あの事件からしばらく、また彼はひょっこりと特命係に顔を見せた。査問にもかけられたと聞いたが、全く堪えてなさそうで少し安堵する。
「お礼に伺うのが遅くなって申し訳ありません。あと賄賂と思われたら困るので手土産はナシです。すみません」
杉下さんはくすくす笑いながら構いませんよ、と返した。
真面目ながらも茶目っ気を忘れない彼のことは、僕もわりと気に入っていた。ユーモアのわかる有能な人間というのは、話していてとても楽しい。
「査問会お疲れ様。お咎めはきた?」
「処分自体は軽く済みましたよ。それよりも……」
「それよりも?」
柊木くんはす、と深刻な顔を作る。
「……大河内さんから、深い深いため息をひとつ頂戴してしまいました」
ゆっくりと首を振りながら「私としたことが……!」と言わんばかりの芝居がかった雰囲気に、思わず吹き出す。キャリアで出世街道を邁進しているくせに、気取ることなくこういう会話ができる子は珍しい。是非偉くなってもそのままでいてほしいものだ。手綱を握らなくてはならない大河内さんは苦労するかもしれないけれど。
「しかし、素晴らしい推理でしたね。貴方も、松田刑事も」
「恐れ入ります。松田にも伝えておきますよ、素直じゃないんで喜んだ顔は見せないでしょうけど」
「ああ、彼とは仲良いんだっけ」
「ええ、警察学校の同期なんです。悪友ですかね」
捜査一課に配属されたばかりの松田刑事のことはよく知らないが、ワイルドで一匹狼なタイプに見えた。一見優等生タイプの柊木くんと仲が良いのは少し意外に見えるが、柊木くんは柊木くんでぶっ飛んだところがあるようだから気は合うのだろう。
いろいろと抱えるものが彼にあるのは何となくだが察している。だからこそ彼にも心を許せる人がちゃんといるという事実は、年上のお節介ながら喜ばしく思えた。
そんな軽い雑談をして彼が部屋を去ってからすぐ、入れ違いに珍しい人物が特命係に顔を出した。
「……どうも」
不愛想、というよりは、少々気まずそうに彼はやってきた。トレードマークのサングラスは胸ポケットにひっかけ、落ち着かなさげに指でいじっている。
「ついさっきまで柊木くんも来てたよ」
それを聞いて、松田刑事はさらに気まずげな顔をした。ああ、彼は柊木くんほど素直なタイプではないのだろう。何となくちょっかいかけたくなる可愛い奴なんです、とさきほど柊木君が言っていたのを思い出す。こうしてみると、ワイルドな一匹狼というよりは懐かない子猫に見えてきた。なるほど可愛いかもしれない。
「……ありがとうございました」
きちんと礼を言うために、気まずさを抱えながらも特命係に顔を出したのだろう。見た目に似合わず律儀で真面目な性格というのは本当らしい。それを微笑ましそうに見ながら、杉下さんが答えた。
「僕たちは柊木さんの散歩にお付き合いしただけですから」
「そうそう、爆弾見つけたのもただの偶然」
僕も杉下さんに続いて軽く言葉を付け足した。表向き、あの爆弾の発見はあくまでも「偶然」だ。
それを聞いた松田刑事は、ほんの少しだけ表情を緩める。
「そういうことになっているのは聞いてますが」
「ええ。それにしても、……本当に、仲がよろしいのですねぇ」
「あんなんですが、……いい奴なんで」
そう言った松田刑事の顔は、どこか自慢げにも見えた。
彼が部屋を去った後、しみじみと呟く。
「……いいもんですね、男同士の友情ってのも」
「ええ、本当に」
同期の桜とは言うが、あれほど仲が良いのも珍しい。聞けば、今回の事件で大きく貢献をした萩原刑事も同期なのだという。
優秀ながら癖のある若手たちが、今後警察組織をどう生き抜いていくのかと思うと、少し胸が躍った。まず間違いなく、あの破天荒さは上層を悩ますことになるだろう。
「……彼らが出世するの、ちょっと見てみたいですね」
「それは同感です。きっと、」
愉快痛快な職場になるでしょうね。
杉下さんの言葉に、確かに、と心の中で大きく頷いた。