優しい声音で紡がれた、刃のような、銃弾のような、鋭い言葉だった。
そんなつもりはなかった。そんなはずはなかった。心の奥でそう叫んでいたことは否定できない。だけど、そんな甘えを許さないくらい、あの人の言葉は「真実」だった。
『君、自分より頭のいい警察官に会ったことないんだろ』
『君の行動で叱られるのはね、君じゃないんだよ』
俺は、この柊木さんの言葉を、声を、きっと一生忘れない。それだけ強烈で、衝撃で、俺の今までの全てを叩き壊すような「現実」。今も思い返すだけで、自己嫌悪と罪悪感で吐きそうになる。
でも俺は、忘れない。忘れてはならない。そして、繰り返してはならない。そう思う。
『これが俺にできる精一杯の妥協だ。聞いてくれるかな、コナン君』
だってあの人は、俺の言葉を信じると言ってくれたのだ。
薬を飲まされ身体が縮んでしまったとき、俺を保護した「警察」は、誰ひとりとして俺の言葉を信じてくれなかった。それどころか笑い飛ばして、端から相手にもしてくれなかった。
頭ではわかっている。人が幼児化しただなんて夢物語、誰も信じるわけがない。いくら俺が十七歳だと、工藤新一だと叫んでも、信じる方がおかしい。けど、それでも俺は信じてほしかった。俺の言葉を、聞いてほしかった。ただの子どもの戯言だと、考えることすらなく切り捨てないでほしかった。
柊木さんが俺を信じると言ってくれた時、頭によぎったのはそのときのことだ。柊木さんは、あのとき俺を保護した「警察」とは、違う。俺の話を、ちゃんと聞いてくれる。
『いつでも連絡しておいでよ』
帰り際にそう笑ってくれた柊木さんに、仮に俺が「工藤新一」だと名乗ったらどういう反応を示すのだろうと思った。きっと、頭から信じることこそなくても、考えてくれる。事情を聞いてくれて、そして、納得のいく説明があれば、あの人は、―――きっと。
そんな人とかわした約束を、見つけてくれた妥協点を、俺は破りたくない。破りたく、ないのに。
「どうした、新一」
「!」
はっと思考の海から引き上げられる。
心配そうな顔をした阿笠博士が俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、……悪い博士、スケボーの調整終わった?」
「それはもう少しかかるが……どうした、この前事件に出くわしてから君の様子がおかしいと、哀くんも心配しておったぞ」
「灰原が?」
ぼんやりしていて覇気がない、大人しくしていてくれるのは助かるが、何だか気味が悪い、と。博士の言葉に、にゃろう、と苦い顔をする。当の本人は、また地下室に籠って端末と向かい合っているようだ。
「それ心配してねーだろ」
「何を言う、哀君は素直じゃないだけじゃよ。それで、何があったんじゃ? 事件は無事解決したんじゃろう?」
「事件は、な」
俺が首を突っ込むよりも早く、松田刑事は真実に辿りついた。そう、俺が動かなくても事件は解決することを、松田刑事はしっかりと証明してみせたのだ。それもまた、俺にとっては衝撃を受けた事実のひとつだった。それがあの人たちの仕事で、当たり前のことなのに。
「何じゃ、歯切れの悪い。君の言うとった、あの組織の一員と友人だという警察官も一緒だったと聞いたが」
「……ああ」
そう、その事実が、今はどうしようもなく重い。
この部屋に盗聴器はない。
「あの人は、絶対に組織と繋がってたりなんかしない。まだ確たる証拠があるわけじゃねえけど、絶対違う」
ぽつりぽつりと、あの日あったことを辿っていく。いつもの推理なら明快に順序よく話せるのに、何故か今回に限って上手くまとめきれず、要領を得ない説明だったと思う。だけど博士は途中で遮ることなく、ただじっと俺の話を聞いてくれた。
何とか最後まで話しきったとき、博士は少しだけ笑って、柔らかい声で言った。
「そうか、そうか。……いい警察の人に出逢ったんじゃな。いや、いい『大人』に、と言うべきかもしれん」
「博士……」
「それで、君はどう思ったんじゃ、新一」
思うところがあったから、こうして今も考え込んでいるんじゃろう?
そう言われて、何とか説明しようと、自分の中のもやもやしたものを言葉の形に整える。
「……目暮警部や、他の刑事さんたちにも迷惑かけたくないし、事件への関わり方はちゃんと見直そうと思う」
「うむ」
「頼っていいって言ってくれた柊木さんを、信じたい。危ないことはするなって……何かあったら相談してほしいって言われて、……組織のこととか、話したいって、初めて思ったけど、……言えねえ」
組織のことや幼児化のことを話すということは、灰原のこと、そして赤井さんのことを説明するということだ。だが、柊木さんにそれを話してバーボンに情報が渡らないという保証はない。ふたりの関係性や、柊木さんの友人を名乗るバーボンの目的が見えない以上、柊木さん自身のリスクを考えても、今相談することは得策とは言えない。
俺だけならまだしも、灰原や赤井さんの命もかかっている。下手なことは、できない。
「……信じたいし、話したいのに、結局俺は、柊木さんが見つけてくれた『妥協点』を守れねえんだ」
俺の正義を信じると言ってくれたあの人との約束を、俺は守れない。
その事実があまりに重くて、苦しくて、辛かった。
「約束を守れんことが、辛いのか」
「……うん。柊木さんには……多分、失望、されたくない」
約束を守ってくれなかったのかと、あの人に言われるところを想像しただけで背筋が冷たくなって涙が出そうになる。でも、俺が柊木さんに正直に話をして、万が一バーボンにそれが伝わってしまったら関係者全員の命が危うい。組織に潜入しているキールの命もだ。
どうしたらいいのかわからない。こんな気持ちは、初めてだった。
「……わしもその人に会ったわけではないから何とも言えんが、新一、そう結論を急がなくてもいいんじゃないかの」
「え?」
「組織のことや今までのことを、今すぐ説明しろと言われているわけでもない。そのバーボンが気になるなら、ふたりの関係性を見極めてからどうするかを考えても遅くはないじゃろう。どうもお前は辛抱が足りん」
昔からそうじゃがな、と博士は笑った。
「事情が事情だけに慎重になるのは当然じゃろう。とにかく今は、信頼できる警察官ができたということを喜んでおいたらどうじゃ。その柊木さんだけでなく、同期の松田刑事や伊達刑事、それからその日一緒にいた萩原刑事だったか? 彼らが信頼できるということもわかったんじゃろう?」
きっとお前が本当に困ったとき、彼らはお前が子どもだからと疑うことなく、お前を助けてくれる。そういう存在がいてくれることが、どれだけ有難いことか。
「まずは得たものを喜べ、新一」
そして焦るなと、博士は穏やかに続ける。
ぐるぐると同じところをループしていた思考がゆっくりと落ち着き、もやもやとしていた心が少しだけ軽くなった気がした。
少しだけ呼吸をおいて、また俺は口を開いた。
「……博士」
「ん?」
「灰原は柊木さんのこと、何か言ってたか?」
「む、……組織の気配は感じなかった、とは言っておったかな。あと顔がいいと」
付け加えられた言葉に思わず笑った。灰原から見てもやっぱり、柊木さんは相当なイケメンだったようだ。
「むしろ萩原刑事のことの方を話しておったぞ。ふにゃふにゃしていて軽く見えたが、子供たちにお説教をするならあれくらい適当な人の方がいいのかもしれないとか何とか」
「ああ……そういや事件に首突っ込まないよう上手く言ってくれたとか言ってたな」
「うむ。あの子たちも学んでくれればいいんじゃがのう」
正義感や勇気は大事だが、身の丈に合った行動と言うのも大事じゃからのう、という言葉にうっと詰まりつつ、再びスケボーの調整に戻っていく博士の背中を見送った。
「……結論は、出ねーな」
ひとつ溜息をついて、俺は呟く。
ここ数日、何度も何度も同じことを考えた。俺はどうしたらいいのかと、頭が痛くなるくらい考えた。それでも結論が出ないなら、とりあえずは安全策で現状維持をするしかない。
せめて少しでも前に進めるように、そうだ、柊木さんに連絡して話をしたいと言ってみよう。いつでも連絡していいと言ってくれたあの人の言葉に、甘えてみよう。そしてポアロに呼び出して、運よくそのときに安室さんがいれば、その関係性も多少は見られるかもしれない。そうでなくても、俺はもっと、あの人の話が聞きたい。
俺は少し緊張しながら、スマホの画面をタップした。
*
いつも通り軽快な音を奏でるベルに迎えられ、俺はポアロに足を踏み入れた。
目の前のカウンターにはお目当ての人、その向かいには見慣れた店員。
「いらっしゃいコナン君」
「やあ、こないだぶりだな」
何よりもまず思ったのは、この光景を目の当たりにしたらSNSに上げたくなるのも仕方ないかもしれない、ということだった。タイプの違うとんでもないイケメンがふたり並んで、しかもこっちに向かって笑いかけている。もしかしたら俺は今、非常に贅沢な光景を見ているのかもしれない。
今日は休日だが、柊木さんの希望で人が少なそうな時間帯に待ち合わせをしていた。ぱらぱらと何人かテーブル席に座っている客はいるが、運よく女性客はいない。いなくてよかった、もしいたら絶対黄色い悲鳴が店内に響いていた。
「……どうした?」
固まってしまった俺にきょとんとした柊木さんはよくわかっていないようだったが、その横でそっと安室さんが唇をかんだのが見えた。あれは俺の内心を読んだうえで笑うのを堪えたな、くそう。
「何でもないよ! ごめんね柊木さん、遅くなっちゃって」
「時間ぴったりじゃないか、俺が早く来ただけだよ」
「コナン君、何飲む?」
「アイスコーヒーがいいな」
ひょいっと柊木さんの隣の椅子に飛び乗った。運がいい、今日は安室さんの出勤日だったのか。いつものようにかしこまりました、と穏やかな笑顔を残して、安室さんはアイスコーヒーの準備をしていく。
「家の人にはちゃんとポアロに行くって言ってきたか?」
「うん。柊木さんのことは詳しくは言わなかったけど……そういえば柊木さん、『監察官』のことは小五郎のおじさんには言わない方がいいって言ったよね? あれってどうして?」
電話口で言われたことだ。もし自分のことを尋ねられたら、警察官ということは言ってもいいけど監察官と言うことは言わない方がいい、と。結局特に何も聞かれなかったので、蘭にもおっちゃんにも「友達と会う」としか説明はしていないが。
「監察官は身内のあらを探して手柄を上げる仕事だからね、あまり好かれる立場じゃないんだよ。毛利探偵も元刑事だろう? いい顔はしないかと思ってね」
そうか、あまりに柊木さんが慕われているという話を聞いていたから忘れていた。
そもそも好かれない立場なのに、おっちゃんは刑事を辞めさせられた身、つまり監察官の査問を受けて依願退職の処分を受けた身だ。逆恨みをするような人ではないが、確かにいい気はしないかもしれない。
「そっか……」
「俺は別にいいんだけど、あえて毛利さんを不快にさせることもないからな」
「うん、納得した」
そうか、と柊木さんは穏やかに笑う。
本当に、前回見た「監察官」としての顔とは別人だと、改めて思う。こんなに優しく笑う人なのに、あの時の笑顔は背筋が凍るくらい怖かった。
「はい、アイスコーヒーどうぞ」
「ありがとう」
そっと出されたアイスコーヒーに口をつける。安室さんはそのままにこりと微笑んで、柊木さんに話しかけた。
「そういえばその毛利先生が零していたけど、先日警視庁の目暮警部が先生に会いに来たそうだよ。事件じゃなくて、謝罪のために」
ごく、と俺の喉が大きな音を立てた。
知っている、あれはあの事件の日からほんの数日後のことだった。学校帰りに事務所の階段を上がっている時、ちょうど目暮警部が事務所から出てきて鉢合わせた。
目が合ったとき、俺も目暮警部も一瞬固まった。俺は気まずさのせいでどういう顔をしたらいいかわからなかったが、警部は俺のそんな気持ちを察したように苦笑して言った。
『やあコナン君、学校帰りかね』
そっと俺の傍まで階段を下りて、目線を合わせてくれた。
うん、と頷いて、俺は意を決して頭を下げた。
『ごめんなさい。……たくさん、迷惑をかけてしまって』
『……いいんだコナン君、頭を上げなさい』
『ううん、……僕、自分がやってることの意味、全然わかってなかった。……警部さんたちを馬鹿にしてたつもりなんかない、だけど、……僕がしていたのは、ダメなことだった』
『頭を上げなさい、コナン君』
少し強い調子で言われて、おそるおそる頭を上げる。
再び顔を合わせた目暮警部は、やっぱり微笑んでいた。
『そうだな、君が全く悪くないというつもりはない。特に事件現場に飛び込んでくるところに関してはな。だが、それ以上に、……わしらの考えが甘かったんだ』
警察官として、すべきこと。その意義。わかっていたつもりで、わかっていなかった。
『守るべき君たちを危険に晒していた。それは警察官としてあってはならないことだ。その話を、今毛利くんにもしてきたところだよ。……本当に、すまなかった』
『目暮警部……』
『わしらに悪いと思う必要はない。毛利くんや、……優作くん、それに新一くんに頼ってばかりいたのは事実なのだから』
自分の名前が出てぴくりと肩が震えた。
目暮警部は特に気にすることなく、言葉を続ける。
『いいかね、君もそれなりに事件に巻き込まれてきて、毛利くんほどとは言わなくても顔や名前を知られている。もし何か変わったことや、怪しい人物を見かけたらすぐに相談してほしい。狙われる可能性もないとは言えんからな』
真剣な顔でそう言われ、俺はうん、と頷く。目暮警部はそこでまた微笑んで、蘭君によろしくな、と言って帰っていった。
その日は小五郎のおっちゃんもなんだか考え込んでいるような様子で、夕飯の席で一言だけ俺たちに零した。
『蘭、コナン』
『何、お父さん』
『どうしたの?』
『おめーら、何か変なことがあったらすぐ言えよ』
特に表情を変えず、おっちゃんはそれだけ言った。変なことって何よと蘭は返したが、変なことは変なことだよと言って、それきり何も答えなかった。そしてその後も、ほんの少しだけ、変わった。何がというと難しいが、まず明らかに変わったのは、依頼人の話を聞く際に、絶対に俺や蘭を同席させなくなったということ。
目暮警部とどんな話をしたのかはわからないが、おっちゃんなりに俺たちを守る方法を考えた結果なのだろう。
「そうか」
特に感情の乗っていない柊木さんの相槌で、はっと意識が戻った。
柊木さんは特に気にした様子もなく、カップに口を付けている。
「僕も詳細は聞いてないんだけど、何かあったのか、君なら知ってるかい?」
「さあ」
するりと柊木さんがかわしたところで、テーブル席にいた別の客がオーダーを呼んだ。はい、と返事を返して、安室さんがカウンターから離れる。
その隙にと、俺は柊木さんに小声で話しかけた。
「……目暮警部たちに、何か処罰はあるの?」
「とりあえず、俺は今のところ仕事をする予定はないよ。俺が決定的な場面を見たわけでもないし、告発されたわけでもないからな」
「……そっか」
「全部、これから次第だ」
そう言った柊木さんの言葉を、噛みしめた。
これから次第、そうか。……俺も、気を付けなければ。
そう決意を新たにしたそのとき、かららんとベルが来客を告げ、見知った声が耳に飛び込んできた。
「あ、コナン君。……あれ、そちらは……」
入ってきたのは、買い物に行っていたはずの蘭と園子だった。俺の隣にいる柊木さんを見て蘭はきょとんとしていたが、蘭に続いて入ってきた自称イケメンハンターは、さっと目の色を変えた。これは、―――ヤバいのでは。
「きゃあああああ超絶イケメン! もしかして貴方が安室さんの……!」
いっきに距離を詰めてきた園子を何とか止めようと腰を浮かせたその時、俺は背後から回ってきた力強い腕に、勢いよく持ち上げられた。
***
「本当に申し訳ありません! ほら、園子!」
「も、申し訳ありません……」
「頭を上げてください、おふたりとも」
内心必死で笑いをこらえながら、頭を下げる女子高生ふたりにいつもの笑顔を返す。
予想通りというか、「超絶イケメン」を目の前にした園子さんは、柊木に対していっきに距離を詰めた。多分、両手をとって近距離で挨拶をしようとでもしたのだろう。
当然ながら柊木がそれを許容できるわけでもなく、とにかく必死だった柊木は、隣にいたコナン君を持ち上げて盾にするという暴挙に出た。
『……へ?』
お互い近距離で顔を合わせ、何があったかわからずぽかんとする園子さんとコナン君。コナン君という盾を両手で持ち上げ、彼女からできる限り距離を取ろうと腕をぴんと伸ばす柊木。ちなみに園子さんを視界に入れないように顔を背け、若干震えていた。
こんな面白い構図、
今も隙あらば笑いだそうとする腹筋を全力でおさえながら、柊木の女性苦手の話を聞いて謝り倒す蘭さんと園子さんを前に、柊木のかわりに謝罪を受け取る。
「本当にお気になさらず。ちゃんと説明していなかった僕も悪かったんです。あ、でも園子さん、初対面の男性に迂闊に声をかけるのはおすすめしませんよ」
「はい……あの、柊木さん? だっけ? あ、あれって、体調悪くさせちゃった……?」
さすがに申し訳なさそうな園子さんは、そっと柊木の方を見て言った。
俺は柊木の姿を確認することもなく、いいえ、と首を振った。
「大丈夫、あれはただの自己嫌悪です」
どうせカウンター席で項垂れているのだろう、自分に対する呪詛のような柊木のつぶやきと、必死に宥めるコナンくんの声が背後から聞こえてくる。
「いくら何でもコナンくんを盾にするなんて……警察として……いや人としてダメだろ……アウトだろ……情けなさ過ぎる……何やってんだ俺は……」
「ひ、柊木さん、誰だって苦手なものはあるよ! 今のは園子姉ちゃんが悪いから!」
「守るとか大口叩いといて盾にするとか最低だよな……ごめんなコナン君……俺の方が約束破ってるよな……」
「僕は全然気にしてないから! 本当に気にしてないから! 柊木さん話聞いて!!」
堪えろ俺の腹筋、そして表情筋。少しでも気を抜いたら全部崩れるぞ、堪えてみせろ降谷零、安室透のキャラクターを守れ、そうでなくては公安など務まらない。
そしてごめんねコナン君、そいつ滅多に落ち込まないけど、本気で落ち込んだら完全にキャラが壊れる奴なんだ。落ち込むところまで落ち込んで、励ましなんて全く耳に入らない奴なんだよ、面倒で面白いだろう?
そろそろかな、と俺はカウンターを振り返り、一通り自分への呪詛を終えたらしい柊木に改めて声をかける。
「ほら柊木、そろそろ正気に戻ってくれ」
「あ……? あ、ああ……」
俺の声で柊木はゆるゆると頭を上げ、何とかふたりの方に身体を向けた。
しかし目線は相変わらずふたりの方に向けられない。向けようと努力はしているが、身体のほうが嫌がっているらしい。梓さんでだいぶ慣れたと思ったが、やはりまだ無理なようだ。
「本当に、すみませんでした……」
「いや、……でも、本当に、知らない奴に声をかけるのはやめたほうがいいよ……君の方が危ない場合もあるから……」
「気を付けます……」
園子さんに悪気があったわけではないのは柊木もわかっているのだろう。
だがまだ顔色は戻らないし、冷や汗と震えが止まらない。だいぶ取り繕えるようになった柊木だが、一度取り繕いが崩れるとなかなか戻れないのは変わらずか。さっさと連れ帰った方がよさそうだ。
「柊木、僕の勤務はあと十分で終わるから、少し待っててくれ。交代の梓さんが来たら送っていくよ」
「いや、俺は……」
「その状態で、人通りの多い休日の街中を歩いて帰れる自信があるのかい?」
「よろしく頼む……」
また項垂れた柊木は、あっさりと白旗を上げた。
来たばっかりなのに、ごめんなコナン君……と柊木が呟くと、気にしないで、とコナン君は苦笑した。
「また、お話してくれる?」
「もちろん、いつでも」
ぽん、と頭に手を置かれたコナン君は、嬉しそうに笑う。
先日の一件で柊木に懐いたことは聞いていたが、どうやら本当だったらしい。コナン君には珍しい年相応の無邪気な笑顔に、柊木のタラシは本当に才能だなとこっそり笑った。
この後梓さんが出勤し、また頭を下げる女子高生ふたりと笑顔の小学一年生を残し、柊木を家まで送り届けた。
ちなみに柊木を愛車に乗せたのはこれが初めてで、張り切ってその素晴らしい走りを体感させてやったというのに、その感想は「法定速度守りながらあんな危険運転ができるってお前、いっそ才能だぞ」だった。解せない。