世界を3度救った英雄だけども、最近長女に嫌われている。   作:家葉 テイク

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企画開催期間中に間に合わなかったので前編だけ放出します。
後編は後日投稿します。


前編

「ああ、ちょっと待って。最近は危ないんだからこれも持って行って」

 

 

 ──過去の栄光に縋る訳じゃないが。

 

 振り返ってみると、かなり劇的な人生を送ってきたものだと思う。

 

 

 現代日本に生を受け若くして落雷で落命し、不可思議な能力を手にして異世界に身一つで『転生』したのが今から20年前。

 地理も歴史も分からないところから、自分の居場所を手に入れる為に死に物狂いで生きてきた。

 世話になった村を守るために盗賊と戦ったこともあった。孤独な龍と友達になったこともあった。野望に生きる姫様に利用されたこともあった。森の奥深くに住まうエルフ達と対立したこともあった。街を救ったことも、国を救ったことも、星を救ったこともあった。

 そんな旅路の中で、いつしか俺も自分の居場所を見つけ──そして、大切な人とも巡り合えた。

 

 家庭も、築くことができた。

 

 

「………………」

 

「こら、無視しないで。あとこれ、今日は暑いから。熱中症防止の護符。持って行ってね」

 

 

「……~~っ!」

 

 

 『十で神童十五で才子、二十過ぎれば只の人』──という言葉がある。

 

 たとえ10代という青春時代に世界を3回救った英雄であっても、そのありがたい言葉からは逃れられないらしい。

 黄金時代から20年も経った今となっては、最強の異能を駆使して世界を救い、見事ハッピーエンドを掴み取った少年は、『王国』の片田舎で自営業を営む平凡な二児の父となり。

 そして────

 

 

 

「……もぉー!! うっさいなぁ!! ちょっと出かけるだけって言ってるじゃん!! お父さんウザすぎ!!!!」

 

 

 

 ────最近、長女に嫌われていた。

 

 

 


 

 

 

「じゃから言ったのに」

 

 

 ──それから少し後。

 ダイニングで椅子に腰かけたまま項垂れていると、妙に年代がかった口調の女性の声がかけられた。

 

 顔を上げると、そこにいたのは美しい女性だった。

 赤みがかった黒髪を簡素に後ろでまとめ、黒いシャツと紺色のロングスカートを身に纏った姿は、平均的な王国の女性の服装だ。

 だから、特に目を惹くのはその美貌──もさることながら、女性の頭部から伸びた2本の()()だった。

 赤黒い鉱石のような鈍い輝きを秘めたツノは、当然ながらこの世界の人類も持ち合わせていない特徴だ。そしてそれは、彼女が人類ではなく竜類──中でも頂点に位置するエンドドラグーンであることを如実に表している。

 

 ──フィニス。

 

 異世界にやってきてから初めてできた対等な友人であり、ライバルであり──今は、俺の大切な女性だった。

 

 

「やっぱり過保護すぎたかなあ……」

 

 

 頭を抱えながら、俺は殆ど呻くような調子で呟いた。

 娘のサクラは今年で16歳。魔法学園にもこの春入学し、順調に自立し始めている。……だがしかし、子供というのは親から見たらいつまでも心配なものだ。と思う。大切な娘に『もしも』があったらどうしよう、といつも心配して世話を焼こうとするのだが……、

 

 

「あのなあタイト、サクラはワシらの子じゃぞ? 世界最強の人類と、世界最強の竜類のハーフ。ぶっちゃけ素質で言えばワシら以上じゃないか。少なくともこの王国に存在している生命体程度ではどうにもできんだろうに」

 

「素質は素質だ。あの子は生まれてから一度だって喧嘩をしたことがないんだぞ!? たとえ痛くなくても、殴られたら怖くて泣いちゃうかもしれないだろう!?」

 

「おやばかー」

 

 

 ジト目で言われて、俺はぐうと反論に窮した。

 どうも過保護らしい俺とは違い、フィニスは竜類だからか基本的に育児に関しては放任主義だ。それこそ乳飲み子の頃は片時も自分の腕の中から離さないくらいの勢いだったのだが、サクラが一人立ちできるようになってからは好きなようにさせている。おそらく、それが竜類の子育てというものなのだろう。

 俺はというと、フィニスが放任主義な分サクラにかまっていた。サクラがおままごとをしたいと言えば付き合ってやり、サクラが遊びに行きたいと言えば連れて行ってやり、お陰でサクラが小さい頃には『将来はお父さんのお嫁さんになる!』という父親なら一度は言われてみたい台詞ナンバーワンを聞くことができたりもしたものだ。

 (その件についてはその後色々あり大変な目にあったので、決して表立って誇るようなことはしないが……)

 

 

「しかしだね……ほら……」

 

「まぁ、タイトの言いたいことも分からんでもないがの」

 

 

 なおも食い下がる俺に、フィニスは心底適当な調子で返す。

 分かっているさ。いくら俺がサクラのことを心配しているとはいえ、何もかも彼女の人生を舗装してやることが正しいことじゃないってことくらい。でも、でもだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………それを決めるのは、サクラの権利じゃと思うがのう」

 

 

 俺の言葉に、フィニスは困ったように唇を尖らせる。

 ただ反論の語気は弱まった。つまり、彼女も俺の言葉には思うところがあるってことだ。

 

 

「ありふれた苦労なら、存分に経験すればいいと思う。友達と喧嘩したとか、欲しいモノがあるけどお小遣いが足りないとか、学校の成績を良くする為に特訓するとか、そういうことはな。でも……」

 

「分かった分かった」

 

 

 そこまで言ったところで、フィニスは多少げんなりしながら手を振った。

 今まで幾度となく繰り返してきた教育方針の激突。時には俺が折れることもあるし、時には今回みたいにフィニスが折れることがある。我が家では見慣れた光景だ。子ども達に見せたことはないが。

 

 

「確かに、ワシもおヌシの気持ちは理解する。いくらサクラとはいえ────」

 

 

 半ば呆れが混じった様子で、しかしフィニスは一定の理解を示しながら言ってくれる。

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのは流石にチトヘヴィすぎる事実じゃしのう」

 

 

 何度聞いても思う。

 

 

 この状況で娘の心配をするのは、流石に普通なんじゃないか!?!?!?

 

 

 


 

 

 

 現在、俺達一家が置かれている事情を説明すると──

 

 ことの発端は、今から1か月前のことだ。

 

 サクラの帰りが、突然遅くなった。

 フィニスは『番ができたんだろう』などとふざけたことを言ったのでそれで軽く喧嘩になったりもしたのだが、学園で教師をやっている旧友のアイラに聞いたところ『バイトの相談を受けたので紹介してあげた』とのことだった。

 『王国』では15歳以上であれば両親の同意なく当人の希望でバイトを始めることが許されている。なので生徒から相談を受けてバイト先を紹介したアイラは何も間違っていないし、この時点では娘が両親に隠れてバイトを始めたことに寂しさを感じながらも、特にアレコレ言うような性質のものではなかった。

 

 事態が急変したのは、今から1週間前のことだった。

 

 その日、王都で今も政務に邁進しているカルジアから久しぶりに連絡が入った。話を聞いてみると、どうも20年ほど前に壊滅させたはずの魔王軍の残党が王都で色々と悪さをしていたらしく、そちらの本隊は壊滅させることに成功したのだが、分隊を取りこぼしてしまった、とのことだった。

 伝令としてやってきたカルジアの幻影は、げんなりした調子でこう続けた。

 

 

『連中は元々魔王を復活させることを目標にしていたのですが、そちらの計画は技術的な問題から頓挫しまして。仕方がないので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というプロジェクトを進めていましたの』

 

 

 よくある話だ。

 巨大な野望によって世界が危機に瀕することなんて日常茶飯事だし、わざわざこの程度の問題に俺が出向かなければならないほど、この世界は脆くない。

 問題は、次の報告だった。

 

 

『王都の方はわたくしの権力による防備が盤石ですので、このままだと摺り潰されると悟ったのでしょうね。連中、そちらの方に逃げ込みまして。審美眼だけは確かな連中ですから、おそらく既に街のどこかに潜伏していて、タイトさんの娘さんに狙いを定めているはずですわ』

 

 

 ──急転直下、である。

 

 カルジアに言われて調べてみたところ、なんと恐るべきことに、サクラのバイト先の人員は全員が魔王軍の残党に成り代わられてしまっていたのだ。

 連中の手口からして成り代わられてしまった被害者の人たちは『顔』を維持する為にどこかに監禁されているようだったが、もうこの時点で俺は気が気ではなかった。

 

 娘が危険に晒されるということだけでも、俺にとっては何よりも許しがたい非常事態である。

 ただ、もちろん問題がそれだけならば、話は簡単だった。すぐさまサクラのバイト先に乗り込み、そして魔王軍の残党をこの世の果てまでフッ飛ばしてやればいいだけである。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『ええ~とぉ……。……サクラさんのバイトが中止になるような解決策は、できれば避けてほしい……ですぅ』

 

 

 それは、同じく作戦会議に参加していたアイラの提言であった。

 

 

『……? なんでだ? 流石にこんなことになったら乗っ取られたバイト先を潰すしかないと思うんだけど……』

 

『どうしても、ですぅ。理由は……その、言えないんですけどぉ。でも絶対! サクラさんのバイト活動については一切の影響なく、完遂していただきたいんですぅ……』

 

『えぇ……そういうことならしょうがないけども…………』

 

 

 単純な武力で言えば、俺は申し分なしに世界最強だ。相手がフィニスでもない限りは本当に片手間でどんな敵であろうと倒すことができる。

 ただ、それは所詮は『勝てるだけ』の話でしかない。

 敵を倒して勝つことができたとして、その戦闘によって発生した周辺の被害を抑えられるかはまた別問題だし、戦闘したという事実を秘匿できるかどうかも別問題。まして、乗っ取られたバイト先を全滅させるなんてことになったら、確実にサクラには違和感を与えてしまう……が。

 

 どういうわけか、アイラはその違和感すらもサクラには与えるな、と言ってきた。

 理由は分からない。だが、俺はアイラのことを信頼しているし、彼女がそう言うのであればそうした方がいいのだろうとも思う。それにもし万が一サクラが自分のバイト先がヤバイ連中に乗っ取られてしまったと知って怖い思いをしてしまったら、バイトに対して苦手意識を抱いてしまうかもしれない。それは俺としても絶対に避けたい未来だった。

 

 かくして、此処に勝利条件は設定された。

 

 魔王軍の残党によって汚染されたサクラのバイト先を、秘密裏に浄化せよ。

 なお、それにかかるあらゆる裏工作や戦闘行為について、サクラに一切悟られてはならない。

 

 ──その方針が定まったのが、今から1週間前。

 半日後には既にサクラのバイト先の人員は魔王軍の残党にすり替わり、そしてサクラに魔王に相応しい悪性を付与する呪いがかけられ始めたことも確認できた。まぁ、これについては熱中症予防の護符と偽って防御用の術式をサクラに展開してあるので影響は皆無なのだが。

 

 

「王女……いや、今は女王じゃったか。あやつが話していた敵軍が行動を本格化するまでのタイムリミットが、確か明日じゃったよな。つまり、動くなら今日というわけじゃ」

 

「ああ。そうだな。全く気が滅入る話だけども……」

 

 

 首に手を当てる。

 いやほんと、40が見えてくると、体の節々にガタが出てくるんだよな……。サクラもソリスもフィニスの血を継いで長命なんだし、ちょっとくらい魔法で若作りした方がいいのかねぇ……。

 

 まぁ、アレコレ思い悩んでも仕方がないか。

 

 とりあえず今は、目の前のことに集中しよう。

 ようやく手に入れた、俺の大切な居場所を守るために。

 

 そう考え、俺は目の前に集まる国1つは傾けられそうな野望の黒幕達へと意識を向ける。

 

 

「────それじゃ、本題の前に前座を片付けるとしますか」

 

 

 


 

 

 

「で、片付けた後がこちらになります」

 

「毎度のことじゃが緊張感がないよなぁ」

 

 

 そういうわけで、俺は夜風を浴びながら、郊外の片隅にある施設()()()()()()()の上に腰かけていた。

 

 ──正味、戦闘は3秒で終わった。

 相手も闇を操る能力だとか、人の心の悪性を増幅させる結界だとか、人のトラウマを抉る魔法だとか、色々な反則級の技を用意していたようだが……まぁ、そんなのは今更な訳で。

 ぶっちゃけ、俺ってチートだし。俺の妻もチートだし。相手の能力を攻略して逆転して……みたいなバトルは、なんというか、ジャンルが違うのである。

 

 というか、ここまでの流れは『前提』だ。

 

 

「連中は全部女王のところに送り付けたことだし、残るは後始末だけじゃな」

 

「んー、こればっかりはカルジアに頼みはしたけど、流石に間に合わなさそうだしねぇ」

 

 

 言って、俺は右手を指揮棒でも掲げるように持ち上げる。

 

 その動きに応じるように、だった。

 

 戦闘によって破壊されたはずの瓦礫の山が、まるでビデオの逆再生でもするみたいに元通りの形を取り戻していく。

 

 

「……器用じゃのう」

 

「まぁ、壊すだけしか能がないんだったら、3回も世界は救えないってね」

 

 

 ものの数秒で元通りに戻った娘のバイト先を外から眺めて、俺は軽く頷く。

 よし、外観はこれでオッケー。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

「さて、ここで勝利条件をもう一度再確認しよう。魔王軍の残党によって成り代わられたサクラのバイト先の浄化。これは達成した。魔王軍の残党は残らず退治したし、元のバイト先の人たちも明日にはカルジアの手の者が回収してくれる。ただ、カルジアの用意が整うまであと1日、誰かが現状を誤魔化しておく必要がある」

 

 

 つまり──準備が整うまでの1日。

 その間は、他でもない俺達がサクラのバイト先の状況をなんとか上手く誤魔化しておく必要がある、ということだ。

 

 

「ハァ……面倒くさい。じゃからワシはサクラの好きにやらせておけばいいと言っておったのに」

 

「最終的にバイト不信になりでもしたら困るっていう俺の意見には、フィニスだって同意してただろ」

 

 

 というか、わざわざ()()()に1週間も様子見をしていたわけだしね。アリーアに頼んで残党の呪いを無効化する護符を作ってもらってサクラに押し付けたりしていたのも、その為の時間稼ぎだ。

 

 要するに。

 此処から始まる『本題』というのは。

 

 

「……とはいえ、かなりの難問じゃと思うぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()

 

「そりゃまぁ、世界を守るのに比べたら、娘の日常を守る方が数倍は大変でしょ。親としてはさ」

 

 

 娘のバイト先の人員に成りすまして、1日娘のバイト風景を見守ろう!!!!

 

 

 ──ああ、いつものことさ。

 極まったチートを持っていると、世界の危機がいとも容易く日常のハプニングに早変わりしてしまうもんなんだ。

 

 

 


 

 

 

 というわけで、翌日になった。

 

 いつものようにサクラに交通安全の護符を押し付けては煙たがられた俺は、その時点で行動を開始した。

 

 

「分身オーケー。変化オーケー。体臭もコピーできてるかね? 口調や体運びは観察眼でどうにかできても、そこまではカバーしきれないからさ」

 

「大丈夫じゃよ。魔力偽装まで完璧じゃ」

 

「よし」

 

 

 

 世界を救った実績があるといっても、別に俺自身が世界を破壊するような魔法を持っているとか、そういう話ではなかった。

 むしろ俺が今までの厳しい戦いを切り抜けることができた最大の要因は、これ。修復・分身・変化といったサポート系から、建物を瓦礫の山に変えてしまうようなパワー系まで、自分でも数えきれないほどの多種多様なスキル。

 

 即ち、シンプルな万能。

 これだけ恵まれたものがあるんだから、そりゃあ世界を3回は救えるのも納得だろう。

 それを今回は、娘の日常をサポートする為に使うというわけだ。

 

 

「………………」

 

「どしたの、フィニス」

 

「……いいや。おヌシのその()()()、対人関係にも使えたら今の100倍世界は平和じゃったろうな、と」

 

「え??? なんで俺ここから説教される流れになってんの???」

 

 

 若い頃から幾度となく聞いたフィニスの小言の開始のサインに、俺は戦々恐々とする。っつか、ここからフェリスに怒られたらサクラがバイト先に到着するのに間に合わなくなっちゃうんですけども!!

 

 

「……まぁいい。ワシはソリスの世話があるからついて行けんが、しっかりやるんじゃぞ。バレるなよ」

 

「分かってるよ。俺を誰だと思ってるんだ?」

 

「ほう、自分から突かれる隙を見せるとは殊勝じゃのう。褒美に手短に済ませてやろうか、ダメ親父予備軍」

 

「じゃ!! 行ってくるから!!」

 

 

 藪蛇の気配を感じ取った俺は、そのままダッシュで高次元を貫通してサクラのバイト先までテレポートする。

 

 サクラのバイト先は、ありていに言うとファストフード店だ。

 ハンバーガーやフライドポテトといったファストフードを店内で調理し、お客に出すというアレ。従業員は全員でバイト社員含め40名、1日にシフトに入るメンバーは多くて14名程度。繁忙期は30名ほどのシフトになる場合もある……らしい。

 今はそこまで忙しい時期ではないが、休日なので今日は14人ほどが入る予定だ。そのうちサクラと働く時間帯が被るメンバーは……10人。

 

 これまでの1週間、俺はサクラのバイト風景を見ながらこの10人の性格言動から立ち居振る舞い・口調・言葉遣いのトーン・語彙・視線の向き具合まで、意識的・無意識的拘らずとにかくあらゆる特徴を観察し続けた。

 全て、今日1日をサクラに違和感を与えず乗り切る為の準備だ。

 

 サクラのシフトは朝10時から夕方16時まで。

 

 

 ────あるいは、世界を守るよりも大事な戦いが始まった。

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