いろはくん短編置き場 作:放浪するモキュ侍X
「勝った……」
「え?」
環いろはと常磐ななかは思わず耳を疑った。夏目かこの呟きは小さかったが、込められた意志はあまりに力強かった。
都会生まれの思い出を無視した共通意識の作り上げるノスタルジアに満ちた魔女の結界の中、自分たちは今宵美雨とあきらのように結界に囚われる。だからこの風鈴を持って、誰か一人が記憶を保ち続けようと面と向かい合って話し合っている最中のこと。
オウガマさまの結界の法則を聞いたかこは突如としてこう呟いたのだ。
(ひょっとしてかこちゃんはオウガマ様の弱点が分かったのかな?)
「かこちゃん、何か考えがあるんだね」
いろはの問に対しかこは自信ありげに首肯した。ななかは普段おどおどとしているかこがここまで頼もしい態度を見せたことに若干感動して心が震え、これなら任せられると確信した。
「それでかこさん、一体どのような策を閃いたのですか?」
「残念ながらお二人に話すことは出来ませんが、この状態になった時点でオウガマ様はもう詰んでいます。後は仕掛けを施して、全員のソウルジェムを今のうちに浄化して耐えきれば勝ちです」
かこが突然窓を開け放つと冷たい室内に温い風が強く吹き込んだ。思わず髪を抑えたななかを風から庇いながら、いろははななかの手を取って立ち上がった。
その二人の動きを見てかこはうんうんと満足げに笑う。これなら計画通りに行くだろう。
「今は朝のうちだから間に合います、さっそくお二人は宿帳を書き換えて同室になってください」
思わず二人してかこを凝視する。ななかは魔法で今のかこが敵か味方かを知りたくなった。
――一日目
『では初日ですから私がいろはさんと過ごさせていただきますね』
そう宣言したななかはいろはと腕を組んで田舎を散策した。ラムネを分け合い、足湯を楽しむように抱き合いながら渓流でふくらはぎを冷やし、布団も一緒だった。
あきらはまあ約束だもんねと納得し、美雨も「仕方ないネ」と苦笑した。
かこは日傘にしたうちわの下で微笑んだ。
風鈴が鳴っている。
――一日目
『では今日も初日ですからいろはさんと山の方に行ってきます』
ななかといろはは虫取りや天体観測を楽しんだ。石を枕に水を寝床にまぐわいながら、やがて夜が明けた
あきらはそういう取り決めだもんねと納得し、美雨は「……仕方ないネ」と変な顔をした。
かこは積んであった小説の山を崩した。
風鈴がちりんと呟いた。
――一日目
『初日ですし二人っきりで花火でもやりましょうか』
ななかはとうとう宣言さえしなくなった。小さな民芸品を展示した公民館で過ごしてから、雑貨屋でスイカと花火セットを買って夜を待つ、温泉で花火の香りを洗いあって二人は床についた。
あきらは約定だから仕方ないと閉口して、美雨は「……ン?」とチリチリする脳を抱える動きを見せた。オウガマ様は困惑した。
かこは風鈴を指でつついて演奏会をしていた。
――一日目
『たまにはインドアもいいですね』
いろはとななかはレンタルできる映画を選びあった。男女の抱き合うシーンの真似事などをして若さに任せたふるまいのはしたなさを体感した。
あきらは予定だもんねと諦め心地であり、美雨は「ンンンン?」と二人を睨みつけた。オウガマ様はあたふたしている。
かこはそろそろかなと自分の夏を終わらせる準備を始めた。
――一日目
かこは宿題をしていた。
いろはとななかはいつも通りだった。
あきらはようやく異変に気付いた。
オウガマ様は必死に逃げていた。
ドッペルの一歩手前まで感情を開放した美雨は風鈴に向かい、吠えた。
「――鏖ス」
書き換わる、全てが偽装される、夏は春に、夏は秋に、夏は冬に。
桜満開で咲き誇り、カエデの落ち葉が大地を赤く染め、雪が渓流を肥やす。
雪解け水が春の訪れを告げ、秋の嵐が自然の力強さを語り、冬の風が終わりを告げる。
やがて水の一滴、一握の土まで夏の消え去った結界の中で、オウガマを名乗る魔女は音もなく消え去った。
「それでこうなったと……」
「はい! 大成功です!」
魔女の結界があった田舎の片隅。明け方には打ち水をした縁側で、あきらはかこの智恵に戦慄した。自分たちの中で怒ると最も怖いのはななかだが、もしかすると一番容赦がないのはかこかもしれない。
魔女が夏を演出していると理解した瞬間、かこは自分たちの魔法であれば十分対処は可能だと結論づけた。
だから“初日”であることを再現し続けてフラストレーションを貯めた美雨をけしかけることにした。彼女が完全にキレて、魔女の領域を“夏以外”で埋め尽くしてしまえばどうなるか、答えは明らかだった。
夏にこだわっていなければ良かっただろうに……いやそれでも今のかこならよりエゲツない作戦を考えついただろう。
美雨はこっちにこそ怒るべきじゃないかなあと思案しつつアイスをかじり、まだ大岡越前ごっこをしている三人を見やる。
「美雨さん、“今日は本当に初日”なんですから私に時間を譲るのが道理では!?」
「分かってンだロこのビィアォヅゥ! あんだけ毎日盛っといテまだ足りんアルか!!」
「裂ける、裂けちゃいますから!!」
ああやって物理的に分けようとしているコトの発端はだれかというと、あきらに言わせればななかのせいだ。
全てが終わると同時に、では夏休みはこれからですねといろはの手を引っ張っていずこにいこうとした。
無論怒りを解放したとはいえ発散しきれていない美雨がそれを見過ごすはずもない。即座に反対側の手をひっつかんでいろはを自分に抱き寄せてしまった。こうなるともういろはが甲斐性を見せて二人とも抱きしめるか横やりが入るまで言い争うしかない。
「中国語は分かりませんが今のは悪口だって伝わりますからね!」
「ハン! 察しがいいならこの色狼の気持ちも読み取ってたまには違う女あてがってやんナ!」
「かってに人の心を偽装しないでくれません……!?」
これは今日中に終わればいいほうだな。
そう結論づけたあきらは程々に羽根を伸ばすと決めた。実を言うと自分もあそこに混ざりたいが、今日は功労者の二人に譲って自分は後日二人してゆっくりと過ごそうか。
ラムネかアイスのおかわりをするため立ち上がったあきらは、それでとかこに声をかける。
「かこはいろはと何かしたいことないの?」
「あ、実は今度のカミケと古書市に付き合ってもらう予定なんです」
「そっか」
それならいいやと得心し、自分より遥かにちゃっかりしていた少女の分も何か奢ってあげようと自販機に向かう。その後姿を見たかこは少し考え込んだかと思うと突然大声を上げた。
「ななかさん! じゃあ今日はずっとみんなで過ごしましょう!」
後ろから聞こえてきた予想だにせぬお節介でふと疑問に思うことがあるならば、それは夕まで? 朝まで? ということくらいだった。
温泉か、川か、はたまた誰かの部屋か。
オウガマ様ならぬ、夏目かこの腹の中を探りかねたあきらは今年の夏は自分も楽しませてもらおうと決意し、衣美里に頼んで調べてもらったデートスポットを思い浮かべる。
戦い終えた魔法少女の夏はこれからが佳境だった。
色狼:スケベ野郎
婊子(ビィアォヅゥ):あばずれ
いずれにせよ仲間に言う言葉ではないけど仕方ないね