六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 実をいうと、休日に外出することはあまりない。

 食料品など必要な買い物は仕事上がりに済ますし、そもそも男のひとり暮らしだ、生活必需品もたかが知れている。下手に出歩いてうっかり女性とぶつかりでもしたら大変なのだ、誰って俺が。街中で卒倒するなどという失態だけは避けたいので、極力ひとりでの不必要な外出は避けている。自分で言って情けない。

 しかし今日は幸人たちに参考書を選んでやる約束をしていた。無事に外出を終えられることを祈りながら、少しでも人目を避けられるよう帽子をかぶった。今日は冷えるしちょうどいい。待ち合わせ場所はすぐ近くの本屋。腕時計を見てそろそろ出ようと靴に手を掛けたとき、スマホが着信を告げた。

 

「幸人? ……はい、どうした?」

『あ、ひーらぎさん? あのさ、今約束してた本屋に向かってたとこなんだけど』

「? ああ」

『ほら、ひーらぎさんの家に警察学校卒業したときの写真あったじゃん。伊達さんも写ってる奴』

 

 玄関で靴を履きながら、ベッドサイドに置いてある写真立てが頭に浮かぶ。

 それがどうしたと続きを促せば、えーっと、と幸人は精一杯記憶を探るように唸る。

 

『あの写真の、……えっと、背が高くて茶色っぽい髪の人。ほらあの、……ひーらぎさんの左隣にいた、ちょっと灰色っぽい色の目した』

 

 特徴的にも諸伏のことだろうか。いやなんで音信不通のあいつの話になる?

 嫌な予感がして先を急かすと、何と諸伏らしき人物とすれ違ったのだという。

 

『何かみょーに足早でさ。まわり気にしてたし、あれ多分何かから逃げてんじゃないかな。考えすぎ?』

「……幸人」

『うん?』

「接触はしてないな? あとそいつどっち向かった?」

『すれ違っただけ。方向的に廃ビル群の方じゃねえかな、あそこ人目ないし』

 

 こいつ、優秀かよ。

 徒歩の予定を変更して、玄関口においてあるバイクの鍵を取った。単車もいいけどやっぱ車にしようよ〜と萩原には散々文句言われたが、こうなるとやっぱ買っといてよかった小回りの利く移動手段!

 

「幸人、悪いけど参考書はまた今度な。皆にも伝えといてくれ」

『やっぱやばい系?』

「お前はすぐにその場を離れて、見たことは忘れろ。誰にも言うな。いいな」

『……へいへい』

「幸人」

 

 何、と相槌を打ったそいつに、頬を緩める。

 

「対応百点満点。ありがとな」

 

 そう言うと、電話口で幸人が息をのんだのがわかった。

 日常の中で感じた違和感に、下手に首を突っ込むことなくすぐに誰かに相談する。これは平穏無事な生活を送る上で非常に大切なことだ。平穏を守る立場としても非常に有難い。

 

「じゃあ切るぞ」

『……ん。……気を付けて』

 

 少し前まで反抗期をこじらせていた幸人がひとの心配までできるようになったとは。

 その成長を噛みしめながら、俺は急ぎバイクにまたがった。

 

 

 *

 

 

 廃ビル群の地理は把握している。バイクの排気音を響かせながら、考えろ、先を読め、と必死で頭を回転させる。

 仮定として、諸伏は何者かから逃走中。おそらくひとり。街中の方からこちらに向けて逃げてきたのなら、人目のつかない奥に向かっていくはず。ならばと先に廃ビル群の奥までバイクで乗り込み、路地裏を走った。あいつが徒歩でここに向かったなら、おそらく先回りはできているはずだ。

 通る可能性の高い道に当たりをつけ、そっと気配を隠す。慌てた足音が聞こえてきた。音からして成人男性、しかも走り慣れた音。ちゃんと鍛えている人間が走っている音だ。

 タイミングを計り、走ってきた男の姿を確認して路地裏に引きずり込んだ。

 

「諸伏、俺だ!」

 

 すぐに暴れて反撃しようとした諸伏の口元を抑え込み、小声で叫ぶ。諸伏はすぐにぴたり、と動きを止めた。口元を押さえている掌の下で、諸伏の口が「ひいらぎ」と動く。

 拘束を外すと、ばっと振り向いた諸伏は信じられない顔をして俺を見た

 

「おま、……何で、」

「話は後だ、すぐにこの場を離れるぞ」

「!」

「バイクで来てる。こっちだ」

 

 

 *

 

 

 とりあえず尾行に気を付けつつ諸伏をうちまで連行した。未だ混乱した様子の諸伏に、落ち着かせようと珈琲を渡す。

 

「誰に追われてるのかは知らないが、お前の事情に無関係な俺のところにいるとは思わないだろ。尾行もなかったし」

「あ、ああ……」

「……まあ、うん、久しぶりだな」

「ああ、……警察学校を卒業して以来か」

「随分メッセージ無視してくれたもんだな。俺は悲しい」

 

 う、と諸伏は気まずそうな顔で黙る。一応悪いとは思っているらしい。

 

「まあ、そういう部署にいったんだろうとは思ってた。それで?」

「え?」

「事情を知らない俺にできるのはお前をあの場から連れ出すことくらいだ。お前、これからどうするんだ?」

「……俺は」

「一時的にお前を匿うくらいはできるが、問題の根本的解決にはならないだろ?まさか単独任務で切り捨てられたとか言わないよな」

 

 諸伏は黙った。おいマジか。

 

「……正直、俺にもよくわかってないんだ。何が、どうなっているのか」

 

 これは埒が明かないと踏んで、ひとつ賭けに出ることにした。

 諸伏と同じタイミングで姿を消したあいつなら何か知っているかもしれない。誰が味方かわからないこういうときに無闇に人に頼るのは得策とは言えないが、あいつと諸伏が敵対しているとは考えにくい。諸伏が警察を裏切るとは思えないし、降谷もまた、志を同じくする奴を、まして長年の付き合いがある幼馴染を裏切るはずがない。

 他人に見られる可能性だけはちゃんと考え、文面を作成した。送信した数秒後、着信音が鳴り響く。この反応の早さ、どうやら俺は賭けに勝ったらしい。

 

「はい」

『今のメッセージはどういうことだ!』

 

 痛む耳を押さえながら、通話をスピーカーモードに切り替えた。聞こえてくる降谷の声に、諸伏もびくりと反応する。口元に人差し指をたてて諸伏に声を出さないよう指示をしながら、言葉を続けた。

 

「言葉のままだ。俺はお前の幼馴染の所在を知っている。いいか、これからいくつか質問する。イエスかノーで答えろ、いいな?」

『っ……何だよ!』

 

 これだから頭に血がのぼりやすい奴は。

 相変わらずの同期に少々呆れながら、盗聴の危険も考えつつ言葉を選んだ。

 

「お前はここ数年のお前の幼馴染の事情を知っているな?」

『……イエス』

「現在、そいつがどんな状況に置かれているかも」

『イエスだ』

 

 想定通りの答えに安堵する。それならばと、面と向かって言ったら殴られるだろう愚問を投げかけた。

 

「お前は、俺が知ってる『お前』だな?」

 

 かつて一緒に馬鹿騒ぎをして、警察官になるべく競い合ってきた仲間のままかと、言外に問いかけた。決して、幼馴染を裏切るような奴ではなく。

 降谷は低い低い声で答えた。

 

『……いくらお前でも殴るぞ?』

「イエスかノーで答えろっつってんのに。相変わらず気が短い」

『うるさい! もう質問はいいだろ!』

「俺が昔お好み焼き作ってやったの覚えてる?」

 

 は、と降谷は気の抜けた声を出した。おそらくマヌケ面を晒しているだろう想像がついて、つい笑った。

 俺が同期たちにお好み焼きを振舞ったのは一度だけ。記憶力のいい降谷なら忘れてはいないだろう。

 

「そこにいる。尾行されるなよ」

『すぐに向かう!』

 

 ぶちっと電話が切れて、いっきに部屋が静かになる。ひとつ溜息をついて、諸伏に笑いかけた。

 

「降谷も相変わらずだな?」

「……ああ。変わらないよ、……何も」

 

 ようやく口元に小さな笑みを漏らした諸伏に、少し安堵した。

 

 

 *

 

 

 それにしてもいきなりのピンポン連打と遠慮のないノックは本当にやめてほしい。

 鍵開いてるぞ、と言った瞬間に、そいつは玄関のドアを蹴破らんばかりの勢いで侵入してきた。見慣れた金髪は、諸伏の姿を確認してそのまま、安堵の息とともに膝をつく。

 

「良かった……」

「……心配かけたな、ゼロ。柊木に助けられたよ」

「柊木……」

「ん、改めて久しぶり。お前も顔変わらないな」

 

 にっと笑って見せると、降谷は少し潤んだ目で、ぎこちなく笑い返した。

 

「人のこと言えないだろ」

「お前よりはマシだ。そういえば諸伏、俺はあごひげ剃ったほうがいいと思う」

「えっ」

 

 挨拶代わりの軽口がひどく懐かしい。

 少しだけ笑った後、降谷は表情を改めた。

 

「柊木、お前はこちらの事情を知っているのか?」

「いや、何も。今日のも完全な偶然だよ」

「偶然?」

 

 寝室にあった写真立てを取り、ふたりに見せる。

 

「いろいろあって俺はこの近辺の悪ガキたちと知り合いでな。そのうちひとりが教えてくれたんだよ、この写真に写ってた奴……諸伏が、やけに人目を気にしながら逃げるように廃ビル群の方へ向かったって。それで俺はまさかと思いつつバイク飛ばしたってわけ。あ、通報くれた本人にはきっちり口止めしてあるから問題はない」

 

 しかし、この写真だけでしっかり顔を覚えていたとは、幸人の奴なかなか覚えがいい。うすうす察していたが、本当に将来有望なのかもしれない。

 過ぎた偶然に降谷はどこか納得しきれない様子だったが、本当なのだから仕方がない。俺を疑うよりは諸伏の運の良さを疑ってほしい。

 

「……とりあえず納得しておく。柊木、……俺たちは」

「お前らの所属だの事情だのは、まあ聞かせてくれるなら聞くけど、言えないならそれでもいいよ」

 

 ぎくり、とふたりは肩を揺らす。

 そんな素直な反応ができるくらい、気を抜いてくれている事実が嬉しい。

 

「ただ、まあ……そうだな。俺の所属の話はしただろ?」

「、」

「……え?」

 

 即座に俺の言いたいことを理解した降谷の目がきらりと光り、混乱が抜けきっていないらしい諸伏は戸惑ったように瞬きをした。

 降谷の様子を見るに、俺がずっと抱いていた懸念はあながち間違いでもなかったらしい。

 

「俺の立場が使えるなら、使ってもいい」

 

 俺としても、このタイミングは悪くない。

 内心でお好み焼きとたこ焼きは年明けに延期かなと元爆処組たちに謝りながら、俺は楽しい楽しい()()()()()に励むことを決めた。

 

 

 

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