「おおう、すげえ頼もしい……!」
全てを終え、野口英世に桐の花葉・竹の花束と頼りになる後輩に別れを告げたアタシはさっそく準備を始めるべく帰り道をひた走る。
待っていろ環いろはめ。聞く所によるとお前はアタシの手を離れてからというもの女の扱いを心得たらしいが、いくらお前の手管であろうがアタシには無力であると実践化学的に証明してやる。
誰しもが羨むオトナになれる日は近い。理想の輝かしい未来へ向けて、アタシは軽やかなステップを踏んだ。
《一方その頃ウォールナッツ》
「じゃ、ななか達は当面ボクが抑えるよ。ただ美雨がどちらに転ぶか分かんないし、手が空いた人はこっち手伝ってね」
「みかづき荘の連中は観鳥さんたちが担当だ。今から動けばやちよさんだって話は聞いてくれるだろうし、マギウスたちにもどんな手を使っても邪魔はさせないよ」
「れんぱすとりかっぺも友達連れて協力してくれるだって! マジやばっしょ!」
「微力ながらワタシもお手伝いしましょう、デートが終わるまで横槍がすっ飛んでこないようにすればいいのですね? あ、みなさんワタシの時も少しは手伝ってくださいよー?」
あとは萌花や明日香にかのこも説得を手伝ってもらおうと、ウォールナッツに潜んでいた大勢の少女たちは歓談する。
ワイワイガヤガヤと、世話焼きな魔法少女を慕う後輩たちは本人のあずかり知らぬところで色めき立っていた。
いろはとひなのが新しい関係に至る数日前のことだった。