六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 子どもたちを見てるなんて言わなきゃよかった。

 わいわいと騒ぐ子供たちを見ながら、俺は心底後悔していた。「少年探偵団の出番ですね!」「どの人が怪しいと思う?」なんて話している子供たちを見ていると頭が痛くなってくる。

 子どもが苦手なつもりはないが、別に好きなわけでもなければ扱いに慣れているわけでもない。とりあえず何とか事件が一区切りつくまでやり過ごすかという考えに逃げようとしたとき、柊木のイイ笑顔が脳裏に浮かんだ。

 

『よろしく』

 

 あれは魔王モードの笑顔だった。

 その「よろしく」の意味はわかっている。わかりたくなかったけど、わかっている。あいつの指示に従わなかったらどうなるのかも嫌ってほどわかっている。あれは子どもたちが事件捜査に首を突っ込まないよう説教しておけという意味だ。

 いや俺だって、相手がまだ普通に会話ができる年代の相手なら警察官としてそれっぽいことくらいは言える。だが、小学一年生相手にどういうレベルで言い聞かせたらいいというのか。俺には子どもどころか弟妹も、親戚の子すらいないのだ。

 どうしろっての、と遠い目をしたとき、以前の飲み会で柊木が「説教は説得」なんて言っていたのを思い出した。

 実際、子どもたちに正論を振りかざして言い聞かせても仕方ない。危ないからダメといっても通じないだろう。俺も子どものころはダメと言われたことほどやりたくなった。

 とにかく、「今」事件に関わるのをやめる理由ができればいいのだ。多少めちゃくちゃで筋が通っていない理由でも、「今」納得してくれればそれでいい。本当の理由はこの子たちが成長していく中で理解していくだろう。

 となると、まずはこの子たちのことを知らなくてはと改めて子どもたちを見渡したとき、ひとり減っていることにようやく気付いた。

 

「え、……こ、コナンくんは?」

「たった今、トイレに行きましたよ?」

「にいちゃん、ぼうっとしてたから聞いてなかったんだな!」

 

 あっやばいそれ絶対現場に乗り込んでる奴。

 さっと顔色を変えた俺を心配してくれたのか、カチューシャを付けた女の子が心配そうに声を掛けてくれたが、うん、大丈夫じゃない、後で魔王に殺される。

 

「……大丈夫だよ……」

 

 などと言えるはずもなく、俺は無難に頷くしかない。

 これは、とにかく今ここにいる子たちにだけでも言って聞かせるしかない。事件の詳細はわからないにしろ、殺人犯がいるかもしれないこの状況で俺がこの部屋を出て探しに行くわけにはいかない。

 一番の問題児はそっちに任せたぜ柊木、松田、と内心やけになりながら、まずはそれぞれの名前を聞いた。歩美ちゃんに、元太くんに、光彦くんに、哀ちゃん。え、哀ちゃんて呼ぶなって? 灰原さんならいいの? 大人びた子だ。

 

「私たち、少年探偵団なの!」

「難事件をいーっぱい解決してきたんだぜ!」

「今回の事件だって、僕たちの手に掛かればすぐ解決ですよ!」

 

 微笑ましいは微笑ましいが、犯罪事件に巻き込まれて平然としているのは大変よろしくない。事件に巻き込まれすぎて感覚が麻痺している部分もあるのかもしれない。

 

「へえ、今までどんな事件解決したの?」

 

 と聞いてやると、我先にとその三人は喋りだした。九割くらい盛った内容なのだろうが、俺はうんうんと頷いてやる。

 うん、悪い子たちではない。別に誰かを困らせたいわけでもなく、むしろ逆だ。いいことをして、褒められたい。正義の味方になりたい。そういう、子どもなら誰でも持っている願望の矛先が、「少年探偵団」として事件捜査に向いているようだった。

 

「……それでねっそれでねっ、そこでまた、コナンくんが解決したの!」

「いっつもずるいんだよなぁコナンの奴。ひとりでいいとこ持っていってよぉ」

「本当ですね……って、そういえばコナンくん、遅くないですか?」

 

 はっと気づいた光彦くんに、灰原さんが薄く笑って言った。

 

「ひとりで現場に行ってるのかもしれないわね」

 

 ええっと叫んで三人が立ち上がった。

 いやそういうこと言うとこの子たちも行きたがるのわかるでしょ灰原さん。さっきはこの子たちに言うこと聞くようにって言ってたのに今更面白がって煽らないでほしい。

 

「こうしちゃいられません、僕たちも行きましょう!」

「はいはいストップ~。確かにコナンくんは現場に行こうとしたらしいけどね、柊木に捕まったみたいだよ」

 

 内心の動揺をおくびにも出さず、スマホを片手に笑って見せた。

 え、と立ち上がりかけた三人が止まる。

 

「あ、柊木ってのはほら、さっきまでおにーさんと一緒にいた人ね? アイツも警察官なんだけど。そいつがコナンくんを捕まえて、今お説教してるんだって」

 

 でまかせだが、十中八九間違ってない。おそらくそれで柊木もなかなかここに来ないのだろう。聴取自体はそんなに長くかからないはずだ。

 

「あのかっけーにいちゃんか。でもよーあのにいちゃんの説教って怖くなさそうだよな」

「そう思うだろ? ……実はめちゃくちゃ怖い」

すっと表情を消して言うと、えっと子供たちは聞き返した。

「……そんなに?」

「俺も刑事さんだけどね、凶器を持った殺人犯は怖くないけど柊木の説教は怖い」

 

 えええっと子供たちは叫ぶ。

 残念ながらこれは嘘ではない。武器を持った殺人犯を捕まえるか柊木の説教を聞くか選べと言われたら俺は間違いなく前者を選ぶ。殺人犯は確保すれば終わるが、柊木の説教は本気でやめることを約束するまで絶対終わらない。多分俺と同じくらい柊木の説教を受けてきた松田も同じことを言うだろう。

 

「だから大人しくここで待ってような。お説教に巻き込まれたくないだろ?」

 

 はーい、としぶしぶながらも頷いた子供たちは、顔を見合わせてちょっとだけいじわるそうに笑った。

 

「ちょっとだけいい気味ですね、いつもコナンくんひとりで行っちゃいますから」

「いっぱい怒られればいいよな、俺たちを置いて行ったんだから」

「そんなこと言ったら可哀想だよ。……でもやっぱりちょっとズルだよね」

 

 ズル、か。歩美ちゃんの言ったその言葉が、少しひっかかった。正義の味方に憧れる子たちなら、きっとズルは嫌がるだろう。

 そう思ったとき、するりと俺の口から言葉が滑り落ちた。

 

「でも、君たちもズルしてるだろ?」

 

 え、と三人が固まってこっちを見た。

 そして怒涛の勢いで言葉を投げてくる。どうして? 歩美達ズルくないもん! 俺たちズルなんてしてねーぞ! コナンくんはズルかもしれませんが、僕たちはそんなことしてません!

 その勢いに苦笑しつつ、んーとね、と俺は言葉を選びながら答えた。

 

「だって君たちも事件に関わったりしてるでしょ」

「だって歩美達少年探偵団だもん!」

「事件調べるのは当たり前だろ!」

「コナンくんが僕たちを差し置いて捜査をしていることをズルだって言ってるんです!捜査をしていることじゃありません!」

 

 だから捜査すること自体がズルなんだって。

 さて、どういえば伝わるか。ふと、子どもたちのサッカーボールが目に入る。

 

「君たちさ、サッカーの試合見たことある?」

 

 突然全く違う話題を振った俺に、三人はきょとんとした。代表して光彦くんが答える。

 

「Jリーグの試合なら皆で何度か観に行きました」

「そっか、サッカー選手ってかっこいいよな~。一生懸命練習して、そんで監督とかいろんな人に認められて、ようやくあんな大きなスタジアムで試合できるんだもんな。だから応援したくなる」

「は、はい」

「じゃあさ、その試合の最中に、サポーター席に座ってた人が突然ピッチに乱入してったらどう思う?『俺、サッカー上手いから一緒にプレイしてやるよ! 俺が点を取ってやる!』なんて言いながらさ」

 

 その場面を想像したのか、一瞬で三人は眉を吊り上げた。

 

「そんなの、絶対ダメ!」

「ずりーぞ!」

「モラルに欠ける行為です!」

 

 うん、ダメだよね、と頷いた。

 そして重ねて問いかける。何故ダメなのか、と。

 

「え、だって……サッカー選手じゃないもん」

「そんなのかっこわるいしよ……」

「ええっと……そりゃあ、プロじゃないから、でしょう?」

「うんうん、全員合ってると思う」

 

 そう、外野からプロじゃない人が乗り込んでくるのは、「ダメ」で「ズル」し「かっこわるい」んだ。君たちもよくわかってるじゃない?

 

「おにーさんたちはね、学校でたくさん勉強して試験に合格して、また警察学校でたくさん勉強して、今でも毎日いろんな人に教えられたり叱られたりしながら、ようやく刑事になっていいよって、事件の捜査をしてもいいよって許してもらうんだ」

 

 俺たち刑事にとっては現場がピッチで、事件がサッカーの試合だ。ただし、練習試合なんて一個もないし、絶対に負けることは許されないけれど。

 事件をサッカーの試合に例えるなんて不謹慎だと特に降谷あたりから殴られそうだが、この場だけのことだから許してほしい。厳密に言わなくてもいろいろ違うけど、とりあえずニュアンス伝わりゃいいんだって!

 

「そこに警察学校どころか小学校も出てない君たちが乗り込んでくるのはズルじゃない? あ、もちろんこの場にいないコナンくんもだよ?」

 

 俺たちいっぱい勉強していっぱいトレーニングしてようやく許してもらったのにさーと拗ねたように言ってみせると、今まで考えたこともなかったのだろう、三人はぽかんと口を開けていた。

 

「……歩美達、事件解決するのはいいことだって思ってたけど、……ズルだったの……?」

 

 ぽつりと、歩美ちゃんのつぶやきが落ちる。

 俺の拙いお説教でも、一応感じるところはあったらしい。

 

「……そうね」

 

 唯一じっと黙って俺の話を聞いていた灰原さんが、ようやく口を開いた。

 

「警察学校って、すごく厳しいところなんですって。朝も昼も晩も勉強して身体鍛えて、あまりの厳しさに逃げちゃう人もいるそうよ。そういう試練をクリアすることなく事件捜査だけやるなんて確かに虫のいい話よね、ズルかもしれないわ」

「そ、そんなぁ……哀ちゃん……」

 

 じわりと、歩美ちゃんの大きな瞳に涙が滲んだ。

 

「たとえば皆が、こんな怪しい人を見たよっていう話を聞かせてくれるだけなら、すごく有難いし、それはズルじゃないんだけどね。それは俺たちにとってすっごく嬉しい応援だから。だけど、わざわざ怪しい人を探しに行ったり、事件が起きた場所に自分から行こうとするのはズルかなぁ。おにーさんが言ってること、わかる?」

 

 わかります、と呟いたのは光彦くん。

 ズルはダメだよな、と元太くんもしょんぼりと頷いた。

 とりあえず、伝えたいことは伝わっただろうか。そう思ったとき、ドアをノックする音が響いた。

 

 

 *

 

 

 どうやら事件はすでに解決したらしい。

 入ってきたのは柊木に松田、そしてコナンくん。やはり一緒だったらしい。さぞ柊木に叱られてへこんでいるのだろうと思いきや、そうでも……ない……? あれ、説教したんじゃないの、と不思議に思いながらも、パトカーと俺の車でこの子ら送ってくから、という松田の言葉に頷いた。

 

「じゃあ二つにわかれてくれる? 家が近い者同士でくっついてくれると助かるな」

 

 そう言うと、灰原さんとコナンくん、元太くん光彦くん歩美ちゃんでわかれた。

それなら、俺がパトカーで後者三人を送っていこう。人数的に柊木は松田の車に乗ればいい。

 送ってった後は本庁な、と言った松田に片手を上げて応えたとき、後ろからそっと裾を掴まれた。

 

「ん? ……あれ、どうしたの灰原さん」

 

 かがんで目線を合わせてやると、灰原さんは裾を掴んでいた手を離した。相変わらず無表情で、何を考えているのかイマイチわからない。

 

「お説教、もうちょっといいたとえ話はなかったの?」

「あれ、それ言っちゃう……? おにーさん結構頑張ったんだけど……」

 

 開口一番のダメだしに、俺は苦笑した。どちらかというと慣れないなりに善戦したと言ってほしいところ。

 

「……でも、あの子たちには響いたみたい。多分これで、少しは大人しくしてくれると思うわ。……ありがとう」

 

 それだけ言うと、灰原さんはするりと身を返して松田の車の方に走っていった。ほんのわずかに聞こえたお礼と、ちょっとだけ見えた照れた顔はきっと俺の気のせいではない。

 何だ、ちゃんとお礼が言えるいい子じゃないの。慣れないことをした甲斐はあったかなと少しだけ笑いつつ、俺もパトカーに向かって歩き出した。

 

 ***

 

 

 それぞれを送り届け、本庁での聴取もひと段落。

 休みが休みにならなかったと溜息をつきつつ、俺は何故かうちに乗り込んできた松田と萩原に飯を食わせていた。

 

「何で俺がお前らに晩飯作らなきゃいけないんだろう」

「え、そういう約束だったじゃない?」

「それは今日付き合ってもらったらって話だったろ。結局一日何もできなかったじゃねえか。というか松田、お前聴取とかいいのかよ」

「いいんだよ、俺は今日ただのフォローだったんだし。第一あんなしょぼくれた顔見ながら仕事なんざしたくねえ」

 

 あー、と遠い目をする。それなりに言うこと言ったので、むしろへこんでもらわないと困るのも事実なのだが。

 

「結局、目暮班にも問題児にも説教かましたんだよね?」

 

 その割に少年の方は、あんまり落ち込んでなかったみたいだけど。

 萩原の台詞に、松田と目を見合わせた。

 

「……まあ、コナンくんにはだいぶ手加減したかな」

「ああ、相当に優しかった。お前あんなに優しい説教もできるんじゃねえか」

「えっそうなの? てっきり泣いて謝るまで言葉責めするもんだと思ってたのに」

 

 人聞きが悪いセリフを吐いた萩原のおかずを一皿取り上げると、ごめんなさいと言葉が飛んでくる。食を握ってる奴に対して暴言吐くと痛い目見るぞ、いい加減覚えろ。

 

「頭が良かろうが小学一年生だぞ。子ども相手なら俺だって手加減くらいするわ」

 

 手加減をしていようと、ちゃんとこちらの言いたいことが伝わればそれでいいのだ。コナンくんにはちゃんと伝わっている。あの後きちんと連絡先を交換したが、コナンくんは本当に嬉しそうだった。隣にいた灰原さんはなぜかその様子を二度見していたけれど。

 

「……わかってはくれた感じ?」

「たぶん。目暮班も……まあわかってくれてねえんなら捜査一課の人員が綺麗に入れ替わるだけだな。ふたりとも、昇任早々悪いけど降格を覚悟しろよ」

「え、俺も?」

「させねえよ」

 

 不機嫌そうに松田は唸った。どうやら伊達と一緒にもう一度説教をするつもりらしい。毛利探偵のことも含めて、ちゃんと線引きはさせると言ってくれた。それならきっと大丈夫だろう。

 

「そっちの方はどうなんだ?」

「えー、少年探偵団? うーん、多分捜査に首突っ込むのがダメなことなんだっていうのはわかってくれたんじゃない?」

 

 なら、とりあえずは良し。

 萩原に説教を任せるのは不安もあったが、何とかこなしたらしい。確かにあの子たちも目に見えてしょんぼりしていたし、うまく話を持っていたのだろう。これから無茶をしないでくれるならそれで十分だ。

 

「じゃあ今日片づけるべき案件はあとひとつだな」

「え、何?」

「なあ萩原、何で俺は今日、休憩室の『外』でコナンくんと鉢合わせたんだろうな?」

 

 そう言うと萩原はげっと顔色を変えた。

 何だあの坊主のこと逃がしたのか、と松田が面白そうに乗っかってくる。

 

「俺、よろしくって言ったよな?」

「え、それ、あの子たちにお説教のしとけって意味でしょ?」

「面倒見ることも説教することも逃げないよう見張っとくこともまとめて『よろしく』っつったに決まってんだろが。なに子どもひとり見逃してんだ」

「え、あ、……ごめんなさい!」

 

 素直で結構だが、いくらなんでも殺人犯が近くにいる状況で保護対象の前で気を抜くのは頂けない。

 メシ食った後説教な、と笑ってやると、俺ホント今日ついてないと萩原は肩を落とし、松田はその横で堪えきれずに噴き出した。

 




サブタイトルは「六花の正義」でした。
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