怪異専門相談所、怪異にとって現代日本は魔境です。   作:白い線引き

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Case2 あなたに辿り着けない

 

 

 いつもと変わらない日々。いつもと変わらない今日。

 退屈かも知れない。忙しいかも知れない。不安かも知れない。

 されど、決して変わらない日常(・・)とも言える毎日。

 

 それは、如何に人外相手、如何に怪異の化物たちを対象とする相談所──【怪異専門相談所】でも変わりはしない。

 当たり前のように朝が来て、今日という日が始まる。

 

 両脇をビルで挟まれているが故に、朝日なんてものは差し込まないが、窓から見える景色は光に満ちていた。

 それを見ながらインスタントコーヒーを口にする相談所の主である男。

 

 相も変わらず、草臥れたスーツをだらしなく着こなし、仏頂面を晒している。

 窓から見える道行く人々を呆然と見ながら、インスタントコーヒーを啜る姿は、何とも不気味なものであった。

 幸いなのは、その姿を誰にも見られていないことだろう。

 

 感情が抜け落ちた表情で眼下の光景を見ている男が、使い捨てのカップの縁に口を付けたその瞬間。

 

 ヴウゥゥ、ヴウゥゥ……と、ズボンのポケットに収まっているスマホが震えたのを感じ取った。

 面倒くさそうにスマホをポケットから取り出せば、揺れるスマホと、あるホラー映画の代名詞とも言える着信音が男の手の中で鳴っている。

 画面に映っているのは『非通知』の三文字のみ。

 

 恐らく、殆どの人がそんな『非通知』と映っている着信を受けることはしないだろう。

 あっても心当たりがあるのか、恐いもの見たさであるのか、もしくは、うっかり受けてしまったか……何であれ、イマドキ『非通知』は無視されることが殆どだ。

 

 この男も同じく、本来ならば無視するか拒否するかの二択だった。

 しかし、男は何かを感じ取ったのだろう。インスタントコーヒーを一口啜ると、躊躇いも無く画面をスワイプして耳に当てた。

 

「はい、こちら【怪異専門相談所】。ご相談ですか?」

 

 淀みなく、しかし、感情の起伏も無い機械のような呼びかけ。

 そんな男の呼びかけに少しだけ間を置いて、応答があった。

 

『──わたし、【メリーさん】。今……とっても困っているの』

 

「……なるほど、ご相談があるということで良いでしょうか?」

 

 男はそう言い終わると、使い捨てのカップの縁に口を付けた。

 

 

 

 

 唐突ではあるが、【メリーさん】と言うのを知っているだろうか?

 

 ひき逃げに遭って死亡した【メリー】という少女の霊が、雨の金曜日の午後五時から六時の間に、そのひき逃げに遭った場所を通るとナイフを握った【メリーさん】が現れると言う。

 

 また、ある少女が幼い頃に大事にしていたい【メリーさん】と名付けた外国製の人形をゴミ捨て場に捨てた。すると、その夜、少女の元に電話がかかってきて、受話器を取ると『わたし、メリーさん。今ゴミ捨て場にいるの』……と、幼い女児のような声が聞こえてくる。

 

 少女はイタズラだと思い直ぐ切ったが、また電話がかかってきて『わたし、メリーさん。駐車場の前にいるの』と言う。

 明らかに近づいてきている。気味悪く思った少女はまたも直ぐ電話を切ったが、しばらくするとまた着信があり、恐る恐る電話を取ると『わたし、メリーさん。今あなたの家の前にいるの』という。

 少女は恐怖に震えながらも、そっとドアの方へ行って覗き穴を見るが、誰もいない。一応ドアを開けて確認もしたが、誰もしなかった。

 

 何事も無くホッとした。しかし、部屋に戻るなり携帯電話が鳴り響き、思い切って出てみると──

 

『──わたし、メリーさん。今あなたの後ろにいるの』

 

 これが、全国に流布する現代怪異である【メリーさん】の有名な都市伝説になる。

 

 捨てられた西洋人形が持ち主だった人間に復讐するために現れるものと、ひき逃げされた【メリー】という名前の少女が犯人に復讐するために近づいてくるという、二つのパターンがある。

 ただ、多くの【メリーさん】という都市伝説は、どちらも最終的には近づいてくる事例から一つに纏められることが多い。

 

 “後ろにいることを電話で告げる”というところで終わる……そう言った余韻を残した恐怖が主体となるが、一つに纏めたものは最後にナイフを持った【メリーさん】に刺殺されるという。

 

 本来、別々の話だったのがこうして合わさって違う結末なる、もしくは違う話になるというのは珍しいものではない。

 時代やその時の流行など……現代怪異の特徴としてその時、その場所で大きく変化していく。

 

 時には捨てられた西洋人形、時にはひき逃げされた少女の霊、人によっては【メリー】ではなく【リカ】という名前の場合もあったりする。

 電話、ではなくメールとして届くこともあるとか。

 

 電話、メール、少女の霊、西洋人形……これほど多くの情報が揃っていれば──まあ、もうお分かりであろう。

 今のインターネットが普及した現代において、このような都市伝説、もしくは怪異は格好の獲物だった。

 

「──さて、ここが何処なのか分からない……それは困りましたね」

 

『困っているの。最近はこんなことが多くて……とてもじゃないけど“後ろに立つ”ことなんて出来ないわ』

 

「でしょうね。今では電話なんて移動しながら出来ますから」

 

 そう、メリーさんは困っていた。

 今回、目星を付けたターゲットに対して何時もの手口で電話を掛けたまでは良かったが、あっちへ行ったりこっちへ行ったり……遂には電話を拒否され、右も左も分からない場所で途方に暮れているらしい。

 

『それこそ、この前だってオートロック? って言うの? それのせいで入れなかったし、玄関の鍵は二重になってたりするし……最近の家は防犯意識が高すぎると思うの』

 

「物騒な世の中になりましたからねぇ」

 

『それでね? もっと簡単に侵入できるところを選んだら……その、ノリノリっていうか……聞いても無いことを話すし、事細かく家までのルートを教えてくるし……わたし、恐くて切っちゃったわ』

 

「あー、それは切って正解でしたね。下手したらトラウマになっていたかもしれません」

 

『え? そ、そうなの? 良かったわ……それで、わたしどうすればいいと思う?』

 

「そうですねぇ……取り敢えずこちらに来ませんか? こうして繋がって(・・・・)ますので、分かると思いますよ」

 

『……ん、見つけた。今からそちらへ行くね?』

 

「ええ、お待ちしております」

 

 プツリ、と切れる電話。

 男は一度画面を確認すると、一旦スマホをポケットへと収めた。そのまま、少し移動すると空となった使い捨てのカップへ少し冷めた生ぬるいインスタントコーヒーを注ぐ。

 

 生ぬるく、先ほどより酸味が増したようなコーヒーを味わいながらソファへ座り、一息。

 そして、徐にポケットからスマホを取り出せば、タイミングよく掛かってくる『非通知(メリーさん)』からの電話。

 

「はい、もしもし」

 

『──わたし、メリーさん。今〇〇×公園にいるの』

 

「ああ、良かった。ちゃんと近くまで来られていますね」

 

『うん、お陰さまで移動出来たわ。じゃあ、このまま向かうわね』

 

「はい、それで大丈夫です……が、折角ですし他にもご相談はありませんか? きっとお力になれると思いますよ」

 

『……いいの?』

 

「ええ、勿論です」

 

 彼女は少し躊躇い、口籠もりながらも意を決するように弱々しく話し始めた。

 

『……さっきも言ったけど最近、全く上手くいかないの。相手に辿り着けないし、戸締まりはしっかりしてるし、変なヤツはいるし、そもそも殆どの人が電話に出てくれないの』

 

「昔ならいざ知らず。今は非通知だとか、知らない電話番号だとかは普通出ませんから。大体は詐欺なんかと思われていますね」

 

『……わたしは詐欺なんかじゃないわ。ちゃんと由緒正しい……かは、分からないけど正真正銘【メリーさん】なんだから』

 

「ええ、ええ、分かります。……ですが、今は存在すら知らない方もいるぐらいですよ」

 

『え、えっ? 本当に? そんなの……ありえないわ』

 

 彼女──【メリーさん】という怪異にとってそれは衝撃的な言葉だった。

 いわば、彼女は『電話』という存在ともに生まれてきた怪異と言っても過言ではない。

 つまり、『電話』という概念と【メリーさん】という怪異はもはや一心同体……電話というものがある以上、必ず【メリーさん】も存在する。

 

 ただ、それも今や薄れつつある。時代の変化、科学の進化によって。

 

「良いですか? 今、携帯電話……まあ、スマホと言いましょうか。そのスマホを使ってやれることは多種多様です。娯楽、調べ物、地図、記録、日記……小さい板きれでなんでも出来ます。小さいコンピューターと言ってもいい」

 

『え、ええ、それはみんなの様子を見れば分かるわ。で、でも! それが電話に出ない理由にはならないわ!』

 

「いえ、それが問題なのです。今の携帯電話は携帯電話(・・・・)にあらず……と、思っていいでしょう」

 

 果たして、どれくらいの人が自分の持っているスマホの『電話』という機能を使っているのだろうか。

 確かに中には良く使っている人もいるだろう。仕事で、家族で、何らかの理由で使うことは確かにある。

 

 しかし、多くの人は『メッセージ』一つでやり取りしているハズだ。

 所謂、『メッセンジャーアプリケーション』などを駆使して、短時間で尚且つ端的に伝えることが出来る。

 何なら、動物をデフォルメにした(スタンプ)だけで会話を成り立たせられるほどだ。

 

 そんな中、わざわざ『電話』をするという発想が浮かぶだろうか? 場合によってはお金が掛かる行為を?

 

 ──否である。

 アプリを通して通話をすることがあっても、わざわざ『電話』をしたりしない。

 したとしても余程のことが無い限りしないし、逆もしかり。

 掛かってきても出ることはない(・・・・・・・)。それが、非通知ならばなおさら。

 

『そん、な……じゃあ、もうわたしは……メリーさん(・・・・)はどうなるの?』

 

「……残念ながら、このまま行けば【メリーさん】は──

 ──ドジっ娘で恥ずかしがり屋でドSでポンコツで方向音痴でシュークリーム程度で大喜びする萌えキャラになるでしょう」

 

『ちょっと待って? ……えっ? ごめんなさい、ちょっと待ってくれる?』

 

「はい、待っていますよ。ちなみに今どちらですか?」

 

『えっ! あっ、え、えーっと! ここが、あそこだから……えーっと! ──一旦、かけ直すからっ!』

 

 プツリ、と切れる電話。

 乱暴に、唐突に……突然として切れるその電話はまるで恐怖によって追い詰められた人間がやるような行為と酷く似ていた。

 

 何時もならば、逆の立場であるはず【メリーさん】が焦って切ってしまうのは滅多に見られるものではないだろう。

 ……いや、イマドキ(・・・・)の【メリーさん】なら良くあることなのだろう。

 

 そんなことを考えていれば、またも『非通知(メリーさん)』からの着信。

 躊躇いもなく画面の電話のマークを横にスライドさせて耳に近づければ、聞こえてくる荒い息遣い。

 

『──はぁ、はぁ……わ、わたし! メリーさん! っ、はぁ、はぁ……ちょっと、待って……』

 

「大丈夫ですよ。ゆっくり深呼吸して下さい」

 

 男の言葉に素直に従ったのか、スマホ越しから聞こえてくる大きな吸う音と吐く音。

 それを数回繰り返したのち、ちょっとの間を挟んで落ち着いた声が聞こえてきた。

 

『んんっ! ……わたし、メリーさん。今あなたの事務所の前にいるの……えっと、ここであってるよね……?』

 

「これまた随分と行程を飛ばしましたね……そんなに早くこちらへ来たかったのですか?」

 

『ッ!? ち、違うからっ! そんなつもりじゃないのっ! ア、アナタが急かすのが悪いんでしょうッ!?』

 

「ははっ、キャラがブレてますよ」

 

『~~ッッ! と、ともかくここ(・・)で間違いないのよね!? 【怪異専門相談所(ここ)】でっ!?』

 

「ええ、無事に来られたようでなりよりです」

 

『そう……良かった』

 

 先ほどとは一転して、酷く安堵した声が聞こえてくる。

 彼女にとって、このように行程を進んでここまで来られたのは随分と久しぶりのことであったのだろう。

 

「では、話しを戻しましょうか」

 

『確か、えっと……も、萌えキャラ? だっけ?』

 

「ドジっ娘で恥ずかしがり屋でドSでポンコツで方向音痴でシュークリーム程度で大喜びする萌えキャラ、ですね」

 

『……何で、そんな正確に言えるのか疑問だけど、それって本当?』

 

「ええ、本当です。勿論、今すぐに……というワケではありませんが、【メリーさん】という存在がそういった(・・・・・)風に捉えられているのは間違いないでしょう。心当りがおわりでは?」

 

『……あっ、あの時って……そういうことだったの?』

 

「恐らくは」

 

 それこそ、最初の方に彼女自身が話していたことだ。変なヤツが自分を家へ招くような行動をしたことを。

 そのことを思い出して、彼女は怪異ながらゾッとした。

 

『……わたし、どうすればいいの?』

 

 その声は酷く小さかった。本当に耳元で話していないと聞こえないほど、か細く弱った幼い少女の声だった。

 

「──簡単ですよ」

 

『えっ?』

 

 

「そんな難しい話しではありませんよ。アナタも変化すればいい。時代が進んだのなら、アナタも進めばいい。科学が発展したのならば、アナタもその科学を使えばいい。何も難しいことではありません」

 

『でも……どうやってやればいいの? 【メリーさん(わたし)】が【メリーさん(わたし)】である以上、このやり方しかないわ』

 

「それでいいんです。今の携帯電話だって昔のを発展させただけですから。なので──【メリーさん】を発展(・・)させましょう」

 

『え? ……ごめんなさい、良く分からないわ?』

 

「『電話』なら『電話』で。『メッセージ』なら『メッセージ』で。今の時代に合わせて──ニーズに合わせて変えてしまうのです」

 

 【メリーさん】の最大の特徴は、“後ろにいることを電話で告げる”──ことではない。

 正確には“後ろにいることを告げる(・・・)”ことにある。

 

 故に。故にだ。

 従来通りの『電話』でも、イマドキの『メッセージ』でも……ようは、告げる(・・・)ことさえできれば、【メリーさん】たり得る。

 

 寧ろ、昔より強力に、凶悪になり得る可能性を秘めているだろう。

 利便性が増した現代だからこそ、その利便性を利用することが出来れば、更に噂を広めることも出来るし、もっと容易に侵入することも可能なハズだ。

 

「まあ、それも今の認識を変えなければ意味ありませんが……どうですか? 希望が見えてきたのでは?」

 

『……そうね。ええ、そうね! 【メリーさん(わたし)】である為にも頑張るわ! 勿論、教えてくれるのよね?』

 

「──ええ、それが依頼ならば引き受けましょう」

 

 男が快く承諾するな否や、プツリと切れる電話。

 ツゥー、ツゥー、と電子音がスマホから聞こえてくる。

 

 何故、どうして、などという疑問が浮かぶ前に──否、分かりきっていた男は直ぐに掛かってきた着信を見ながらニヒルに笑った。

 

「はい、もしもし」

 

「──わたし、メリーさん。今あなたの後ろにいるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、えっ、ちょっと待って。もう一度、教えて?」

 

「ですから、ここをタップしてですね……こうするんです」

 

「……え? 違う画面が出たわ。言われた通りしたのよ?」

 

「あー、違う場所タップしてますね」

 

「……もうワケわかんない。スタンプとか顔文字とか……可愛いけど」

 

「まあまあ、そう言わず。ほら頑張ってスマホデビューしましょう!」

 

 その後、よく事務所内にて、幼い少女が四苦八苦しながらスマホを触る姿が散見されたと言う。

 

 

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