六花、欠けることなく   作:ふみどり

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「はは、そういうことちゃんと考えるのすげー旭ちゃんって感じだわ」

「……貶されてる?」

「何でよ。褒めてるって」

 

 考えないやつよりずっといいっしょ、と萩原は上機嫌でビールに口を付ける。

 今日はしばらく追っていたようやく事件が片付いたという萩原から誘いを受け、俺の家でふたり酒を飲んでいた。ほかのやつらにも一応声を掛けたそうだが、まあ二十四時間体制で仕事にあたる人間の身体がそうそう空いているわけもなく。

 実は飲み会で六人揃うことなんて稀も稀で、こうしてサシ飲みしたり数人だけ集まることの方が多かったりする。それでも数ヶ月に一度の楽しみとして、何とか六人で集まる時間を設けている辺りにはもはや皆の執念すら感じていた。

 のびてきた後ろ毛を適当にくくった萩原は、ぷは、と景気よく缶を空にした。

 

「確かに公安組は顔に出ないっつーか隠したがるからな~」

「下手なこと言ったらかえってプライド刺激しそうだし……」

「うんうん。でも旭ちゃんはその辺うまいことしてると思うけどね?」

「……そうか?」

 

 適当なテレビ番組をBGMに、並んでソファに座り酒とつまみを広げる。

 萩原とふたりならちょうどいいと思って公安組のことを話題にしてみたのだが、萩原は軽い調子を崩さない。しかし自分の言葉にはちゃんと自信があるように見えた。

 ぷち、と口の中で枝豆が弾ける。

 

「この前庁内で偶然ヒロくんと顔あわせてさ。ちょっと立ち話したけど、ほんとにもう大丈夫そうだったよ。憑き物が落ちたような顔してた」

 

 ヒロくんが元気になったんなら降谷ちゃんも大丈夫だろうし、と萩原は軽く手を振った。

 確かに諸伏は何となく元気になったような気はしていたが、まあ俺よりその辺に鋭い萩原が言うのなら本当に大丈夫なのだろう。

 それなら良かったと小さく息をつく。萩原はそんな俺に苦笑し、気にしすぎだってと肩を叩く。

 

「旭ちゃんてみょーに人間関係に苦手意識もってるよねえ。そんな心配しなくて旭ちゃんはちゃんとしてると思うよ? 俺らだって別に旭ちゃんにやなこと言われたとかそんな覚えないし、職場の猫かぶりも上手くいってんだろ?」

「経験値不足の自覚があるんだよ……職場の猫かぶりはお前らの真似」

「真似?」

「諸伏五割、萩原四割、伊達一割くらいの割合で参考にしてる」

「ははっ数字が具体的すぎ! 降谷ちゃんと陣平ちゃんは?」

「参考にしたら多方面に喧嘩売り歩くことになるだろ」

「わかってる~」

 

 やっぱちゃんとしてんじゃん、と萩原の手の中で新しい缶があけられる。

 俺たちのなかで対外的な人当たりの良さで言うならその三人になる。コミュニケーション能力という意味なら萩原が一番なのだろうが、少々軽さが目立つので職場向きなのは諸伏のほうだと思ってその割合になった。

 降谷もちゃんとするときはしているのだろうが、俺が見てきたのはわりと頭に血が上りやすくて慇懃無礼も普通に吐く感じの「降谷零」なので。いつか職場での立ち振る舞いを見る機会があったらまた観察してみよう。松田については残念ながら論外だ。職場で大きな喧嘩を起こしてないのは奇跡と言える。

 うーん、と萩原は少し考えるように視線を浮かせた。

 

「旭ちゃんが自分のレベルで納得できないってんなら頑張るしかないけど、何でも必要以上に極めることはないんでない? 職場内のことはともかく、普段のことなら俺らでもカバーできるかもしんないしさ。んで、旭ちゃんも俺らが困ってるときは助けてよ。ダチってそういうもんじゃん?」

「……適材適所?」

「そゆこと。旭ちゃんは旭ちゃんで他にいっぱいすごいとこあるんだし。ほら、人を見る目とかすごいじゃん? 警察学校時代、ヒロくんのご両親の仇、あのひとに最初に目ェ付けたのも旭ちゃんだったよねえ?」

「あれは別に……」

 

 正直を言えばほとんど勘に近いそれ。数々のトラブルに巻き込まれてきた経験から、腹に一物ある人間は何となくわかるというだけだ。

 確かにそれに助けられたことは多くあるが、きちんとした根拠があるわけではないだけに何となく特技とは言いがたい。

 

「なーに言ってんの、勘でもあってりゃいーんだってそういうのは。にしても旭ちゃん、言っていいのかわかんないけど実は女性関係で得たスキル多いよね?」

「まあ、ストーカーのおかげで視線には敏感になったよな。尾行にも絶対気づける自信ある」

「うわあ。……ひょっとしてあれ、作戦立てるのが得意なのもそう?」

 

 ごく、とビールを飲み込んだ喉が音を立てる。

 何でそういうことが得意になったのかと言われれば、確かにそれは長年の積み重ねだと言うほかない。

 

「……萩原、小中高どれでもいいから、通学路思い浮かべて」

「え? うん」

「家出て道を歩いて学校に着いて、自分の席に着くまで。その間、()()()()()()()()()()()()は可能だと思う?」

「……。……え、無理じゃん……?」

「俺は毎日考えてた」

 

 もちろん、下校時もだ。そう遠い目で言えば、萩原はさっと目元を押さえた。

 家を出るタイミング、歩くスピード、通るルートはもちろん、道のどの辺りを歩けばいいのか。曜日や日、その当時に視線を感じていた相手の思考・行動パターンも含め、ありとあらゆる情報から必死に知恵を絞った。言わば毎日がミッション・インポッシブル。それを何年も続けていれば多少は頭も鍛えられるというものだ。

 なるほど、そう言われれば確かに女性苦手から得られるものは多かったのかも知れない。ははは、と乾いた声が口から漏れると同時に、口にちくわきゅうりを突っ込まれる。

 

「おっけー旭ちゃん、もういいよ。言わせてごめん」

「別に。昔の話だ」

 

 どんな経緯で身についたものであれ、役に立つならそれでいい。俺だけでなく、皆の役にも立てるなら尚のこといい。

 そうだな、とちくわきゅうりを咀嚼して飲み込んだ。

 

「俺もできることするし、頼れるとこは頼らせてもらう」

「ん、それでよし!」

「で、さっそく頼りたいことがあるんだけど」

「お? いーよいーよ研二おにーさんに言ってみなさい。今度はどこの女の子?」

「女性問題を前提に話聞こうとすんのやめてくんない?」

 

 いや、あってるところが哀しいんだけど。

 結局何だかんだと萩原に話を聞いてもらっているうちにとっぷりと夜は更けていく。こういう萩原の聞き上手はまだ真似できないなと、すっかり酔い潰れた萩原に毛布を掛けながら思った。

 

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