六花、欠けることなく   作:ふみどり

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「それじゃ、いつの間にか試験受けてやがったヒロ萩原松田の昇進を祝って」

 

 かんぱーい、と軽く声を合わせつつ、完全に拗ねている降谷に笑う。

 どうやら三人が昇任試験を受けていたことをひとりだけ全く知らなかったらしい。俺や伊達も諸伏が試験を受けていたのは知らなかったが、降谷にまで秘密にしていたのか。

 

「秘密にしてたというより、言う暇がなかったんだよなぁ。だってゼロ、最近ほとんど警視庁来てなかったろ?」

「連絡手段はいくらでもあったはずだ」

「そんな怖い顔するなって」

 

 じとりと諸伏を見る降谷を諸伏がまあまあと宥める。そんな様子に笑いつつ、萩原と松田はたすたすとテーブルを叩いた。

 

「いじけ降谷はほっといて、ほら早く焼いてよ旭ちゃん。ご褒美ご褒美」

「そうだぞ早く焼け柊木。こちとら限界まで腹減ってんだ」

 

 目の前にはすでに温まっているホットプレートとたこ焼き機。

 この窃盗犯二名はしっかりと有言実行をして、小麦粉だの肉だのをしこたま買い込んできた。いや、別に構わないのだが、さすがにちょっと呆れたというか。伊達だけは平和そうにその様子を見ながらけらけら笑っている。

 

「まあ無事合格して何よりだな。大丈夫だろうとは思っていたが」

「やーホント法律とか久々に勉強したわー」

 

 旭ちゃんに本借りて勉強しといてよかったよ、と軽く笑う萩原。

 こいつは決して座学が苦手なわけではないのだが、基本的に暗記に向かない。単純に勉強自体そこまで好きではないというのもあって、六割の力で勉強して八割の結果を出すタイプと言うか、要領の良さで点を稼ぐ。

 

「俺は面接の方が嫌だ」

 

 松田の場合、座学は普通にできる。というか真面目に勉強する。

 面接の方も、松田は単純に目上への取り繕いに苦手意識がある分緊張してしまうだけで、そう下手なわけではないと俺は思っている。機動隊でさんざん上下関係を叩き込まれたのか、いつの間にか敬語はちゃんと使えるようになっていた。

 

「まあ、諸伏のおかげで何とかなったけどな」

「そりゃよかった」

「何だよ、何かアドバイスでもしたのか?」

 

 たこ焼きの生地を流し込みつつ、座学も面接もさらりとこなしたであろう諸伏に尋ねた。諸伏はなんてことないように、いつもの笑みをさらに濃くする。

 

「どんな面接官よりも仕事モードの柊木監察官のが絶対面倒だからビビることないよって」

「ああ、どんだけ性格の悪い面接官がきたとしても、笑顔で説教する柊木の方が格段に怖いしえぐいに決まってるからな。そう思ったら全く緊張しなかった」

「オイそいつらの皿と箸を没収しろ」

 

 させるか、とふたりはしっかりと皿と箸を抱え込んだ。

 肩を震わせる伊達と萩原は百歩譲って許すが、確かにそうだなと真顔で言った降谷、お前は許さない。

 

「だってお前の説教って的確に責められたら嫌なところ突いてくるだろ」

「あーわかる。切り口がえぐいんだよなあ」

 

 警察学校時代、誰よりも俺に説教されたふたりはけらけらと笑いながら言う。くるくるとたこ焼きをひっくり返しながら、俺は苦い顔で返した。

 

「二度と同じことしないように説得するのが説教なんだから、当たり前だろ」

 

 過ちを犯した相手に正論を叩きつけるのは簡単だが、それではなかなか相手に響かない。特に相手がそれを過ちだと理解しながら行っている場合は、「ダメなことだからしちゃいけない」なんて言われてやめるはずがない。それでは説教をする意味がない。

 だから俺は、その行為が自分自身の首を絞めるという方向に、あるいはその行為をしないことで自分自身の得になるという方向に話をもっていき、「その行為をしてはならない理由を相手自身にもたせる」ことが重要だと思っている。かつて学校へ行っていなかった馬鹿たちに、「勉強しろ」とは言わず、「勉強はできた方が何かと得だぞ。面倒も少なくて済む」と繰り返し唱えたように。

 どうやらこのやり方は松田曰く「えぐい」らしい。まあ確かに俺も性格のいいやり方ではないことは承知している。

 

「ま、その説教のおかげで俺は生きてるんだけどね~」

 

 けろっと言い放った萩原に、むしろ松田の方が一瞬凍る。

 近距離で爆破に巻き込まれておきながら一切堪えてないその図太さ、本当に松田にわけてやって欲しい。そう内心溜息をつきながら、ああ感謝しろよと軽く答えた。

 

「うんうん柊木の説教スキルに感謝」

「せめて説得スキルって言ってくれ」

「大して変わんないっしょ」

 

 いや、俺の印象が変わる。そう真面目な顔で言うと、また皆笑い出した。

 やれやれと焼きあがったたこ焼きをひとつ持ち上げると、さっと松田が皿を出してきた。ぽいっと置いてやるとぱっと松田の顔が明るくなる。お前好物目の前にすると精神年齢二十くらい下がるの何なの、可愛いかよ。

 

「そういえば柊木」

「んー?」

「江戸川コナンに接触したんだよな」

 

 じっとこちらを見つめながら聞いてきた降谷の言葉に、お好み焼きの生地を混ぜながら適当に返事をした。

 上を向いていた伊達のくわえ楊枝がすっと下を向き、松田の眉がぴくりと動く。

 

「そう問題児には見えなかった、だっけか?」

「とりあえず第一印象ではな。確かに小学校一年生とは思えないほど頭の回転がいいのはわかったけど。……別にお前らが言ってたことは疑ってないよ。 ただ俺のイメージとは違ってたってだけ」

 

 ちょっと声のトーンが下がった松田に、思ったままを答える。伊達は少し苦笑した。

 

「まあ、事件がなきゃただの頭のいい子どもかもなぁ」

「というか事件に巻き込まれすぎなんじゃないの? お祓い勧めた方が良くない?」

「それは言えてる」

 

 あまり興味のなさそうに萩原はたこ焼きを口に放り込み、諸伏も苦笑して頷いた。

 探偵が事件を呼ぶとは言うが、さすがに呼びすぎだろう。そのうちコナンくん自身も事件の被害者になってしまいそうなのは心配だ。元刑事で俺より年上の毛利探偵相手ならまだしも、さすがに小学校一年の子ども相手に自業自得なんて言葉を使いたくはない。

 彼はまだ未成年で、守られるべき子どもなのだから。

 

「えらくお前のことが気になってるらしいぞ」

「へえ」

「……興味なさそうだな」

「好きに探ればいいだろ。俺に後ろ暗いところなんか欠片もない」

 

 小学一年生が俺の何をどうやって調べるつもりかは知らないが、俺はどこを探られても痛い腹なんてない。女性苦手の件ですら別に隠してはいないのだ。

 柊木らしい、と笑う降谷の顔が、一転して悪い笑みに変わった。

 

「まあそれはさておきだ、柊木。お前、俺がいなくてもポアロに来れるようになるなんて成長したじゃないか」

 

 随分、梓さんに懐いたんだな?

 そうにやりと笑う降谷に、ひくりと頬が引きつった。こいつ、コナンくんに接触したことを伝えたときは特に何も言わなかったくせに。

 それを聞いた同期たちの目がきらりと光る。

 

「何、ようやく旭ちゃんにも遅すぎる春到来?」

「てっきり降谷がいる日に坊主と接触したんだと思ってた。お前、そんな面白いこともっと早く言えよ」

「良かったなぁ柊木、順調にリハビリ進んでるじゃねえか」

「えっなに柊木、好きな子できたの?」

 

 諸伏の言葉の最後を切り取るようにざくっと音を立ててお好み焼きにへらを突き刺せば、即座に諸伏は違うのねごめんと両手をあげた。別に俺は怒ってません。

 

「確か刑事部でもちょっと噂になってる可愛い子っしょ?」

「何人かその子目当てにポアロ通ってるらしいな。美人なのか?」

「可愛いし愛想も気立てもいいよ。何より僕や柊木の顔に怯まない」

 

 おお、と降谷の言葉に歓声があがる。ああ全く、頭が痛い。

 

「……確かにリハビリはさせてもらってるし助かってるけど、特別な感情はない。というか降谷、お前わかってて言ってんだろ」

「わかってはいるが、プライベートで素のお前と会話が成立する唯一と言っていい女性だろう。特別になったら面白いなと」

「面白いで話を進めるな、彼女にも迷惑だ」

 

 きっぱりと言い切ると、つまんなーいと萩原がぼやいた。そういうこと言う奴にはお好み焼きはやらない、というと慌てて謝ってくる。

 

「しかしまさか柊木がそこまで懐くとはな。今度俺も行く」

「あ、俺も俺も。行こう行こうと思ってたけどなかなか時間作れなかったんだよね」

「確かに興味あるなぁ。俺も」

「うーん、ポアロくらいならきっと俺もセーフだよな」

 

 お前ら本当に俺を何だと思ってるのかと。しかし確かに自分でもリハビリの順調さには驚いているので口には出さないでおいた。

 特別な感情こそなくても彼女にはちゃんと感謝をしているし、人間として好感を持ってもいる。ごくごく自然に配慮をしてくれる彼女の店員としてのスキルは本当に大したものだ。

 

「……ポアロが騒がしくなるぞ、いいのか」

 

 わいわいとポアロに集まる予定を合わせるそいつらを見ながら悔しまぎれに降谷にそういうと、すっと降谷はトリプルフェイスを切り替え、「安室透」の笑顔を作って答えた。

 

「お客様が増えるのはいいことでしょう?」

 

 心底殴りたい、その笑顔。

 腹立ちまぎれに俺は手元のビールを一気に飲みほした。

 

 

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