六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 自分のデスクで端末と向かい合い、ひとつ小さく息を吐いた。

 とっくに終業時刻は過ぎており、先ほどまで残っていた上司や先輩たちもすでに帰宅している。俺が遅くまで残ることはそれほど多くないせいか、からかい混じりの心配の言葉を頂戴したが、近く俺が開く予定の査問会の資料の確認だといえば疑うひとはいなかった。もちろん嘘である。そんなもの就業時間内にと完璧に仕上げている。

 カチ、カチ、とマウスをクリックしながら過去の資料を読み進めていく。

 画面に映っているのは、これまでに行われた査問会や調査の詳細。どんな警察官がいて、どんな不正を疑われ、どんな結果に終わっているのか。それからこれまで警視庁が受け持ってきた犯罪事件の数々。どんな事件が発生し、誰が捜査を行い、犯人はどうなったのか。

 どれも特段極秘の資料ではない。別に昼間に見ていても大きな問題があるわけではないのだが、年末に執行した()()()以来、さすがに周囲の目がうるさい。

 ただでさえ睨まれやすい監察官という立場、過去を探っているのを見られるのは必要以上に警戒心を煽るだけだ。全力で上層に喧嘩を売ったとは言え、あれが「実力」なのか「まぐれ」なのかを周囲が決めかねている今、熱心すぎるさまを見せるのは悪手だろう。

 

『相当噂になってんぞ』

 

 そうこっそりと俺の耳に入れてくれたのは、捜査一課にきて早々頭角を現している伊達だった。

 

『普段にこにこして謙虚な姿勢を崩さない優男が、嬉々として上層いたぶってたらしいってよ。お前のイメージ戦略大丈夫か?』

 

 そうからかい混じりに言われては苦笑するしかなかったが、実際に周囲の反応は顕著だった。

 いくら嫌われ者の監察官とは言え俺はほとんど見習いの扱いだったし、謙虚に振る舞っていればさほど避けられることもなかった。そのせいで女性も怯まず近づいてくることには頭を抱えていたが、まあ仕事とわりきって失礼にならない程度に何とか逃げていたのだ。

 それなのに、査問会後の周囲の反応と言ったら。

 

「……考えてみれば、久し振りか」

 

 あの、動物園にいる動物になったかのような気まずさ。檻もないのに間に何か阻むものがあるような、近づくのは気が引けるが注目はせざるを得ないという、あの感じ。学生時代は毎日がこんな状況だった。あのときはそれなりに辛く感じたものだが、今は違う。

 女性を含め、誰も近づいてこないのはかえってラク。強がりでなくそう思えるのは、そうやってこの状況を笑い飛ばしてくれる存在があるからだということは理解している。

 

 ―――あの頃の俺には、そんな存在はいなかった。

 

 ゆっくり息を吐きながら目を閉じる。今日確認したかったものにはすべて目を通した。あまり遅くなって明日に響くようなことになってはならない。こきりと首をならし、目を開ける。今日はここまでにしようと再びマウスに手をやったところで、傍においていたスマホの画面がついた。

 メッセージの通知とともに表示されていた名前は、その「得がたい存在」のうちのひとり。つい自分の目元が緩んだのを感じた。

 

 

 ***

 

 

「スーツにまで気をつかわなきゃいけないなんて大変だな」

「いや柊木だって気をつかってるだろ? 体裁的な意味で」

 

 降谷からの連絡を受け、今日は諸伏の日用品の買い出しに付き合っていた。

 潜入から離脱してはや数か月、いまだ諸伏の外出は制限されているそうで、プライベートでも出来るだけひとりで出かけることは避けているらしい。ストーカーに慣れていて気配や視線に敏感なお前ならヒロの付き添いに適任だとか抜かした降谷、言いたいことはわかるけどちょっと歯に衣着せろと思う。

 申し訳なさそうな顔で待ち合わせ場所に現れた諸伏に気にするなと手を振り、いくらか日用品を買ってまわった。これで最後だと案内されたのがこの洋裁店だ。

 公安捜査官は潜入時などを除き、基本的にはスーツで仕事をしている。が、何せ被疑者を追いかけて全力で走ることもあれば拳銃を上着の中に吊り下げる必要もある仕事だ。身体に合っていないスーツでもし動きに支障が出れば文字通りの命取り。だから毎日の戦闘服であるスーツはきちんと採寸して縫ってもらうことにしているのだという。

 諸伏がもつ布地のサンプルを横目に見ながら、どうかなと首を傾けた。

 

「そりゃまああんまり貧相なのは着ないけど、無駄にいいの着て目ェ付けられるのもな。俺自身は大してこだわりないし、一応『気取らないエリート』っていう設定でいるし」

「設定ってな……」

「どうせ良くは思われない立場だけど、自分から印象を悪くしに行く必要はないだろ」

 

 何の気なしにそう言うと、ふと諸伏が押し黙る。不思議に思って視線をやると、何だか妙に困った顔をしていた。

 

「……柊木って、意外とというか、人からどう見られてるかよく考えてるよな」

「……余計なトラブルは回避したいと思うのは普通だろ。面倒ごとが多い人生送ってきてるし」

「ああ、だから自分の演出も上手いし演技も出来る」

「……諸伏?」

「俺さ、正直不思議だったんだよ。ゼロと俺に配属先から声がかかったのは警察学校にいたときだ。……ゼロはわかるよ、あいつは本当に優秀だから。だけど、何で俺だったんだろうって」

 

 ゼロとずっと張り合っていた、お前じゃなく。

 わずかに細められたまなじりに、その言葉が本心であることを理解した。

 

「柊木の目立った欠点なんて女性苦手くらいだろ。しかもそれは俺たちしか知らなかったはずだ。なのに、」

「……諸伏」

「……悪い、そんなこと言われても困るよな。ただ本気で不思議だったんだよ、ずっと」

 

 そう言って諸伏は苦笑し、布見本に目を戻した。

 俺ではなく、諸伏が公安に選ばれた理由。そんなもの考えるまでもなく明白だと思うのだが、意外と本人は気づかないものらしい。

 

「諸伏」

「うん?」

「わかりやすいところから行くぞ。第一に、前も言ったと思うけど俺の父親は警察関係者だ。俺自身に警察官の知り合いはそんなにいないけど、俺の顔はそこそこ父に似てるらしいし、どっかで父が俺の写真とか同僚に見せてるかもしれない。つまり俺が潜入していた場合、身バレの危険はお前より高かった」

「……え、」

「第二に、俺は不得意な分野こそ少ないが、お前の狙撃ほどわかりやすい特技はない。お前、警察学校のときに射撃のセンスと目の良さを見込まれたんだって? 訓練を重ねたらやっぱり優秀な狙撃手に化けたんだって降谷が自慢してたよ。それだけ秀でた技術があれば潜入先で重宝される可能性も高いだろうな」

「え、えっと、」

 

 急に慌てだした諸伏に構わず、言葉を続けていく。諸伏が自分をどう評価しているのかは知らないが、俺からすれば十二分に優秀なやつだと思う。友人としての贔屓目を抜いても、安心して背を任せられる捜査官だ。

 思えば、こういうことを口に出したことはあんまりなかったかもしれない。言わなくても伝わっていると思っていたというのは甘えだったか。反省するとしよう。

 

「第三、お前は相手の警戒を解くのが上手い。誰とでも仲良くなれるし、少し話すだけで相手の懐に潜り込める。萩原もそういうの上手いけど、お前だって相当だよ。それから第四、使命感と忍耐力かな、普通の人間がこんなに長期間行動制限されて正気でいられると思うなよ。バレないためっつったって、外出制限されて仕事仕事仕事、気晴らしすらなかなかできない環境なんだろ。堪えられる人間はそう多くないよ」

「ひ、柊木、」

 

 少しずつ諸伏の顔が赤くなっていく。

 別に一生懸命褒めているつもりはない。俺にとってはただ思っていることを口に出しているだけなのだが、やはり諸伏にとってはいい薬のようだ。

 

「第五、お前らの仕事は成功したところで一切表にでない。世間的に評価されることなんてほぼないし、それを誇りとする組織だ。他人からの評価を求めることなく、やるべきことを迷いなく遂行できる人間じゃないと務まらない。つまり、だ。―――長年何をやってもトップレベルの結果を示す奴の隣にいながら、腐ることなくずっと努力を続けてきたお前以上に公安に相応しい奴、どこにいるっていうんだよ」

 

 そう言ったときの諸伏の顔と来たら。

 耳どころか首まで真っ赤、目は真ん丸に見開かれ、口は半開きのままわなわなと震えている。是非とも写真に残したいものだが、たぶんレンズを向けた時点でバレてしまうだろう。何とも残念なことだ。

 やれやれ、とつい顔が苦笑をつくる。

 

「……そういう意味では降谷が羨ましいな。俺にはそんな奴いなかった」

 

 嫉妬にも羨望にも、特別扱いにも慣れている。降谷と違って俺には何かと事情があったのも事実だけれど、俺を俺としてみてくれる友人なんて、まして一緒に努力してくれる友人なんて俺にはいなかった。少なくとも、お前らに出逢うまでは。

 

「納得できたか、諸伏」

 

 にやりとそう言ってやると、耐え切れなくなったらしい諸伏はもう勘弁してくれと蹲った。別に勝負をしていたわけではないが、何となく勝った気分だ。よきかな。

 

「お前の仕事ぶりは知らないけど、優秀な奴しか所属できない場所でずっと戦ってるんだ。何でとか余計なこと考えてんなよ、ただでさえ酷使してる脳がオーバーヒート起こすぞ」

「今現在お前のせいでオーバーヒート起こしてる……」

「見りゃわかる。ここまでわかりやすく赤面するやつ久々に見た」

 

 うるさい、と弱弱しい声が落ちる。

 それにまたつい笑うと、恨みがましい目線がこちらに向けられた。諸伏にしては珍しい、ふてくされた顔。

 

「……じゃあ、ゼロがスカウトされた理由は何だと思う?」

「日本が好きすぎるから」

「納得しかない……」

 

 わかりきったこと聞くなよと付け加えれば、諸伏はようやくいつものように声をあげて笑った。

 

 

 *

 

 

 採寸を終え、スーツをオーダーして店のドアを開ける。

 店に入る前までとは違い、何となく気楽そうな諸伏の表情に少し安心した。無自覚なのか、出かけ始めの諸伏は本当にピリピリしていた。仕方がないと言えばそうなのだが、外出るたびにそれでは本当に精神が参ってしまう。

 

「これで俺の用は終わったけど、柊木はどこか行きたいとこある?」

「ああ、じゃあスーパー付き合ってくれ」

「スーパー? 夕飯の買い物?」

「まあそれもあるけど。せっかくだから今日はお前と一緒に行きたい」

 

 我ながら完璧な笑顔でそう言った瞬間、即座に察した諸伏は盛大に頬を引きつらせた。

 

「……米? あと何の大瓶? 醤油? 酒? みりん?」

「あと砂糖と塩。何でああいうのって同じタイミングで残り少なくなるんだろうな? さすがに重いし順番に買い足そうと思ってたんだけど、諸伏がいるなら遠慮するほうが失礼だよな。頼りになる友人をもった俺は本当に幸せだよ。ありがとう諸伏、お前がいてくれて嬉しい」

「そういうセリフはもう少し別の場面で聞きたかったかな!」

 

 まあ気にするなと歩き出せば、ハイハイと苦笑した諸伏の足が自然と続く。なんやかんやで諸伏も嫌がっていないのはわかっていた。

 

「もうわかってるしいいんだけどさ、本当に本性隠さなくなったよな。柊木が控えめな性格だと思っていた時期が俺にもありました」

「何言ってんの、俺はずっと変わらないだろ」

「嘘つけ。全然違う」

「嘘じゃないって」

 

 そんな軽口を叩きながら歩く道が、ただただ楽しい。

 




スーツ云々と狙撃云々は適当です。
でもよくあんなにスーツで走れますよね。すごい。
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