六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 FBIの捜査資料が入ったメモリを持ち指示された通りに向かった部屋には、すでに修羅場の気配が漂っていた。いや、部屋にいるふたりのうち、ひとりはしっかりと睡眠をとったのか昨日よりも幾分かすっきりした顔で書類をめくり、もうひとりは一心不乱に端末のキーボードを叩き続けている。修羅場の気配は主に後者だ。

 

「ああ、赤井さんおはようございます」

「おはよう。FBIの捜査資料を持ってきたんだが」

「どうも」

 

 ひどく顔の整った指揮官はメモリを受け取ると、良ければそっちのソファどうぞと軽く言った。またデスクに戻った彼は端末でそのメモリを読み込み、ファイルを確認している。

ふーん、と特に感慨もなく画面を見つめ、何の気なしに傍のデスクにいる男に声をかけた。

 

「諸伏、終わった?」

「終わるか! お前な、確かにこき使えとは言ったけどこの量、普通に今日丸一日かかるから!」

「何だよ、いくつか追加捜査頼んだだけだろ。何でそんな時間かかってんの?」

「人を動かすにも! いろいろあるの! 雑務全部投げやがって!」

 

 補佐ってそういう役回りだろ、と不思議そうに言う彼に、諸伏くんはそりゃそうだけどと叫んでいる。

 なるほど、確か鬼で魔王で暴君だったか、しっかりと期待には応えているらしい。

 

「赤井さん、他の捜査官は?」

「ジェイムズは本部とのやり取りで手が離せんらしい。ジョディとキャメルは昨日と同じく張り込みだな。その張り込み対象のデータもメモリに入っている」

「そうですか。赤井さんはこの後は?」

「君の指示があるなら従うが」

 

 じゃあ三十分で目を通すのでちょっと待っててくださいと聞こえたが、その量を三十分とか正気だろうか。

 

「概要に目を通すだけなので。煙草吸っていいですよ、灰皿そこにありますから」

 

 俺の内心を見透かしたように彼はさらりと言い、テーブルの端にあった灰皿を指さした。すでに数本の吸い殻が乗っている。彼も喫煙者なのだろうか。

 改めて視線を彼に戻すと、すでに彼は捜査資料に集中しているようだった。スクロールの早さを見るに、なるほど相当なスピードで読んでいるらしい。どうやら三十分は誇張でも何でもなかったようだ。

 俺はその邪魔をしないよう、大人しく待つことにした。

 

 

 *

 

 

 三十分後、本当に読み終わったという彼は俺の前に座った。尋ねてきたのは捜査資料のいくつかについての確認のほか、組織のメンバーの人となりについて。ボウヤや志保に求めたように、客観的事実だけでなく主観的な印象もすべて話せという。事実のみを求められることが多いだけに、何となく不思議な気がしながら出来る限りの記憶をたどった。

 

「君は随分と人柄を知ることにこだわるな」

「結局はそれぞれも人間ですからね。いざというときに彼らがどう判断して動くかは把握しておきたいんですよ」

 

 それぞれの組織の構成員のデータを見つつ、彼は頭の中の情報を整理しているようだった。

 

「リーダー格というか、やはり脅威なのはジンですかね」

「ああ。奴は頭も切れるし銃の扱いも相当で、何より組織への忠誠心と残忍さは他に類を見ない。幹部間に大きな上下関係はないが、そいつが中心になることは多いな」

「ふむ。諸伏」

 

 目線を資料から話さずに、彼は背後のデスクに座っている諸伏くんに声をかけた。何だ、と彼は端末の後ろからひょっこりと顔を出す。

 

「降谷に追加で指示。情報網及びスナイパーを調べる際、それぞれの忠誠心の程度も見定めるように伝えてくれ。具体的に言うと、組織ないしボスがヤバくなったときに助けるか逃げるか」

「了解……だけど追加の指示もいい加減にしないとそろそろ降谷も怒るぞ柊木……」

「あいつ目の前に仕事積まれると燃えるタイプだろ。まして俺からの指示なら負けず嫌いに火が付くから、文句は絶対に言わないし完璧にこなす」

「……言えてるけどさ……」

 

 どっちかというと風見さんが苦しみそうだなとさらりと言う柊木くんに、わかってんなら手加減してあげてくれよ……と諸伏くんは死んだ目をしていた。

 どうやらどこの国でも補佐役が苦労するのは同じのようだ。

 

「赤井さんはジンと因縁でも?」

「因縁と言えるかはわからんが、潜入していたころから毛嫌いはされていた」

 

 まあ、それは降谷君にもだが。自分自身、あまり人に気を遣える方でもないことは自覚しているし、嫌われる相手にはとことん嫌われることが多い。ジンにしろ降谷君にしろ、初対面時から妙に嫌われていた気がする。

 

「……ああ、なるほど」

 

 じゃあジンもそういうタイプか、と柊木くんはひとり納得したようだった。ゆらりゆらりと頭を揺らす彼を見ながら、視線だけでその意味を問う。

 それに気づいた柊木くんは、少し苦笑した。

 

「いえ、貴方と相性が悪いということは、ジンも降谷と似たようなタイプかなと」

「……そうか?」

 

 何て言うのかな、と彼は首を傾げる。

 印象だけで話しますけど、と前置きして彼は続けた。

 

「赤井さんって、命令遵守とか無理なほうじゃありません? 自分が納得する理由がないと従わないというか、命令より自分のやりたいことを優先するというか」

「……」

 

 思わず沈黙し、耳だけ働かせていたであろう諸伏くんがぶふっと噴き出した。脳裏に任務終了後にはいつも大きなため息をついていたジェイムズの姿が浮かぶ。

 

「ああ別に、それが悪いとか責めてるわけじゃなくて。たとえば降谷は真逆なんですよ、自分の感情を殺してでも職務に徹し、命令は遵守する。公私をきっちり分けて、迷いなく『私』よりも『公』を優先する奴です」

 

 でも、貴方は違う。貴方は多分、自分の正義と感情をもとに、いざというときは「公」よりも「私」を優先する。

 柊木くんは全てを見透かしたような静かな目で、俺を見据えた。

 

「だから、『公』に……命令遵守に拘るタイプには嫌われやすいんですよ。多分ですけどね」

「……その理屈で言うと、ジンも『公』を優先するタイプということか」

「おそらくね。目の前に憎い貴方が現れても、たとえば組織のボスとやらが殺すなと言うなら殺さない、そういう人なんじゃないかと思っただけです」

 

 確かに、ジンはボスの命令には絶対に従っていた。多少不満があろうとも、必ず。

 そして俺は、確かに納得のいかない命令には従いたくない。もちろん妥協できる点は妥協するが、命令無視をして叱責を食らったことも大いにある。そもそも、FBIに入ったのもその力を利用して父の死について調べるためであり、別にFBIやアメリカのために働いているつもりはない。

 

「……まあ、否定は出来ないな。ジンのことも、俺のことも」

「再三言いますが別に責めちゃいませんし、悪いことだとも思いませんよ。主義の問題ですから」

「君の命令にも従わないかもしれないが?」

「従わない可能性があることをわかってさえいればやりようはあります。貴方の命令違反も計算にいれればいいだけの話でしょう」

 

 さらりと言った彼に、思わず瞬きをした。彼は特に気にした風もなく、ぱらぱらと他の幹部の資料にも目を通している。

 

「……命令違反を許すと?」

「許しませんが、命令違反しそうだなと思ったときにはそれに対しても対策は考えておきます。俺、別に貴方を完全に信頼するつもりないですし」

 

 俺を信頼しないことを隠し立てする気もない彼に、思わず笑えてきた。なるほど、あらゆる可能性を排除しない彼は確かに優秀な指揮官だ。こうも感情を差しはさまず、淡々と目的の達成だけを考えられる人間はそういない。

 肩を震わせた俺に、柊木くんは不思議そうな顔をして言った。

 

「俺、何か変なこと言いました?」

 

 しかも自分は特別なことを言ったつもりはないときた。これは相当に愉快な人間なのかもしれない。

 思わず未だにキーボードを叩き続ける彼に声をかけた。

 

「諸伏くん、彼は確かに有能で、しかも面白い指揮官だな」

「だろ。だけど赤井、柊木は怒るとマジで怖いから、命令違反はおすすめしない。正座で三時間も説教聞きたくないだろ」

「三時間はなかなかだな、ジェイムズの叱責でも三十分が精々だぞ」

 

 笑いながら軽口の応酬をすると、柊木くんは微妙な顔。さすがの俺も自分より年上の相手に説教なんぞしたくないんですが、とぼそりと言うのでまた噴き出した。

 

「説教を受けたくはないが興味はあるな」

「そんな理由で命令違反やらかしたら即刻組織に売り渡しますからね」

「それは怖い」

 

 くつくつと笑いつつそう言うと、やれやれと柊木くんはため息をつき、眺めていた組織幹部の資料をざっとまとめてテーブルに置いた。

 

「もういいのか?」

「ええ、俺の考えていた流れで問題なさそうなので」

「昨日は教えてくれなかったな。詳細は教えてもらえないのか?」

「流れだけざっくり言うと、組織の秘密主義を叩き壊して、構成員のスナイパー捕まえて、残りをまとめて確保する感じです」

「秘密主義を叩き壊す、というのは?」

 

 そう言うと、柊木くんはすっと表情を消し、まっすぐに俺を見据えた。その顔には何の感情も浮かんでおらず、整いすぎたその造形も相まってまるで人形のようだ。

 

「ここまで貴方も同じ情報を得たはずです。思いつきませんか?」

「……」

「……いえ、すいません。見下してるわけじゃないんです。ただ……」

 

 やはり貴方は、優しい人だなと。

 無表情で無感情にそう言った彼は、それ以上何も答えてはくれなかった。

 

 

 ***

 

 

 考えた策の流れをざっと説明すると、三人はさすがに険しい顔をしていた。眉間にくっきりと大きなしわを寄せた降谷が先陣を切って口を開く。

 

「柊木、工藤新一を容赦なく利用すると言った理由はわかった。だが、それはあまりにもお前のリスクが大きすぎる。引き入れたばかりの指揮官をこんなに早く失うわけにはいかない」

「この案件の指揮官が俺なら、つまり責任者も俺だろ。俺が行くのが一番効果的だし、筋ってもんだ」

「筋ってお前な……!」

 

 なお言い募ろうとする降谷に苦笑しつつ、紫煙をくゆらせた。ここ数日で一気に煙草の数が増えた。俺もこれで松田や萩原に吸いすぎだと怒れない。

 

「失敗するつもりはねえよ。仮に失敗しても得るものはある。諸伏、準備を頼む」

「……」

「返事はどうした」

「……柊木、そのやり方は潜入以上に危険だし、お前の周囲まで危ない。他に方法はないのか」

 

 俺の周囲という言葉に、つい瞬きをした。俺をゼロに引き入れるときに身の上は全て調べ上げたものと思っていたが、そうでもなかったのだろうか。

 

「俺、家族いないぞ」

 

 さらりとそう言うと、降谷と諸伏はえっと固まる。その様子を、むしろ風見さんが驚いたように見た。ああそうか、ふたりには父親のことを零したこともあったかな。そして詳細まで話したことはなかった気がする。

 

「親類の話も聞いたことないし、お前らも知っての通り友達も少ない。現在交流があるのは、お前らを除けば刑事部の三人くらいだ。あいつらには悪いが、少々危険に晒したところで簡単にやられる奴らでもない。一応警告くらいしとけば大丈夫だろ」

 

 軽くそう言うと、ふたりは戸惑ったように俺を見た。公私の両方で俺を心配してくれているのはわかっている。だが、これは俺が弾きだした最適解だ。誰に何を言われようと、俺以上の良案を持ってきてくれない限り退くつもりはない。

 

「お前らが祭り上げた指揮官様のお言葉だ。俺以上の策がないなら大人しく従え。それとも何かな、お前ら」

 

 俺を危険に晒す覚悟もなく、俺を指揮官に仰いだのか?

 そう笑顔で言うと、ふたりはぐっと押し黙る。数秒沈黙が流れ、先に口を開いたのは諸伏だった。

 

「……わかった。準備する」

「ああ」

 

 その返事に満足げに頷くと、降谷も観念したように溜息をついた。そしてがしがしと頭をかき、いらだったように言う。

 

「対象の動きを明日までに確認してくる。お前の策に必要な舞台は用意する」

「よろしく」

 

 同期ふたりが観念したとき、それまで沈黙を守っていた風見さんが遠慮がちに口を開いた。その顔には、わかりやすく疑念と不安が浮かんでいる。

 

「……柊木さんのお考えに異議を唱えるつもりはありませんが、……その、それは……」

「上手くいくのか、ですか?」

「いえ、その……」

 

 風見さんは答えにくそうに言葉を濁す。俺はその素直な反応に少し笑った。

 言いたいことはわかっている、資料の上の組織幹部の情報だけを考えれば、この作戦は間違いなく失敗する。だが、直接彼らと対峙してきた、新一君や宮野さんに赤井さん、そして降谷の言葉から見えてきた、その「対象」の姿を考えれば。

 

「成功します。させてみせる」

 

 最後にすっと煙草の煙を吸い込んで、吸い終わった煙草を灰皿に押し付ける。舌に残る嫌な苦さに気づかないふりをして、俺は三人に笑いかけた。

 

 




次回、柊木さんぶっ倒れるの巻。
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