六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 とある穏やかな昼下がり。

 休日の午後のティータイムも終えて、ポアロの店内もだいぶ落ち着いてきた。人が少なくなったころを見計らってか、最近よく来てくれる男の子に声をかけられた。

 

「あ、ねえ安室さん! 僕安室さんのお友達に会ったよ!」

 

 ああ、とその言葉に目尻を下げた。その報告はすでに本人から上がっている。

 予想はしていたが、彼は持ち前の好奇心で自分から柊木に話しかけにいったという。当たり障りのない程度の話で終わったようだが、さて、この小さな探偵君は柊木との接触で何を思ったのか。

 

「彼から聞いたよ。仲良くしてくれたんだって?」

「ジュースやケーキをご馳走してもらっちゃったんだ。お礼を言いたいんだけど、連絡先がわからなくて」

「僕から伝えておくよ。わざわざありがとう」

 

 にこりとそう笑って返すと、だよなーという顔をされた。もちろん、そう簡単に連絡先を教えたりはしないとも。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいがきんちょ、それ例の超絶イケメンの話じゃないの?」

 

 ばっと身を乗り出したのはいつも元気な鈴木財閥のご令嬢。コナンくんとの接触よりも、彼女との遭遇の方が正直怖かった。

 その様子にちょっと呆れた目を向けつつ、コナンくんは軽く頷く。

 

「そうだと思うよ。びっくりするくらい格好良かったから」

 

 わかる。男の目から見ても柊木は相当なイケメンである。こんな子供にまでそう言わせるのだから、そのルックスの良さがわかろうというものだ。

 

「僕、カウンターに座ってるだけで絵になる人初めて見た」

「もー! 会ったならすぐ園子お姉さまに連絡しなさいよ!」

「創立記念日でおやすみだったときだよ。だから園子姉ちゃんは学校」

「きいいいい! 私だって超絶イケメンに会いたい!」

 

 そんな園子さんを窘めつつ、蘭さんがこちらを向いた。

 

「すみません、コナンくんご馳走してもらっちゃって聞いて……本当なら私からもお礼を言いたいんですけど」

「お気になさらず。彼もコナンくんと話せて楽しかったと言っていましたから」

 

 これも別に嘘ではない。普通にいい子そうに見えたけど事件になると人が変わりでもするのか、なんてメッセージで零していたおり、柊木としてはコナンくんに対して悪い印象はもっていないようだった。よく監察官なんて立場知ってたよなとのんきに宣った柊木は、少なくともコナンくんを「警戒すべき対象」とは見てはいない。

 警察でも偉いひとなんだって、と子どもっぽくコナンくんを見ながら、さすがにちょっと油断しすぎじゃないのかと思う反面、柊木がそう思うならそれでいいとも思った。

 何せ、柊木の人を見る目は理屈では語れないところがある。

 

「え、……イケメンでしかもエリート? 最高じゃない!」

「はは、とても優秀な人なんですよ」

 

 適当に相槌を打ちながら、もちろんこれも嘘ではない、と内心で呟いた。柊木は間違いなく優秀だ。未来の警視総監なんてもっともらしく噂されているとも聞く。

 まだ二十九の柊木には気の早い話だろうが、もしそれが実現すれば警察はもっとクリーンな組織になるだろう。監察官という職務がなかったとしても、基本的に筋の通らないことは嫌がる奴だ。ぜひとも順調に出世の階段をあがってほしい。

 

「それにしても安室さん、そんなひととどうやって知り合ったの?」

「少し前の探偵の仕事でちょっとね。守秘義務があるからあんまり教えてあげられないけど、ある事件で出会って意気投合したんだよ」

「そうなんだ」

 

 にこにことコナン君と笑顔をかわす。しかし本当に、好奇心の強い子だ。そんなに探られると、俺としても君を探りたくなってくるのだが。

 コナン君が知り合いの捜査一課の刑事に柊木のことを尋ねたこともわかっている。どうやら話を聞いたのが柊木に憧れている刑事だったとかでほとんど柊木を褒めたたえる内容で終わったようだが、それも当然だ。

 柊木は探ったところで何も出てこないし、そもそも「バーボン」相手だろうが「降谷零」相手だろうが機密情報は漏らさない。同期で集まる酒の席でも絶対にだ。少々の仕事の愚痴をこぼしたとしても、誰ひとりとして「言ってはならない情報」は口にしない。

 だからこそ刑事部も公安部も警務部も関係なく、今でも付き合いを続けていられるのだ。その一線はきっちり守られている。

 

「……ねえ安室さん、ちょっと耳貸して」

「なんだい?」

 

 ふと何か思い当たった様子のコナンくんの横で、すっと膝を折る。耳に掛かる息がくすぐったい。

 

「―――もしかして柊木さんて、女の人苦手?」

 

 ああ、そのことか、と苦笑するしかない。

 やはりというか、驚いたというか、気づいてしまったらしい。この子はひどく洞察力に優れているから、梓さんとの応対で察してしまったのだろう。

 一応、迂闊に肯定する前にしゃがんだままコナンくんの大きな瞳を覗き込んだ。

 

「どうしてそう思うんだい?」

「柊木さん、僕と話をするときはちゃんと目を合わせてくれたのに、梓姉ちゃんのほうは全然見ようとしなかったんだ。でも仲が悪いって感じもしなかったし、梓姉ちゃんも気にした風もなかった。それに、この前柊木さんの話をしたとき、梓姉ちゃんは園子姉ちゃんに柊木さんの話をするの、やけに困ってるみたいだったから。柊木さんが女の人のことが苦手で、梓姉ちゃんもそれを知ってたんだとしたら辻褄が合うなって」

 

 柊木さんくらい格好いい人なら今までもきっとたくさん女の人に騒がれただろうし、そういうのを嫌がる人もきっといるよね?

 続けられた言葉に、もう苦笑するしかない。

 

「……実はそうなんだよ。それも相当なレベルで、ポアロに通っているのもリハビリを兼ねているんだ」

「やっぱりそうなんだ。……じゃあ、園子姉ちゃんに会ったら」

「正直、大変だと思う」

「え、何? 何よ、私のこと?」

 

 ううん何でもないよ、とコナンくんは元気に返事をし、ええ何でもないですよ、と僕も同じ顔で笑ってみせる。

 横目で小さな探偵くんに目を向ければ、綺麗な青もこちらを向く。

 

「……僕、園子姉ちゃんに柊木さんの話しないようにするね」

 

 言わなくても理解してくれたコナンくんに苦笑しつつ、助かるよと本音で言った。

 そう、この子は事件さえ絡まなければちゃんとひとを気遣えるいい子なのだ。柊木のデリケートな部分を、他に知られないように配慮ができる程度には。

 鋭すぎるうえに好奇心が強すぎる、しかもおそらく何か隠し事をしているであろうコナンくん相手に油断はできないが、柊木に関してだけは協定を結んでもいいかもしれない。

 

「コナンくん」

「なぁに?」

「彼はね、本当に僕の友人なんだよ。いい奴なんだ」

 

 するりと心から出てきた言葉を、コナン君がどう思ったかはわからない。だけど、そうなんだ、と言ったその笑顔に、企みや疑いの色は見えなかったように思う。

 

 

 ***

 

 

 柊木さんについて、灰原や赤井さんにも確認をした。

 バーボンの「友人」でエリートの「警察官」。その外見的特徴と「柊木旭」の名前も伝えたが、ふたりともその存在に心当たりはないらしい。

 

『知らないわ。確かに組織の性質上、警察に組織の一員がいてもおかしくはないけれど。心当たりはないわね』

『聞いたことはないが……もし日本警察に奴らの仲間がいるのだとしたら厄介だな』

 

 結局、まだ柊木さんの正体はわからない。

 はっきりしたのは、柊木さんが警視庁内でもかなり評判のいい監察官であるということと、女性が苦手であるということだけ。

 高木刑事に柊木さんのことを尋ねると、まるで待ってましたと言わんばかりにそれはもう存分に語られた。正直、迂闊に電話したことを心底後悔するほどに。

 

『本当にすごい人なんだよ!』

 

 さすがに職務の内容が内容だけに詳細は教えてくれなかったが、どうやら本当に有能な人のようだ。しかも穏やかで謙虚、そのくせしっかり筋は通す人柄から、かなり評判はいいらしい。そのルックスも相まってかなりの有名人なのだと聞いたときには、それならさすがに組織からの潜入ではなさそうか、と胸をなで下ろした。普通、潜入をするならできる限り目立たないように振舞うはず。いや、安室さんを考えればそうとも言い切れないのかもしれないけど。

 女性が苦手なことについても、おそらくあれは偽装ではない。梓さんと目を合わせなかっただけでなく、できる限り近づかないように必ず一定の距離を保っていた。梓さんもおそらく直接接触しないようおつりやレシートをトレイに入れて渡していたが、それ以上に柊木さんがかなり気を張って距離を保っており、しかも極力自然に見えるように振る舞っているのはよく観察すればわかる。

 安室さんがやけにあっさりとそれを認めたのは意外だったが、あれは純粋に園子を警戒してのことだろう。

 園子ならきっと柊木さんを見かけた瞬間にまっすぐ飛びついていく。普通の人でもあんな勢いで来られたらビビるのに、女性が苦手な人ならなおさらだ。その場面を想像しただけで頭が痛い。多分、安室さんもそうだったのだと思う。

 柊木さんを本当に友人なのだと言った安室さんの言葉を、俺はどこかで信じようとしていた。柊木さんは安室さんにとって利害も組織も関係ない、ただの友人なのだと。

 組織の一員であるバーボンの言葉を額面通りに受け止めるなんていつもの俺なら馬鹿げていると考えるだろう。だけど、そう言った時の安室さんの笑顔も、柊木さんが俺に向けてくれた笑顔も、どうにも嘘だとは思えなかった。

 

『珍しいわね』

 

 柊木さんのことを尋ねたときに、灰原に言われた言葉が蘇る。

 いつも通りのちょっと皮肉気な笑みに声を乗せて、灰原は言った。

 

『いつもの貴方なら、すぐに盗聴器を仕掛けて尾行しているのに』

『俺を何だと思ってんだよ……』

『あら、事実でしょう?』

 

 さらりと言い返され、黙った。確かに、今までのことを思えば否定はできない。

 

『それとも何か、思うところでもあったのかしら』

 

 そう言われて浮かぶのは、やはり柊木さんの淡い笑顔だった。

 いきなり見ず知らずの子どもに声をかけられても戸惑うことなく、穏やかに話をしてくれた。俺を子ども扱いするくせに決して軽んじはせず、適当なことも言わなかった。そういう扱いをしてくれる「大人」はそう多くなくて、ひどく新鮮だったような気がする。

 

『……わかんねえけど、あの人にはそういうことする気が起きなかったんだよ』

『そう。別にどうでもいいけれど、無茶をしてくれなくてよかったわ。組織に貴方の正体がバレたら、私まで危険なんだから』

『へーへー、わかってますよ』

 

 絆された、のだろうか。

 心のどこかで、柊木さんは無関係な人であってほしいと願っている自分に気づく。同時に、赤井さんの言葉も脳裏に蘇った。

 

『ボウヤの目を信じたいところだが、確証が持てるまで信用はしない方がいい。組織はそれだけ狡猾な奴らの集まりだ』

 

 もちろん、赤井さんの言うことは、正しい。でもやっぱり、―――信じたい。

 結局のところ、やるべきことはひとつしかない。柊木さんが黒か白かはっきりするまで、確固たる証拠が見つかるまで、柊木さんを探るしかない。ありとあらゆる可能性を検証し、ありえないものを除外して、残ったものこそが真実だ。

 俺は何とか柊木さんともう一度会うために、二度目の接触方法を考え始めた。

 

 

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