怪異専門相談所、怪異にとって現代日本は魔境です。   作:白い線引き

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夏ということなので、ホラーを。



Case1 私の姿を戻して

 

 

 

 近代的なビル群の間に挟まるようにして建っている寂れたテナントビルがある。

 壁は時代という波に晒され、酷くボロボロであり何時の時代かも分からないポスターの切れ端がしぶとく粘着していた。

 

 錆によって朽ちかけたL字形の金具に辛うじて支えられているスナックの看板が、今にも地面に落下しそうな勢いで斜めに傾いている。

 見るからに廃墟と言っても過言では無いそのテナントビル。真新しい近代的なビルに挟まれているからか、一層のこと暗く不気味で──街の景観にそぐわない違和感の塊に見えた。

 

 だが、不思議と道行く人々はそれに目を向けない。寧ろ、あって当たり前のように素通りしていく。

 それは、地元の人間だから……という訳でもなく。

 キャリーを引く旅行者。地方から来た修学旅行の学生。出張で来たサラリーマンたちも、またそのテナントビルの異質さに気が付かない。

 

 そんな摩訶不思議なテナントビルで、そのテナントビルにそぐわない小綺麗な看板が掲げられている。

 

【怪異専門相談所 (相談無料)

 TEL 〇〇〇─××△△─□□△△】

 

 如何にも怪しい看板である。これを見て相談しようと思う人はいないだろう。

 

 ──そう、正にそんな人間(・・)はいないのである。

 

 これは、そんな摩訶不思議なテナントビルで人間以外の相談を受ける男の話である。

 

 

 

 

 

 

 【怪異専門相談所】を掲げているテナントビル内にて、草臥れた黒のスーツをだらしなく身に纏った仏頂面の男が、マナーなど知らないとでも言うように、煙草を咥えたままソファへと腰を下ろした。

 気怠げに一服して、机の上にある安物の灰皿へと煙草を置くと顔を上げた。

 

「──それで? 今回はどのような相談で?」

 

 見た目だけ言えば、明らかに堅気の人間では無い【怪異専門相談所】の主である男の問いかけに、対面に座る女性はビクリ、と肩を揺らした。

 

「え、えっと……その……相談と、言うのは……ですね? えーっと、そのぉ……なんて言うんですかね?」

 

 口籠もりながらも、何処か焦った様子でそわそわしている相談者である女性。

 白いワンピースに縁の広い白のハット。スラリと伸びた手足は細雪の如く透き通っている。

 だが、何より特徴的なのはその背丈だろう。女性にしては珍しく一八〇センチは優に超える長身。

 二メートル、とはまではいかないにしても、座ったままの状態で目の前に座る男より目線が高いのは間違いなかった。

 

 それに加えて、人形のような端正な相貌に濡れ羽色の艶のある綺麗な黒髪。誰も羨むようなプロポーション。

 そんな美女が顔を伏せながら、ぽつり、ぽつり、と喋り続けた。

 

「私も何時から、というのは分からないんですが……一時期、ある一定の場所に移動すると、身体が変わったんです」

 

「変わる? 何処が? どのように?」

 

「えっ!? あっ、えっと、そのっ!? むむむ、胸がですねっ!?」

 

「胸が?」

 

「お、おおお大きくなったんですっ!」

 

「あっ、そんなに声を張らなくて結構です」

 

 表情を変えず淡々と受け答えする男に対して、女性は顔を両手で覆い隠しながら悶えた。

 

「それだけですか?」

 

「あ、はい……最初はそのぐらいだったんですけど……次は、肌に艶が……って言うんですかね? こ、こんな今の感じ変わったんです」

 

 女性は自分の身体に目を落としながらそう言った。

 確かに、そこに映るのは世の女性からすれば、喉から手が出るほど求めてやまない、染み一つ無い真っ白な肌。

 生まれたての赤ん坊の肌と比較しても殆ど変わらないと言っても過言ではないだろう。

 

「それで、ほかには?」

 

「ほ、ほかには? え、ええっと、ですね……特定の場所、という括りが無くなって……何か、力が上手く扱えないなぁー……と、いう、感じ……ですかね」

 

「ほうほう、それで……徐々にそんな風に変わっていったんですか?」

 

「っ! そ、そうなんです! 気が付いたら背も縮んで、顔を変わって……っ、わ、訳が分からなくなって……っ!」

 

 唐突に女性の目から涙が零れた。ワンピースの裾が強く握られ膝上にポタポタと涙が零れる。

 

 否、唐突ではない。きっと堪えていたのだろう。ずっと、誰にも喋れず、押し殺してきた。

 

 ある日、突然身体が変わる。日を追うごとに身体が変わり、遂には戻らなくなる。

 それが、どれほどの苦痛なのか……どれほどの恐怖なのか……それは、本人にしか分からないだろう。

 

 今の彼女は昔の自分という姿を失った。──否、自分(・・)を失ったのだ。

 こうして、涙を流すのは当然のこと。

 

 誰にも相談出来ず、頼れる存在もおらず、不安と恐怖に押し潰されそうになりながらも、藁にも縋る想いで此処に来たに違いない。

 

 ──ただ、そんな想いを足蹴にする人間がいる。

 

「──別にいいのでは?」

 

「よくありませんっ!!」

 

「えーっ、メンドくさ」

 

「今っ、面倒くさいっていいましたっ!!? 今、面倒くさいっていいましたよねっ!!? 私にとっては死活問題なんですよっ!? 折角、望みを賭けて相談しにきたのにっ! ──うわあぁぁぁぁぁっ!? 縊り殺してやるっ!!?」

 

 まさかのギャン泣き。からの男に首に両手を伸ばす──が簡単に両手を弾かれ、そのまま座らせられる女性。

 しかし、涙は止まらず。怒りも止まらず。泣き喚きながら男を縊り殺そう手を伸ばしては──弾かれる。元の位置に座らされる。

 諸行無常、美女の泣き喚く響きあり。

 

「ははっ、冗談です。冗談ですよ。……まあ、その程度の力では子供も殺せないでしょうが」

 

「あああぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

「ははっ、ジョークですよ、ジョーク。落ち着いて」

 

 ──一時間後。やっと落ち着いた女性は啜り声を上げながら、最初と変わらないようにソファへと腰掛ける男を睨んだ。

 

「まあ、ある程度は分かりました。……先ほど冗談のつもりで言ったのですが、このまま行くと本当に赤子すら殺せないでしょね」

 

「う、うぅぅ……やっぱり力も落ちていますか?」

 

「ええ、そもそも──名前にも含まれている【八尺(はっしゃく)】という大事な概念(・・)が削れていますからね」

 

 女性──否、その怪異(・・)は【八尺様(はっしゃくさま)】と呼ばれる存在である。

 

 その名の通り身長が八尺──二四〇センチ強──もある女性の姿をした怪異だ。

 老婆であったり、若い女であったり、と容姿は一定ではないものの、いずれも背が異様に高い女性であること、頭に何か乗せているという特徴がある。

 加えて、「ぽぽぽぽ」または「ぼぼぼぼ」という濁音と取れるような奇妙な嗤い声を上げることも八尺を語る上で欠かせない特徴だろう。

 その上で、声色を襲う人間の親しい声色に変えることもでき、おびき出すということも出来ると言う。

 この怪異に狙われた人間は「八尺様に魅入られた」と表現される。成人前の若い人間、特に子供が被害にあうことが多い。

 

【八尺様】は、割と真新しい怪異ではあるが、そのインパクトのある特徴とインターネットによって、瞬時に幅広く噂が広がったが故に強い力を有していた……のだが。

 

 男の前に座る八尺という怪異は、何処からどう見て先ほど上げた特徴に全くあっていない。

 身長も八尺あるわけもなく、「ぽぽぽぽ」と特徴的な声を上げるわけもなく、魅入られるようなことも無い。

 

 最も、違う意味で魅入られる(・・・・・)容姿をしているのは間違いないが。

 

「ま、今の状態で襲っても、寧ろ逆に襲われるでしょうね。八尺様じゃなくて六尺様(・・・)ですし。ははっ、草」

 

「──ぶっ殺しますよ? いや、絶対に殺します。もう許しません。必ず殺しますっ!」

 

「だから、無理ですって、今のままじゃ。……そもそも、どうしてそうなったか……それを知りたくて『怪異専門相談所(ここ)』に来たのでは?」

 

 そう、そうなのだ。本来であれば現代怪異の誰もが恐れる【八尺様】という、人間に仇なす化物が何故、こうなったのかを彼女は探りに来たのである。

 

 男が徐にタブレットを取り出して、何やら素早く画面をタップしていき──そして、八尺の前に画面を見せるように手渡した。

 

「これ、は……えっ? はっ? ……え?」

 

 画面に映っているのは紛れもなく【八尺様】の特徴を現わしている一枚のイラスト(・・・・)

 しかし、そのイラストに映る【八尺様】はきめ細かい白い肌に、スラリと伸びた手足。

 可愛らしく花を飾り付けた縁の広いハットに白いワンピース。

 そして、何より目を引くのは恐怖を一切感じさせない美しい相貌に、今にもワンピースの隙間から溢れでそうな大きな胸。

 

 どういうわけか、そのタブレットに映る【八尺様(イラスト)】は、今まさに見ている彼女にそっくり(・・・・)だった。

 

「横にスライドしてみてください」

 

 男に言われるがまま、震える指で画面を横にスライドさせると、今度は絵柄が違うものの、似たような特徴を持つ【八尺様】と言うタグが付けられた可愛らしいイラスト。

 

 横にスライドさせれば、絵柄の違う【八尺様】。また、スライドさせれば絵柄の違う【八尺様】。絵柄の違う【八尺様】。

 

 ──可愛い【八尺様】。──美しい【八尺様】。──艶やかな【八尺様】。──エロい【八尺様】。──小さくなった【八尺様】。──筋骨隆々とした【八尺様】。──ダンクする【八尺様】。──猫耳を付けた【八尺様】。

 

「──ちなみ、ショタを性的に襲う【八尺様】というのもありまして」

 

「やめろッ!!!?」

 

 とうとう顔を両手で覆ってしくしくと静かに泣き始める八尺様。「もう、やめて……やめて下さい」と、譫言のように呟く姿は見てられない哀愁さがあった。

 

 その姿に、流石の男も思うところがあったのか、八尺様の肩に優しく手を置いた。

 

「──八尺様って、可愛いよね」

 

「ホント……マジ、この人間……ありえないっ……死ねば良いのにっ」

 

 ご尤もだった。泣いている女性に──それが例え怪異であっても──追い打ちかけてくる男などクソ野郎だと言ってもいい。

 

「何なんですか、ホント……世の中、可笑しいですよ。特にこの国可笑しいですよ……何でもかんでも可愛くすれば良いってもんじゃないでしょう……」

 

「日本は魔境ですからね。昔からそれは変わりませんよ」

 

 本来であれば、恐れ、怖れ、畏れる存在を敬い、祈りを捧げるのが当たり前。

 祟りを畏れ、呪いを怖れ、怪異を恐れる……それが普通だ。それが当たり前だ。

 

 だが、時代が進むにつれて世の中の価値観が変化していくともに、【怪異】という存在も姿形を変えてきた。

 否、変えざるを得なかった。

 

 それは、【怪異】という存在が人々の認識によって産み出される存在だからだろう。

 故に、人々の認識が変わればその怪異も変わってしまう。

 

【花子さん】という怪異の噂が全国各地で一言一句同じというのが無いように、その時、その場所で、認識が大きく変化する。

 人が産み出してしまったが故に、生まれ落ちた後の姿形も人によって変えられてしまう。

 

 八尺様、という怪異も人々の変化によって、変わってしまった。

 

 ……ただ、それが日本という独特な文化がある場所に生まれてしまったが故に、違う方向性へと変わってしまったのだが。

 

「しかし、諦めるのはまだ早いですよ。方法はあります」

 

「…………え?」

 

 真新しい煙草に火を付けて、紫煙を曇らしながら男は言う。

 

「ハッキリと言ってしまえば、もう元の姿に戻るのは無理でしょう。こうして多くの人間に【八尺様】はこういう姿、という認識(・・)が有りますからね。噂の発端である地域であれば違うでしょうが、それも時間の問題です。だから見た目に関しては諦めましょう」

 

「じゃ、じゃあ、どうするんです? こ、こんな姿じゃあ恐がられもしませんよっ!?」

 

「──別にいいのでは?」

 

「だ・か・らッ! 死活問題なんです!? 私、このままじゃあ、ただのっ! そ、そのっ……! エエ、エッチな怪異じゃないですかっ!?」

 

「だから、それでいいんです。そのまま(・・・・)縊り殺しましょう」

 

「……は、い? えっ、いや、さっき子供も殺せないって、言ったじゃ無いですか」

 

「ええ、ですから、まずはその認識を植え付けることからでしょうね。どんな姿、どんなに万人受けする姿であっても──【八尺様】という怪異(・・)は【人を殺す化物】だと」

 

 認識をそうそう変えることは出来ない。一度、固定されたものをこねくり回して変えるなど、相応の時間と根気を有する。

 しかし、その固定された認識に、少し付け足す(・・・・)のは難しい話しでは無い。

 

「寧ろ、その姿だからこそ相手から近寄ってくる。獲物が自分から向かって来て油断している。良いじゃないですか、楽な狩りだ。だって、そのまま殺せばいい。そうでしょう? 貴方は人じゃない。怪異だ。昔のように殺せなくとも方法(殺し方)は幾らでもある」

 

 縊り殺してもいい。撲殺してもいい。呪殺してもいい。溺死でもいい。人を殺す方法は無数にある。

 それが人智を越えた存在であれば、随分と楽な話しだろう。

 

「──さあ、どうしますか?」

 

 笑みを浮かべるその男は八尺という怪異から見ても、酷く──恐ろしく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──なんです、コレ」

 

「紙とペンです。あ、もしかしてデジタル派でしたか?」

 

「あ、いえ……そういうことじゃなくて……何故、絵を描く必要があるんです?」

 

「はい? 言ったじゃないですか。まずは認識を植え付ける必要があるって」

 

「……それと絵を描くことがどう繋がるんです?」

 

「だから、絵でそういう認識を植え付けるんですって」

 

「…………えっ」

 

「ははっ、現状、子供すら殺せないんですからこうするしかないでしょう? さあ、頑張って描きましょう! こうしている間にも、可愛い【八尺様】が生まれてますよ」

 

 八尺は泣いた。泣きながら描いた。描いた絵を男に笑われて、更に泣いた。

 

 

 

 




こういうの書くから認識が歪んでしまうんだろうなぁ……それはそうと八尺様可愛いよね。
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