六花、欠けることなく   作:ふみどり

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閑話 幸福論・表

 最初は、萩原だった。

 爆弾解体の現場において、何と解体途中に防護服を脱ぎ煙草で一服。タイマーは止めていたようだが、犯人は遠隔操作によって爆弾を爆破。至近距離から爆破を受けた萩原は、そのまま帰らぬ人となった。

 それから、松田。

 萩原の敵討ちのために因縁の爆弾事件に挑んだ。爆破予告の暗号を解読して爆弾をいち早く発見するも、復讐心や己の命よりも多くの民間人の安全を優先し、解体を中止。多くの人命と引き換えに、観覧車の中でひとり散った。

 次に、ヒロ。

 潜入捜査中、公安警察であることが組織に露見し、その逃走中に自ら心臓を撃ち抜いた。俺や他の仲間、家族のデータが入ったスマホとともに。俺はその場に居合わせたあの男を、心の底から憎んだ。お前ほどの男なら自決だって止められたはずなのに、と。

 そして、伊達。

 捜査一課強行犯係として数々の事件を解決し、美しい婚約者とも出会った。しかし、その彼女のご両親に挨拶に向かうはずだった朝、居眠り運転の車に轢かれる。自分の手帳と、そこに挟まれた指輪を部下に託し、眠りについた。

 では、もうひとり、あいつは? 警察学校でずっと競い続け、誰よりも努力家で誰よりも優しくて誰よりも頼りになったあの男は、いったいどこに?

 場面が切り替わる。いつの間にか雑踏の中にいた俺は、視界の端で彼を捉えた。

 

「ひいら、」

 

 しかし名前を最後まで呼ぶことはできなかった。

 彼は俺に気づかないまま、いつものように優しい笑顔を浮かべて歩いている。誰とも知らない女性と、手をつないで。

 

「、あ……?」

 

 その瞬間、唐突に理解した。

 彼は俺の知っているあいつじゃない。あいつは女性と手をつないで歩くなんてことはできない。まして、あんな心からの笑顔を向けることなんて絶対無理だ。

 だから彼は、俺の知っているあいつじゃない。彼はきっと、―――そう、女性恐怖症にならなかった、「誘拐事件に遭うことのなかった柊木」だ。

 あいつはきっと、誘拐事件に遭わなければ女性恐怖症になんてならなかった。そしたらきっと、あんなふうに愛する女性を得て、当たり前の幸せを手に入れることができる。俺たちがいなくても、笑っていてくれる。

 ―――ああ、よかった、柊木だけでも、幸せなら。他は皆、死んでしまったけれど、お前だけでも、笑っているのなら。

 俺は何があっても、命に代えてだって、お前やお前の大事な人が笑うこの国を守り抜こう。たとえお前が、俺たちのことを知らなくても構わない。俺たちと出逢うことがなくても、構わない。お前まであいつらのように死んでしまうくらいなら。

 どうかお前だけでも、幸せに。おれはさみしいなんて、おもわないから。

 

 

 ***

 

 

「……で、それが休日の朝っぱらからピンポン連打して俺を叩き起こした理由?」

「………」

 

 滝のように汗を流しながら正座をする降谷を前に溜息をつく。

 ようやく朝日が昇り始め、鳥の声が聞こえだす。俺は基本的に早起きだが、さすがにこの時間に起きることはない。

 つい十数分前、連打される玄関のチャイムに飛び起きた。ドアスコープからおそるおそる外を確認すると、そこに立っていたのは死んだような顔をした降谷。何があったのかとドアを開けた瞬間、そいつは飛びついてきた。それほど体格差はないとはいえ、相手は見た目以上に鍛えている生粋のゴリラ。その重さを支え切れずに尻もちをつく。

 

『……降谷? 何かあったのか』

『柊木』

『何だよ』

『お前は警察官だな』

『はぁ?』

『俺たちと警察学校で出逢ったよな』

『……お前とは個室が隣だったな』

『女性と手をつないで歩けるか』

『お前は俺に死ねと言ってんのか』 

 

 言うわけないだろ、と強い口調で返された。そしてそのまま、ごく小さな弱い声で、言うわけがない、と繰り返した。何かわからんが地雷だったらしい。

 わかったわかったと言いながらその背をぽんぽんと叩いた。

 

『よくわからんが深呼吸して落ち着け』

 

 そう言うと、降谷は素直に深呼吸を始めた。吸って吐いてをゆっくりと繰り返し、少しして降谷はそっと俺から離れ、無言のまま靴を脱いで部屋に上がった。廊下を過ぎてリビングにつくと、降谷はくるりと俺の方に向き直って、唐突にその場に正座した。

 そして、―――俺はこんなに折り目正しい土下座、初めて見たかもしれない。

 

 

 *

 

 

 土下座をしたまま降谷が話したところによると、どうもとんでもなく夢見が悪かったらしい。しかも目を覚ましても夢と現実の境が曖昧で、ついうちまで乗り込んできてしまったそうだ。

 とりあえず俺は正気に戻ったらしい降谷に頭を上げさせる。

 

「俺とお前以外全員死んだ挙句、俺は誘拐事件にも遭うことも、お前らに逢うこともなく生きていた設定で幸せそうに笑ってた夢、ねぇ」

「少なくともお前だけは夢の中でも生きてたからとりあえず柊木の家に来た」

「時間考えろよ。せめて連絡いれろ」

「悪かった」

 

 自分でも何をやっているのかと落ち込んでいるらしい。降谷がここまで暴走するとは、本当にリアルすぎる夢だったのだろう。やれやれと首を振りながら、金の中に沈むつむじを見下ろした。

 

「……で、その夢、その『幸せそうに女性と手をつないで歩く俺』を見た後は?」

「? そこで終わりだ。目が覚めた」

「……終わり?」

「ああ」

「お前馬鹿なの?」

 

 何を考えるよりもまず口から零れ落ちた言葉に、降谷はきょとんとしていた。

 

「何お前その『俺』をそのまんま見送ったわけ? 何やってんだよ、そこはお前、そのゴリラ的腕力をぞんぶんに発揮して『俺』を殴り飛ばすところだろうが。鼻骨や歯の数本くらい遠慮なくもらっとけよ、自分の夢ん中で可愛い子ぶってどうすんだハニーフェイスゴリラのくせに」

「誰がハニーフェイスゴリラだ後で絶対殴るからな。……殴り飛ばすってお前」

「殴り飛ばせよ。何ひとりで幸せな顔してんだって」

 

 そう言うと、降谷は鳩が豆鉄砲を食らったような顔。

 心底呆れた俺は、もうため息をつくしかない。

 

「俺だけ幸せになってどうすんだよ」

 

 ほかの皆が全員殉職し、お前も「ゼロ」として日本国家のために独りで必死に戦い、なのに俺はそれを知ることすらなく笑っていろと。

 そこに何の意味があるのか、お前ちょっと言ってみろと思う。

 

「俺そこまで薄情じゃねえわ」

 

 たとえどんな苦難があろうと、お前らと出逢わなきゃよかったなんて絶対思わない。何が起ころうと、それだけは有り得ない。俺が、どれだけお前らを頼りにしてるか。どれだけお前らに助けられているか。

 どれだけ、お前らに感謝しているか。

 

「……お前の夢で言うと、俺は誘拐事件に遭遇しなきゃお前らに逢うこともなかったってことになるんだろうけど」

 

 だと言うのなら、俺は。

 

「誘拐事件の犯人にだって感謝してやるわ」

 

 まあそんなもん絶対に認めないけど、と最後に付け加えると、降谷はきゅっと堪えるように唇を噛みしめた。全く、この強情め。

 

「俺もお前もあいつらも生きてるよ。だったら皆で笑って皆で幸せになりゃいいだろ。誰かだけなんて小せえこと言ってんなよ、それでも俺と首席を奪い合った男か」

「……お前は本当に、普段どうやって謙虚の仮面をかぶってるんだ? お前ほど自信家で強欲な男、僕は見たことないぞ」

「褒め言葉として受け取っとく」

 

 寝癖のついた頭をがしがしとかき、時計を見る。まだ夜明けを過ぎてほんの少し、普通なら朝からの出勤でもまだ寝ている時間だ。

 

「何か腹立つから全員にモーニングコールして起こしてやろ。俺だけ起こされるなんて納得がいかない」

「だから悪かったって、」

 

 スマホを手に取り、とりあえずあいうえお順で電話をかけてやろうと伊達の電話番号を選択した時、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。だからこの早朝に、何なんだよいったい。というかこのタイミングの良さはまさか。

 硬直した俺と降谷が動けないでいると、チャイムの主は俺が寝ていると思ったのかピンポンピンポンとどこかのゴリラのように連打を始めた。これはもうゴリラのうちのひとりだな、ハニーフェイスゴリラの仲間のどれかだな。よし殴ろう。

 外の様子を見るのも諦めてドアを開けると、そこにはひとりどころかゴリラの一団が揃っていた。

 

「あ、おはよう旭ちゃん、寝起き~?」

「はよ」

「ごめんな、朝に。あれ、もしかしてその靴、ゼロが来てるのか?」

「チャイム連打して悪かったな、一応止めたんだが」

 

 言葉の上では謝りつつも、実は少しも悪いと思っていないそいつらを前に、俺はいつもの笑顔を作って言った。

 

「全員正座して頭差し出せ。ちゃんと歯ァ食いしばれよ」

 

 

 *

 

 

 頭にこぶを作って正座する四人を前に、俺は仁王立ちをしていた。ちなみに降谷は俺の後ろで呑気に珈琲をしばいている。

 

「一応言い訳は聞いてやる」

 

 早朝からうちに乗り込んできた理由を聞いたところ、何と全員降谷とほぼ同じ夢を見たのだという。それぞれ自分が死に、そしてまだ生き残っている者を見守る夢。違うのはそれぞれの視点から見ているというだけで、内容自体は本当に同じだった。一体どんな偶然なんだそれ。

 

「俺ァ張り込み終わりに本庁で仮眠とってたら魘されてたらしくてな。事故から復帰したばかりだし、あんまりにも顔色が悪いってんで帰れって言われてよ」

「今日休みだし二度寝しようと思ったんだけどさ~。まあ、目が冴えちゃったからついっていうか?」

「俺も似たようなもんだ。今日は遅出なんでな、ちっと顔見てから出勤しようと思っただけで」

「いやぁ、夢で最後に生き残ったのゼロと柊木だけだけど、俺がゼロの家行くわけにはいかないだろ? いくつもある隠れ家のどれにいるかわかんないし、なら確実にいるだろう柊木の方に乗り込むかなーって。ちなみに出勤は午後から」

 

 他の奴も生きてるのはわかってるけど、ほら、な?

 そう言って曖昧に諸伏は笑った。夢の中で死んだ奴らが万が一にも現実でも死んでいたら嫌だから、とりあえず夢でも現実でも生きてる方の顔を見て現実を確認したかったということだろうか。

 揃いも揃ってリアルな悪夢を見るって、お前らどんだけ仲が良いんだ。俺だけ除け者か。うるさい、さみしくなんかない。さすがにそんな夢見たくない。

 

「……お前らは生きてるし、俺は誘拐事件の被害者で女性が苦手だし警察官だし、お前らとも腐れ縁続いてるよ。何なのお前ら、そんなに俺を薄情にしたいの? 降谷に独りで働かせて俺はのうのうと彼女つくって笑ってるような男だとでも言いたいの? もっぱつ殴るぞ」

 

 半ばうんざりしながらそう言うと、そいつらは失敗を誤魔化す子供のように笑う。

 

「ああくそ、無駄に早起きしちまった」

「ごめんって~」

「欠片も謝る気ねえだろうが。……お前ら、一応言っておくが、俺確かに女性苦手は治したいけどそれは別に誰かと付き合いたいとか結婚したいとかいう意味じゃないからな」

 

 え、と降谷も含めてゴリラどもは固まった。

 夢の内容的にもしやと思って言ってみたが、どうやら図星だったらしい。

 

「自分に苦手なもんがあるのにいまだに克服できてねえのが悔しいだけだよ。あと女性だからって理由だけで人を遠ざけるのが失礼だと思うだけだ。仮に治ったとしても、現状誰かと付き合いたいとか思ってない」

 

 よほど好きな人ができれば付き合いたいとか思うのかもしれないが、ただ恋人という存在がほしいとは思わない。今はとにかく仕事に集中したいし、何より。

 

「お前らと馬鹿騒ぎしてる方が楽しい」

 

 そう言ってやると、揃いも揃って目をまんまるにして、破顔した。

 ホントもーそういうところだよ旭ちゃんてば~と笑う萩原を一発ひっぱたき、こきりと肩を鳴らした。

 

「お前らどうせ朝飯食ってねえんだろ。降谷、俺の分も珈琲いれて」

「やった、作ってくれんの?」

「馬鹿言え、お前らが作るんだよ。諸伏いるしサンドイッチくらい作れるだろ。ハムとレタスと卵とチーズの使用を許可する。買いだめしたパン冷凍してあるから」

 

 俺の睡眠削った分くらいは働け、と背を向けるとブーイングが飛ぶ。無視して顔を洗いに洗面所に行くと、諸伏が指示を飛ばす声が聞こえてきた。致命的な不器用がいるわけでもなし、料理上手が陣頭指揮を執るなら相応に食べれるものが出来上がるだろう。

 

「柊木、オリーブオイルある?」

「戸棚の下。お好きにどーぞ」

 

 この後食べたハムサンドは、ちょっと驚くくらいに美味しかった。

 

 

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