いろはくん短編置き場 作:放浪するモキュ侍X
およそ一年ぶりに主を迎えた寝屋で少年はさながら獣のように快楽に溺れた。
乳海のようなシーツが轢かれた寝台の上、二人の女の乳房を撫で、尻を揺さぶり、太ももを撫でる。ほとの心地を楽しみながら幾度となく果てる。
部屋が静まり返ってなお、月が眠り太陽が目を覚ますその時まで、互いの汗を絡ませた少年少女はその余韻の熱に身を委ねていた。
「……この子も相当ね」
七海やちよはそう呟いて穏やかに眠る由比鶴乃の頬を突いた。自分と同じく随分と乱暴に、それでいて上い手付きで翻弄されながらも、全てされるがまま受け入れた少女は満足げに眠っている。
汗と汗以外の体液を皆で洗い流して階段を上がる頃にはうとうとと船を漕いでいたが、部屋に入るなりベッドに倒れ込んで糸が切れた人形のようにすやすやと眠ってしまった。
三人で一番派手に乱れたとは思えない穏やかな寝顔だ、意地を張って声を抑えた自分が逆に恥ずかしいくらいに。
「実はちょっと僕も危なかったです……」
「あらまあ、じゃあ鶴乃はこっちでも最強なのかしらね」
鶴乃を挟んでベッドの向う、先程まで女二人を随分と喘がせた少年は愛おしげに鶴乃のおでこを撫でた。
少女たちからすると一年ぶりの逢瀬だが、環いろはにとっては違う。
未来へと進むために今から過去へと渡り歩く少年は、後少しでやちよの背を追い越せそうなくらい長い時間を旅の中で過ごしていた。
お盆の前に「順番待ちの鏡の魔女たちが少し疲れてきたから休憩しよう」と一時帰還の目処が立ったことを現代に残ったウワサたちを経由して伝えてから数日、歓待の準備を整えた大勢の少女達の下へと帰り……ひとまず一番手は当然のようにやちよが強引にもぎ取った。
無論、多方面からあらゆるブーイングが飛んできたが、そこは論よりも武力と暴力と筋力でねじ伏せ、こうして可愛らしいままにたくましくなったいろはの胸にしなだれている。
何故そこまでして分捕ったのかといえば、いろはがこの関係を今どう想っているか真っ先に問いただしたかったからだ。
そのため鶴乃と二人で迫った後、こうやって二人きりの理性の溶け切った時間の中でいろははこう言った。
「もう魔女になる恐れは無いのだし、みんな僕とのことは忘れてパートナー探した方がいいと思うんですけど……」
案の定、やっぱりそういうことを考えていたらしい。
対してやちよはこう返した。
「そんなこと、あなたが居ない間にきちんと話し合ったに決まっているでしょう。その上で望んだ女だけがこうしてるんだからあなたが気に病むことはないわ」
なるほど私達の関係はいびつだし非常に常識はずれだ。
しかしそれはそれで、これはこれ。
ソウルジェムは残っているし、キュウベエだってまだ地球にいるのだからこの幸せな世界は予期せぬ出来事により一瞬で崩れ去るかもしれない。そういう表裏一体の可能性の中に生きていく事を選んだのだから、そのため尽力したいろはは他人よりもいい想いをしても咎められるいわれはない。
つまり「まだ満足するまでハーレム継続でいいわねえ(あんたと二人っきりなんて許さないわよぉ)」と結菜が纏めて魔法少女の話し合いはとっくに終わっていたのだ。
「ううん……」
その事を聞いてもいろはは困り顔だった。
確かに、そういう話し合いをしてくれたことはありがたいが、自分含め親御さんとかにどう言えばいいんだろうとか、人間でも魔法少年でもなく、妹・モキュ・灯花・ねむと合身して神っぽい何かになった自分にそこまでの甲斐性があるのかとか、そういう悩みが次々に浮かんでくる。
嘆息したやちよは鶴乃を脇にどかすと、煮え切らないいろはの頭を後ろから抱き寄せ苦笑しながら頭を撫でた。
「もう、まだそんな顔をするならこっちも切り札しか無いわね」
「はい?」
実のところみっともない自虐同然の一言なので言いたくなかったが、それでも言うしか無いなら遠慮はしないと腹をくくって告げる。
「ねえ、そうやって残った魔法少女って彼氏出来るか怪しい奇人変人が大多数だから、あなたが頑張らないと魔女じゃなくて喪女になるわよ」
「ええ……」
パッと思いつくだけでも、我が家の透明人間と親なき子、喪女候補筆頭の合法ロリ化学ヲタク、歴史を明かすと国家ぐるみで大変なことになる時代錯誤な隠れ里、以心伝心してるせいで迂闊にあれこれできない双子、一切離れる気のない鬼っ子……そもそも境遇のせいで、魔女化を免れてなお尋常ではない人生を送ることが確約された者が多いのだ。今更これくらいなんだとやちよは言いたい。
そんなこと言われたらいろはも腹をくくるしか無かった。過去への旅で現代では体験できないであろう戦火などもくぐり抜けたせいか、そこらへんの感覚がゆるくなっているだけかも知れないが。
やちよの手を取って体を引き寄せ、深く口付けてから抱きしめ、ささやく。
「分かりました、なるべく、出来る限りですが……今はまだ顕界してる間だけでも幸せにします」
「ええ、幸せにしてちょうだい」
今度はやちよから口づけて、幸せな夢を見る鶴乃の横で二人はパジャマ越しに体温を確かめあった。
それから今度は互いを抱き枕のようにしながらこの一年の事を話し合った。
主演ドラマがプチヒットしたこと、いつの間にか万々歳イメージガールになっていたフェリシアも牧場開業の資金を集めるためこちらの道に進むかも知れないこと。
話したいことはいくらでもあった、そして聞きたいことも。
「……それでいろは、確か過去の神浜にも行ったのよね?」
「はい、戦神子の千鶴さんと露さんの問題は真っ先に解決しないといけなかったのでけっこう最初の方に行きましたね」
話の流れの中で、いろはの背中に抱きついたままごく自然にやちよは切り出した。
さっきからいろはの旅のことを聞きながら、どうしても気にかかること、いろはが意図的にぼかしていることがあると気づいたからだ。
「どうしても気になってることが在るのだけど、いいかしら?」
「構いませんよ、なんでしょう?」
旅の話をするのが楽しくなっていたいろはは軽い気持ちで答えた、何を聞かれるのか想像もせずに。
ゴソゴソと動きながらやちよは指を絡めてくる。
「『梶の葉伝説物語』を覚えてる?」
「ええ、懐かしいですね……ドラマもなんですが、二人に会ったことも昨日のように思い出せます」
七夕まつりで流された短編だ。件の千鶴と露の物語をモチーフにしたドラマを鶴乃とやちよが演じていた。
みかづき荘の皆で万々歳の冷麺を囲みながらきゃっきゃと鑑賞したのはいい思い出だ。
「実は今度それの続編をやることになったのよ、また私と鶴乃でね」
「えっ、そうなんですか……録画しておいてくれます?」
「任せなさいな、それくらいお茶の子さいさいよ」
やちよの腕はいつの間にかいろはをがっしりと掴むように、足も絡めて本当の抱き枕のような姿勢に変わっていた。
少し動きづらくて身じろぎするが、どうにもやちよが離してくれない。
「それで鶴乃や麻友さんと一緒に梶の葉伝説を再度調べ直したのだけど、どうも前に調べた時の記憶と食い違うのよね」
いろはは単にあの二人のことを演技のために聞かせてほしいのかな、と思ったがどうやら違うようだ。
そういえば自分のやっていることは完全な過去改変なのだから、帳尻を考えてパラドックスを抑え込んでこそいるが、細々とした影響は出てもおかしくないはずだ。
自分が関わった伝説はどのように語り継がれたのだろうか、好奇心がうずいた。
「何か影響が出てるのかも知れませんね、いったいどうなってるんです?」
「続巻で天狗が出たの」
「天狗」
いろはは思わずオウム返しに呟いた。おかしい、妖怪は確かに見かけたがあそこにはいなかったはずだ。
どんな顔で言っているんだと思って体をねじろうとするがやちよは離してくれない。セミロングまで伸びたこちらの髪に顔を埋めながら話を続けてくる。
「それでね、その天狗なんだけど……江戸時代の講談によると、北養区の万年桜があったという山中に居を構えた金翼の天狗で『北山桜万坊』というのよ」
「――はい?」
『伝承に曰く、領主を打ち倒してなお止まらぬ争いに心痛めた戦神子たちは天の神に身を捧げ平安なる世を乞おうと山中で心中を図る』
『百年ぶりに見事咲き誇ったという桜の木の下、懐中に遺書を携えいざ短刀で喉を互いに突こうとしたその時、一体の天狗が現れ二人に割って入った』
『突如現れた天狗は「待たれよ、某はこの北山に住まう桜万坊。今日ここで坂東八国の山々の天狗が集いて歌会をやるのだから死んでくれるな」と懇願する』
『ならばと二人は身の上を話してどうか私達の悲しみを止めてくれと懇願し、天狗に助力を願った』
『桜万坊はほとほと困り果てたが、致し方ないと自身の秘蔵する弓矢などを備え金色の翼を広げると城下へと赴き大音声でこう脅した』
『「貴様らは喧々諤々たる戦の音を昼夜問わず響かせ私の眠りを妨げた、よって罰を与える」と吠えるやいなや、弓弦を鳴らして天狗雨を降らせば金物全てが石塊に変わり、矢を投げれば天狗風が吹きすさび礫全て砂塵へと帰したという』
余りに心当たりのない怪談を聞き終えたいろはは気が動転して思わず叫び声を上げた。
「えっそんなことに!?」
「神浜土着の地歌舞伎の怪談ものの演目にもなったらしいわ」
ついでにネットで検索したらソシャゲで擬人化されて美少女になっていたことを伝えるか迷ったが、後で八雲みたまがやるだろうなと思って口をつぐむ。
「なんで……なんで!?」
「静かにしないと鶴乃を起こしてしまうわよ……やっぱり事実は違うのね」
「ぜんぜん身に覚えがありません……」
うめき声を上げたいろははことのあらましを整理した。
いろは達が降り立ったのは重税を敷く古い領主が打ち倒されてすぐのことだ。
その“時点”にいわゆるセーブ&ロードを行うためのポイントを設置してから禁則事項を確認する行動に移った。自分たちが為せるのはあくまで個人レベルで魔法少女に起こった悲劇の改変。それを越えてはならないという認識を明瞭にするためだ。
まず神浜の東西対立というのは、その対立構造自体が発展に寄与する歴史が存在する都合上、消す影響が大きいため過去世界で変革するわけにはいかないという結論に達した。
ゆえに此度の課題は“対立構造をある程度維持したまま二人が魔女となる悲劇を防ぐ”こととなる。
リヴィアが聞いたら「そんなん互いにガマンをせえや」の一言で済ます内容だ。
何度も試行錯誤を重ねた。
神子の二人とは予め顔なじみになっておいて、歩き巫女みたいなものだと身の上を語って流浪の神子として交流する。
悲劇の当日、城に侵入し露の父の命を救う。千鶴の父には隣国の豪族が迫っているなどと誤報をもたらし、絶好のタイミングで戦を止める。
途中何度か「くふふ、ギャルゲーやってるみたいだにゃ」という身も蓋もない身内からのからかいにも耐えながら、他にも四方八方手を尽くしてどうにかこの時代だけでも対立は止み、二人は魔女になること無く歴史が進んだ。
しかしその代償に自分が天狗になるとは思いもよらなかった。
「もしかして千鶴さんたちと並んで戦う時に一度合体したからかなあ……」
「きっとそれよ、羽根で空を飛ぶから江戸時代になって天狗と勘違いされちゃったんだわ」
自身が介入した結果、長期化した諍いのせいで集まった負の思念に誘われて強靭な魔女が現れたので、仕方無しに数秒だけインフィニットの力を使って決戦に挑んだのだが、派手な外見も相まって大勢に姿を見られていた。
結果として戦いが終わった後にどんな勘違いをしたのか合掌されて拝まれ、双方が鉾を収めてくれる契機になったのは怪我の功名であろうか。
抜本的には後始末と双方への説明を千鶴たちに全て任せたのがいけなかったのかもしれない。
「まあ、それだけで済んで良かったじゃない」
「それはまあ」
絡められた足に触り気を晴らす。もじもじと動くやちよの柔らかさに身を委ねているといくばくか楽になった。
そうやって前戯のようなことをしていると、後ろから胸板に手を宛てたやちよは「それでね」と前置きして新しい話を始めた。
「実はこのお話にはまだ続きがあるの。知りたい?」
「ううん……」
随分と夜も更けてきた、明日また違う用事があるからそろそろ寝付いてしまいたい。
それはそうとやちよの話は後ろ髪を引かれる。
「じゃあこれが最後ということで、お願いできますか?」
いろはの頼みを聞いて、耳に口をよせたやちよは語り始める。この物語の急段を……
『こうして闘いが終わってなお三昼夜が過ぎた頃、真の事情を知らぬ人々はどうすれば天狗に機嫌を直してもらえるだろうと話し合っていた』
『そこで手を上げたのが密かに山から降りていた神子たちだった』
『「私達が天狗様のお怒りを鎮めるため、宝物を携え嫁ごうと思います」と告げると慌てて引き止める領主たちを諌め、神子はこう言い残して山へと去っていった』
『「どうか天狗様のお怒りが一日でも早く静まるよう、みな平穏に暮らして高らかと山に届く炊事の音を奏で、この日のことを祭りとして後世まで永く伝えてください」』
『それから数年後、それぞれ見事な紅玉と碧玉を握りしめた赤子を抱えた二人が下山したという』
『この二人の赤子が後の世に双玉の英傑と謳われし水名の二柱である』
「これが新しい梶の葉伝説のお終いよ、めでたし、めでたし」
話を聞き終えたいろはは冷や汗が止めどなく流れていた。「やだなあ、エロ小説じゃないですか」と軽口を返す余裕がない。
こっちの話には心当たりがあるからだ。
人の枠を超えてなお、性欲はあった。あったのだ、妹たちにぶつけるわけにもいかないから、つい誘われたら乗る程度には。
「なんとこのお話は里見八犬伝の元ネタの一つにもなったらしいわ……ねえいろは」
やちよは胸板から首元に手を持ち上げ一瞬で声色を切り替えていた。子に童話を聞かせるような先程までの声とは違う、舐めるような艶のある声でいろはの耳朶を弾いた。
「今は無理だとしても、まさか私達とは同じことが出来ないなんて言わないわよね」
「現代の神子がお相手するんだから、きっと神子さん大好きな天狗君も大喜びだよね~」
いつの間にか目を覚ましていた鶴乃が正面に回り込んで豊満な胸で顔を覆い潰す。むーむーともがくたびに鶴乃が快さげな声を上げ、再び部屋に淫気が満ちる。
「……あーもう!」
癇癪を起こしたように二人を力ずくで振りほどき、大きな胸と小ぶりな胸をわし掴みにして押し倒したいろはは告げる。
「じゃあ望み通り露と千鶴にしたこと全部しますからね!」
今度はやちよも心からの笑みを浮かべていろはを受け入れ素直に嬌声を上げた。月だけではない、ようやく思春期を迎えたフェリシアと取り憑かれたように原稿の下書きを続けるかりんたちが全てを見ていた。
きっと伏姫と八犬士も魔法少女だったと思うの