「ね、お願い!」
「無理」
「そこを何とか」
「無理」
しつこく食らいついてくるそいつを軽くあしらって新聞に目を通す。
例の爆弾犯が逮捕され、俺が捜査一課に来た目的は達した。が、だからといって機動隊に戻してくれなどとは言えるわけもなく、俺は腹をくくって強行犯係として職務に従事していた。
新聞の見出しを眺めながら、犯罪事件多すぎねえかこの町、と呆れたようにため息をつく。
「もう、松田くんてば!」
「いい加減諦めろ」
「本人に聞いてくれるだけでもいいから!」
さっきからしつこく話しかけてくるのは、交通部の宮本由美だった。俺の指導係の佐藤と仲良いとかで、何度か話す機会があった。別に悪い奴ではないのだが、とにかく「この手」のことになるとしつこい。
「柊木監察官の同期なんでしょ?」
「無理」
あいつに女を紹介なんてしたら最後、冗談抜きで息の根を止められる。お前のこと友達だと思ってたんだけどな、と笑っていない笑顔を浮かべる魔王の顔が脳裏に浮かんだ。俺に自殺願望はない。
「……つーか何で交通部のお前がんなこと知ってんだよ」
そういうと宮本はさっと後ろを親指で示した。そこには手を合わせる佐藤の姿。お前かよ。
「もしかして彼女持ち? あんな超優良物件だもの、女のひとりふたりいてもおかしくはないわよね」
いた方が健全なんだろうけどな、と内心でひとりごちる。あれだけイケメンでハイスペックな野郎に女ができたことがないなんて、誰に言っても信じないだろう。俺だってあいつの女性恐怖症を知らなかったら信じるわけがない。
逆ナンを食らって貧血を起こしていた姿が脳裏に浮かび、思わずため息がでる。
「彼女がいようがいなかろうがあいつの紹介はしねえし、合コンに連れ出しもしねえ。わかったら柊木のことは諦めな」
ついでにハギに言っても無駄だぞ。
そう付け加えると、宮本は目に見えて膨れた。
「何、呼んだ〜?あれ、宮本ちゃんじゃん」
ふらりと戻ってきた萩原に、宮本はこれ幸いと飛びついた。話を聞いた萩原は、あー……と苦笑をする。
「……ちょっと無理かな~」
「は、萩原くんまで…!」
萩原の口が音もなく殺されちゃう、と動いたのがわかった。同感。
困った顔であいつだけは勘弁してやってと言うと、さすがにまずいと思ったのか佐藤も止めに入った。
「もう、その辺にしときなさいよ由美」
「美和子まで」
「ここまでダメだって言われるのは、それなりの理由があるってこと。そうじゃなくても監察官っていう立場なんだから、あんまり近づこうとすると迷惑になるかもしれないじゃない」
「悪いけど、そーいうこと。あ、合コンなら俺が行きたいな~誘ってね?」
むーとむくれながらも、そろそろ休憩が終わるらしい宮本は交通部に戻っていく。全く、ようやく嵐が去った。
「……ごめんなさい、つい口が滑って」
「別に隠してはねえよ」
「そうそう。むしろ佐藤ちゃんにも気を遣わせて悪いね~」
あいつ本当にそういうのダメでさ、と萩原がそう言うと、佐藤は申し訳なさそうな顔をしつつ笑った。
「……本当に仲が良いのね」
「同期で同班、共同生活送った仲だからね」
「柊木監察官はその時から優秀だったの?」
何気ない佐藤の問いに、かつてを思い出し少々遠い目になる。
優秀、いや確かに優秀だった。それは間違いない、のだが。
同じことを思ったのか、萩原も遠い目をしている。
「……もはやあれを優秀なんて言葉で片づけていいのかねぇ……」
「あれはあのふたりがおかしい」
「ふたり?」
「柊木と、もうひとり。そいつも俺らと同班だったんだが、とんでもねえ化け物だったんだよ。他を寄せ付けずにずっとふたりでトップ争い繰り広げてた」
座学では同点一位が基本。普通に満点とか取りやがる化け物どもだ。術科では柔道でも逮捕術でも接戦を繰り広げ、時間を延長しても決着がつかないなんてこともざらにあった。勝ち負けには大して拘りないと言っていた柊木も、勝ちを譲ってやるほどプライドは低くない。
見ていて面白くはあるし両方を応援もするが、あそこまで行くと「よくやるわあいつら……」という呆れの方が大きくなる。
「そういえば、松田君のお腹に一発入れてたわよね……?」
「あっはは、あれ小気味よかったわ~」
「うるせえ。人のことゴリラだの筋肉ダルマだのさんざん言ってくれたらしいが、こっちからすればあいつの方が断然ゴリラだ」
まだ俺の腹にはでかい青あざが残っている。それを見た柊木は反省や申し訳なさなど欠片も見せず、「良かった俺鈍ってないな!」の一言。 反射的にまた拳を作りかけたが、今回ばかりは俺が悪いのでやめた。ちなみに「もっと止め方あっただろ説得とか」と苦し紛れに言うと、「だから説得したんだろ? 物理的に」としれっと返された。本当にあいついつか殴る。
「でも、あれ見て柊木監察官の印象変わったって人、多いのよね」
謙虚にいつもにこにこしながらも、デスクワーク派の内勤エリートには違いない。しかも柊木は見た目だけなら優男で、着やせすることも相まって腕っぷしが強いようには見えないのだ。現場を走ってる人間からすれば悪い印象こそなかっただろうが、見くびられていたというのが本当のところだろう。そこであの暴挙だ。
「無茶をやろうとした友人を力づくでも止める、実は熱いところのある人なんだって。しかも自分の職域を越えてでも事件解決のために尽力したんだもの、見直した人は多いみたい」
当の「無茶をやろうとした友人」としては非常に複雑な気分だが。
顔に出ていたのだろう、そんな俺を見て萩原は我慢できずに噴き出した。とりあえずその頭を一発ひっぱたく。
「まだまだ監察官としては見習いでも、きっとすぐに実力を付けて出世するんだろうって」
その言葉に、つい瞬きをして萩原と顔を合わせた。
そういえば
猫かぶり野郎の嘘くさい笑顔が脳裏に浮かび、くっと肩が揺れる。
「な~に笑ってんの陣平ちゃ~ん」
「うっせ、お前も顔が笑ってんだよ」
数日前にしばらく忙しくなるからお好み焼きは年明けで許して欲しいなんてメッセージを送ってきたあの野郎は、たぶんそろそろ
何せ、こちらがドン引くくらいにはすさまじく機嫌が良かった。何かあったのかと伊達が尋ねても、すぐにわかるの一点張り。
「いつまで『見習い』で誤魔化す気なのかねえ、うちの出世頭は」
「そう長くはねえだろ。あれは絶対やる気だぜ」
それも、相当に
***
証拠は十分、根回しも完璧。おまけに天気も良いとくれば、何て良い査問会日和だろう。今日と言う素晴らしい日に、今まで好き勝手やってきた報いを存分に受けてもらおうじゃないか。
俺は自分にできる最高の笑みを浮かべながら、数々の証拠を並べ立てる。
「以上がこちらの調査結果です。随分と罪を重ねておいでのようで」
パワハラセクハラなんて可愛いもの、重要機密の漏洩、備品の窃盗および横流し、横領、恐喝、いやこれはパワハラ超えて傷害もつくな。
真っ青な顔に脂汗を浮かべるそいつは、警視庁内でもそれなりの地位にいたが、普段は大して目立つこともない大人しい男だったという。どうせ不正がバレない様に大人しく振舞っていたのだろうが、その気になればそんな化けの皮を剥ぐくらい容易いものだ。
「わ、かぞうが……!」
「その若造相手にへまをやらかしたのはご自身では?」
「柊木」
「失礼いたしました」
大河内さんの諫める声に素直に謝罪をするが、笑顔は崩さない。
警察から情報が流れているという前提の上で調査を始め、また警察庁所属の降谷の情報が流れた様子がないことから、おそらく犯人は警視庁にいると睨んだ。加えて漏洩した情報は諸伏の顔のみで、氏名や経歴など他の情報は流れていないという。となると諸伏が直接関わったことのある人間とは考えにくい。ならば、間接的に関わったことのある人間はどうだろう。たとえば、諸伏の所属の情報もわずかに入ってくるであろう、警視庁の事務方や総務、経理に関わる部署で、それなりの地位にいる人物ならば。そこまで当てを付け、給料のわりに金回りの良い人物がいないかを調べてからは早かった。
そいつの背後についても全て調べはついている。こいつが誰と癒着し、誰に賄賂をおくり、どうやってそれだけの罪状を隠してきたのかも。
まったく馬鹿の振りをしておいて良かった。俺の前だと皆さん油断してぽろぽろ手がかり落としてくれる。あまりにも気軽に喋ってくれるので
「弁明は聞くまでもないかと思いますが、いかがでしょう」
事前に話を通してあった警視庁のトップに目を向けると、その人は重々しく口を開いた。
「……残念だよ」
「け、警視総監!」
その声を合図に会議室の扉が開いた。何人もの捜査官がそいつを取り囲み、その腕に手錠をして引っ立てていく。何とも晴れ晴れした気分だ。ハンカチでも振って見送りたい。
そいつは捜査官に引きずられながら、何とかその首をこちらに向け、血走った眼で捨て台詞を叫んだ。
「後悔するぞ、必ずな!」
何て無様で、汚い声だろう。
確かにこれでこいつの背後にいた人間は俺を危険視しだすだろう。馬鹿の振りが通じなくなるのは残念だが、俺としては情報を得る手段がひとつ減るだけのこと。
何より、すでにあらかた調べは済んでいる。その「背後」たちが、今後俺に牙をむいてくるのだとしても。
「……それごと踏みつぶしてやるよ」
警察官の身で汚職を働いたばかりか、諸伏を危険な目に遭わせた奴らに容赦などしてやるつもりもない。
誰にも聞かれないように、そう呟いた。
*
査問会から数日後、改めて降谷と諸伏がうちを訪ねてきた。
簡単に査問会であったことを説明すると、降谷は満足そうに頷き、諸伏は少しひきつった顔で笑う。
「……それまた随分と容赦のない……」
「当たり前だろ。罪状が多すぎる」
「本当にな。……しかし、助かったよ柊木。警察内部の不正となると俺も畑が違ってくるから手を出しにくいんだ」
降谷は警察庁警備局警備企画課「ゼロ」に、諸伏は警視庁の公安にいるということはすでに聞いている。言わなくていいと言ったのに、協力してもらうなら話すのが筋だと押し通したこいつらは、どこかすっきりとした顔をしていた。
「それが俺の仕事だからな。まあまた何かあったら言えよ」
もう連絡を絶たないでくれるなら、だけど。
そう付け加えると、ふたりはさっと目をそらした。
「で、今後どうなるんだ? 俺は一応他言するつもりはないけど」
「……俺は引き続き潜入任務にあたり、景光には当分内勤で俺のサポートをしてもらう。連絡を絶つつもりは、……その、ない。上にも、今回のこともあって協力関係を結ぶ許可をもらった。……今更かと思うかもしれないが」
「……俺も。任務のためとはいえ、メッセージ無視してごめん」
ふたりの言葉に、良かったと笑う。
本来潜入任務にあたる人間と接触するのはタブーなのだろうが、ふたりの邪魔になるようなへまをするつもりはないし、今回のように役に立てることだってあるかもしれない。
どこか知らないところで勝手に危ない目に遭っているくらいなら、同じ危険に巻き込んで立ち向かわせて欲しい。直接手を貸せることは少なくとも、きっと何かできることはあると思うから。
どちらにしろしばらく東都が拠点になるからどこかで顔を合わせるかもしれないしな、と降谷は苦笑して言う。
「ただ、俺は今、安室透と名乗ってる。基本的に外で遭遇したらそっちの名前で頼む」
「了解。……けど、東都が拠点なら俺に話すだけじゃ足りないんじゃないか? むしろ外に出るあいつらのほうが遭遇の確率高いと思うけど」
部屋に沈黙が落ちた。降谷の褐色の頬に冷や汗が流れる。
あいつらとは言うまでもない、ずっとこのふたりの安否を案じながら返事のないメッセージを送り続けていた残り三人の同期たちだ。
「……。……上手く言っといてくれないか……?」
ふむ、と考えるふりをする。同じ警察組織に属する人間としては、それくらい協力してやるべきなのだろう。が、それは別に本来の俺の職務ではないし、降谷のかわりに殴られそうな案件なんて引き受けたくないし、何より―――降谷と諸伏が苦戦するような相手と対峙しているのであれば、協力する人間は多い方が良い。
そういうわけで、俺の答えは考えるまでもなく決まっていた。
「やだよ」
「……柊木」
「嫌だ。大人しく事情説明して口裏合わせとけ。なぁに、運が良ければたったの三発ずつ殴られるだけだ。あいつら立派なゴリラに成長してるから鼻の骨くらい折れるかもしれねえけど、まあ死にはしないって」
本気で頭を抱えだしたふたりに肩を震わせつつ、これたぶんお好み焼きとたこ焼きの焼く量がさらに増えるやつだな、と遠い目をした。