このおふたりのおかげでだいぶ洋酒にも慣れてきた。
ビールほど気軽に飲めるわけではないけれど、たまに飲む分には美味しいと思える。
「刑事部の方はどうだ」
「殺気立ってますね。まあ、当然でしょう」
直属の上司である大河内さんが話題に出したのは、最近の刑事部について。
探偵とはいえ民間人が捜査現場に乗り込んでくる現状を、やはり刑事部は快く思っていないらしい。神戸さんは肩をすくめながら答えた。
「特に昔気質の刑事さんというか、ベテランほど嫌そうですねえ。俺たちが事件を解決するんだっていう意識が強い人たちはもう怒り心頭」
「だろうな」
「まだ僕たちは現場で出くわしたことはないですけど、杉下さんもさすがに困った顔をしていましたよ。危険も大きいですし、証拠壊されたりしたら大変ですしね」
公務執行妨害になりかねないのに、無茶をする人たちがいるものですね、と紅茶を片手に零していたと聞き、確かにと俺も頷く。
「私の同期たちも苦い顔をしていました」
「ああ、そうらしいね」
最近荒れ気味だから見ててわかる、と神戸さんは苦笑を漏らした。
「でも、そのおかげというか、君の同期三人とも最近検挙率すごいらしいよ?」
「そうなんですか?」
「うん、何が何でも民間人より先に犯人捕まえるって意地になってるらしくてさ。片っ端から事件を解決してるんだって。あ、もちろん無理な自白とかそういうことはさせてないよ?」
「させてたら私が責任をもって鉄槌をくだしますよ。しかし、そうですか。頑張ってるんですね」
仕事の愚痴は聞いていたが、そこまで成果をあげているとは知らなかった。
まあそれぞれ優秀な刑事には違いない。自分の特性を生かして、事件の解決に繋げているのだろう。同期として鼻が高い。
「確か松田刑事と萩原刑事は昇任試験受けるって話じゃなかったかな。この分ならいけるんじゃない? 確か伊達刑事は一足先に通ってたよね」
「ええ。……ああ、道理で」
「道理で、とは?」
「彼らとの飲み会はたいていうちで宅飲みなんですが、先日の飲み会以降、うちの本棚から何冊か法律関係の本が消えていたので」
何の気まぐれかで誰かが持って行ったんだろうとは思っていたが、あいつらが勉強用に持ち出したのだろう。試験のために勉強するとは言いにくかったのかもしれない、特に松田は変なところで照れる奴だ。
「……窃盗罪……」
「はは、構いませんよ。試験後こっそり返されているでしょう」
ため息交じりに一言絞り出した大河内さんに、軽く笑う。
「……まあ、彼らのような刑事が上に行った方が良いのは事実だな」
「おや、珍しく素直に褒めますね、大河内さん」
「実際、若手のわりに優秀だろう。……事件捜査に民間人を交えることに前向きな刑事よりずっといい」
「……何ですって?」
同期が褒められたことよりも、そのあとの言葉の方が捨て置けなかった。さすがにあいつらもそこまでは言ってなかった。
「……進んで民間人の力を借りて事件を解決しようとする動きがあると?」
「まだ噂に過ぎん。こちらも大きく動くつもりはない」
「あー……もう大河内さんの耳にまで入ってるんですね」
不服そうにワインに口をつける大河内さんに、神戸さんが困ったように笑った。しかしその目には確かに、冷めた色が見える。
「ま、うちの上司も結構正義感で暴走する人だけど、彼らもそうなんじゃないかな。ベクトルは全く違うけどね」
「……事件解決のために手段を択ばないのは表に出ない警察だけで十分でしょう」
「同感だよ。困ったものだね」
これがエスカレートしたら、捜査一課総入れ替えだってあり得るのにね。
何気なく神戸さんは言ったが、最悪それだってあり得る。部署そのものに問題があると判断されれば、人員の刷新は当然だ。
「……柊木、しばらくは様子見だ。わかっているな」
そう大河内さんに釘を刺されては、さすがに俺としても動くわけにはいかない。ちょっとだけ口をとがらせ、わかりましたと返すと、くすくすと神戸さんが笑った。
「良かった、きみ一応大河内さんの言うこと聞いてるんだね」
「上司のお言葉を聞くのは当然じゃないですか。まして大河内さんならなおさらです」
「警察の広告塔になるところを救った貸しは大きいはずだな?」
「生涯御恩は忘れませんとも」
きりっと大真面目な顔を作って返すと、大河内さんは唇の端だけで笑い、神戸さんは遠慮なく吹き出した。大河内さんが止めてくれなかったら、冷静でなかった俺は本気でパワハラ容疑の査問会を開いていた。早まらなくてよかった。
「せっかく君、相当レベルのイケメンなのに」
「この顔は目立つ代わりに犯罪を誘発しますので」
別に自分の顔が嫌いなわけではないが、この顔目当てにストーカーが大量発生した過去があるのは事実だし、そもそも広告塔になるということは俺の存在が広く知られるということだ。万が一にも過去俺をストーキングしていた女性に俺の現在を知られるようなことはしたくない。
「……しかし、大河内さん。いくら様子見と言われても、万が一その現場を目撃してしまった場合は、さすがに黙っているつもりはありませんよ?」
「ああ、それで構わん」
黙認しろと言っているわけじゃない、という言葉を聞いて、安心した。話が話なだけにあまり大事にはしたくないが、見逃すつもりはないということだろう。機を待てということなら、俺も少しくらいは我慢できる。
「……これは好奇心として聞くけど、その『万が一』のときは君、同期のことも吊るし上げるの?」
「当たり前じゃないですか」
本人たちは過ちを犯してこそいなくとも、「過ちを犯す同僚を止められなかった責任」というものがある。そりゃできることなら俺だって進んで罰則を与えたくはないが、それは俺の私情に過ぎない。
「私が仕事に私情を挟まないことを誰よりも知っている奴らです。そんな私に付け入る隙を与える方が悪いんですよ」
何の気なしに手元の洋酒に口をつけると、神戸さんが苦笑したのがわかった。大河内さんは当然と言わんばかりの態度でチーズをかじっている。
「うん、愚問だった。ごめん」
「いえ」
俺としても、そうならないことを祈っているのは事実ですから。
そう続けると、神戸さんもひとつ頷き、大河内さんは小さくため息をついた。
「……もう一杯どう? 付き合うよ」
「では、お言葉に甘えて」
どうも今日の酒は、いつもよりほろ苦い。
*
飲み会の帰り道、終電をホームで待ちながら松田と萩原にメッセージを送る。
『窃盗犯に告ぐ。持ち出した本は試験終了後に返却するように』
ふたりとも手がすいていたのか、すぐに既読がついた。ぴこんと軽い音がして返信が届く。
『バレたか』
『ごめーん♡』
ちっとも悪びれない様子に苦笑しながらメッセージを作った。
『昇任できたら許してやる』
実際本当に、優秀な奴らだと思うのだ。
松田は現場の状況や証拠を、論理的につなぎ合わせていくのが得意だ。事件現場という「結果」に向けて状況がどう動いてきたのかを推理する力がある。
萩原は状況より人を見て動くタイプだ。関係者の表情や目線、仕草から情報を読み取り、それぞれの関係性や隠し事の有無を見抜いて真相に近づいていく。
もちろんすでに警部補になった伊達も、経験値からか目の付け所が良く、常に正しい方向に着実に捜査を進めていく。関係者から重要な証言を引き出すのも上手い。
上に行くなら、ちゃんと能力と正義感を兼ね備えた、彼らのような警察官がいい。
『わかってる』
『ちゃんと勉強するって~』
座学も別に苦手な奴らではない。面接も何とか上手いこと取り繕うだろう。
しかも最近の活躍ぶりがめざましいというのなら、過去のいろいろを差し引いてもおそらく昇任は難しくない。
『お礼にビールと小麦粉と豚肉つけて返すね おまけにイカもつけちゃう♡』
『仕方ないから俺もビールと小麦粉とタコつけて返すわ』
『お前ら露骨にもほどがあるだろ』
作れってか、俺にお好み焼きとたこ焼きを作れってか。どこまでもブレない彼らに、思わずひとりで苦笑する。
『昇任できたら作ってやるよ』
『やった!』
『任せろよ』
彼らが上に進み捜査一課の暴走を止めてくれることを祈りながら、俺は終電に乗り込んだ。
ここから本格的にコナン君たちと関わっていきます。
「相棒」とのクロスオーバーにしたこと、また「柊木旭」の立場と信条的にどうしてもオリ主が公式のキャラクターとぶつかる部分は出てきます。ただし、後味の悪いものには絶対にしません。
公式ならびに公式キャラを貶める意図は一切なく、それ以降で円滑な関係を築くために必要な流れとして書きます。
それでも嫌な予感がされた方はこの先をお読みいただくことはお勧めしないと明記しておきます。ご了承ください。