安室さんの友人だという警察官と接触を図ろうと、それから折を見てはポアロに足を運ぶようになった。学校の帰りに必ず窓の外からそれらしき人がいないか覗き込んで確認するが、なかなかターゲットは現れない。
さりげなくその人のことを聞いてみるが、やはり来店しているのは平日の昼間。さすがに学校をサボるわけにもいかず、俺は頭を抱えていた。せめて名前がわかれば調べようがあるのだが、梓さんは客の個人情報を漏らすようなことはしない。
手詰まりかと思っていたところに、チャンスが降ってきた。
「コナン君、確か来週学校の創立記念日よね?」
「! うん」
そうか創立記念日、平日なのに堂々と休める日がある。
「悪いんだけどその日、私は学校だしお父さんも仕事があるみたいだから、お昼はポアロで食べてくれる?」
「うん、わかったよ蘭姉ちゃん!」
「外に遊びに行ってもいいけど、ちゃんと夕方には帰ってくるのよ?」
「はーい!」
よし、しかもポアロに行く口実までできた。その日にターゲットが現れるかはわからないが、少しでも希望があるなら賭けるしかない。
俺は決意を込めてぐっと両手を握りしめた。
***
かららん、とドアベルが鳴り響く。
最近たまに会話ができるようになった目の保養のお客様が、少し眠そうな目をしながら店に入ってきた。
「いらっしゃいませ。あれ、今日安室さんいませんよ?」
「知ってる。最近忙しいみたいだな」
ブレンドよろしく、と一言を落として柊木さんはカウンターに腰かける。
安室さんがいない日に来店されたのはこれが初めてだ。それだけポアロに親しんでくれたのかと思うと、何だか嬉しくなる。
「そうだ柊木さん、SNSのこと聞かれました?」
「ああ……安室に聞いた。気にしないで、こう言ってなんだけど、慣れてる。盗撮もなかったし名前が広まってるわけでもないから」
「慣れて……るんですか……」
「残念ながらね」
柊木さんは少し肩をすくめて文庫本を取り出した。
おっと、長話は厳禁。すっとカウンターに引っ込んで、ブレンドの用意を始めた。
するとまた、かららんとドアベルが鳴る。入ってきたのは、最近特によく姿を見かける好奇心旺盛な男の子だった。
「あらコナン君、いらっしゃい」
「こんにちは!」
「今日、学校は?」
「創立記念日でお休みなんだ。だからポアロでごはん食べなさいって蘭姉ちゃんが」
「そうだったの」
道理で今日は道を通る子供さんが多かったわけだ。
今日はポアロで本読んでてもいいかな、と尋ねるコナンくんにもちろんと頷く。この子はお店で騒ぐようなこともしないし、いざ店が混みだしたらそっと家に帰ってくれるとても頭の良い子だ。たまに本当に小学一年生なのかと思うほど察しのいい子なので、私も安心してOKを出せる。
「ありがとう! 僕オレンジジュース飲みたい!」
「はーい。お好きな席に座ってね」
うん、と店内を見渡したコナン君は、ふと柊木さんに視線を向けてぴしりと固まる。うんうん、わかる。小学一年生の男の子が見ても絶対かっこいいよね柊木さんは。
その視線に気づいたのか、柊木さんも本から視線を外し、コナン君に顔を向けた。
***
うわ、本当にすごいイケメン。その人を見た第一印象はそれだった。
カウンターの端に座って文庫本を開くその姿は、一枚の絵画かというくらい様になっている。ただそこにいるだけで目を引いてしまう造形と存在感には圧倒されるものがあった。
同時に、直感する。きっとこの人が、安室さんの友人の「警察官」。このチャンス、逃すわけにはいかない。
「こんにちはっ」
「……こんにちは。坊や、ひとりか? 学校は?」
「今日は学校の創立記念日で休みなんだ。家の人出かけちゃって、ポアロでごはん」
「ああ、なるほど」
うん、と元気に返事をすると、梓さんが苦笑して間に入る。
「こーらコナン君、お客様のお邪魔しちゃダメでしょ?」
「構わないよ。……ひとりでいるのもつまらないだろ。座るか?」
梓さんを制して笑みを浮かべたその人は、本当に優しそうな人に見えた。
わーい、と言ってその人の隣の席に飛び乗るが、その人は気にした様子もない。
「僕、江戸川コナン。この上の小五郎のおじさんに預かってもらってるんだ」
「へえ、毛利探偵の。俺は柊木旭。いい名前だな、コナン君」
ひいらぎ、あさひ。
ありがとう、と答えながら、その名前をしっかりと脳に刻み込む。次にいつ顔を合わせることができるかわからない以上、できるだけ情報を引き出さなければならない。
「ねえねえ、柊木さんてここで働いてる安室さんのこと知ってる?」
「? 友達だよ」
「やっぱり!」
俺のこと知ってるの、と柊木さんは不思議そうに尋ねた。いや、あんたのことは超絶イケメンとしてすでに知られてるぞとはさすがに言えない。
「安室さんがお話してくれたよ。すっごくかっこいい、警察のお友達がいるって!」
柊木さんのことだよね、と反応を窺う。
しかし柊木さんは、特に動揺も見せずじゃあ俺のことかな、と苦笑した。「警察」を否定はしなかった。どうやら本当に警察関係者らしい。
「どんなお仕事してるの?」
「……そこで仕事の中身聞くあたり、警察に詳しいのか? たいていの子は、警察官って言ったら刑事か交番のおまわりさんを思い浮かべるのに」
「僕、ミステリー大好きなんだ。警察の人が出てくるお話も読んだから、少しはわかるよ」
そっか、たくさん本を読んでるんだな、と柊木さんは淡く微笑んだ。
つまり刑事でも交番駐在員でもないらしい。警察と一口に言っても相当幅は広い。いったいこの人は、どういう立場の人なのだろう。
さらに聞き出そうとしたとき、背後で来店のベルが鳴った。
「コナン君、ちょうど良かった」
「え、……高木刑事と佐藤刑事!」
「突然悪いね、こないだの事件で預かった証拠品を返そうと……ひ、柊木監察官!?」
俺の隣にいる人を見た瞬間、高木刑事は文字通り顔色を変えた。佐藤刑事とふたりでばっと敬礼の姿勢に入る。
監察官、とつい口の中で繰り返した。
「……あー、いえ、私は今日休みなので。そうかしこまらないでください」
「し、しかし……」
「と言うかやめてください、民間人の前ですよ」
困ったように言う柊木さんは、特に慌てることなくふたりを窘める。
失礼いたしました、とふたりは敬礼を解くと、柊木さんはやれやれと言わんばかりに首を振った。
「……柊木さんって、監察官なの……?」
「まあね」
「こ、コナン君、柊木監察官とお知合いかい……?」
「今日初めてお話したよ」
そ、そうなの、と佐藤刑事にしては珍しく歯切れの悪い返事が返ってきた。
とにかく、と高木刑事は以前の事件の関係で警察に預けていた証拠品を俺に渡し、お休みのところ失礼いたしました、とまたひとつ敬礼をしてポアロから出て行った。
ぽかんとしていた梓さんが、思わずという風に口を開く。
「……監察官って、どういうお立場なんですか……?」
「警察官の不祥事を取り締まる仕事。まあ警察の警察というか」
「警察の警察! へえ、そういう部署もあるんですね!」
「エリートの人がいるところだよね? 柊木さん、偉いんだ」
そうでもないよ、と柊木さんは軽く流すが、そんなことはない。
出世を約束された人が通る道だし、見たところ柊木さんは二十代からせいぜい三十代前半。普通そんな若い人が配属されるような部署ではないはずだ。
「高木刑事も佐藤刑事もあんなに畏まってたのに?」
「あのふたりは階級も歳も下だから。警察は上下関係にうるさいんだよ」
「ふたりのこと知ってるんだ」
捜査一課に同期がいるから噂くらいはね、とそう言って珈琲を飲みほした柊木さんは、ちらりとポアロの時計を見る。
一瞬考えるそぶりを見せ、そのまま伝票を手に取った。
「そろそろお暇するよ。またな、コナンくん」
そう言ってぽん、と俺の頭に手を置いた柊木さんは、会計を済ませてポアロを出て行った。追うに追えないまま背中を見送り、改めてカウンターに座りなおす。頭の中の情報を整理するように目を閉じた。あまりきちんと話はできなかったが、収穫はあった。
あの若さで、監察官。相当に警察内で評価されているということだろう。そして監察官なら、警察内部について得られる情報量は他より多いはず。ある程度の機密情報も得やすい立場だ。そんな人が、バーボンと「友人関係」。
いくつか可能性は考えられる。まず、バーボンの正体を全く知らないまま黒ずくめの組織に警察の情報を流してしまっているという可能性。それから、バーボンの正体を知っていながら警察の情報を流し、黒の組織に与しているという可能性。この場合、柊木さん自身が組織の一員ということもあり得る。逆に柊木さんがバーボンを探っているという可能性は……いや、監察官という立場上、さすがに考えにくい。
とにかく、高木刑事や佐藤刑事は柊木さんのことを知っていることもわかった。機会を改めて、そちらからも話を聞いてみよう。
「はい、コナン君、ケーキどうぞ」
「え、僕頼んでないよ?」
「柊木さんが、お近づきのしるしに、だって」
お昼ご飯のあとにお腹に余裕がありそうだったら出してあげてって、と笑う梓さんがふふふと笑う。よく見たら俺が飲んでいたジュースの伝票もない。もしかしてと改めて梓さんを見ると、にっこりと微笑まれた。
つい、力が抜ける。考え事に気を取られていたとはいえ、あまりにもスマートに奢られてしまった。ささやかながらも優しさが滲む微笑みが脳裏に浮かぶ。
柊木さんの正体はまだわからないが、あの優しい笑顔は偽りではないと思いたい。柄にもなく、そう思った。
***
「……あれが例の、江戸川コナン君、か」
伊達と松田がたまに口にする、毛利探偵にくっついてくる小学生。
隠してはいるが、どうやら子供には似合わない卓越した推理力と知識を兼ね備えていて、自ら事件現場に飛び込んでくるという。その能力自体はたいしたものだが、警察から見れば危なくて仕方がないと、特に子供好きの伊達はため息をついていた。事件捜査が本来どれだけ危険なのか、何とか教えられればいいんだがとぼやいていたのを覚えている。
その話を聞いたときはどんな問題児かと思ったが、話してみれば意外や意外、確かに少々子供らしく振舞っていたようだが、人の話をきちんと聞けるし、ちゃんとものを考えられる子のように感じられた。なのに伊達や松田の静止を聞かず捜査に飛び込んでくるというのは、どういうことなのだろう。
「……事件捜査になると人が変わりでもするのか……?」
実際その姿を見てみないと何とも言えないが、そんなに馬鹿な子には見えなかったが。何となく釈然としない気持ちを抱えながら、念のため奴らに報告をすべくスマホを取り出した。